第百三十九話 根回し
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「昨日は申し訳ありませんでした。自分の勉強不足でした。お許しください」
「来なくていいと言ったはずだが?」
「レオナルト殿下からあなたのお手伝いをと命令されましたので」
「その俺から無能だと判断されて、来なくていいと言われたはずだが?」
「弁明のしようもありません」
ウッツは俺の言葉に項垂れる。だが立ち去るつもりはなさそうだ。
諦めが悪いというよりは、しつこいというほうがしっくりくるな。
「はぁ……白鴎連合の中で最も無害と思われる貴族は?」
「ベッカー男爵の息子である、ダミアン・フォン・ベッカーかと。フィーネ様に憧れを抱いておりますが、友人たちに誘われて入っただけというスタンスです」
「ふん……勉強はしてきたらしいな。けど、それは昨日までの情報だ」
そう言って俺は数枚の紙をウッツに見せた。
そこには長々と謝罪文が書かれており、その下には署名が入っていた。もちろんダミアンの名前もある。
「これは……!?」
「すでに無害そうな貴族は数名、離脱させてる。ダミアンもその一人だ」
「こんなに早く……どうやったのですか?」
「白鴎連合の貴族はピンキリだ。中心にいるのは現実的にフィーネの婚約者候補に上がれる者たちだが、末端にいる者たちはそんなことは夢物語で、友人との付き合いやなんとなくな者たちが多い。そしてそういう奴らは大抵裕福じゃない。だから借金の記録を探して、俺がすべての借金を立て替えた。つまり彼らの借金相手は俺になったというわけだ」
「効果的な手段ですが……どこからそのお金を?」
「俺は金を使わない。その金の運用はセバスに任せてある、ずっとな。その間、セバスは賢くお金を増やしてくれたわけだ」
事実だ。セバスに資産運用を任せてあり、セバスはそれを上手く使って何十倍にも膨れ上がらせた。とはいえ、そんなのは金を使うときに怪しまれないためであり、俺たちの本当の資金源はシルバーとしての収入だ。おそらく俺は個人の資産に限れば帝国屈指だ。
「そのようなことを……ですが、その……」
「無害な者をなぜ金を使って離脱させたのか、か?」
「はい、そのとおりです」
「いずれわかる。戦力になる気があるならセバスの指示に従って動け。セバス」
「はっ、ここに」
どこからともなく現れたセバスにウッツは目を見開く。まぁ普通は驚くよな。
そんなウッツをよそに俺はセバスにリストを渡す。
「これはこれは。なかなかの出費となりますが?」
「平気だ。使えるだけ使え。白鴎連合だなんてふざけた集まりにはちゃんと教えてやらんとだからな。どちらが上でどちらが下かをな」
「つまり徹底的ということですな?」
「そうだ。帝都中の貴族どもに見せてやれ。金の使い方ってやつをな」
そう言うとセバスは恭しく一礼し、ウッツと共に部屋を出ていった。
さて、下準備はあの二人に任せるとしよう。
そんな風に思っていると部屋に新たな客人がやってきた。
「アルノルト殿下。アロイス・フォン・ジンメルがまいりました」
「ようこそ、ジンメル伯爵。こんな状況で呼び出して申し訳ない」
「いえ、暇を持て余している身ですので」
そう言うアロイスの顔に嘘はない。いろいろと勉強はしているようだが、そればかりではさすがに暇だと感じているんだろうな。
そんなアロイスに向かって俺はニヤリと笑う。
「それは結構。少し仕事をしてほしいんだが?」
「内容によります、殿下。残念ながら非才の身ですので」
そう言ってアロイスは保険をかける。なかなかどうしてちゃんとしている。
そういうところも勉強しているみたいだな。良いことだ。
「シルバーは君のことを買っていたが?」
「!?」
「君にはグラウと言ったほうがいいか?」
「あなたは……一体……?」
それはシルバーとアロイスしか知り得ない内容だ。だが、知り得る人物はまだいる。
「シルバーに依頼したのは俺だ。レオの邪魔をされたくなかったんでな」
「あなたが……グラウを向かわせてくれたんですか?」
「そうなるな」
そういうとアロイスは静かに一歩引いて、その場で膝をついた。
「どうした?」
「殿下に……感謝を申し上げます。あなたのおかげで我が領民の命を守ることができました……」
「守ったのは俺じゃない。君とシルバーだ。ただ――それでも恩と感じているなら力を貸してほしい」
「はっ、なんなりと。全霊をもって当たります」
「大げさだな。ただ俺の話をしてほしいだけだ」
「良い噂を流すんですね! 任せてください!」
パッとアロイスが顔を明るくする。
だが俺はそれに首を横に振る。
「え?」
「逆だ。悪い噂を流してほしい。心底まずい表情で、俺が怖い人物だと噂してくれ」
「そ、それでは状況を悪化させませんか?」
「いいんだ、それで。ちゃんとシルバーとも話した。そのうえでの作戦だから心配するな。俺の思いつきじゃない」
心配そうなアロイスに俺はシルバーの名を出す。
それでもアロイスは半信半疑だが、渋々ながら俺の要請に頷いた。
「殿下、一つお約束してください」
「なんだ?」
「この状況が落ち着いたら訂正する許可をください。恩人を貶めたままでは領民に合わせる顔がありません」
「それはちょっとなぁ……状況次第だな。確約はできない」
「そんな……」
傷ついた表情を浮かべるアロイスを見ると、なんだか自分が悪いことをしてる気分になる。まぁ悪だくみはしてるんだが。
仕方ない。ここでアロイスが頼みを引き受けてくれないと失敗する可能性もあるからな。
「わかったわかった。君の好きにしろ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
アロイスは勢いよく頭を下げた。
まぁアロイスが訂正したとしても、子供を使って印象操作をしている男と判断されるか、子供を使って印象操作をした男と判断されるかの二通りだからな。どっちも変わらんといえば変わらん。
「用件はそれだけだ。頼まれてくれるか?」
「はい! お任せください!」
アロイスは元気な返事をする。
そんなアロイスが部屋を出ようとするのを思わず止めてしまう。確認したいことがあったからだ。
「ジンメル伯爵、いや、アロイス」
「はい?」
「あ、いや……その……俺以外の皇族とは会っているか?」
「エリク殿下とレオナルト殿下とは何度かお話をさせていただきました。そのほかの方とは残念ながら接点はありません」
それを聞いて俺は内心でため息を吐く。
父上がアロイスを城に残したのはいろいろと学ばせるという意味と、クリスタの婿候補と考えているからだ。あの父上のことだ。クリスタを他国に嫁がせることはない。そうなると帝国の貴族が相手となる。
いずれは嫁に行くならば自分が良いと思った相手に。そんなことを思っているんだろうが、いまだに会う機会を設けてないということは迷っているんだろうな。
「娘のこととなると途端に使えなくなるのはやめろよな……」
「はい?」
「こっちの話だ。それなら今度食事でもどうだ? 何人か知り合いも紹介したいからな」
「本当ですか? よろこんで!」
そう言ってアロイスは無邪気に笑う。
アロイスは前途ある少年だ。器の大きさは先の内乱で証明済み。クリスタの婿候補の筆頭ではある。だが、結局は本人たちが気に入るかどうかだ。
とりあえず会わせてみるだけ会わせてみよう。
そんなことを考えつつ、俺はアロイスを見送る。
すると、今度はアロイスと入れ違いでフィーネがやってきた。
その顔はひどく落ち込んでいた。
「どうした? 君らしくない。暗い顔だな」
「申し訳ありません……私のせいで……」
そう言ってフィーネはさらに沈んだ様子を見せた。どうやら今回のことが自分のせいだと思っているようだ。
馬鹿げた話だ。
「君のせいじゃない。半分は馬鹿な貴族のせいで、半分は父上のせいだ」
「ですが……私がアル様の傍にいるせいで……」
「勘違いするな。迷惑ならとうの昔に領地に帰してる。そうしないということは、俺が君を傍に置いているってことだ。わかったな?」
強い口調でそう念を押すとフィーネはやや驚いた表情で頷く。そんなフィーネに苦笑しつつ、俺はいつものようにフィーネに紅茶を頼んだ。
「よろしい。じゃあ紅茶を貰えるか? 濃いのがいい」
「は、はい! すぐに準備します! あ、あの……アル様……?」
「ん?」
「その……お菓子もありますが……」
「当然貰う。頼むよ」
「は、はい! お口に合えばいいんですが」
そう言ってフィーネは鼻歌混じりで準備を始める。
それはいつもの光景。当たり前の日常だ。
それを壊そうとした者たちがいる。よりにもよって臣下の身分で俺のささやかな日常を破壊しようとした者が。
「容赦はしない……」
そうフィーネに聞こえないように俺は決意を口にする。
その言葉と同時にふつふつと心の底から怒りがわいてくるのを感じ、俺は自分を落ち着かせる。
せめてフィーネの前では笑顔でいたい。きっと怖い顔をすればフィーネが気に病むだろうから。
「入りました! どうぞ、アル様!」
「ああ、ありがとう」
紅茶を飲むといつもどおり美味しい紅茶だった。