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第百四十六話 帝都の貴族たち



 



「皆、忙しいところ集まってもらってすまない」


 そう言ってエトムントは高級宿屋に集まった十人の貴族たちに頭を下げた。

 若い者はいない。世代としては現皇帝と同年代かそれに近い年代の者ばかりだ。

 エトムントのように子供に爵位を譲って悠々自適に暮らしている者も少なくない。しかし、この一大事に皆が重い腰をあげたのだ。


「一番忙しいのはあなたでしょうな。ヴァイトリング翁」

「すべて教育が行き届かなかったゆえのこと。息子にはもっと多くのことを教えてから爵位を譲るべきだった」


 そう言ってエトムントは暗い表情を見せる。

 病状が悪化し、まだ十代の息子に爵位を譲った。十分にやっていけると思っていた。それだけ優秀だったからだ。

 しかし能力的な優秀さだけでは貴族の当主は務まらない。


「自分の息子が愚かだと見せつけられるのは酷なものですな」

「まったくだ」


 参加者たちはそう言ってため息を吐く。

 今回の騒動の原因は若手貴族側の増長といえた。


「出涸らし皇子……放置をしたのが失敗だったな」

「ああ、そうだな。本人や陛下が何も言わぬゆえ、こちらも何も言わなかったが最悪な状況になった……」


 馬鹿にされて、侮られてもアルは何もしなかった。陰口や悪口は受け流し、暴力には耐えた。エルナがいた頃はエルナが同年代に睨みを利かせていたが、そのエルナが近衛騎士となってアルの傍を離れてからは止める者はだれもいなくなった。

 そしてそれが当たり前になった。馬鹿にされて当然の存在。皇族でありながら最底辺。出涸らし皇子という存在が形作られてしまった。

 だがそれは錯覚の存在でもある。どれだけ馬鹿にされていようと、皇族は皇族。


「見逃されていただけなのに、許されると勘違いしてしまった……子供たちのせいばかりにはできまい。率先して止めるべきだった。どのような振る舞いをしていようと皇族は皇族なのだと。礼儀を欠くなと」

「民が馬鹿にするのと貴族が馬鹿にするのは意味が違ってくる。いずれわかると思っていたが……今の世代の者からすればアルノルト殿下を侮るのは常識となっていたのだろうな」

「今更言っても仕方あるまい。現職の大臣すらアルノルト殿下を馬鹿にする者はいる。そういう存在となっていたのだ。子供にそれをやめろと言っても聞きはせん。正直、アルノルト殿下にも非はある。少なくとも子供たちを罠にはめるだけの能力があったのに怠惰な振る舞いをしていたのだからな。年月をかけた罠ともいえる」


 一人の貴族の言葉に皆が頷く。

 しかし誰もがわかっていた。たとえそうであっても非があるのは子供たちのほうなのだと。

 だからこそ彼らはここに集まっていた。


「アルノルト殿下は止まらないとみている。白鴎連合に参加している者たちを一斉に討伐する気だ。それは避けねばならない。自らの家の存続はもちろん、そのようなことになれば帝国が大いに混乱する。ただでさえ帝位争いの最中だというのに、一人の少女をめぐって皇族と貴族が国を混乱させるなどあってはならん」


 エトムントがそう告げると誰もが神妙な顔つきになる。

 この場に集まった貴族たちは帝国に長年尽くしてきた功労者ばかりだ。そんな彼らからすれば帝国を混乱させるというのは、自らの道を否定することに等しい。

 だが、一人の貴族はポツリとつぶやく。


「その一人の少女が帝都に来なければこんなことにはならなかったのだがな……」

「やめんか。フィーネ嬢に責任などない」

「そうは言うがヴァイトリング翁。あの少女は絶世の美女。蒼い鴎の髪飾りを受け取ったあの日、帝都の若者はみな心を奪われてしまった。あなたの息子もその一人では?」

「たしかにラウレンツはフィーネ嬢に心奪われた。彼女が絡まなければアルノルト殿下にも礼節を尽くしただろう。だが、臣下の恋心がどれほど重要だ? それで破綻する主従関係などあってはならん。アルノルト殿下の傍にフィーネ嬢がいるならば諦めねばならん。たとえアルノルト殿下とフィーネ嬢が結婚することになろうと」

「若者には難しい話だ。相手は帝国一の美姫。あの美しさは魔性。レオナルト殿下ほどの名声と評判があれば諦めもつくだろうが……自分が下に見ていたアルノルト殿下では嫉妬心を抑えこめんだろうさ」


 その言葉にエトムントは目を瞑って耐える。

 そのような擁護を受ける息子が情けなくて仕方なかった。

 レオはもちろん、誰にも譲れない。それほどの思いなら理解はできる。だが、レオが相手では諦める程度の思いであるならば飲み込むべきだとエトムントは考えていた。

 誰もが口々にラウレンツを擁護する。それだけラウレンツは周りから見ても優秀で有望だった。

 しかし若くして爵位を手に入れ、能力にも恵まれていたせいか、ラウレンツは人並みの苦労を知らなかった。それがエトムントには誤算だった。

 苦労を知らぬゆえに考えが甘く、他者の気持ちに立つことを知らぬ。

 人として小さくなってしまったのだ。


「……皇太子殿下が偉大すぎたか」


 小さくエトムントはつぶやく。

 皇帝の長子は理想の後継者だった。他の兄弟が競えないほど。すべての貴族がそれを認めていた。ゆえに帝国は平和だった。皇太子がいる以上は帝位争いは起きないからだ。

 そして平和であるゆえ、若者が経験を積む機会が少なくなってしまった。

 それでもいいと思っていた。皇太子が皇帝となれば帝国は安泰のはずだった。それが甘い理想だったと知ったのは理想の後継者が亡くなったときだった。

 思考が過去へと向かう。だが、それはすぐに引き戻された。部屋に入ってきた来客によって。


「遅れてしまい申し訳ありません。皆様」

「……よく来てくださった。ホルツヴァート公爵」


 エトムントは苦々し気に現れた来客、ロルフ・フォン・ホルツヴァートを出迎えた。

 エトムントの態度はこの場では特別なものではなかった。なぜならこの場にいる誰もがロルフを歓迎していなかったからだ。

 そしてそれはロルフもわかっていた。


「嫌われたものですね」

「理由はご自分が一番よくわかっているのでは?」

「そうですね。たしかに私の息子がヴァイトリング侯爵を唆し、白鴎連合を作るきっかけを与えたのは認めましょう。ですが、私の息子は白鴎連合には参加していません。その前にあった鴎の盟約には加わっていましたが、アルノルト殿下に敵対することを選んだのはヴァイトリング侯爵をはじめとする皆さまのご子息では?」


 まったく悪びれた様子もなくロルフは告げ、その場にいるすべての人間を煽るような笑みを浮かべた。

 それはすべて事実だった。

 ロルフの息子であるライナーは白鴎連合には加わらなかった。作るきっかけを与えておいて、参加しなかったのはなぜか。

 こういう結果になったときに中立の立場で和解の仲介をするためだ。


「恨み言を言う気はありません。すべては私と息子の責任。どうかお助け願いたい」


 そう言ってエトムントは静かにロルフに頭を下げた。

 ロルフはそれに対して笑顔を浮かべて頷く。


「いいでしょう。私の人脈を使ってアルノルト殿下との和解の仲介をしましょう」

「本当にできるのですかな? あなたのもう一人のご子息はアルノルト殿下ともめたと聞いたが?」

「事実ですね。しかしアルノルト殿下に直接和解を申し込むわけじゃありません。アルノルト殿下のお母上であるミツバ様にお願い申し上げます。伝手はありますのでご安心を」

「なるほど。それは安心だ」


 すべて計画通りなのだろうとは思っていても、何も言えない。

 かすかな苛立ちをその場にいる貴族たちは抱いていた。これは明確な貸しとなる。あとでどんなことを要求されるかわかったものじゃない。

 しかし彼らにはロルフに頼むしかなかった。

 話はそのままとんとん拍子で進む。

 その間にエトムントはアルとレオが入れ替わっている可能性について説明するべきか迷ったが、口を閉ざすことを選んだ。

 ここでそれを伝えたところで何にもならず、不安を煽るだけだからだ。

 それにまだ確証もない。このまま和解が進むならば胸に秘めておくだけでいい。そんな風にエトムントが考えたとき。

 エトムントの従者が慌てた様子で部屋に入ってきた。


「何事だ?」

「はい! 帝都にクライネルト公爵とラインフェルト公爵がご到着されました! クライネルト公爵は帝都の事情をご存じのようで、何人かの貴族と接触を図っており、ラインフェルト公爵もその動きに乗じるようです!」

「なんと!? フィーネ嬢のお父上が来られたのか!?」


 エトムントは驚いた様子で椅子から立ち上がる。

 そしてすぐにロルフを見据えて告げた。


「ホルツヴァート公爵。そういうことです。お話は白紙に戻しても?」

「……仕方ありませんね。仲介というならあちらのほうが適任でしょう。しかし……この状況でお二人が帝都に来るというのも作為を感じますが?」

「それならそれでもかまいませぬ。二人を動かせる人物など限られている。そういう人物の作為なら望むところ」


 そう言ってエトムントは一礼して部屋を出ていく。それに続いてほかの貴族も出ていく。

 そして残されたロルフは小さく舌打ちをしたのだった。

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