第百二十九話 休戦命令
読者に人狼好きな人はおらんのかー!(/≧◇≦\)
アロイスが来た次の日。
俺とレオ、そしてエリクは父上に呼び出された。ちょうど外に行こうと思ってたところで呼び出しを喰らった俺はため息を吐きながら通路を歩く。
そんな俺に声をかける者がいた。
「アルノルト殿下」
「どうした? 宰相?」
声をかけてきたのはフランツだった。
俺たちが呼び出されたということは、おそらくフランツも呼び出されている。目的地は一緒だろうから、俺とフランツは並んで歩く。
「殿下も陛下に呼び出されましたか」
「ああ、これから遊びにいこうと思ってたんだがな」
「それは災難でしたね。しかし遊びはほどほどにすべきでしょう。特に年長者を使った遊びは褒められたものではありません」
そう言ってフランツは俺を軽く窘めるようにジッと見つめてくる。
さすがは宰相。鋭いな。
「何のことだ? これでも年長者は立てるほうだぞ?」
「とぼけなくても結構です。エリク殿下にしては生ぬるく、レオナルト殿下にしては悪辣です。ジンメル伯爵と私の接触を狙ったのでしょう?」
父上が皇子時代から参謀を務めてきただけはある。この状況下でわざわざ動きそうなのは俺だとすぐに見抜いたか。
フランツは宰相だ。普通なら手を出すのも躊躇われる。そんなフランツの馬車に細工をしそうなのは帝位候補者たちくらい。そして今言ったように、帝都にいる中であんな中途半端なことをするのは俺くらいだ。
「それで? もしも俺が何かしたとしたらどうする?」
「注意をするだけです。そういうことは〝今は〟控えたほうがよろしいでしょう」
「今は?」
「ええ。あなたのことです。私とジンメル伯爵との接触を図り、伯爵の味方を増やし、さらには伯爵を利用してほかの貴族とも接触を図る――という表の思惑に私が気づき、陛下に報告してご自分の評価が下がるというところくらいまでは想定内でしょう? 双黒の皇子と呼ばれてから目立っていますからね」
「……」
皇帝最大の功績はフランツを宰相にしたことだと言う者もいる。それはあながち間違っていないだろう。
父上の右腕にして、帝国を支える宰相。フランツは帝国の根幹を支える傑物だ。さすがに若造の考えることくらいお見通しか。
「お手上げだ。それで? 今はしないほうがいいってのはどういう意味だ?」
降参するように両手をあげる。
それを見てもフランツは驚きもしない。カマをかけたわけじゃない。全部わかったうえでの忠告だろうから当然か。
「それは陛下から説明されるでしょう」
そう言ってフランツは一礼して先へ歩き始めた。しかし、すぐに思い出したかのように足を止めて顔だけを俺に向ける。
「そういえば……帝都に入った直後、ジンメル伯爵に灰色のフードを被った者が接触したそうです。おそらくジンメル伯爵に協力した流れの軍師、グラウでしょう。そのすぐ後に私の馬車が暴走したわけですが……偶然でしょうか?」
「それは初耳だ」
驚いたような演技をする。不自然さなど何もない演技だったはずだ。それを見てフランツは軽く笑みを浮かべる。
「なるほど。私の考えすぎだったかもしれませんね。帝国軍一万を撃退したジンメル伯爵に注目が集まりますが、グラウは帝国軍の手をことごとく読んでいたそうです。帝国軍の戦術を熟知している内部の者ならば可能だと踏んだのですが」
「俺は帝国軍の戦術なんて知らんよ」
「そうですか。たしかにあなたは勉強嫌いでしたからね。私の思い過ごしでしょう。失礼いたしました」
そう言ってフランツはそのまま歩いていく。
怖い人だ。この人が参謀にいたんだ。そりゃあ父上も帝位争いを勝ち抜けるだろうさ。僅かな手がかりでさっさと俺にたどり着きやがった。
「やっぱり目立ってると駄目だな……」
目立てば監視が増える。監視が増えれば暗躍しづらい。
どうにか評価を落として、また侮ってもらいたいところだが。
それはやめたほうがいいと釘を刺されてしまった。
「また面倒なことになるのか?」
嫌な予感を覚えながら、俺は父上のところへと向かったのだった。
■■■
「お初に御意を得ます。アロイス・フォン・ジンメルと申します」
父上の前で跪くアロイスがそう挨拶した。それを受けて父上が口を開く。
「よく来た、ジンメル伯爵。此度は釈明に参ったということでよいか?」
「はい。我がジンメル伯爵家が帝国軍と敵対したのは人質を取られ、やむを得なかったためです。陛下に反旗を翻す意思はありませんでした。どうかお許しください」
そんなことは言われなくてもわかっているだろう。だが、本人が直接きて釈明することに意味がある。なにより詳細は本人の口から聞いたほうが早い。
「言葉は信じよう。だが、帝国軍の司令官を殺したのはジンメル伯爵家と聞いているが? それはどう弁明する?」
「釈明のしようもありませんが……我が叔父がしでかしたことです。叔父の話が本当ならば叔父は軍からの要請で狙撃を決行したようです」
父上の眉が少し動く。報告は入っていただろう。来る前にアロイスは文章で父上に釈明しているからな。
ただし直接聞くのと文章で見るのとでは訳が違う。
「つまり……軍部の者が裏切っていたと?」
「叔父の言葉を信じるならですが……ただ言っていることは荒唐無稽でしたので裏にクリューガー公爵がいたのではと思っています」
あえてアロイスはゴードンの名を出さなかった。ここでゴードンの名前を出したところでゴードンの怒りがアロイスに向くだけだ。すでに捕まったクリューガーにすべてを押し付けたほうがアロイスのためだ。
なにより言わなくても父上も察しが付く。
たしかにゴードンなら戦争を望みかねない。それはゴードンの言動に現れている。もちろんクリューガーが裏で動いた可能性もあるし、これでゴードンを処罰しようということにはならない。
しかし疑惑は浮かぶ。それで十分だ。アロイスにはゴードンと敵対してまでゴードンを攻撃する理由はないしな。
責任の話になれば叔父の動きを止められなかったアロイスの責任になりかねない。いろいろとぼかしたほうが得なのだ。誰にとっても。
「人質を取り、さらには動かぬ伯爵を動かすために無理やり戦いを起こした。たしかにクリューガーならやりかねんな。話はわかった。結果だけ見ればお前が帝国軍を食い止めたおかげで奇襲は成功した。そういう意味では帝国に貢献したといえるだろう。よくやった、ジンメル伯爵」
「ありがたく」
「帝国軍に剣を向けたのもやむなし。此度の一件は不問としよう」
今の状況でアロイスを処罰なんてできない。父上は不問としたいし、アロイスだって罪には問われたくない。なにより面倒事が続いている。クリューガーのせいにしたほうが波風は立たない。
「しばらくは城に留まるがよい。ここには帝国の逸材が集まる。学ぶことも多かろう」
「はっ、仰せのままに」
そのまま父上はアロイスを下がらせる。
そして部屋には父上とフランツ。そして俺とレオ、エリクが残された。間違いなく帝位に関することだろう。
「どうして残されたかわかるか?」
「帝位についてでしょうか?」
「その通りだ。帝位争いというのは……次に帝国を率いる者を決める争いだ。強い皇帝が生まれるならば、多少の不利益は仕方あるまい。だが此度は目に余る。勢力争いの結果、内乱が起きては話にならん!」
そう言って父上は険しい表情で俺たちを睨みつける。
ま、当然の怒りだ。帝位争いはあくまで帝国の利益を損ねない範囲に抑えなければならない。だが、今回の一件はその範囲を大きく逸脱した。
「争うのは結構。しかし治める国の利益を考えられぬなら帝位など譲れぬ。肝に銘じよ。帝位争いは帝国のための争いだ。第一は国なのだと」
「承知いたしました」
「肝に銘じます」
エリクとレオが揃って頭を下げた。
俺は別に帝位候補者じゃないしと思ってどこ吹く風の態度をとっていたら、父上が俺を睨んできた。
「アルノルト……お前はわかったのか?」
「理解はしてます。ですが俺は帝位を望んでいるわけではありませんし、なにより過激な当事者たちがいないのに言われても困ります」
「お前たちがこれから過激な当事者たちにならんという保証は?」
「ないですね」
「そういうことだ。わかったなら返事をしろ」
「はいはい、わかりました」
形だけ頭を下げると、父上はため息を吐いた。
そして父上は深く玉座に腰をかけて告げた。
「しばらくは帝位争いは控えよ。そろそろワシの誕生日が近い。つまりワシの即位二十五周年も近いということだ。この時期に争うことの愚かさがわからぬわけではあるまいな?」
「もちろんです」
「よろしい。即位二十五周年を祝い、祭りが開かれる。此度は諸外国の要人も招く。お前たちを中心として、子供たちにはその要人の歓待役を任せる。それが終わるまでは帝位争いはいったん置いておけ。ワシも考えぬ。もしもそのような素振りが見えたらわかっておるな?」
父上の言葉にエリクとレオは黙って頭を下げた。しかし、俺だけは頭を下げない。父上の意図に気づいてしまったからだ。
俺に双黒の皇子なんて面倒な呼び名を与えたのはそのためか。俺の格をあげておけば、接待役として使える。評判の悪い出涸らし皇子が接待役ではその国は軽んじられていると見られるだろう。しかし、レオと並んで双黒の皇子と呼ばれていればその限りじゃない。
顔をしかめていると、父上はニヤリと笑って俺にも釘をさす。
「しばらくは全員大人しくしておれ。くれぐれも自分の評判を落とすでないぞ? そのようなことは国の利益を軽んじることと見なす」
この男……性格が悪い。
一杯くわしてやったと言わんばかりの笑みで父上は俺を見つめてくる。フランツが注意したのはこういう理由か。すべて繋がった。
くそっ。つまりしばらくは双黒の皇子という評判を守らなきゃいけないってことだ。
「品位を保って動け。よいな? アルノルト」
「……はい。わかりました」
振り絞るように返事をすると父上は愉快そうに笑う。
帝位争いは一旦休止したとしても、俺には別の戦いが待っている。俺は何もせず、適当に生きてきて評判が下がったんだ。それは別に意図したことじゃない。
だが、それを禁止された。つまりいつもどおりでいることを禁止されたということだ。
ちくしょう。それが嫌でレオを皇帝にしようとしてるのに、どうしてこんなことに……。
どっと疲れを感じながら俺はここ最近じゃ一番の絶望を味わったのだった。