第百二十話 捕縛
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「城にいる騎士の皆さん、私は皇帝陛下の勅使、フィーネ・フォン・クライネルトです」
フィーネは城の正門から城に向かってそう呼びかけた。
傍には拡声器が置かれている。本来、城から街に呼びかける用の物だが、フィーネたちが奪取して今は城への呼びかけに使われていた。
「私たちは現在、人質になっていた多くの貴族を救出しました。残る貴族の方々も救出します。どうか、この声が届いているならば剣を収めてください! 私たちが戦う理由はありません!」
フィーネの呼びかけに応答はない。
それでもフィーネは呼びかけを続ける。
「人質を取られ、戦っていたことはわかっています。皇帝陛下の勅使の権限により、あなた方を罰することはしません。どうか、声を聞いてください。誇りに反する戦いに身を捧げてはいけません。あなた方が守るべきはクリューガー公爵ではないはずです!」
声を出せば居場所がバレる。
ぞろぞろと騎士たちがフィーネたちのところへ集まってくる。
着ている鎧はクリューガー公爵家のものだ。
リンフィアたちが剣を構えるが、そんな彼らにフィーネは告げた。
「戦うというなら止めません……ですが、相応の覚悟をもって挑んで来なさい。皇帝陛下の勅使に刃を向けることの意味をよく考え、一歩を踏み出しなさい。私の騎士たちと戦う資格がある者は、己の正義に曇りがない者だけです」
覚悟と正義を問われた騎士たちが思わず立ち止まる。
彼ら全員が悪人というわけではない。ただ単純に騎士として仕えていたのがクリューガー公爵だったというだけの者が大半だ。
命令があったから戦っているだけで、自分で考えるようなことはしてこなかった。そのようなことを考えれば罰せられてしまうからだ。
しかし、目の前で改めて問われれば考えざるをえない。
そんな中、さらなる騎士の一団が駆け付けてくる。
「伯爵! タルナート伯爵!!」
「おお! お前たち!」
騎士の一団は人質となっていた貴族の騎士たちだった。
彼らは主の無事を確かめると涙を流し、その場で膝をつく。
何度も詫びる彼らを見て、クリューガー公爵家の騎士たちにも迷いが浮かぶ。
「今なら引き込めるかもしれません。フィーネ様」
「わかりました」
リンフィアがそうフィーネに囁くと、フィーネは騎士たちに向かって説得を開始した。
「あなた方とて主の命令で戦っただけでしょう。今、剣を収めて私たちに協力するならば罪には問いません。しかし、ここで刃を向けるというならばあなた方の家族にまで累が及ぶでしょう。あなた方は今、帝国に刃を向けているのですから」
リンフィアは思った以上に強い口調のフィーネに驚いた。
説得だけでなく、効果的な脅しまで入れるのはフィーネらしくはないと言えた。
そこでリンフィアはさきほどのセバスの言葉を思い出す。
アルノルト様に似てきた。その言葉を思い出し、リンフィアは苦笑する。
「なるほど。たしかに似てきたかもしれませんね」
あの皇子ならば平気で脅しという手を使うだろう。
それが一番効果的だからだ。
騎士たちとて好きで戦っているわけじゃない。自分の身や家族の身が大切だからクリューガーに付き従っている。
だが、今、クリューガーは劣勢だ。そういう者は強い者に靡きやすい。
「ほ、本当に罪には問わないのですか!?」
「ええ、問いません。たとえあなた方がどれほどの悪事に手を染めていても、罪には問いません。ただし、それ相応の働きは求めますが」
騎士たちがフィーネの言葉に怯む。
クリューガーが悪事を働いていることは騎士たちも知っている。もちろんその手伝いもしてきた。
それはフィーネも承知の上だった。それでもあえて罪には問わないといったのは、クリューガーの性格的には大事なことを下っ端の騎士に任せることはしないと思っていたからだ。
そしてしばらく無言を貫いていたクリューガー公爵家の騎士たちはその場で膝をつきはじめた。
「――勅使様に従います」
「その勇気に感謝します。では人質となっているほかの貴族の方々の居場所を教えていただけますか?」
「それは……」
騎士たちが顔を見合わせる。
この期に及んで情報を出し渋っているわけではない。
彼らも知らないのだ。
「我々が知っているのは城の地下に連れていかれたということだけです。城の地下には普通の騎士は近づけないので、詳細な居場所までは……」
「地下……」
嫌な単語にリンフィアが反応する。
バッサウで捕えられていた子どもたちも地下にいた。しかも明らかに実験らしきこともされていた。
その事実を知るリンフィアは不快そうに顔を歪める。
なにせここはそれを指示した者の総本山だからだ。
「フィーネ様。心苦しいですが、地下への調査は少し待ったほうがよいかと」
「なぜですか?」
「城の騎士たちが相手ならば守り切れますが、最悪、悪魔が出現します。そうなれば戦力が足りません。城が制圧されるまでお待ちを」
「……バッサウと同じことが起きると?」
「可能性がないとは言い切れません。最悪、城が消し飛んでもおかしくありません。上の決着がつくまでは待つべきでしょう」
「それは私も賛成ですな。地下から何かが出てきた場合に備えるべきです。抑える者がいないならば、レオナルト様たちが撤退できませんからな」
戦略的な観点でセバスがそうアドバイスする。
フィーネは少し目を伏せる。すでに危険を冒し、我儘を通している。そんなフィーネの気持ちをくんで動いてくれる二人が慎重論を唱える以上、我儘を突き通すことはできない。
「わかりました。ここで騎士たちの説得を続けます」
方針を発表したフィーネはまた城に呼びかける。
一秒でも早く戦いが終わってほしいと願いながら。
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「急げ!」
クリューガーは城の最上階まで逃げ切り、そこに立てこもっていた。
そんなクリューガーの頼みの綱はクリューガーがザンドラと共に開発した新型の薬だった。
その薬を自分が服用するため、クリューガーは研究者の老人を急かしていた。
「もう少しお待ちを!」
薬の精製には時間がかかる。しかもクリューガー自身、自分に使うとは思っていなかった。
その薬を作るために何度も失敗してきた。
この新型の薬とて安全とは言えない。それでもクリューガーは手を伸ばす。生き延びるために。
しかし、そんなクリューガーに立ちふさがる者がいた。
「はぁぁぁぁっっっ!!!!」
塞いだ扉を斬り破り、レオが部屋の中に転がり込むようにして入ってくる。
そんなレオに向かって騎士たちが剣を向けるが、レオは彼らと剣を合わせることもなく瞬時に切り伏せていく。
「殿下! 危険です!」
突出するレオに向かってラースがそう忠告するが、レオはそれを聞かない。
レオの直感が告げていた。
クリューガーに薬を飲ませるのはまずいと。それを飲ませたら多くのことが無駄になると。
その直感に従ってレオはさらに突出する。
単身で騎士たちの中に切り込み、すべてを自分の剣で切り伏せていく。
「すげぇ……」
部屋の外で他の騎士と戦っていたネルベ・リッターの兵士が呟く。
精鋭たるネルベ・リッターの兵士から見ても、今のレオは際立っていた。
単身で敵に突っ込み、すべてを薙ぎ払う。
まるで噂に聞く姫将軍ではないか。そんな感想を抱きつつも、ネルベ・リッターたちも部屋に侵入し、レオに近づく騎士を少しでも減らす。
一方、レオはクリューガーしか見ていなかった。
あちこちから迫る刃はすべて反応に任せて避ける。今までのレオならばそのような危険を冒さないし、そんな戦い方もしなかっただろう。安全に勝ちの方法を探っていたはず。直感に任せて行動など考えもつかない。
だが、そんなレオが直感に身を任せた。もちろん思考を放棄したわけではない。
深くは考えていない。しかし冷静に次の動きを予測し、体の反応に身を任せて敵騎士を斬っていく。
それは最適の行動であり、最善の判断だった。
多くの兵が入り乱れ、多数の敵と戦うための戦い方。リーゼが戦場の中で身に着けたそれを、レオも南部での一件で会得していたのだ。
突破を第一に置いたその戦い方は、クリューガーの想像をはるかに超えていた。
武に秀でているとはいえ、剣術に長けているだけ。そういう認識がクリューガーにはあった。しかし、今のレオには一騎当千の強者の雰囲気すらあった。
間に合わない。そう判断したクリューガーはいまだに精製中だった新型の薬を手に取る。
「まだ完成しておりません!」
「未完成でも良い!」
ここで捕まるぐらいならば化け物になって返り討ちにしたほうがマシ。
そう考えての行動だった。
それは博打に近い行動であり、クリューガーなりの勇気ある決断だった。
しかし、それを見たレオは直感に従い、更なる博打に打って出た。クリューガーが安全を捨てたように、レオも安全を捨て去った。
ここまでくるのに多くの苦労があった。多くの助力があった。それが無に還るようなことがあれば、帝都に待つ人々に顔向けできない。
そう思ったレオは騎士に囲まれている状況で剣を構えると。
「させるかぁぁぁぁ!!!!」
その剣をクリューガーに向かって投擲した。
真っすぐクリューガーに向かったその剣は、見事に薬を持つクリューガーの腕に命中し、その腕を斬り落とした。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
悲鳴を上げるクリューガーだが、レオも無事ではない。
周りは武装した騎士だらけ。丸腰の状態だ。
剣が迫り、それを回避するが、受け止めるという選択肢がない以上は長くは続かない。
一本の剣がレオの胸に迫る。
まずいとレオも感じた。
だが、その剣がレオに届くことはなかった。
「やれやれ、困ったお方だ」
そう言ってその剣を受け止めたのはラースだった。
レオを背中に庇い、ラースは瞬時にレオを囲んでいた騎士たちの首を飛ばす。
「ありがとう……大佐」
「いいえ、あなたを守るのが我々の仕事ですから」
そう言ってラースは笑う。そしていまだに悲鳴をあげているクリューガーを見た。
「捕らえろ。傷の手当も忘れるな」
「はっ!」
「なんとか間に合った……」
「殿下の活躍あればこそです。お見事でした」
「体が動いただけだよ」
そう言ってレオは謙遜する。
だが、その顔は満ち足りていた。
今回の元凶ともいえるクリューガーは捕らえた。最後の手段も未然に防いだ。
「おい、貴様。この薬は何の薬だ?」
「ひっ!? お、お助けを……」
「いいから答えろ!」
「そ、それは吸血鬼化の薬です! 吸血鬼の血液を取り込み、人間を吸血鬼化させるものです!」
その言葉を聞き、レオは顔をしかめる。
吸血鬼という単語が出てくることを考えれば、東部での事件を連想しないわけにはいかないからだ。
「東部での事件もあなたが糸を引いていたのか」
「ううう……ふ、ははは……私は血液を提供されただけだ……憶測はやめてもらおうか……」
「ならそのルートを探れば、吸血鬼事件の犯人もわかるわけだな」
「そんな余裕があるかな……?」
「なに……?」
「この薬を開発する中で、奇妙な薬が出来上がった……その成果がそろそろ姿を現すぞ……」
そうクリューガーが告げた瞬間。
城の下から大量の叫び声が聞こえてきた。
南部での戦いはまだ終わっていなかった。