第百四十七話 義姉
「クライネルト公爵たちとヴァイトリング翁が接触しました」
「そうか」
暴走を演出してから俺は自室で状況を見極めていた。
幸い、情報収集はセバスに任せておける。
すでに俺は帝都では注目される人物だ。下手に動くよりは今はじっとしていたほうがいい。
「それとジンメル伯爵の印象操作によって、ヴァイトリング翁はアルノルト様とレオナルト様が入れ替わっているのではと疑念を抱いているようです」
「なるほど。そっちにとったか」
そう俺がつぶやくと、紅茶を淹れていたフィーネが小首をかしげて質問してきた。
「そっちとはどういうことですか?」
「単純な話だ。俺はレオらしさを少し演出してた。俺らしくないやり方で怒り、俺らしくないやり方で貴族たちを追い詰めた。それで俺自身の評価が変わるなら変わるで構わないし、レオと入れ替わってると思われても構わない。どちらともとれるように動いていたんだ」
「そんなことまでしていたんですか……全然気づきませんでした」
「普段の俺を知る人ほど俺の変貌が奇妙に映る。レオと入れ替わっているのでは? というほうがしっくり来たんだろうさ。まぁどっちでもいいんだよ。俺の評価が変わって、怖い奴となったならそれでもいい。無能を演じ続けるのは無理になるが、馬鹿な貴族に足を引っ張られずに済むし、レオの弱点ともいえる甘さを俺が補えると示せる。レオと入れ替わっていると思われたなら、レオも非情な判断ができるという印象が生まれる。レオの甘さに不安を抱えていた貴族たちを動かすことができる。レオにも怖さがあると思えば、暢気に傍観もできないからな」
エリクやゴードンは容赦をしない。味方につかなかった貴族はきっと処刑されないまでも力をそがれるだろう。だが、レオは違う。優しく寛大だという印象があるせいで、傍観し続けても許されるのではないかと思っている者も多い。
ここで怖さを見せつけられれば、そういう奴らを動かせる。
レオには申し訳ないが、勢力には得しかないから許してもらうしかない。
「私はレオ様ならああいうやり方はしないはずと思いますが……」
「近しい人間はそう思うかもな。けどそれは一部だ。そういう人間たちですら俺への違和感のほうが勝る。父上にも布石を打っておいたし、流れによってはレオとして振る舞うのもありではあるな」
「それは最後の手段でしょうな。ヴァイトリング翁も確証はないでしょうし、騒ぐとは思えません。どちらとも取れるという風に匂わせて、この問題は終わらせるのが一番でしょう」
「そうだな。レオのフリをするのは大きなデメリットもあるし」
実はレオと俺が入れ替わっていた。こんな噂を流すだけで人の印象は操作できる。
事実はどうであれ、もしもレオと俺が入れ替わっていたらと考えるだけで貴族たちは慌てるだろう。
正直、実はレオでしたと正体を明かしたくはない。
「どんなデメリットですか?」
「大きすぎるデメリットだ。ここで俺が実はレオと入れ替わってましたと演じたとしよう……あいつが帰ってくるまで俺はレオを演じなくちゃいけない。これはあまりに痛すぎる」
「アル様ならできると思いますけど?」
「できるのとやりたいは別なんだ。人間、背伸びを続ければ限界が来る。あいつのフリして生活するのはもうこりごりだ……」
思い出されるのは南部の二か国に行ったときのこと。
あのとき入れ替わって大変な目に遭った。しかもあのときは海竜まで出現したし、レオと入れ替わるとろくな目に遭わない。
やっぱり今回の一件はセバスの言う通り、どちらとも取れるように終わらせるべきだろう。
「セバス。噂は流しておいてくれ」
「はっ、かしこまりました」
「フィーネは普段どおりにしていてくれ。状況次第じゃ何か頼むかもしれないが、今は相手の出方を見る」
「はい。ではどうぞ」
そう言ってフィーネは笑顔で俺に紅茶を渡す。
慌ただしい城の中にあって、俺の部屋だけはいつもどおりだった。
■■■
次の日。
俺はとある人物から呼び出しを受けて、その人の部屋に向かっていた。
そこは後宮の東側。〝東宮〟と呼ばれる皇太子のための後宮ともいえる場所だ。皇太子が皇帝となると、ここから皇太子の妃は皇后として後宮の中央へ移る。
つまりここの主は皇太子妃。ただし現在はこの称号を持つ者はいない。だが、ここで暮らす人はいる。
元皇太子妃。皇太子が亡くなったことで未亡人となった女性。俺の義姉。
テレーゼ・レークス・アードラー。かつての名はテレーゼ・フォン・ヴァイトリング。
ヴァイトリング翁の長女だ。
「久しぶりね。アルノルト」
「はい、お久しぶりです。義姉上。お元気そうでなによりです」
そう言って俺は長い蜂蜜色の髪の美女、テレーゼ義姉上に頭を下げる。長兄が妻とする前は社交界の華として注目の的だった。たしかまだ二十六だし、今もその美しさは変わらないが、皇太子が亡くなってからは影が落ちるようになった。
義姉上は皇太子が亡くなったあとも皇帝の判断で、東宮に住むことを許された。
皇太子のことを忘れられず、もはや前を向いて生きることができないほどショックを受けていたからだ。
ひっそりと東宮にて暮らす姿は同情を禁じ得ない。
そんな義姉上が俺を呼んだのは意外だった。皇太子に関する行事以外で動くことがない女性だからだ。
「急に呼び出してしまってごめんなさい……弟のことを謝りたかったの。姉として申し訳ないと思っているわ」
「いえ、そのようなことはお気になさらずに」
俺は片手を前に出して義姉上が頭を下げるのを止める。
こんなことで一々頭を下げてはいけない。この人は順調にいけば皇后になっていた人だ。
「こんなことを言える義理はないのだけど……どうか弟を、ラウレンツを許してくれないかしら?」
それはきっと心の底からの願いなんだろう。
皇太子を失った今、彼女にとってヴァイトリング侯爵家の者が唯一の気がかり。だからこそ今回動いた。
だが、それは間違っている。
「とても残念です。まさか義姉上からそんな言葉が出てくるとは思いませんでした」
「……許してはくれないのね」
「はい、許す気はありません。許してもらおうとするなら彼が直接謝罪するべきですから。それと義姉上は何か勘違いしているようですが……兄上に嫁いだ時点で義姉上は皇族の一員です。俺の味方をするのが筋では?」
「それは……」
「ラウレンツ・フォン・ヴァイトリングは皇族である俺に対して、大きな無礼を働きました。これは皇族全体を軽んじる行為です。それを許しては皇族の面子が保たれません」
「……アルノルト。どうかお願い。私にはもう血のつながった家族しかいないの……」
「残念ですが、義姉上の立場ならば血のつながりより皇族としての立場を優先するべきです。今回のことは黙っておきます。あなたが東宮に留まることをよく思わない者も多いことをお忘れなく」
そう忠告して俺は踵を返す。
厳しいようだが、だれかが言わなくちゃいけない。
義姉上もここを離れることは望まないはずだ。ここは長兄と過ごした思い出の場所。
彼女にとっては大切な場所であるはずだから。
「アルノルト……皇太子殿下は……ヴィルはあなたのことを買っていたわ」
「それは初耳ですね」
「そんなあなたならヴァイトリング侯爵家を追い詰めることは無意味だとわかるはず……弟はまだ若いわ。どうかやり直すチャンスを与えてあげて……」
「俺よりは年上です。それに最低限の判断ができれば避けられた危機です。自ら皇族に喧嘩を売って、返り討ちにあっているだけ。名門貴族の当主としては能力不足といえるでしょう。無能が力を持てば混乱が生まれます。義姉上ならそれくらいはわかるはずです」
「アルノルト……」
「失礼します」
そう言って今度こそ俺はその場を立ち去ったのだった。




