酌める猫
「お。ミケはテレビ好きだな」
「えー? いつもはそんな……」
お風呂上がりの大黒柱が、タオルを肩にかけて台所へ歩いていく。リビングを通り過ぎる時に、独り言のように呟いた言葉に反応したのは、小学2年生の弟くんだ。ソファの上で親のスマホを借りてゲームに興じていた顔を上げて、テレビの方を見る。すると確かに、テレビの前でシャキッと座って画面を注視している三毛猫の姿があった。画面はちょうどCMが終わってバラエティ番組が始まるところだった。猫は司会者が映ると、ぐーっと前屈みに背を反らしてから、のそのそとリビングの隅の定位置に歩いて行った。弟くんが小さく声を上げる。
「そっか、さっきのネコのオヤツのCMをみてたんだよ。きっと食べたいんだ!」
「今月は買わないわよ。ミケのベッド、買い換えたばかりなんだから」
台所から大皿の料理を持って現れた大蔵省が、少年にクギを刺す。彼は「はーい」と返事はしたものの、脳内では少し違ったことを考えていた。
* * *
次の日の夜。いつもより2時間近く遅く帰ってきた弟くんは、リビングで大黒柱からゲンコツひとつ食らった。ちょうどその時にチャイムが鳴って、泣くのを堪えている弟くんの横を姉さんが通り過ぎていく。高校2年生の姉さんは、いそいそと小包みを抱えて玄関から戻ってきた。ベリベリと音を立てて包みを開くと、中から出てきたのはミケが昨夜観ていた猫のオヤツだ。「それでは早速」と言ってひとつ開封すると、ミケはすぐさま駆け寄ってきた。ミィミィと声を上げながら、嬉しそうに舐め取り始める。
「バイト代が残ってたから、ネットで買ったの」
「…………」
可愛い飼い猫の姿が見られてご満悦な姉さんが、弟くんに「あんたもあげる?」と言って笑顔でオヤツの残りを差し出した。開いた包みの中身を見てからずっと無言だった弟くんは、たたたっ、と軽い足音を響かせてリビングから出て行ってしまった。
* * *
昔は2人で使っていた子ども部屋で、少年は抱えた膝に顔を埋めて座っていた。明かりを点けない部屋の中は、どんよりと暗い。フローリングの床に小さい財布が落ちている。
ミィ。と控えめな鳴き声がした。同時に、彼の脇腹のあたりに、温かくて柔らかいものが何往復もすり寄せられた。彼がそっと顔を上げると、ミケは少年の頬に思うさま自身の顔をくっ付けた。彼の頬が乾くまで、そう長い時間はかからなかった。
生まれ変わったら、こういう人の気持ちを察することのできる生き物になりたいです。