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第十話 開催

十二時更新分。24時更新予定



 帝国東部最大の都・キール。

 騎士狩猟祭の中心に据えられたそこはいつになく賑わっていた。

 商人が知恵を振り絞り、ありとあらゆる露店がキールに出ていた。さきほどフラリと歩いただけでも見たことない奇天烈な物が売っていた。

 そのうちのいくつかを買って食べながら、俺はレオと共にキールの城壁にいた。


「大した賑わいぶりだな」

「ホントだね。良いことだよ。東部の人たちはずっとモンスターに悩まされてきたわけだし、こういう時が必要だと思う」

「そうだな。父上も対応が遅くなったことを悪いとは思ってるみたいだしな。東部の民に金をあらかじめ配ってたみたいだ。祭りを楽しめってな」


 祭りだけでは不満が解消されないと踏んでいたんだろう。

 あとは財布のひもを緩めてもらわないと祭りをした意味がないってことだろう。そのきっかけとして最初のお金を皇帝が負担したということだ。

 モンスターに悩まされ続けた東部の民は警戒心が強い。金でも配らなきゃ祭りでも財布を開かなかっただろう。

 そういう意味では大した人だ。


「ここにいたの?」


 後ろから聞こえてきた声に二人同時に振り向く。

 すると、そこにはエルナがいた。


「やぁエルナ。調子はどうだい?」

「うーん、普通かしらね。そういうあなたはどうなの?」

「僕も普通かな。ただ気持ちは充実してるよ」

「あら? どうして?」


 レオがこんなことを言うのは珍しい。

 性格的にこういう場合は無難なことしか言わない奴だからだ。

 これはまた面倒なことしてきたな。


「ここに来るまでモンスターの被害に遭った村を見て回ってきたんだ。皇族として彼らを元気づける義務が僕らにはあると思う。それに優勝すれば賞金も出るしね。それと僕が持ってるお金を合わせて寄付しようと思うんだ」

「……お前そんなことしてたのか……?」

「はぁ……その間、あなたは何してたのかしら? アル」

「露店回ってた」


 戦利品である土蜥蜴の焦がし焼きを見せるとエルナは額を押さえてため息を吐いた。

 そこまで嘆かなくてもいいだろうに。


「レオの美点を一つくらいアルが持っていたら、私も幼馴染として安心なのだけど……」

「兄さんの美点はいくらでもあるよ。人が気づかないだけさ」

「さすがはレオだ。よくいった。褒美に一口やろう」

「ありがと。ん? 意外にいけるね」

「だろ? 露店で美味い物を見つける才能が俺にはあるんだよ」

「そんな才能、皇子には必要ないわよ……ほら、もう行くわよ。レオも戻りなさい。そろそろ始まるわよ」


 そうエルナに促され、俺はさっさと焦がし焼きを口の中に詰め込む。

 いよいよ騎士狩猟祭が始まろうとしていた。




■■■




「我が帝国はモンスターに苦しめられた経験が少ない国だ。そのせいか、モンスターへの対応は後手後手になってしまう。今回も我が不徳ゆえに東部の民には苦労をかけた。本当に申し訳なく思っている。どうか愚かな皇帝を許してほしい」


 多くの民の前で父上が演説している。

 俺たちの出番はもう少し後だ。

 本来なら領主の屋敷である場所を控室として使っていると、俺の部屋に客が現れた。

 エルナかフィーネだろうとあたりをつけていたが、そこにいたのは少し予想外の人物だった。


「クリスタ……? どうしたんだ?」

「兄様……」


 そこにいたのはクリスタ・レークス・アードラー。十二歳の第三皇女だった。

 艶やかな金髪に紫の瞳を持つ妹だ。将来はフィーネとタメを張りそうなほど美しいが、その美しさは人形のようだと言われる。それはクリスタがほとんど表情を表に出さない子だからだ。

 お気に入りのウサギのぬいぐるみをもって、無表情で俺を見上げる姿はたしかに人形のようだ。しかし、その目は微かに揺れている。不安を感じているときの兆候だ。


「とりあえず入りな。どうした? 何か困りごとか?」

「ううん……クリスタは困らない……ここの人たちが困る……」


 要領を得ない説明だ。

 大抵の人間はここで脱落する。しかし、クリスタ相手にそれではダメだ。

 俺はクリスタを椅子に座らせると、目線を合わせるためにしゃがみ込む。

 この子は皇族の中でも極めて特殊な存在だ。

 誰も気づいていない。もしくは気づかない振りをしているが、この子には先天的に魔法が備わっている。

 本来魔法というのは修練して身に着けるものだが、自然と魔法を使える者がこの世にはわずかにいる。先天魔法とよばれるそれを使う者たちは非常に貴重で、強力だ。なにせ使える魔法はその者だけのオンリーワン。ほかの者には決して使えないモノだからだ。

 クリスタにはその兆候がある。

 おそらく未来予知かそれに類するものだ。かつて皇太子が亡くなったときも俺の目の前で長兄が死ぬと泣き喚いた。

 広まればザンドラあたりは喜々として利用するだろうから、誰にも言うなと口止めしてあるが、何か見たら俺のところに来いとも言ってある。ここに来たということはそういうことだろうな。


「今回は何を見た?」

「……この街がモンスターに囲まれてた……」


 クリスタの能力はまだ安定していない。

 ときおり未来と思われる映像が見えるようだが、それはクリスタにとって悪夢に近い映像ばかりだ。

 しかも毎回当たるとは限らない。だが当たるときもある。

 だからこそ放ってはおけない。


「誰かの明確な死が見えたわけじゃないんだな?」

「うん……」

「そうか。よく伝えにきてくれたな。だいぶ動きやすくなったよ」

「……兄様も行くの?」

「ああ。一緒にはいられないんだ」

「……」


 不満そうな表情をクリスタが浮かべた。

 不安を抱える自分を置いていくのが気に入らないんだろうな。とはいっても、クリスタ一人のために残るわけにはいかない。

 そもそも街がモンスターに囲まれるならば外にいたほうが対処しやすい。


「失礼します。フィーネです」


 ちょうどいいタイミングでフィーネが部屋にやってきた。

 その手にはお菓子が握られている。

 ナイスだ!


「クリスタ、紹介するよ。俺の友達のフィーネだ」

「あ、お初にお目にかかります。クリスタ皇女殿下。フィーネ・フォン・クライネルトと申します」

「知ってる。蒼鴎姫ブラウ・メーヴェ。帝国で一番綺麗な人」

「よく知ってるな」


 頭を撫でるがクリスタは表情を変えない。しかし、嫌がる素振りも見せない。

 クリスタは俺やレオ、あとは国境にいる長女くらいにしか懐いていない。実の父にすら警戒心を解かない子だから周りは非常に扱いかねている。

 今回ももちろんここに残るが、この状態のクリスタを放置するのも忍びない。


「フィーネ。悪いんだが、クリスタと一緒にいてやってくれるか?」

「兄様がいい……」

「フィーネは信頼できる。俺なんかよりずっとだ。それにお菓子は絶品だぞ。好きだろ?」


 そう言って俺はフィーネが持っていたお菓子袋からお菓子を取り出し、クリスタに見せる。

 それはウサギの形をしたクッキーだった。

 恐る恐る口に含んだクリスタは、すぐにフィーネを凝視した。

 それを見て俺は苦笑する。


「おめでとう。懐かれたな」

「え? 懐かれたのでしょうか……?」

「この子は懐いた相手以外、ジッと見たりしない。関心がないからな。クリスタ。俺やレオが戻るまではフィーネが傍にいる。それでいいか?」

「うん……」

「というわけだ。申し訳ないが、できるだけクリスタの傍にいてやってくれ」

「かしこまりました。それをアル様が望むならば喜んで」


 そう言ってフィーネは笑うとクリスタにほかのお菓子もあげはじめた。

 一瞬、餌付けという言葉が連想されたが、あまりにも失礼なので口には出さずに飲み込んだ。

 そして外で大歓声が沸き上がった。

 おそらく父上の演説が終わったのだ。

 ここからは俺たちが主役とならねばいけない。


「さて、いくか。クリスタ。とりあえず民に顔見せだ」

「……」

「嫌そうな顔をするな。仕方ないだろ。俺たちは皇族なんだ」

「……兄様はいつもサボる」

「今回はサボってないだろ? ほら行くぞ」


 クリスタの手を引き、俺は部屋を出る。その後ろをフィーネがついてくる。

 すると同じタイミングで部屋を出てきた厄介な奴と鉢合わせした。


「あら? 子守なんて余裕ね? アルノルト。アムスベルク家の神童を手に入れたせいかしら?」


 第二皇女のザンドラだ。

 即座にクリスタが俺の後ろに隠れた。それを見てザンドラは不快そうに顔を歪める。


「姉上。子守なんてひどいな。妹の面倒を見るのは兄として当然さ」

「癪だわ。なんだか受け答えにも余裕があるわね」

「そういう姉上はイライラしてそうだ。どうしたんだい? 上手くいかないことでもあった?」


 俺の返しにザンドラは一瞬、とんでもなく怒った表情を浮かべたがすぐに平静の状態に戻る。ここで激昂しても意味はなく、変な弱みを握られるだけだと悟ったのだろう。

 まぁ怒らなくても暗殺者はザンドラの配下だとわかっているんだが、それは言わなくてもいいだろう。


「覚悟しておきなさい。どれほど強力な剣を手に入れても使いこなせなければ意味がないということを教えてあげるわ」

「ふん! 貴様ごときが何を教える?」


 俺とザンドラの会話を聞きつけ、ゴードンが姿を現す。

 まったく、この二人は対立していないと気が済まないらしいな。

 だが、ゴードンの鋭い視線が俺を捉えた。一瞬、心臓が鷲掴みにされたような気分になる。

 さすがは戦場で功を立ててきただけはある。なかなかに強い殺気だ。魔法を使わなきゃ間違いなく瞬殺されるな。


「どうだ? アルノルト。お前の剣を俺に寄越す気はないか? 今ならまだ間に合うぞ? 父上に頼みこめ。自分には不釣り合いだと泣いて懇願してこい。そしてこの俺こそふさわしいと推薦するのだ」

「残念ながらそんな度胸はないよ。兄上。父上の判断が間違っていたって言うようなものだ。さすがに父上のほうが怖いからね」

「ふん、宝を他者に渡す度量もないか。宝の持ち腐れだな。まぁいい。そこの女共々叩き潰してやろう」

「それはこっちの台詞よ」


 ザンドラとゴードンが睨みあう。

 その隙に俺たちはその場を抜き足差し足で後にする。

 こんな喧嘩に巻き込まれるだけ損だ。


「兄様……やっぱり怖い……」

「大丈夫だ。フィーネが一緒にいる。それに何かあったら助けにきてやる。約束だ」

「ほんと……?」

「ああ、本当だ」


 そう言って俺はクリスタの小さな手をギュッと握る。

 それに安心したのか、クリスタは少しだけ笑みを見せた。

 そして皇帝の子供たちが全員バルコニーに集まり顔を見せたあと、皇帝は大きな声で宣言する。


「この祭りの期間! 近衛騎士たちはそれぞれ守るべき我が子たちに忠誠を誓う! 我が子は騎士を尊重し、騎士は我が子たちに敬意を払う! 比翼連理のごとく共に行動し、強大なモンスターに立ち向かえ! 我らは皇族! 帝国の敵であるならばすべて打ち滅ぼす義務がある! 行け! 我が子! 我が騎士たちよ! これより! 騎士狩猟祭を開催する!!」

「うぉぉぉぉ!!!!」

「頑張れ、エリク皇子!!」

「いや、今回はゴードン皇子の独壇場だろ!」

「ザンドラ皇女がきっと奇抜な戦法を見せてくれるさ!」

「俺はレオナルト皇子を応援するぞ! あんな優しいお方は初めてだ!」


 屋敷から続々と騎士を引き連れた皇帝の子供たちが出陣していく。

 今回、屋敷に残るのはクリスタのみ。それ以外はすべて騎士と共にモンスターを狩りに行く。

 そんな子供たちは、この日のためだけに作られた自分を示す軍旗を掲げている。

 俺の軍旗は黒地に白の十字。逆にレオは白地に黒の十字。わかりやすいくらい手抜きだ。完全にレオのやつの逆パターンだし、俺の扱いが窺える。

 しかし、嫌いなデザインじゃない。


「準備はいい?」

「もちろんだ。行くぞ」


 そう言って俺は馬を走らせる。

 その後ろにはエルナ率いる第三騎士隊が続く。

 歓声を受けるのはエルナのみ。だが、それでいい。

 俺は影に徹して暗躍するのが仕事だからだ。

 裏で謀略を巡らす奴がいるなら構わない。その裏をかいてやるだけだ。

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