第百四十三話 不味い料理
アンケート実施中。おかげさまで活動報告は三個目に突入しました<m(__)m>
次に俺が訪れたのは帝都で人気の料理店。
フィーネと店に入ると、すでに数組の客が入っていた。
「お待ちしておりました。アルノルト殿下、フィーネ様」
そう言って俺たちは店の中央の席に案内された。
今のところ不自然な点はない。
視察ということを伏せて、この店を予約したわけだし当然といえば当然だ。この店からすれば俺たちは客なのだから。
だが、この店に白鴎連合に参加している貴族が接触しているのはわかっている。
どんな手で来るやら。
そんな風に思っていると良い香りのスープがテーブルに出てくる。
フィーネが先に一口食べて、美味しそうに笑顔を浮かべた。
「美味しいです!」
「そうか」
そう言って俺はスプーンでスープを掬って口に含む。
すると一斉に辛いと苦いの二つが襲ってきた。
思わず顔を歪めて俺はスープを睨んだ。
「なるほど……そう来たか」
地味な嫌がらせをしてくれる。
ここで騒いでもいいが、まだ俺の味覚が駄目なパターンも考えられる。
もうしばらく様子を見るか。
たぶん結果はわかっているけれど。
■■■
「シェフを呼べ!!」
大声で俺はそう叫ぶ。
口の中ではいまだに不快な甘みが広がっている。
今、食べたのは肉料理だ。それなのにデザートみたいな甘い味がした。どう考えても不味い。
わかっていたが、俺の味覚の問題じゃない。
「お呼びでしょうか。殿下」
そう言って出てきたのはスラリとした三十代の男。
自分の腕だけで料理店を大きくしてきたシェフであり、帝国だけではなく各国の料理も提供できるのが売りだ。
普段から良い物を食べているフィーネが称賛したように、腕は確かだ。それゆえに残念だ。
「俺にだけ違う料理を出してないか?」
「まさか! そのようなことをするはずがありません! もしやお口に合いませんでしたか?」
「ああ、とても食えたもんじゃない!」
そう俺が叫ぶと周りの客がひそひそと喋り始める。
「出涸らし皇子は味覚も出涸らしらしいな」
「ここの料理の味がわからないなんて……哀れね」
「自分の口に合わないからってシェフに当たるなんて……良識はないのか!」
「やめておけ。いつも遊んでばかりの皇子だ。良識なんて身につかんさ」
「やはりレオナルト皇子と双子だというのが信じられん。儂はレオナルト皇子は評価しているんだが、兄があの調子ではな……」
「もうちょっと行動を改めようという気にはならないんだろうか。出涸らし皇子と呼ばれて悔しくないというのが情けない」
「まったくだ。皇族の恥さらしめ」
そう言って周りからコソコソと悪口が飛んでくる。
フィーネが眉をひそめて立ち上がろうとするが、それを俺は手で制す。
そしてシェフに向かって俺は告げる。
「シェフは料理人として誇りを持っているか?」
「もちろんです」
「よろしい。では食べてみろ。そして自分の料理人の誇りに従って感想を述べろ」
そう言って俺はシェフに向かって俺が食べた料理を勧める。
シェフは慣れた手つきでフォークを手に取り、自分が作った肉料理を口にする。
微かに顔を歪めながらもシェフは料理を飲み込む。
「どうだ?」
「しょ、少々味付けが甘かったかもしれません……ですがこういう料理なのです」
「そうか……最後のチャンスをフイにしたな」
そう言って俺はテーブルに指輪を置く。
それを見てシェフは顔を青ざめさせる。
「黄金の鷲の指輪……」
「そうだ。皇帝陛下の代理人を示す指輪だ。俺は皇帝陛下の代理として帝都の視察をしている」
そう俺が宣言すると、周りにいた客の一人がそそくさと立ち上がる。
だが、それは入り口を固めていたリンフィアと騎士たちに阻止された。
「お座りを。殿下が喋っている最中です」
「きゅ、急用が……」
「皇帝陛下の代理を軽んじられると?」
リンフィアに脅された客は泣きそうな顔で自分が座っていた席に戻る。
どの客も顔色が悪い。
いくら貰ったか知らないが、馬鹿なことをしたもんだ。
「さて、俺の言葉が誰の言葉を意味するかわかるな? シェフ」
「は、はい……」
「では質問に再度答えてもらおう。この料理の感想は?」
「……お、お許しください……!! 殿下……!!」
シェフはその場で跪いて許しを乞う。
それを見ても俺は質問を変えない。
「この料理の感想は?」
「……不味いです……」
「故意か? 偶然か?」
「……」
「すでに一度嘘をついている。二度目はおすすめしないぞ?」
「……わざとです。わざと殿下に不味い料理を出しました……」
「なるほど。個人的な恨みではないな?」
「はい……」
項垂れたままシェフは動かない。
そりゃあそうだろうな。料理人にとって一番やってはいけない行為をして、それを認めたんだからな。
これで平気な顔をしている奴ならここまで店は人気になってない。
本当に惜しいことをしたもんだ。
俺はリンフィアに視線を移して指示を出す。
「店内を探せ。どうせどこかにいる」
「はい。かしこまりました」
リンフィアを筆頭として、数人の騎士が店内の捜索に向かう。
裏口から逃げようとしてもそこはすでに固めてある。逃げるのは不可能だ。
しばらくすると背の低い男がリンフィアによって連れて来られた。
「離せ! 僕が誰だかわかっているのか!?」
「もちろん存じています。ゼッフェルン伯爵」
ゼッフェルン伯爵。年は二十代後半。
帝都の貴族の中では金を持っているほうで、それを使って手広くやっている貴族だ。それと美人な貴族に結婚を申し込むことで有名で、たしかエルナにも結婚を申し込んだことがあるはずだ。勇爵にその場で断られたらしいが。
「ご機嫌よう。ゼッフェルン伯爵」
「アルノルト殿下! あなたの臣下に乱暴をされた! どう責任を取ってくださる!?」
この期に及んでよくもまぁ偉そうにできるな。
まぁファーナー伯爵と違って、今回は完全な嫌がらせだしな。シェフが嘘をついていると言い張ることもできる。
ファーナー伯爵よりは絶望的な立場じゃない。といっても、強気に出られるのはどうかしてるけど。
「責任? それはこちらの台詞だが?」
「僕が何をしたと?」
「今、俺は故意に不味い料理を出された。その店の中になぜかあなたがいた。一体何をしていた?」
「店の見学ですよ! 今度、料理店でも出そうと思ってましてね!」
偉そうにゼッフェルン伯爵は告げる。
それでもおかしな話なんだが、本人としてはそれで切り抜けられると思っているらしい。
そんなゼッフェルン伯爵に俺は指輪を見せる。この様子じゃ状況を把握していないようだしな。
「これが何かわかるか?」
「そ、それは……皇帝陛下の指輪!? どうして殿下が!?」
「陛下の許可を貰って、帝都の視察中だからだ。その最中にわざわざ俺に不味い料理が出された。これは陛下に不味い料理を出したと同義だ。そうだな?」
「そ、それは少々飛躍した理論では……?」
「まぁそれを判断するのは俺じゃない。誰が仕組んだことなのか調べるためにこの場の全員を逮捕する。もちろんあなたもだ」
「それは横暴ではありませんか! なぜ無実の僕が!?」
「無実かどうかを調べるためだ」
俺がそう言うと騎士たちが客と従業員を捕らえ始める。
それを見てゼッフェルン伯爵は狼狽えた様子を見せた。しっかりと調査すればゼッフェルン伯爵が金を出したことはわかるからだ。
「ゼッフェルン伯爵。嘘をつけば罪は重くなるぞ。これは皇帝陛下の審問に等しい。欺けば極刑もありえる」
「極刑!? そ、そんな馬鹿な!?」
「馬鹿な話でもない。十分にあり得る話だ」
俺の言葉にゼッフェルン伯爵は押し黙る。
嘘をつけば罪は重くなる。しかし正直に言えば確実に罪に問われる。
しばらく沈黙のあと、ゼッフェルン伯爵は後者を選択した。
「……僕が指示しました……」
「そうか。なぜだ?」
「い、嫌がらせをすれば……殿下はフィーネ嬢から離れると思いました……」
「浅はかだな」
そう断じるとゼッフェルン伯爵が俺を睨みつけてくる。だが、その目を俺は真っすぐ見据えて返す。わりと本気で。
するとゼッフェルン伯爵は震えて、汗を大量にかきはじめた。
「あ、ああ……」
「フィーネのことを何も考えず、自分たちの都合で動く。お前たち白鴎連合には反吐が出る。罪を認めた以上はしっかりと牢に入ってもらうぞ?」
「は、はい……」
俺に睨みつけられ、心を折られたゼッフェルン伯爵は静かに返事だけをする。
だが、その程度ではこいつは懲りないだろう。
だからこいつにとって絶望的な事実を俺は突き付けた。
「それと裁判が終わったあと、また何かされても面倒だからな。ゼッフェルン伯爵家に関連する店はすべて俺が買い取った。そのほか、お前が主導していた違法な金貸しについても調査させている。この一件が終わったあとはその裁判だろう。それが終わったあとにどれほど金が残っているか楽しみだな?」
「そん……な……お、お待ちください! どうしてそんなことを!? 僕が何をしたというんですか!?」
「自分の胸に訊ねてみろ」
「……まさか……この程度の嫌がらせで……僕の家を潰すおつもりか!?」
「この程度? わかってないな。臣下である貴族が主君である皇族に嫌がらせをすること自体、あってはならないことなんだよ」
「そんな! あなたを馬鹿にした者は多くいるはず! なぜ僕だけ!?」
「安心しろ。お前だけじゃない。馬鹿にするだけじゃなく、公然と行動に移した奴らには徹底的に地獄を見せる。協力した奴らも同罪だ」
そう言って俺は周りにいた客たちに視線を向ける。
「ひぃぃぃ……」
「お、お許しを」
「命令されただけなんです……!」
客たちは悪魔でも見るような怯えた表情で俺を見ている。考えが足りないにもほどがある。皇族を馬鹿にするなんて、小銭稼ぎにしてはリスキーすぎる。まぁ彼らにもちゃんと恐怖を味わってもらおう。
問題は彼らじゃない。
俺は項垂れたままのシェフに目を向ける。
この世の終わりという顔をしているシェフだが、俺の視線に気づいて顔をゆっくりとあげる。
「で、殿下……」
「金に目が眩んで料理人としての誇りを売ったのが運の尽きだったな。俺が何もしなくても、今回のことで店はつぶれるだろう。客にあえて不味い料理を出す店に誰も来やしない」
「……はい……申し訳ありません……」
そう言ってシェフはポロポロと涙を流し続ける。
この分じゃ牢で自殺でもしかねないな。
金に目が眩んだ以上、自業自得ではあるが命まで支払うほどのことでもない。
そんな風に思っているとフィーネがそっとハンカチをシェフに差し出した。
「どうぞ」
「……受け取れません……お許しを……」
「そうですか。ではここに置いておきますね。落ち着いたら涙を拭いてください。そして自分がしたことを悔やみ、反省したならもう一度料理を作ってください」
「フィーネ様……」
「美味しかったですよ。あなたの本当の料理は。次はアル様にも食べさせてあげてください」
「……はい……」
振り絞るようにシェフは答える。
フィーネはそれを見ると、スッと一歩下がって頭を下げた。
余計なことをしたとでも言わんばかりの態度だ。
正直助かったんだが……まぁ今は態度には出せない。
「リンフィア。この場は任せる。拘束しておいてくれ」
「はい。かしこまりました。アルノルト様」
「フィーネ。次に行こうか」
「はい……」
まだ続くことにフィーネは悲し気に視線を伏せるが、嫌がったりはしない。
必要なことだと理解してくれているんだろう。
「これで二人。残りもさっさと済ませるとしよう」
そう言って俺はフィーネと共に馬車に乗ったのだった。