第百四十話 第二の幼馴染
昨日は更新をお休みしてしまい、すみませんでした<m(__)m>
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「正直、驚きだわ」
「なにが?」
「あなたがアルのことをほったらかしたのが、よ」
馬車の中でレオは苦笑する。そんなレオを見て、護衛を頼まれて同行していたエルナは怪訝な表情を浮かべた。
「なによ?」
「それはエルナも一緒でしょ? 兄さんを放っておいてよかったの?」
「私はいいのよ。私がいても役に立たないもの。相手は帝国貴族。剣を向ける相手じゃないわ」
「それなら僕も一緒だよ。僕が僕のやり方で動いても、きっと問題解決には至らない。それなら兄さんに任せた方がいいって思ったんだ」
「ずいぶんアルを高く買ってるのね? ひどい目に遭うとは思わないのかしら?」
「帝位争いには多くの貴族が関わってる。だけど今、兄さんに文句を言ってるのはその争いに関わるなと周りに止められた人たちが中心だ。兄さんの敵じゃないよ」
「ま、その見解には同意ね。寄せ集めの二流、三流が集まったところで出来ることなんてたかが知れてるわ。断言してもいいけど、ひどい目に遭うのは貴族たちでしょうね。アルは身内が関わると途端に容赦ないもの。覚えてる? 昔、ガイが男爵の息子とその取り巻きにリンチされたときのこと」
エルナは馬車の窓から外を見ながら、そんなことを呟く。
レオは深くうなずいて懐かしそうに苦笑した。
「僕らは剣をもって乗り込んだんだよね」
「そうよ。ボコボコにしてやろうと思ったのに……屋敷にはもう多くの騎士や軍人がいたわ。公金の横領や奴隷の売買、さらに城の宝物の窃盗。いろんな悪事が一斉にバレて、男爵はもちろん息子も皇帝陛下に裁かれることになったわ。あれ、たぶんアルの仕業よね?」
「だと思うよ。セバスがいれば大体のことはできるだろうからね」
「まぁ動いたのはセバスだろうけど……そのセバスもアルが命じないと動かないし、あの展開を描いたのはアルで間違いないと思うわ」
まだまだ幼かった頃のことだ。
しかし単純な力しか持ちえないエルナやレオとは違う力を、アルはすでに持ち合わせていた。
そんなアルが貴族たちに後れを取るとは思えない。
きっとエルナやレオでは考えつかない方法で痛い目を見せるだろう。それが二人の共通見解だった。
「でも驚いたわ……いきなりヴィンのことを軍師にしたいだなんて。三年前から行方知らずなのよ? 手がかりはあるの?」
「ないよ」
「はぁ……手がかりのない旅に私を連れ出したわけね……」
「そんな風に言わないでよ。確証はないけど、ヴィンのことだし、故郷にいると思うんだ」
「ありえないわ。故郷の村を田舎で嫌ってたでしょ?」
「だからヴィンならいると思うんだ。性格が良いとは言えないからね」
そう言ってレオは楽し気に語る。
そんなレオを見てエルナはさらにため息を吐いた。だが、探している人物の性格を考えればない話でもない。
「ま、ヴィンのことならレオに任せるわ。幼馴染だものね」
「幼馴染というよりは兄さんとは違ったタイプの兄って感じだけどね」
そんなことを言いながらレオはヴィンと呼ばれる人物に思いをはせるのだった。
■■■
その村は帝国中央部の外れにあった。
主要な道からも外れており、活気とは程遠いその村にレオとエルナはとても場違いだった。
「本当にいるの?」
「どうだろうね」
言いながらレオは迷わずヴィンの実家へと向かう。
そして古びた一軒家がヴィンの実家であると確認すると、迷わずレオはその家を訪ねた。
「お邪魔します。どなたかいらっしゃいますか?」
「ちょっとレオ……」
「どなたですかな?」
遠慮もせずに入っていくレオをエルナが引き留めようとするが、その前に家の中から返事があった。
しわがれた老人の声だ。
見れば安楽椅子に座った小柄な老人が家の中にいた。長い白髪に長い髭。顔は確認できないが、この家にいるということはヴィンの身内なのだろう。
「失礼。僕はレオナルト・レークス・アードラーと申します。ヴィンフリートを探してやってきました」
「皇子殿下でしたか……残念ながら孫は戻っておりませぬ……」
「ヴィンのお祖父さん……」
エルナは寂しげな老人を見て、ひどく同情した。
ヴィンフリートはレオとアルよりも三つ年上の男だった。
その才能を皇太子に認められ、平民の身ながらずっと城で学んでいた。外で遊ぶことの多かったエルナが、アルよりの幼馴染とするなら、中で共に勉学に励んだヴィンはレオよりの幼馴染ともいえた。
そんなヴィンは六年前。当時十五歳で、見識を深めるため諸外国を回る旅に出た。いつかは皇太子の下、宰相の座につくことを夢見て。
だが、それは夢と消えた。三年前、皇太子が死んだことでヴィンは生きる意味を見いだせなくなり、すべての人間と関係を断って失踪したのだ。
幾度もレオは探したが、すべて空振り。手がかりすらつかめずにいた。当然、多くの騎士がここを訪ねている。それでも見つからないのだ。
「そうでしたか……行き先に心当たりは?」
「申し訳ありません……すでに幾度も探したのです……」
「レオ、無理に訊くのは……」
エルナがそうレオを制すが、レオは頭を振って笑みを向けた。
この状況での笑みはとても不謹慎に見えたが、意味もなくレオが笑うはずもない。
エルナが困惑していると、レオはゆっくりと老人に近づく。そして。
「相変わらず背が小さいね。ヴィン」
「っ!?」
「レオ!?」
レオは腰の剣を抜くと老人に向かって振りぬく。
咄嗟に老人は安楽椅子から飛びのき、レオの剣を躱した。だが、その代償として長い白髪をレオに持っていかれてしまった。
否、正確にいうのであれば〝長い白髪のカツラ〟をレオに持っていかれたのだった。
「やぁ……久しぶりだね、ヴィン」
「……どうしてわかった?」
カツラを奪われたヴィンは誤魔化すことはせず、付け髭と声色を変えていた魔導具も取ってレオの前に姿を晒す。
暗い金髪に同様の瞳。背は小さく、一見すると子供に見えるが子供というには目つきが悪すぎる。
鋭い三白眼は他人を牽制するには十分すぎるほどで、整った容姿も相まって鋭い短剣のような印象を他者に与える。
男の名はヴィンフリート・トラレス。皇太子がその才能を認め、いつか自分の良き臣下にと弟のように可愛がったレオの幼馴染だ。
「一つはこれだけ探しても見つからない以上、君はきっと目に見える場所にいると思ってた。こちらが気づかないだけでね。二つ目はこの家が綺麗過ぎた。綺麗好きな君らしいけど、老人でここまで綺麗にするのは無理だ。そこまで裕福と言うわけでもなさそうだし、誰かを雇ったと言うのも考えにくい」
「それだけで老人に剣を向けたのか? しばらく会わない間にずいぶんと手癖が悪くなったな?」
「ちゃんと反応できないなら止めたよ。それに確信もあった。君なら変装してお祖父さんに成りすますくらいやるだろうなってね」
「ちっ……」
舌打ち後ヴィンは付け髭をテーブルに放り投げ、無造作に安楽椅子に座る。
その態度と口調は皇子に対して非礼ではあるが、それは昔からだった。一応は最初、敬語をつかったヴィンに対して、そういうのは別にいいと言ったのはレオのほうだからだ。
それ以来、ヴィンはレオに敬語は使わないし、礼儀も尽くさない。皇太子からも実の弟のように接してやってくれと頼まれていたからだ。
「わざわざ何のようだ?」
「わからないかい?」
「ふん、オレを軍師にって話か? やめとけ。オレはお前が思うほど優秀な軍師じゃない」
「君が無能なら世の中の人は大抵は無能だよ」
「無能ではないことは認めるが、優秀でもない。軍師なんてやってる奴らの中じゃ俺は凡人と変わらない。お前が望めばオレ以上の軍師はそこら中から湧いてくるだろうさ。そういうわけだ。帰れ」
そう言ってヴィンはレオを鋭く睨みつける。
だがレオは気にした様子もなく、ヴィンに手を差し出す。
「そういう風に言える君だから僕には必要なんだ。優秀さは二の次だよ。僕には君のような軍師が必要だ」
「ずいぶんと自分の都合を押し付けるじゃねぇか。オレにはお前の軍師をする必要性がないんだが?」
そう言ってヴィンは軽くレオの手を払う。その行動にエルナが眉をひそめて一歩前に出た。
「相変わらずね? ヴィン」
「お前も相変わらずみたいだな。エルナ」
「人はそうは変わらないもの。あなたの背みたいにね」
そう言ってエルナは最大限の皮肉を込めて、ヴィンの背に言及する。全然伸びない背はヴィンにとって致命的なコンプレックスであり、他人に触れられると怒るポイントだった。
しかし。
「そうだな。お前の胸も成長がないみたいだしな。お互いに悲しい身だな」
「なっ!?」
「他人の身体的特徴を攻撃するなら、自分も攻撃されてしかるべきだよな? 貧乳」
「このっ!」
「エルナ。言葉じゃヴィンには勝てないよ」
そう言ってレオがやんわりとエルナを制す。
そしてレオは笑顔のまま引き下がる。
「今日はいきなりだったし、ひとまず帰るよ。また明日くるからそのときに話そう」
「何度来ても一緒だ。オレはお前の軍師にはならん」
「君の気が変わるまで来るよ」
そう言ってレオはエルナを連れてその場を後にする。
残されたヴィンは去り行くレオの背を見て、小さく舌打ちをした。
「ちっ……あくまで説得か。相変わらず甘ちゃんだな」
強引にでも連れ行くか、従わせるか。そういう手段を取れないのはレオの弱みといえた。
同時に美点でもあるのだが、やはり弱みという部分が勝る。レオがしているのは帝位争いだからだ。
そんな分析を思わずしてしまったヴィンは、バツが悪そうな表情を浮かべ、イライラした様子で部屋の掃除を始めるのだった。