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第百四十四話 計算通り

 料理店のあと、さらに二件の店を回って二人の男爵を確保した。

 今日の予定にある視察場所は残り一つ。こちらの予定をあえて流していた以上、最後の場所にも貴族たちがいるはずだ。

 まぁ今までどおりとはいかないだろうな。最後の場所は。


「あとは帝都の最外層ですか……」

「ああ、そういうわけだからもう終わりだと思っていい」

「え?」


 不思議そうにフィーネが首を傾げる。

 まだまだ続くと思っていたのだろう。困惑した表情を見せている。

 そんなフィーネに苦笑しつつ、俺は告げる。


「帝都の最外層に俺が行くとなれば奴らが接触する人物は見当がつく。断言してもいい。貴族が動かすのは無理だ」

「では……終わりですか……?」

「まだ気を抜くわけにはいかないけどな。君が嫌な思いをすることはないだろうさ。すまないな」


 素直に俺が頭を下げるとフィーネは慌て始める。


「あ、頭をあげてください! 元々は……私のせいなんです……アル様は何も悪くありません……ただ降りかかる火の粉を払っているだけ……」

「君のせいでもない。いつかはこういう日が来るのはわかってた。気にするな」

「ただ……アル様……このようなことを言う資格はないとわかっています……ですが!」


 フィーネが目に涙を溜めながら真っすぐと俺を見てきた。

 伝えなければという強い意思を感じる。

 だから俺は先手を打って喋り始めた。


「今回はあえて問題を大きくした」

「……え?」

「今頃、法務大臣は頭を抱えて、父上に相談している頃だろうな。すでに逮捕した貴族やその関係者の名前は送ってる。二人の伯爵に二人の男爵。加えて多数の関係者。一日の逮捕者としては異例だろうさ」

「わざと……やっていたのですか……?」

「当たり前だろ? 意味もなく平民を逮捕するまでやるわけがない。安心していい。彼らが重い罪に問われることはない。数日は牢屋だろうが……まぁそれくらいが妥当だろうさ」


 俺が軽い口調でそういうとフィーネはそのまま顔を覆って泣き始めてしまった。

 それを見て胸が痛む。

 バレるわけにはいかなかった。だから何も言わなかった。だが、それはフィーネにはとても負担だったことは想像できる。


「すまない。君に演技を頼むわけにはいかなかったんだ」

「うっ……ひっく……私………アル様が……とても怒っていると思って……」

「怒ってはいる。奴らのやり方は気に食わない。けど、命令されただけの民にまで何かしようとは思わない。ただ……この面倒な騒動を早々に終わらせるためには俺が暴走していると思ってもらわないといけない」

「暴走……?」

「ああ。権力を持った俺が徹底的にやったら、白鴎連合の連中は慌てるだろうさ。だけど最も慌てるのは彼らの親だ。白鴎連合に参加している奴らはまだまだ若い。爵位を譲っていても実質的な権力を持っているのは彼らの親だ。そして今回の騒動で、俺が暴走すると彼らも他人事ではいられない。俺がすべての貴族の家を取り潰しかねない暴走の仕方をしてるからだ」

「でも……そんなことになったら……」


 フィーネが泣きながら心配そうな声を出す。

 俺が恨まれる。俺に敵対する奴らが増える。そのことを危惧しているんだろう。


「平気さ。親世代の奴らは強い力を持つ者を潰そうとはしない。きっと俺との和解を探るだろう。だが、暴走している俺とどうやって和解する? 父上にはさすがに頼めないし、勇爵家は俺に近すぎる」

「では誰に彼らは頼るのですか……?」

「頼れる人たちを手紙で呼んである。俺のことを知っていて、和解を仲介できるだけの家格を持ってる人。一人は君が良く知っている人だ」

「私が……?」


 フィーネはようやく泣き止み、少し考え込む。

 そんなフィーネの目から最後にこぼれた涙を右手で払ってやり、俺は安心させるように笑う。


「君のお父上だ。申し訳ないがご足労を願った」

「お父さまが!?」

「とはいえ、問題の中心である君のお父上だけじゃ中立性に欠ける。そこでもう一人、ラインフェルト公爵も呼ばせてもらった。二人なら問題なく俺との仲介をしてくれる。すでに白鴎連合の貴族たちが二人に接触しやすいように、無害そうな奴らを数人離反させた。二人への接触はその数人を使って行われるだろう。離反させた貴族たちにはそういう風に動けと指示は出してある」


 若い貴族ばかりの白鴎連合に話し合いは通じない。

 話が通じる親どもを引っ張り出さないといけないが、中には引退している者もいる。彼らからすれば息子たちが馬鹿なことをしている程度にしか映っていないだろう。

 その認識を改めさせるために、俺は暴走しなきゃいけなかった。

 問題を起こして逮捕された貴族はともかく、彼らの巻き添えをくらった民たちは和解が成立した時点で釈放されるだろう。完全にとばっちりだし、そこまで法務大臣も暇じゃないうえに牢も有限だ。

 まぁ貴族の釈放とかは俺が飲まないからありえない。あいつらは駄目だ。フィーネへの態度もそうだし、俺への嫌がらせという名目で民を巻き込んだ。

 極刑とは言わないが、あいつらの爵位くらいは取り上げてやる。


「つまり……全部アル様の計算通りということですか……?」

「今のところは、な。あとは姿の見えないヴァイトリング侯爵がどう動くかだ。まぁ、どう動いても大丈夫なように準備はしてる。中には使いたくない手もあるけど……それでも一つ言えるのは君が泣くようなことはないってことだ。だから安心してくれ。もう終わりだ。君はいつもどおり笑っていてくれ」


 なかなか都合のいいお願いだ。

 負担をかけて、泣かしたのは俺だ。それで笑っていろとはふざけた要求だ。

 しかしそんなふざけた要求にフィーネは柔らかい笑顔で答えてくれた。


「はい!」

「助かるよ。君はやっぱり笑っていたほうがいい」

「アル様も優しいアル様のほうがいいです!」

「そうか。気を付けるよ」


 そんなフィーネの願いに俺は苦笑しながら答えるのだった。




■■■




 帝都最外層。

 そこにある道場。

 そこが俺の最後の視察場所だ。


「遅かったな」

「悪かったな」


 小さな町道場。

 そこに入るとガイが怫然とした様子で立っていた。そんなガイの前では眼鏡の男が鼻血を出していた。


「ぐっ、くっ……お前! 男爵である私を殴ったんだ! ただじゃすまないぞ!」

「どうただじゃすまないんだ? 馬鹿な平民に教えてくれるか? 男爵様」

「このっ! アルノルト殿下! あなたのご友人に私は殴られた! これは大問題ですぞ! あなたでは庇い切れないでしょう! 謝るなら今の内ですぞ!」


 そう言って眼鏡の男爵は俺に標的を移す。ガイに何を言っても意味はないと悟ったんだろう。だが、俺に何か言うのも間違っている。


「ガイが殴ったなら何か理由があるんだろうさ」

「何もしていないのに殴られたのです!」

「確かに何もしてねぇな。ただアルへの嫌がらせに協力しろって言っただけだ。それが気に食わないから殴った」

「で、でたらめだ!」


 そう言って眼鏡の男爵は狼狽える。

 どうしてこう白鴎連合の貴族は浅はかなんだろうか。まぁ浅はかだから帝位争いに加わることを止められ、白鴎連合なんていうくだらない組織を作るんだろうが。


「好きに言ってろ。だが覚えておけ。最外層出身の奴らは金じゃダチは売らん! 俺たちはたしかに貧乏だし、金を求めてる。だが、そういう環境にいるから金じゃ買えないもんはわかってる。あんたら貴族がすぐに捨てる繋がりを俺たちは大事にしてるんだよ!」

「なにを偉そうに! 私を殴った事実は消えないぞ!」

「訴えたいなら好きにしろ! 皇帝陛下の前でも同じことを言ってやるよ! 金でダチを売ってちゃ情けなくてガキどもの前に立てねぇ! これでも先生なんでな!」


 ガイはそう言うと腰に差していた剣を抜き放ち、眼鏡の男爵に突きつける。

 ガイはB級冒険者。強さでいえば平均的だ。それでも多数のモンスターと戦い、修羅場を潜ってきた冒険者だ。

 そんなガイの睨みに眼鏡の男爵は大いに怯む。


「おい! アル! どうするんだ? こいつ!」

「投獄だろうな」

「と、投獄!? 私がなぜ!?」

「はぁ……この指輪がどういう意味を持つかわかるか?」


 俺は今日何度目かの指輪を見せつける作業に移る。

 すると眼鏡の男爵はみるみるうちに顔を青くする。


「そ、それは……」

「皇帝陛下の許可をいただき、俺は視察している。その最終目的地がここだ。そこで質問だが、男爵は何をしている? ああ、嘘はやめておけ。ここに来るまでに何人もの貴族がそれで痛い目を見ている」

「そ、そんな……わ、私は……その……」

「ちゃんと本当のことを話すことだな。俺への嫌がらせを企んだのは本当か?」


 俺が問い詰めると眼鏡の男爵は抵抗は無意味と察して頷いた。

 それを確認すると俺は騎士たちに拘束を命じる。


「それで? これは何の騒ぎだ?」

「フィーネの傍に俺がいることが気に食わない貴族たちの反乱だな」

「はっ! ついにその時が来たか。いずれ来ると思ったぜ」


 ちょっと嬉しそうにガイが語る。

 まったくこいつは……。


「嬉しそうだな?」

「そりゃあな。フィーネ様のお傍にいられるわけだし、それくらいの災難は降りかかってもらわないと困る」

「お前なぁ……」

「まぁ安心しろ。俺は強制的に何かしようとは思わん。誰と一緒にいるのが楽しいかなんて、笑ってる顔を見ればすぐにわかるからな」


 そう言ってガイは道場の外にいるフィーネに視線を向ける。

 フィーネがいることに気づいた近所の子供たちがわいわいと集まっている。そんな子供たちにフィーネは笑顔で対応していた。


「お前の傍にいるときが一番綺麗だ。それが答えだろうさ」

「そうか……」

「た・だ・し。フィーネ様に指一本でも触れてみろ? 俺がお前を地獄に送るからな? エルナがいるからって安心できると思うなよ? モテない奴の恨みは勇者すら突破するからな?」

「怖いわ……まぁお前が心配するようなことはないから安心しろ」


 そう言って俺はガイを宥める。

 こうして俺とフィーネの長い一日は終わりを告げたのだった。

 

 



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― 新着の感想 ―
浅はかさはフィーネも負けてないと思うけど、、、 このまま痛い間に合わず、現実を直視することもなくぬくぬくと最後まで生き残るんだろうなフィーネは
[気になる点] 自分の力でフィーネに寄ってくる貴族たちを跳ねのけると言いながら、陛下の指輪を使うのは「虎の威を借る狐」ではないかと思いました。
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