第百四十五話 エトムント
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アルが暴走した次の日。
城は大混乱に陥った。
大量の逮捕者に加え、その親族や関係者たちが城に詰めかけたからだ。
対応に追われたのは法務大臣とその部下たち。
そしてその悲鳴は皇帝の下に届けられたが、一度アルに好きにしろと言った皇帝はこの件に関しては口をはさむ気はないというスタンスをとっていた。
そんな城の中でアロイスは最近知り合った貴族たちと話していた。
「しかし、本当なのだろうか? あの出涸らし皇子がこのような行動に出るなんて?」
「それは私も気になっていた。あの皇子らしくはない」
アロイスの周りにいるのは若手貴族ばかり。白鴎連合には参加せず、今回の騒動を冷静に静観していた者たちだ。
そんな彼らにアロイスはアルの印象を語る。
「会ったときの印象でいえば、さほど意外ではありません」
「どういうことかな? ジンメル伯爵」
「そのままの意味です。この前、アルノルト殿下にお会いしましたが、とても噂に聞く放蕩皇子とは思えませんでした。言い知れぬ迫力があったといいますか……正直、怖いと感じたほどです」
「帝国軍一万を退けた君にそこまで言わせるか……」
「それはつまりアルノルト殿下は本物ということでいいのかな? それなら今後の我が家の動きは変わってくる」
一人の若手貴族の言葉に周りの者も頷く。
そのことにアロイスは首を傾げた。
「どういう意味ですか?」
「レオナルト殿下は素晴らしい才能と器をお持ちだが……いかんせん優しすぎる。そう考えているのは私だけではない。多くの貴族が厳しい決断ができないのではないかと思っているんだ」
「厳しい決断ですか……決断力という点ではあるように思いますが……」
「決断力はあるだろう。ただ厳しい……いや非情な決断はできないように思えるんだ。そこがネックだった。しかし、アルノルト殿下が本物であるならその心配はなくなる。レオナルト殿下をアルノルト殿下が補佐すればいいだけだ」
そう言って若手貴族たちはこれからの帝位争いについて論議を始めた。
ザンドラが退場した今、帝位候補者は三名。エリクがいまだに有利だが、その周りには古くからエリクに付き従ってきた者がおり、新参者が割って入る余裕はない。
そうなると最も注目すべきはレオナルトということになる。
誰につくべきか。候補者が絞られ始めた今、貴族たちは慎重に答えを出そうとしていた。
こういう効果も狙っていたのだろうかとアロイスがアルの作戦に感心していると、後ろから声をかけられた。
「ジンメル伯爵」
「はい?」
名前を呼ばれたアロイスが振り向くと、そこには背の高い老人がいた。見た目から察するに五十台後半から六十代前半。やや具合の悪そうな顔色だった。
見たことのない人物であったが、着ている服と雰囲気から高位の貴族と察してアロイスは頭を下げる。
「はじめまして。アロイス・フォン・ジンメルと申します」
「こちらこそ、いきなり申し訳ない。私はエトムント・フォン・ヴァイトリングという」
「ヴァイトリング侯爵ですか?」
「元だ。すでに爵位は息子に譲り、隠居の身なのでな。多くの者はヴァイトリング翁と呼ぶ」
「なるほど。ではヴァイトリング翁。どのようなご用件でしょうか?」
アロイスの傍でしゃべっていた若手貴族たちはエトムントの存在に気づき、背筋を伸ばして立っている。
かつては現皇帝の傍で重臣として仕えた実力者。体調を崩していなければ、今も帝国の要職についていただろう人物だ。
若手貴族にとっては雲の上の存在であった。
だが、すでに隠居して表舞台には久しく顔を出していなかった。どうして今、出てきたのか。
考えられるのは息子関連だろうとアロイスは読み、それは間違っていなかった。
「少々確認したいのだ。アルノルト殿下と会ったときに怖いと感じたのは事実かな?」
「はい。噂に聞く人物像とは大きく異なっていました」
「なるほど……まるで別人というほどかな?」
「はい。そうですね」
そのアロイスの答えに何度か頷いたエトムントは、孫に向けるような笑顔を向けてその場を後にする。
緊張の糸が途切れた若手貴族たちは安堵の息を吐くが、アロイスは気にせずに考え続ける。
エトムントは何か引っかかっていた様子だった。
もしかしたら自分に気づけない何かに気づいたのかもしれない。
そしてアロイスはさらに思考を進める。
気づかない間に自分の知らない策に関わっているのではないかと。
グラウならやりかねない。そんな思いを抱きながらアロイスは思考を巡らせるのだった。
■■■
「お久しぶりでございます。皇帝陛下」
「ああ、久しいな。エトムント」
皇帝ヨハネスは懐かしそうに笑みを浮かべる。
体調が芳しくないといって隠居してから数年。エトムントが城を訪ねたのは初めてのことだった。
しかし懐かしんでばかりもいられない。
急用があったから城に来たことは明らかだったからだ。
「此度は謝罪に参りました。息子が帝都を騒がせてしまい、申し訳ありません。父である私の不徳です」
「お前が謝ることではない。息子の責任が父のせいであるならば、ワシも謝らなければならん」
「……アルノルト殿下は間違ってはおりません。性急で強引ではありますが、皇族という立場を考えれば非があるのは息子たちのほうです」
「ふむ……それは承知している。だからこそ、ワシは口を出せん」
ヨハネスの言葉にエトムントは苦笑して首を横に振る。
「無理を言いにきたわけではありません。陛下のお立場はわかります。私なりにやれることはやりますのでご安心を」
「すまんな」
短く謝罪を口にして、ヨハネスはため息を吐く。
そして苦笑しながら切り出す。
「若い頃は互いの息子が揉めるとは思いもよらなかったな」
「まったくです。礼儀は叩き込んだつもりでしたが、甘かったようです」
「アルノルトは特殊だ。今回のことはワシも驚いている。あれは問題を大きくするタイプではない。だから指輪を渡したのだがな」
ヨハネスは再度ため息を吐き、誤算だった、とつぶやく。
そんなヨハネスを見てエトムントは疑念を口にする。
「陛下から見て……此度のアルノルト殿下はいつもと違いますか?」
「ああ、違う。性急で強引。あれからは程遠い言葉だ。常に飄々としていて、怒りを見せることもない。よほど頭に来たのか、それとも違う理由か。ワシにもわからん」
困ったとばかりにヨハネスは玉座に深く座りなおす。
帝位争いは中断されたというのに、今度は皇族と貴族の争いだ。
「正直、そこまで暇ではないのだがな」
「重ねて申し訳ありません……陛下。私の考えを聞いていただけませんか?」
「なんだ?」
「私もアルノルト殿下は存じています。今、城の中ではアルノルト殿下が怖いという話まで流れているほどで、私はそこに疑問が浮かびます。あの方はどれだけ馬鹿にされようが、貶されようがすべて受け流してきました。そんな方が他者を怖がらせるほど感情を出すでしょうか?」
「なにが言いたい? 昔からの悪い癖だぞ? 回りくどいのはよせ」
「はい。性急で強引という性質はアルノルト殿下よりも、レオナルト殿下のほうが一致するかと」
その言葉にヨハネスは目を細める。
ありえんと切り捨てるのは楽だった。
しかしヨハネスの脳裏に自分の部屋を訪ねてきたアルノルトとの会話が思い浮かぶ。
「……アルノルトはワシを〝父上〟と呼ぶ。周りに人がいないなら特に。しかし……」
「思い当たることがあるのですね?」
「入れ替わっているとしたら完璧すぎる。そこまでできるものか?」
「わかりません。しかしアルノルト殿下が変わったというよりはレオナルト殿下がアルノルト殿下のフリをしているほうがしっくりきます。そもそもあのレオナルト殿下がアルノルト殿下のピンチに帝都の外に出るでしょうか?」
「それはそうだが……だとしたらどうする?」
いまだに半信半疑のヨハネスだったが、もしもそうだとするならいつも馬鹿にされている出涸らし皇子と貴族の争いではなく、帝位候補者と貴族の争いということになる。
長引けば深刻な亀裂が主君と臣下の間に入る可能性がある。
「早急に和解を求めます。どんな手を使っても」
「それしかあるまいな……」
「陛下……もしもレオナルト殿下がアルノルト殿下のフリをしていた場合、我が息子はもちろん私も許されないかもしれません。ですので……これが最後の会話とお思いください」
「くだらぬことはよせ。いくら任せているとはいえ、そこまではやらせはせん。臣下の命はワシのものだ。息子ごときに好きにはさせん」
「ありがとうございます。ですが、もしもレオナルト殿下なのだとしたら示しがつきません。血を流すならばどうか息子と私だけに。二人の娘は陛下のお役に立ちましょう。どうかお守りください」
「……そんなことはさせんが、承知した」
「感謝いたします」
そう言ってエトムントは深く頭を下げた。
そしてスッと立ち上がる。
「それでは失礼いたします。和解の手段を探さねばなりませんので」
「ああ。体には気を付けよ」
「はい」
そう言ってエトムントはその場を後にして、城も出ていく。
すでに白鴎連合に参加していた主要な貴族の親たちには声をかけている。
そこで方針を決め、上手く動かねばならない。
「ごほっごほっ……」
久々に歩き回っているせいで、咳が出る。
それでもエトムントは歩みを止めない。
ヨハネスやフランツとともに作り上げた現帝国。
自らの息子の手で壊すわけにはいかないと強く思っていたからだ。