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第百四十二話 越えてはならない一線

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 白鴎連合が結成されてから早くも一週間ほどが経った。

 そんな日の早朝。

 俺は父上の部屋の前にいた。


「殿下。陛下はまだご就寝中です」


 寝ているから会えないと護衛の騎士が俺に告げるが、そんなの正直関係ない。


「緊急の用件だ。通してくれ」

「そういうわけには参りません」

「俺は父上のせいで面倒事に巻き込まれてるんだ。早起きくらいしても罰は当たらんさ」


 そう言って俺は騎士の制止を振り切って部屋の扉を開ける。

 すると中にあるベッドで父上が体を起こしていた。


「申し訳ありません、陛下」

「よい、下がれ。アルノルトの用件を聞こう」


 そう言って父上は騎士を下がらせる。

 そして俺を見てため息を吐いた。


「お前はワシが皇帝だということをときおり忘れるのではないか?」

「御無礼をお許しください。急ぎの用があったので」

「今日は妙に殊勝だな?」


 俺が素直に頭を下げたことに父上はやや困惑した様子を見せる。

 いつもの俺なら父上の言葉に軽口で返すからだ。

 まぁそういう態度でも別に構わないんだが、一応丁寧な態度でいたほうがいい。そのほうが万が一のときに得だからな。


「さすがに陛下の安眠を邪魔して強気ではいられません」

「そうか。それで? 用件は?」

「帝都を視察する許可をいただきにまいりました」

「視察? いつものように勝手に行けばよいだろう?」

「陛下の許可が欲しいのです」


 俺の言葉の意味を察した父上はため息を吐くとベッドの横に置いてある指輪の一つを俺に投げてよこした。

 そこには黄金の鷲が彫られていた。皇帝がつける装飾品の一つであり、これを持っているということは皇帝から認められているということだ。


「それで好きにせよ」

「ありがとうございます。陛下」

「〝陛下〟か……今日はずいぶんと行儀がよいのだな?」

「これから行儀が悪くなるので……」


 そう言って俺は一礼して父上の部屋を去った。

 その帰り道。セバスが俺の背中に現れる。


「監視は?」

「ありません」

「馬鹿なやつらだ」

「そこまで警戒する注意力を持ち合わせているなら、皇族に喧嘩を売るようなことはしないでしょう」

「それもそうか。さて……今回は徹底的にやるぞ」

「はっ、かしこまりました」


 皇族に喧嘩を売るっていうのがどういう意味を持つのか。

 考える頭のない奴らに教えてやるとするか。




■■■




「アル様。今日はどちらへ?」

「いろいろさ。帝都の様子を見て回る。レオがいないからレオの代わりだな」


 俺は馬車の中でそうフィーネに説明した。

 表向きはレオの代わりの視察ということになっている。それはすでに白鴎連合にも伝わっているだろう。なにせあえて何日も前に情報を流している。

 彼らは俺を排除するために嫌がらせを仕掛けてくるだろう。俺を排除しなければフィーネに近づくことはできないし、そもそもそのために結成された組織だからだ。

 自分たちが認めない者がフィーネの傍にいることは許さない。極端だが奴らの考えはそういうことだ。

 そこにフィーネの考えや感情が入ることはない。

 ふざけた話だ。そしてふざけたことをする奴らにはふざけた方法で返させてもらう。


「ついたか」


 そう言って俺は馬車が止まったのを確認して外に出る。

 最初の目標はそこそこ名の知れた高級宿。立派な宿を見ながら俺はフィーネと共に店に入ろうとするが、中から出てきた店主が薄ら笑いを浮かべながら告げた。


「これは殿下。なにか御用でしょうか?」

「ちょっと視察にな。どうだ? 調子は」

「ぼちぼちといったところですな」

「そうか。中を見せてもらってもいいか?」


 俺の言葉を待っていたと言わんばかりに店主は頭を下げる。

 まぁ予想通りの反応だ。


「申し訳ありません。我が宿は最近、女性専用に切り替えておりまして……いくら殿下といえど中に入れては評判が……」

「俺を入れられないと?」

「いや、そういうわけでは……レオナルト殿下ほどの名声があるお方なら周りも文句は言わないんでしょうが……いえいえ、殿下に名声がないと言っているわけではありませんよ?」


 軽薄な笑みを浮かべて店主は弁明を続ける。

 長々と話しているが、結局は評判の悪い俺を中にいれたら店の名前に傷がつく。そういうことだ。


「いつから女性専用なんかになったんだ?」

「つい最近です。いやぁ、タイミングが悪うございました。どうでしょうか? 殿下はここでお待ちいただき、フィーネ様だけが中を見るというのは?」


 そんな提案を店主はしてくる。

 こうやって嫌がらせを続け、フィーネの傍にいることを苦痛に感じるように仕向けようとしているんだろうな。

 まったく……浅はかで呆れさせてくれる。


「店主……一つ確認しておくが……本当に女性専用の宿なんだな?」

「ええ、もちろんです」

「そうか。じゃあこれが見えるか?」


 そう言って俺は指輪を見せる。

 そこに刻まれた黄金の鷲の意味を知らん奴なんて帝都にはいない。黄金の鷲は帝国の象徴。その紋様を使えるのは皇帝だけだ。


「そ、それは!?」

「俺は皇帝陛下の許可を得て、ここに視察に来ている。それを拒むということは皇帝陛下を拒むということだが……いいんだな?」

「そ、そんなことは!?」

「だがお前は俺を入れられないと言ったはずだぞ?」

「そ、そういうことではないのです! そのような意味で言ったわけでは!」


 必死に弁明しようとする店主の肩に俺は手を置く。

 そして店主にだけ聞こえるようにつぶやいた。


「三日前から急遽女性専用の宿などと宣伝しはじめたのを知らないと思ったか?」

「ひっ……! で、殿下……」

「女性専用の宿なら中に男の客はいないな? 店主」


 俺はジッと店主を見つめる。

 店主の体が震え、異様な汗をかき始める。

 俺に嫌がらせをしようと企画した奴ならきっと特等席でそれを見物しようとするだろう。たとえば店の客室とかな。


「中を探れ。もしも男性客がいた場合は身分を問わず連れて来い。フィーネに危害を加えようとした疑いがある」

「はっ!」


 俺の護衛としてついて来ていた騎士たちが宿の中に乗り込む。

 店主はもはや声も出ない様子だった。

 そんな店主を放っておいて、俺は宿の中へと入る。

 中では女性の店員たちが怯えた様子で騎士と俺を見ている。

 しばらく待っていると、騎士たちによって一人の男が連行されてきた。


「これはファーナー伯爵。ここでなにを?」

「殿下、これはどういうことですか? いくら殿下でも横暴では?」


 ファーナー伯爵は金髪の大柄な男だ。年は二十代中盤。日頃から俺に対して色々と文句を言っている貴族の一人だ。

 騎士に腕を掴まれてファーナー伯爵は不愉快そうに眉を潜めている。

 どうやら自分の状況がわかっていないらしい。


「横暴? 言葉の使い方に気をつけろ。俺は俺の正当な権利の下で宿を捜査しただけだ」


 そう言って俺はファーナー伯爵に指輪を見せる。するとファーナー伯爵の顔色が変わる。

 どこか余裕のあった今までの表情から、まずいといった表情に変化したのだ。


「さて、ファーナー伯爵。質問に答えてもらおう。女性専用の宿で何をしていた?」

「そ、それは……」

「皇子である俺すら拒否される宿だ。真っ当な手段で入れるわけがない。そうだろう?」

「で、殿下……これは何かの間違いで……」

「店主は俺の出入りを禁止し、フィーネだけを中に入れようとした……フィーネに何かしようとしたんじゃないか?」

「ち、違います!」


 そう言ってファーナー伯爵は否定して、身をよじるが屈強な騎士たちによってその場で膝をつかせられる。

 そんなファーナー伯爵の前で俺は言葉を続ける。


「ではどんな理由でここにいた?」

「……で、殿下に嫌がらせをしようとしていました」


 嘘をついてフィーネに何かしようとしていたと疑われてはたまらないと思ったんだろう。 

 正直にファーナー伯爵はそう告白する。だが、それはそれで悪手だ。


「ほう? つまり伯爵は皇帝から正式に許可を得て視察にきた俺の邪魔をしようとしたってことだな?」

「ち、違います!」

「なにが違う?」

「へ、陛下からの許可があるとは知らず……」


 ファーナー伯爵の言い分に俺は鼻で笑う。

 ファーナー伯爵はそのまま項垂れるが、俺は髪を掴んでファーナー伯爵の顔をあげさせる。そして。


「いつも俺が馬鹿にされるのは皇族としての責務を果たしていないからだ。だが、今回は陛下の許可がなかったとしても、帝都の視察という皇族としての責務を果たしている。そんな俺の邪魔をしようとしただけでお前は十分に重罪だ」

「そ、そんな!」

「個人としての俺を馬鹿にするのは自由だが、皇族の一員である俺を馬鹿にして、何かしようとすればどんなことになるか。お前は想像力を働かせるべきだったな」


 そう言って俺はファーナー伯爵の髪から手を離す。するとファーナー伯爵は振り絞るようにつぶやいた。


「お、お許しを……今までの非礼は謝罪いたします……」

「許す? そんな時期はもう過ぎた。お前らは越えてはならない一線を越えたんだ!」


 そう言って俺はファーナー伯爵の横っ面に裏拳を喰らわせる。

 強く殴られたファーナー伯爵は口から血を出すが、構わずに俺は指示を出す。


「ファーナー伯爵を拘束しておけ。すべてが済んだら投獄する」

「はっ!」


 そう言って俺は踵を返す。ここで揉め事を起こして時間をかけるとほかの奴らが尻尾を出さない可能性がある。

 周りにいるだろう向こうの監視はセバスが無力化しているし、騒ぎを大きくしなければ気づかれる心配はない。

 そんなことを思っていると俺の足に店主が縋りついてきた。


「で、殿下! お許しください! 借金があったんです!」


 そう言って店主は床に頭をこすりつける。

 だが俺はそんな店主の弁明に肩を竦める。


「金に目が眩んだと?」

「はい! 申し訳ありません!」

「それで借金は? 返したのか?」

「はい! それはもう! すぐに!」


 馬鹿な奴はすぐにわかる嘘をつく。

 俺は頭を下げる店主の肩に手を置く。

 そして。


「お前の借金はすべて俺が立て替えてある。今、お前に金を貸しているのは俺というわけだ。この店の開業資金だな? 返したというならすぐにわかるはずなんだが?」

「え……?」

「一つ、お前はまず皇族の俺を店にいれなかった。二つ、皇帝の許可を得た視察を受け入れなかった。三つ、金を借りている相手を迎えいれなかった。これだけでも十分非礼だが、最後の四つ目がいけない。お前は嘘をついた」

「あ、あ、ああ……お、お許しを……」

「店の者をすべて捕らえろ。店主はもちろん従業員、関係者すべてだ」

「殿下……そのようなことをすれば評判が……」


 静かに俺の行動を見ていたウッツが進言してくる。

 たしかにここで店主たちを捕らえる意味はない。

 問題が大きくなるだけだ。だが、それでいい。


「評判なんて今更俺が気にするわけがないだろ? それともこいつらに罪がないと?」

「そういうわけではありませんが……捕らえたところで小さな罪です」

「小さな罪でも罪は罪だ。捕らえろ。それと店主、当然ながら店は潰す。皇族と貴族、子供でもわかる力関係を勘違いしたのが運の尽きだったな」


 もはや店主は言葉も発することができない様子だった。

 そんな店主を放っておいて俺は外に出る。

 そこではフィーネが泣きそうな表情を浮かべて待っていた。


「アル様……」

「しばらく我慢してくれ」

「……はい」


 一言そう告げるとフィーネは俺に頭を下げる。

 そして俺たちは馬車に乗って次の目的地へと向かう。

 さらなる不届き者を捕らえるために。

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