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第百十八話 それぞれの戦い




「逃がすな!」


 レオの指示を受けてネルベ・リッターたちはクリューガーを追う。

 しかし、彼らを阻む形で騎士の一団が間に割って入ってきた。

 騎士とネルベ・リッターの戦いの最中、レオとクリューガーの視線が交差する。


「あなたは絶対に逃がさない!」

「ふん! この城にどれほどの騎士がいると思っている! 精鋭を連れてきたようだが、寡兵で城は落とせん!」

「舐めないでいただこう」


 そう言ってラースが二本の剣を振り回して、騎士たちを切り裂いていく。

 その様子を見てクリューガーはすぐに背中を見せて逃げ始める。

 レオたちは一部の小隊を残し、ラースが切り開いた道を通ってクリューガーの後を追った。


「目指しているのは上階ですね」

「なにかあるんだろうさ。なにせザンドラ姉上の伯父だからね」

「関係ねぇ。ここまで来たら突破するだけだ」


 そう言ってジークはレオの背中によじ登る。

 それを見てラースがため息を吐く。


「殿下に乗るとはいい御身分で」

「足が短くてな。まぁ働くから勘弁してくれ」

「いいさ。その時は頼むよ」


 気にした様子もなくレオはジークを受け入れて、そのまま走り続ける。

 ネルベ・リッターの面々もそれ以上は何も言わなかった。

 ここは戦場であり、レオが気にしないのに余計なことを言うだけ無駄だとわかっているからだ。


「左から敵兵!」

「第三、第四小隊! 食い止めろ!」

「はっ!」


 ラースの指示を受けて、また小隊が足止めに分かれていく。

 足を止めれば数の暴力で進めなくなる。少数をさらに削りながらでも、先に進むしかレオたちにはないのだ。

 それでもレオは足止めに向かう兵士たちを心配そうに見送る。

 そんなレオに対して一人の兵士が告げる。


「気遣いはご無用です。我々は何もかも覚悟してこの場にいますから」

「……君の名は?」

「ベルント・レルナー少尉です」

「その名前は聞いたことがある。兄さんが言ってた。一番早くに志願してくれた人だとか」

「はっ! 命を賭けてもよいと思いましたので。ですから前だけ見ていてください。露払いは我々が」

「……わかった。背中は任せる」

「お任せを」


 そんな会話をレルナーとレオがしていると、レオに乗っかっていたジークが何かを察知して周囲を警戒し始める。


「気をつけろ。嫌な雰囲気だ」

「冒険者の嫌な雰囲気というのはゾッとしますね」


 ラースは言いながら自分も同じような雰囲気を感じ取ったのか、全員に警戒を徹底させる。

 速度よりも警戒を優先させる何かがそこにいる。

 そんな雰囲気をラースとジークは感じ取ったのだ。

 そしてそれは間違っていなかった。

 レオたちがいる通路の隣から大きな音と振動が響いた。

 それはどんどん近づいてくる。


「散れ!」


 ラースの指示を受け、全員がその場を離れる。

 それから一拍置いて、通路の壁が破壊された。


「ヴォォォォォォォォ!!!!」

「なんだ!?」

「気をつけろ!」


 ネルベ・リッターの兵士たちが身構える。

 そして土煙の向こうからそれは現れた。

 体長は二メートル半ばほど。横幅は広く、大きめの通路の半分ほどを塞いでしまっている。

 驚くべきことにそれは人間だった。ただし、どう見てもモンスターにしか見えなかったが。


「こりゃあ驚いた。この城はモンスターを飼ってるらしいな」

「冗談言ってる場合じゃない! 構えるんだ!」


 ジークの軽口に付き合わず、レオがそう指示を出す。

 しかし、それをジークが制した。


「やめとけ。こういう奴には数でどうこうするのは得策じゃねぇ」


 そう言うとジークはレオから下りると槍を構えて、そのモンスターのような男の前に立ちはだかる。

 そして。


「行け。こいつの相手はオレがする」

「ジーク……一人で平気かい?」

「愚問だな。モンスターの相手は冒険者がするって決まってんだ。任せておけ」


 ジークの言葉を受けて、レオはラースに向かって頷く。

 ラースは意図を理解し、部下たちに指示を出す。


「後方で分断された部隊は迂回して、敵の足止めに当たれ! 残りはついてこい!」


 帝都の城にある図書室で、この城の地図は手に入れている。

 ネルベ・リッターの面々はそれをすべて頭にいれていた。

 それゆえ、指示を受けた兵士たちは手早く移動を開始する。


「ジーク! 気を付けて!」

「そっちもな。これと似たようなのがいるかもしれねぇぜ」

「そのときはそのときだよ」


 レオの返しに苦笑しつつ、ジークはレオたちを見送る。

 そして目の前の男に視線を向ける。


「魔法か薬か……どっちにしろまともな人間じゃねぇな。哀れだが、手加減してやれるほど暇じゃないんだ。本気でいくぞ?」

「ヴォォォォォォォォ!!」


 男は叫んでジークの言葉に応じる。

 ジークは槍を男へと向けると、突然姿を消した。


「ヴォ?」

「痛みにも鈍いらしいな」


 そう言ってジークは男の後ろに立っていた。

 その槍の先には大量の血がついていた。

 男は不思議そうにそれを見たあと、ゆっくりと自分の左手を見る。動かそうとしても動かなかったからだ。

 その左手はひじの部分で半ば切断されており、ぶらりとぶら下がっている状態だった。


「ヴォォォォォ!!??」

「とろい奴だ。関節部は弱そうだし、削り取ってやる。かかってきな」


 ジークの挑発を受けて、男は右手を力いっぱい振り回す。それだけで床が破壊されるが、ジークは軽やかに跳躍して、天井に足をつける。

 そしてそれを足場にして、男に攻撃する。さらに着地と同時にまた跳躍。

 まるで跳ね回るボールのように跳躍し続けるジークは、どんどん男の防御が弱いところを攻撃していき、やがて動けなくなった男に向かって最後の攻撃を仕掛けた。


「てりゃぁぁぁぁ!!」

「っっっっ!!??」


 ジークの槍が首を刎ね飛ばす。 

 どっしりと重たい音を立てて男の首が床へと落ちる。


「悪いな。救う方法を考えるほどオレはお人よしじゃねぇんだ」


 そうは言いつつ、ジークは沈んだ様子で男の亡骸を見る。


「人間をモンスターみたいにしちまうなんて……ふざけた話だ」


 怒気を含んだ声で呟いたジークは、音を聞きつけてやってきた騎士の部隊に目を向ける。


「熊だぞ!」

「報告のあった敵だ!」


 騎士たちは剣を抜いてジークに近づくが、ジークは静かに槍を向ける。

 それだけで騎士たちは冷や汗をかいて足を止めた。


「ここから先は通行止めだ。引き返しな」

「うっ……」

「くっ! す、進め!!」


 一人の騎士が勇気を振り絞って前に出るが、ジークは無感情にその騎士の胸を貫く。

 そして騎士の胸から槍を引き抜くと、槍についた血を払って告げる。


「前に進むなら半端な勇気で出てくるな。命を賭けて挑んでこい。今、オレはイラついてるんでな」


 そう言ってジークはその通路に立ちふさがったのだった。




■■■




 レオたちが城に突入したあと、フィーネたちにも追手が来ていた。

 しかし、リンフィアとネルベ・リッターの兵士に守られたフィーネには近づけずにいた。


「少しお下がりを」

「はい……」


 フィーネはリンフィアの指示を受け、少しだけ下がる。

 するとフィーネを捕まえようとしていた騎士がリンフィアに斬られる瞬間が見えてしまった。

 それを見て、フィーネは悲痛な表情を黙って浮かべる。

 命のやり取りをしている。それを見る覚悟をしてここに来た。

 戦えない自分の代わりに多くの人がその手を血で濡らしている。相手が可哀想だからやめてほしいなどとは口が裂けても言えない。

 それでも敵だからと割り切ることはできなかった。


「終わりました。フィーネ様?」

「……」


 フィーネは静かに傍に倒れた騎士の近くでしゃがみ込む。

 ネルベ・リッターの兵士が危険だからと止めようとするが、リンフィアがそれを制す。


「私はフィーネ・フォン・クライネルトです。何か言い残すことはありますか?」

「あ……わ、わたしは……タルナート家に仕える騎士です……」

「? なぜここに?」

「あ、主が……人質に……あなたを捕らえねば……殺すと……」

「……私に願うことはありますか?」

「どうか……主を……」


 そう言って騎士は手をフィーネに差し出す。

 それをフィーネが握ろうとするが、その前に騎士は力尽きる。

 フィーネは目を見開き、そしてゆっくりと騎士の手を握りしめる。


「わかりました……」

「フィーネ様。すぐに移動を」


 ネルベ・リッターの兵士が焦れたように告げる。

 それを受けてフィーネは小さく頷く。

 そしてリンフィアのほうを見る。

 リンフィアはフィーネの顔を見て、少し驚いたあとクスリと笑って一つ頷く。


「フィーネ様が思うがままに」

「リンフィアさん……」

「私はあなたを守るだけです。それにフィーネ様がなさろうとしていることは私も好ましく思います」

「……ごめんなさい。ありがとうございます」


 そう言ってフィーネは自分の傍にいるネルベ・リッターの兵士たちを見る。

 フィーネの護衛ということで、ネルベ・リッターの中でも特に腕の立つ者たちが選ばれている。

 彼らからすればこの状況で無駄なことをするフィーネの行動は理解できないものだった。

 素早く安全な場所に移動させるのが彼らの仕事であり、立ち止まり、話すなど無駄でしかない行動だった。

 しかし、すぐに彼らはもっと理解できない言葉を投げかけられた。


「私は……人質を解放しにいきます」

「なっ!? 正気ですか!?」

「今はそんなことをしている余裕はありません!」

「考え直してください!」


 兵士たちはすべて反対する。

 だが、そんな兵士たちをスッと見据えてフィーネは告げた。


「危険は承知です。ですが、私は皇帝の勅使として南部の諸侯を救う義務があります」

「しかし!」

「あなた方が止める理由もわかります。たぶん……あなた方のほうが正しく、利口なのでしょう」


 そう言ってフィーネはゆっくりと蒼い鴎の髪飾りに触れる。

 この髪飾りを受け取ったときから、自分はただの公爵令嬢ではなくなった。

 それが嫌で領地を出なかった。それでも領地を出て、アルに半ば無理やりついてきた。

 それには特別な思いがあった。アルの役に立ちたい。恩返しをしたい。そんな思いだ。

 かつて、髪飾りの主を決めるために帝都に美女が集められた。当然、そこにはフィーネもいた。だが、初めての帝都、見たこともないほど大勢の人、しかもその中で皇帝と会うという緊張。十四歳のフィーネにとって、それらは許容範囲を大きく超えてしまっていた。

 不安ばかりが頭をめぐり、くらくらして倒れてしまいそうなフィーネに対し、気さくに声をかけて励ました少年がいた。

 ベールで顔を隠していたフィーネに対して、その少年は適当な口調で皇帝は普通のおっさんだから緊張するだけ無駄だと語った。いい加減な話だ。フィーネがこれから立つ舞台から、面倒という理由で逃げ出してきた人間がフィーネを励ましたのだから。

 それでもフィーネはその会話で落ちつくことができた。そして蒼鴎姫の栄誉を手にすることができた。それは少年にとっては些細なことだったかもしれないが、フィーネにとってはとても大きなことだった。そのとき以来、フィーネはずっとその少年、アルに憧れていた。

 そんなアルが家に来たとき、フィーネはやっとお礼を言えると思った。だからフィーネはアルに〝はじめまして〟という言葉を使わなかった。しかし、再会したアルは激怒しており、フィーネは変わってしまったのだと落ち込むこととなった。だが、アルは変わってなどいなかった。

 あの日と同様、優しいままだった。そんなアルの秘密を知り、フィーネは父に願い出た。アルの傍で力になりたいと。足手まといになるかもしれない。それでもフィーネはアルの傍にいたかった。どんな形であれ、アルの力になりたいと思ったのだ。

 そのためなら何でもできる気がした。

 いくらでも勇気が湧いてきた。


「ですが……正しいから利口だからと見て見ぬ振りをするのは私の主義に反します。私はここに人を救いに来たのです。あなた方もそうではありませんか? アル様の言葉に心動かされたのでは? 一度でも騎士を名乗ったことのある者が……この惨状を見過ごすのですか?」

「……ですが! あなたに何かあれば!」

「何もありません。私の傍には凄腕の騎士たちがついていますから」

「なにを……?」

「皇帝の勅使である私を守る以上、あなた方は今、近衛騎士に相当します。それだけの力があると信じています。私はアル様がつけてくれた騎士を信じています……自信がないなどとは言わせません。あなた方はネルベ・リッター。帝国軍の最精鋭なのですから」


 そう言われ、兵士たちは顔を見合わせる。

 そして観念したようにうなずいた。

 フィーネを説得する言葉が見当たらなかったからだ。

 彼らとて個人的な心情としては見過ごせないと思っていたからだ。

 自信だってあった。何がきてもこの少女を守り抜く覚悟もあった。それでもできるだけ安全策を取りたかった。

 彼らを奮い立たせた皇子に託されたからだ。

 だが、その少女が行くというならもはや止められない。


「全力でお守りします。ですが、お命が危険と判断すれば、力づくでも逃げていただきます」

「はい。頼りにしています」


 そう言ってフィーネは笑う。

 話はまとまったところでリンフィアが話を切り出す。


「では、どこを探しますか? できるだけ早く見つけることができれば突入部隊の援護にもつながります。急ぎたいところですが」

「それは平気でしょう。セバスさん」


 フィーネは確信に満ちた声でセバスの名を呼んだ。

 それを聞き、セバスがフィーネの後ろに現れる。


「ここに」

「人質がいそうな場所がわかりますか?」

「ざっと城を見渡しましたので、見当はつきますな」

「では案内していただけますか?」

「かしこまりました。しかし……アルノルト様に似てきましたな」

「そうですか?」

「ええ、とても」


 フィーネは嬉しそうに笑う。

 それはフィーネにとって最上級の褒め言葉だったからだ。

 

割と大事な伏線回収。できればさっさと回収したかったんですが、WEBだとなかなか思ったとおりにいかなくてここまで伸びてしまいました。

書籍版の一巻ではもうちょっと違う形でこれに触れてます。割といい出来だと思うのでお楽しみに<m(__)m>


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― 新着の感想 ―
皇帝に選ばれた美貌と尋常じゃ無い胆力を持っていれば十分やろ。喧嘩の強さだけが力じゃ無いし、少なくとも護衛はその力によって人質救出に賛同してる。
[気になる点] テンプレではあるけど、なんの力も無いくせに勝手な行動をとる無責任なヒロインは読んでてイラッとしてしまいます。こういうのは慈愛がどうこうではなくただの考え無しのバカです。
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