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第百三十話 炊き出し

ほのぼの回。

人狼は人狼ゲームのことですね<m(__)m>

興味があったらツイッターを覗いてみてください。




「一時休戦……ですか?」

「ああ、再開時期は未定だけどな」


 次の日。

 部屋で俺はフィーネに昨日のことを話していた。

 フィーネは紅茶を淹れながら不思議そうに訊ねる。


「それは表向きはそういうことにするということですか?」

「いいや、本当に休戦だ。ここで動くことはすなわち脱落を意味する。裏で動くとしたら、よほど巧妙に動かないとまずいが、父上の傍には宰相がいる。出し抜けるとは思えない」

「そうですな。それはエリク殿下も承知のはず。しばらく帝位争いはお休みということになるでしょうな」

「なるほど。それはとても良いことですね!」


 そう言ってフィーネは笑顔で俺に紅茶を差し出す。

 セバスにも手渡すと、セバスは礼を言って優雅に紅茶を飲む。


「新しい茶葉ですな?」

「はい。この前、亜人商会のほうから頂いたものです。いかがですか?」

「味は申し分ありませんし、穏やかな気持ちにさせられる香りですな」

「そうなんです! リラックスできるかなと」

「お見事な配慮ですな」


 そう言ってセバスはフィーネを手放しに褒める。

 そんなにかと思いつつ、俺も紅茶を飲む。

 美味い。だが、別にリラックスはしない。いつもと違う香りだなってくらいだ。たぶん香りを楽しむという意志がないからだろうな。


「どうですか?」

「美味しい」

「味気のない答えですな。そもそもせっかく休戦となったのですから、好きなことをされてはいかがです?」

「んじゃ寝るか」

「品位を保てという指示では?」

「品位を保って寝るんだ。外に出ると品位を落とすからな。意図的に落としたこともあるが、基本的には普通にしてて評判が落ちたんだ。部屋から出ないのが得策だろうよ」

「駄目人間の発想ですな。部屋に引きこもっていれば、それはそれで評判が落ちますぞ」

「そんなこと知らん。書類作業でもしてると噂でも流しておけ」

「それも限界があります。皇帝陛下の目もあることですし、外に出ることをおすすめします」

「嫌だ」


 そっぽを向いて俺は紅茶を啜る。

 そんな俺に対してセバスはため息を吐く。そして。


「なるほど。それでは仕方ありませんな。少し予定がありますので、私は席を外します。よろしいですか?」

「え? セバスさん?」

「いいぞ。さっさと行け」

「かしこまりました。ではよろしくお願いいたします」


 なぜか俺に頼む形でセバスは姿を消した。

 小うるさい執事がいなくなったため、俺は盛大に欠伸をしたあと、机に突っ伏す。わざわざベッドに行くのも面倒だ。ここらで昼寝でもするか。

 なんて思っていると。


「あ、あの、アル様?」

「なんだ?」

「その……私、これから外に行く予定がありまして……」

「ああ、気にしないでくれ。行ってきていいぞ」

「いえ、そうではなくて……その護衛をセバスさんがしてくれるはずで……」

「……なに?」


 思わず俺は顔をあげる。

 そしてさきほどの〝よろしくお願いいたします〟という言葉の意味を的確に理解した。


「あの執事め……絶対に俺を外に連れ出す気だな……」

「あの、アル様がお嫌でしたら別の方に……」

「君の護衛は信頼できる者にしか頼まない。セバスがいないなら俺が行く。リンフィアやジークはレオのところにいるしな」


 ざっと護衛をお願いできそうな人物を頭の中で浮かべるが、全員予定が入ってるはずだ。空いているのは俺だけ。そこまで計算づくでセバスは姿を消したんだろうな。

 まったく、憎たらしいほど優秀だな。あいつは。


「一緒に……来ていただけるんですか?」

「君が嫌じゃなきゃね」

「嫌だなんてとんでもない! すぐに着替えてきます!」


 そう言ってフィーネは小走りで部屋を出ていった。残された俺は着替えようか迷ったあと、すぐにその発想をかき消す。

 着替えるのすら面倒だと思ってしまったからだ。こういうとき、自分が相当物ぐさな人間なのだと自覚させられる。


「やっぱり俺ってろくでなしだなぁ」


 言いながらため息を吐く。

 ろくでなしだと自覚しても嫌だとか、恥ずかしいとか思わないあたり救いようがないと思ったからだ。

 まぁそんな俺でもさすがにフィーネの護衛まではサボれない。帝位争いが休戦になっても、帝位争いが関係していない問題は山ほどあるからだ。


「はぁ……今日だけ頑張るか」


 そんな薄い決意を固めたあと、俺は席を立ったのだった。




■■■




「はい、どうぞ」

「ありがとうございます、フィーネ様」

「いいえ。熱いので気を付けてくださいね」

「フィーネ様、僕も!」

「はい、わかりましたよ。慌てちゃだめですよ」


 そう言ってフィーネは笑顔で子供に言葉を返しながら熱いスープを皿に盛りつけ、子供に手渡す。

 その横では亜人商会の者たちがパンやサラダなどを配っている。

 ここは帝都の最外層。

 今日のフィーネの予定はそこでの炊き出しだった。元々は亜人商会が小規模でやっていたものだったが、フィーネが加わり、規模が大きくなった。フィーネ自身が直接手渡すということもあって、炊き出しに来る者は相当多い。まぁ最外層の人間以外は亜人商会の屈強な獣人たちにつまみ出されているんだが。


「またあなたですか。ここは最外層の方だけです」

「いや、違うんです! 俺は最外層出身で!」

「今、住んでいる人限定です」

「お、教え子がいるんです!」

「関係ありません」

「ちょっ、放せ! ちくしょう! 俺もフィーネ様からスープ貰いたいんだぁ!!」


 なんか聞き覚えのある男の声がしたが、無視しよう。今の俺は忙しいからな。


「よっこらせっと」


 ジジイみたいな声を出しながら、俺は大量のパンが入った箱を地面に置く。

 大量の人が来るということは大量の食糧が必要だということだ。これだけの量の食料を用意するのは普通の商会なら大変だろうが、亜人商会は今、フィーネの名前を使って大儲け中だから可能なんだろう。

 儲けただけなら評判も落ちそうだが、こうして最外層に炊き出しを行っているから評判も上々だ。フィーネの慈善活動に協力している商会という認識が定着しつつある。そしてフィーネの評判もさらに上がっている。


「大したもんだ」


 言いながら俺はまた近くに止まっている馬車へ箱を取りに歩き出す。

 まだまだ馬車の中には大量の箱がある。外に出た以上、ぼーっと見ているわけにはいかない。品位を保てという指示だしな。そんな理由で手伝うと言って、箱を運んでいるわけだが、これが思いのほか重労働だ。

 非力な俺からすると箱を持ってくるだけで一苦労。俺が一個運ぶ間に亜人商会の者たちは二個も三個も運んでいく。悲しいかな。これが亜人と人間の差だ。まぁ健康的な一般人と貧弱男の差と言えなくもないが。


「腰いてぇ……」

「皇子、無理せずに休まれてはいかがです?」


 大きな体の獣人がそう話しかけてきた。虎の耳と尻尾を持つ虎人の男だ。

 もの凄い筋肉をしているし、箱だって二、三個を軽々持っている。


「邪魔か?」

「邪魔ではありませんが、居てもいなくても変わらないかと」

「なるほど。じゃあ居ても問題ないな?」

「問題はありませんね。ただ無理して皇子が倒れるのは問題です」

「そこまでアホじゃない。無理なら休憩するから安心しろ」

「かしこまりました」


 そう言って虎人の男はニカッと笑うとまた箱の輸送をし始めた。

 負けじと頑張るほどの元気もないため、自分のペースで一個一個運ぶ。

 そうしているうちに日が落ちていき、炊き出しは終了した。

 終わった頃には俺は手が上がらなくなっていた。


「はぁ……腕いてぇ」

「アル様……大丈夫ですか?」


 荷物のなくなった馬車の荷台で休んでいると、フィーネが心配そうに顔を出してきた。

 その顔は多少疲れているようだが、活力に満ち溢れている。俺とはまったく違う表情だな。


「大丈夫ではないな……」

「申し訳ありません……私についてきたばかりに」

「いいさ、自分でやるって言ったわけだしな」


 そんなことを言ってると外から耳障りな笑い声がしてきた。

 軽く外を見るとゴロツキが数人たむろしてた。


「見たかよ、今日の出涸らし皇子!」

「見た見た! 貧弱すぎて箱一つ満足に運べてなかったな! 役立たず過ぎて笑えたわ!」

「何しに来たんだよって話だよな! お呼びじゃねぇーよ!」

「そうそう! 来るのはフィーネ様だけでいいんだよ! あいつが来るならまだレオナルト皇子のほうがマシだぜ!」


 また勝手なことを言ってくれる。

 まぁ役立たずだったのは本当だし、言い返すこともできないけど。

 だが、そんな彼らをフィーネが強く睨む。そして彼らに文句を言おうとフィーネが一歩前に出た。


「放っておけ、フィーネ」

「ですけど!?」

「いいんだ。相手にするだけ無駄だ。彼らの言ってることは間違ってない」

「でも、アル様は頑張って!」

「俺が一介の市民ならそれでいいけどな。俺は皇族だ。民に益をもたらさなきゃいけない。その皇族の役目をはたしていない以上、文句を言われるのも仕方ない」

「そんなことありません! アル様は!」

「俺は帝国のために何もしちゃいない。そうだろ?」


 熱くなっているフィーネを静かにさせるために俺はそう確認のために告げた。

 すると、フィーネが泣きそうな表情を浮かべる。そんな顔はしないでほしい。


「帝位争いのせいで各地が混乱し、流通が滞り物価が上がってる。賃金は上がってないのに物価が上がれば、民の暮らしは困窮する。民のためにとレオを帝位につかせようとしてるが、結局はその争いのツケを払っているのは民たちだ。憂さ晴らしの対象が欲しいのさ。出涸らし皇子という俺はその恰好の的だし、それで済むなら可愛いもんだ」

「それではアル様が……報われません」

「報われてるさ。俺には君がいる。それ以上は望んでない」


 秘密の共有者を増やさないのは、必要性を感じていないからだ。増えた方が動きやすいだろうが、その分、秘密がバレやすくなる。

 俺自身が精神的にまいっているなら増やすのもありかもしれないが、別にそれは望んでいない。

 望外なことに偶発的に生まれた俺の秘密の共有者は良き理解者だ。


「私は……アル様がもっと認められてほしいです……」

「表向き、俺は小さなことしかしていない。小さなことしかしていない奴には小さなことしか返ってこないさ」

「それでも……!」

「いいんだ。小さなことでもしっかりと返ってくるから」


 そう言って俺は笑みを浮かべる。

 ゴロツキの前に先ほどの虎人を筆頭に屈強な獣人たちが並んでいた。


「お兄さんたち、面白い話してるじゃないか」

「え? い、いや、そんなことは……」

「皇子が役立たずだったのは事実だが、それでも手伝ってくれた。一方、あんたらはどうだ? 一体何をした? 運んだ奴と運ばない奴。どっちが立派か子供でもわかるだろうさ」

「ちょ、ちょっ!? なんだよ!?」

「ちょっと店まで来てもらおうか? ウチの姉さんが決めたことでな。仲間を笑う奴は許さん。笑った分は働いて返してもらおうか」

「おい!? 放せよ!? 横暴だぞ!?」

「不敬罪で城に突き出されるよりはマシだろ?」

「出涸らし皇子を笑って何が悪いんだよ!?」

「笑っちゃ駄目とは言わん。だが、笑うなら笑ったなりの働きをしてもらう。何もせずに誰かを笑うなんて許されることじゃないんだよ」


 そう言ってゴロツキたちは屈強な獣人たちに連れていかれた。

 可哀想にこれから彼らは重労働だろうな。ま、亜人商会ならちゃんと給料も出るだろうしマシだろ。

 彼らの様子じゃ仕事についているようには見えないしな。


「ほら、小さなことが返ってきただろ?」

「そうですけど……そもそも馬鹿にされること自体があってはならないわけですし……」


 フィーネが不満そうに唇を尖らせる。フィーネにしては珍しいな。ここまで根に持つなんて。

 苦笑しつつ、俺は立ち上がる。


「さて、そろそろ帰るとしよう。俺はくたびれた」

「はい、わかりました。あ、アル様。実はユリヤさんが美味しいお店があると紹介してくださいまして……」


 フィーネが思い出したかのように告げる。その先は何が言いたいのか察しが付く。すぐに言わないのは俺が疲れているのを考慮しているからだろう。


「それじゃあちょうどいいし、そこで夕食でもとっていくかい? 君の予定が空いていればだが」

「え、あ、はい! 喜んで!」


 嬉しそうに返事をするフィーネを見て、俺は心の中でため息を吐く。正直腕はかなりきつい。品のある食事をするのはかなり辛いが仕方ない。

 一度男が女と一緒に外に出たんだ。最後まで見栄を張るとしよう。

 そんな覚悟を決めながら俺はフィーネと共に食事に行くのだった。

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[良い点] 主人公以外の動き [気になる点] 主人公の行動がわりとチグハグ 完璧ではない人間アピールは良いんだけど、弟の味方というスタンス以外固まらないなあというのが [一言] 第131部分まで読了 …
[気になる点] その気持ちはよく分かる護衛になってないし、馬鹿にされるついでにトバッチリを護衛対象に心身ともに与えかねない。これは優しさどうこうじゃ無い。実の所皇族や王族は伝統とともにその地を支配して…
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