表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

下 野獣とともに

 卒業の日、魔法使いの学校には大勢の人が押し寄せました。人里離れた森の中なのに、金色の飾りをつけた宮廷の人々や貴族、大商人がこぞってやってきたのです。

 魔法使いの学校はふだん閉ざされていて、普通の人間には入れません。けれども卒業の日だけ開放されるのです。なぜなら、卒業した魔法使いたちの雇い先を、決めなければならないからです。学校を出たての魔法使いはまだまだ半人前で、修行をつまなければなりません。卒業生たちは雇い先で、魔法の腕をさらに磨くのです。

 

 けれども、雇い先がどこでもいいわけではありません。王国が法律を作ってまで、集め、育て上げた魔法使いなのです。雇うのは宮廷や王国の軍隊、あとは力のある貴族や商人ばかり。国王は、普通の平民に魔法の力が渡るのを、禁じていました。だから卒業生の雇い先を決めるのは学校の中だけ、平民たちが押し寄せない場所で秘密裏に行われるのです。

 卒業生もまた、王国や貴族、大金を持つ商人に雇われることを望みました。なぜなら、普通の平民が一生かかっても得られないほどのお金を、たった一月ひとつきでもらえるからです。

 それほど魔法使いは貴重な存在でした。


 ルナリアは相変わらず、光の魔法しか使えません。それでもお誘いの声がかかります。

 まず、宮廷の使いがやってきました。

「われわれは、将来、王族の命を守る者を探している。模擬戦で兵士十名を倒せば、受け入れよう」

「申し訳ありません。私にはできません」とルナリアは断りました。


 次に軍隊の人がやってきました。

「われわれは強い魔法使いを探している。森に分け入り、獣を五頭倒せば、受け入れよう」

「そんな恐ろしいことできません! かわいそうです」とルナリアは断りました。

「ならば、試験で傷ついた獣を五頭治してみせよ。さすれば回復部隊として受け入れよう」

「いえ、私には癒しの魔法も使えません」

 ルナリアがそう言うと、軍隊の人は「使えないやつだ」と漏らしながら、去っていきました。


 次に来たのは貴族です。

「お嬢さんは占いが得意かな? 僕はものを見通す力がほしい。紙に書いた五桁の数字、五つすべて当てれば受け入れよう」

「いえ、申し訳ありませんが、できません」

 ルナリアがそう言うと、横から商人が飛び込んできました。

「うちは五桁を五つなんていわないよ。三桁を五つでいい。それだけあれば商機が読める。どうだ、これならできるだろ?」

 ルナリアは首を横に振りました。すると、二人は一緒にルナリアから離れていきました。


 話しかけられるごとに、雇い主の位はどんどん下がっていきます。当然、提示される給料も下がっていきました。

 でも、ルナリアは、高いお金をもらえる仕事をしたくはありませんでした。

 森のそばには倒れた兵士や獣がたくさん並んでいます。その中には、ルナリアと出会った狼の母親が混ざっていました。傷だらけで、自慢の黒い毛並みはボロボロです。そんな彼女の姿をルナリアは見ていられませんでした。

 一方、試験に合格した卒業生たちはみな、誇らしげな顔をしていました。軍隊の給料は高く、金のコインが山のようにもらえます。傷ついた獣ではなく、給料の額を競い合う卒業生たちから、ルナリアは目をそらしました。

 そのとき、目から一粒の涙が落ちました。


 昼を過ぎると、ルナリアに声をかける人はいなくなりました。残りは自分で雇い主を探すしかありません。


 ルナリアは施療院の先生に声をかけました。『優しい子を探してます』と訴えていたからです。

「お嬢ちゃんはどんな魔法が使えるの?」

 施療院の先生にそう聞かれ、ルナリアは小さな月を浮かべました。月は赤い西日でほとんど見えません。

 けれども、先生は「かわいらしい魔法ね」と目を輝かせながら、淡い光を見つめていました。

「ねぇ、他にはどんな魔法が使えるの?」

 ルナリアは先生の質問に答えるように、光のうさぎやペガサスを次々と生み出しました。先生はどれも褒めてくれましたが、まだ物足りない様子でした。


「お嬢ちゃんって、病気治しの魔法使えるの?」

 そう言われたルナリアはギクッとしました。施療院ですから病気を治すのがお仕事です。病気治しの魔法を期待されるのは当然でした。ルナリアは正直に話すことにしました。

「病気治しの魔法は使えません。でも、お手伝いならきっとできます。どうか私を雇ってください」

 けれども、先生は首を横に振りました。

「悪いけど、お手伝いさんなら普通の人を雇うわ。うちは高いお金を出して、魔法の使えない魔法使いを雇う余裕はないの」

 そう言われたルナリアは施療院の先生と別れました。



 時はどんどん過ぎていき、日没が迫ってきました。

 この学校にはどんなに不出来な子でも、三年以上いられません。日没までに雇い主が決まらなければ、ルナリアは学校を追い出されます。そういった子はいままでに何人かいましたが、みな村に戻る前に消えてしまいました。

 日没が過ぎれば、ルナリアも同じ目にあうでしょう。もう、学校に残っている卒業生はルナリアだけです。雇い主となる人も誰もいません。

 ルナリアは、最後の時を森のそばで過ごしました。


 慣れ親しんだ狼の母親は軍隊の試験でやられてしまいました。森でともに過ごした獣たちもかなり犠牲になっているでしょう。

 ルナリアは狼の母親が言ったことを思い出しました。

 そして、彼女が大好きだった魔法も。

『どうか、もう一度見せておくれ、月明かりのように淡い光のペガサスを』


 ルナリアは杖を一振りし、大きな大きな光のペガサスを生み出しました。ペガサスは翼をはためかせ、天に向けて飛び立っていきます。その姿は日没間際の暗い空に、いっとう明るく輝いていました。

 最後に放ったペガサスが狼の母親の元へ届くことを、ルナリアは手を合わせ願いました。


 そんな中、森の中から拍手が聞こえました。振り向くと、ひどく痩せた青年が一人いました。

「素晴らしい。とてもきれいだ! どうか、もっと、もっと君の魔法を見せてくれ!」


 ルナリアは天に向けて杖を振りました。すると、まだ明るい空一面に流星がいくつも走りました。そのうち一つは青年の胸元に飛び込んで七色の花火になって消えました。

「美しい。虹を浴びるなんて初めてだ。とても、とても芸術的だ!」

 青年の求めに応じて、ルナリアは魔法を見せました。そのたびに青年は大声で喜びました。大声をあげるものですから、学校の先生が駆けつけてきました。


「君は何者だ、どこから入ってきた」


 先生は杖を出して怒りました。青年の身なりは、昼間にいた雇い主たちと違って、あまりに貧相です。国が雇い主として禁じている、村の平民にしか見えません。


 すると青年は言いました。

「僕はこの森の主だ。森を自由に駆け回る。結界の解けるこの日なら、森から簡単に入ることができるのだ」と。

「いやいや、君はただの平民だ」

 先生は青年をまったく信用していません。そして「平民風情で何の用だ」と尋ねました。

 すると、青年は「僕は魔法使いの雇い主になるために来たんだ」と答えました。

「魔法使いは王国の財産なんだ。平民に渡すのは禁じられている」

「言っただろう、僕は森の主なんだ。平民じゃない、ただの野獣だ。野獣が雇い主になってはいけないなど、法律に書いていないだろう。だから僕は雇い主になれるはずだ」

 青年の言うとおり、法律で定められた雇い主の禁止リストに『野獣』の文字はありません。でも、先生は引き下がりませんでした。

「貴様はただの平民だ。嘘をつけ」

「嘘をついているのは君らの方だ。ほんとに魔法使いが王国の財産なら、雇われなかった子を殺したりしないだろう」

「それは違う。王国の財産を殺すなどありえない」

 そう言う学校の先生を、青年は「フン」と鼻で笑いました。


「どんなに言葉飾っても無駄だ。君らはこの子を殺すため、森に百人の軍隊をはべらせている。たった一人のためにだ。

 僕は百人全員の居場所を知っている。一言命じれば、いますぐ森じゅうの獣をけしかけて、皆殺しにすることだってできる」


 青年がそう言うと、先生は腹を抱えながら笑い飛ばしました。

「もう虚言を並べるのはよせ。どうせ、獣をけしかけるなんて、できはしない。もし、ほんとうに森の主なら、いますぐ獣たちを呼び寄せて見せよ」

 先生がそう言った瞬間、青年の背中から狼たちが六頭、飛び出してきました。よく見ると、その狼は、ルナリアが初めて森に入ったときに出会った、子ども狼でした。すっかり大きくなった狼たちは、ルナリアの頭を飛び越えて、先生の杖を弾き飛ばしました。そしてその勢いのまま、先生に体当たりして、脚で身体を押さえつけました。


「誰か、助けてくれ!」

 杖を失った先生に魔法は使えません。だから必死に助けを求めていました。

 でも、他の先生たちも見事に取り押さえられていました。先生たちの胸元には、人間の何倍も重たい狼の脚が乗っています。ほんの少しでも体重をかければ、胸がつぶれてしまいます。


「どうかこの狼たちを離してくれ。し、死んでしまう」

 叫びを上げる先生たちに、青年は言いました。


「離してほしければ僕に許可をくれ。僕はこの子を雇いたいだけなんだ」


 完全に青年の勝ちでした。先生たちはすっかり観念し、青年を森の主と認めました。

 そして、ルナリアを雇う許可を与えました。

 それを聞いたルナリアは、とても喜びました。雇い主がどんなに貧しくとも、雇われさえすれば、国に殺されることはないのです。それに、この青年は森の獣たちとつながっています。それもルナリアの知っている狼たちとです。だから決して悪い人ではない、きっと運命の人なんだ、とすら思えました。


「最後に三つ、質問に答えてほしい」

 厳かに話しかける青年に、ルナリアはそっと、うなずきました。


「一つ目。僕は森の野獣だ。だから、人里離れた森の中で暮らすことになる。それでもいいか」

「もちろん。森は慣れてますから」


「では、二つ目。僕はお金を持っていない。だから、普通の雇い主のような報酬は払えない。それでもいいか」

「しかたありません、あなたは森の主ですから。私を生かしてくれるのなら、大丈夫です」


「それなら最後に、君の名前を教えてくれ。それで契約は成立だ」

 それを聞いたルナリアは青年の元に歩み寄り、耳元でささやきました。


「私の名前は、ルナリア」



 すると、青年はいきなりルナリアの右手をつかみ、走りだしました。青年は貧相な体つきでしたが、足はとても速く、ルナリアはついていくだけで精一杯です。手を引く力強さも強引さも、まるで野獣のようでした。ルナリアは振り返ることなく、森へと走ります。

 このとき、かすかに見えていた太陽が、地平線に沈みました。


 青年とルナリアが森の中へ入ると、一頭の狼が待っていました。先ほど飛びかかった狼たちの兄弟、七頭兄弟の一頭です。

 ルナリアは青年とともに狼の背に乗って、森の奥深くへと駆けていきました。


「早く、この森も学校の敷地だ。十二時までに抜けないと、結界に閉じ込められてしまう」

「心配するな。俺の足なら結界どころか、王国の手の届かないところまで行ける」

 それを聞いたルナリアは、青年の方をチラリと見ました。

「後できちんと説明する」

 青年はルナリアの耳元で、そうささやきました。


 狼は闇夜の森を走り続けました。ルナリアにはどこを走っているか、見当もつきません。狼と青年から光の魔法を使うことを止められていたのです。ルナリアの視界は真っ暗なまま、狼が走る振動と、肌に吹き付ける冷たく強い風が、前に進んでいることを感じさせてくれました。


「ねぇ、他の兄弟はどうするの」

 ルナリアが狼に聞きました。

「大丈夫、もう森へ戻って俺たちの後を追っている。俺たちは鼻がいい、光がなくとも道がわかる。いくら魔法が得意な先生でも俺たちには敵わない」

「もしかして、私と一緒に来てくれるの?」

「そのつもりだ。学校の魔法使いにママを殺されたんだ。もうあの森にいる必要はない。今日は一年に一度の結界が解ける日、このチャンスを逃がすわけにはいかない。それに、俺たちはルナリアの味方だ」



 狼はルナリアのために、夜通し走り続けました。だんだんと空が明るくなってきて、周りの景色が見えてきました。

 辺りには木々が生い茂っています。森の中であることは変わりません。でも、学校裏の森と違ってとても明るく、枝の先には見たこともない淡いピンクの花が咲き誇っていました。

 もう、ここは別の国。ルナリアたちは王国を飛び出したのです。王国の育てた魔法使いが別の国に雇われることは、固く禁じられています。だから青年は森の中で黙っていたのです。でも、国境を越えてしまえば、もう誰もルナリアに手出しはできません。


 ルナリアの背後には狼の兄弟がついてきていました。二人と七頭は花のトンネルを抜けていきます。もう走る必要はありません。ひらひら舞う花びらを全身に浴びながら、前に進みます。そして、日の出とともに小さな小屋にたどりつきました。

 この小屋が青年の家です。


 狼と別れて小屋に入ると、そこらじゅうにキャンバスが散らかっていました。

 青年は決して、森の主でも野獣でもありません。パースという名の、売れない絵描きでした。

 パースは絵を描いては遠い町まで降りていき、絵を売りにいきます。けれども売れずに帰ってくることがほとんどです。絵描きは絵が売れない限り、お金が手に入りません。たまに売れても安く買いたたかれ、普通に働く方が何倍も稼げるほどの額でした。

 ルナリアには絵が売れるようにする魔法は使えません。もし使えたら、いまごろ商人の誰かに雇われて、そこで働いていたことでしょう。ルナリアにできることは、家事をして、パースが絵を描く時間を作ることだけでした。


 パースの家は失敗作のキャンバスがたくさんあって、アトリエにいたっては足の踏み場もありません。ルナリアは失敗作を拾い上げては、きれいに並べ直しました。パースが描く絵はどれも闇に満ちていて、黒の背景に白い動物たちが並んでいる、そんな絵が大半でした。


 ルナリアがキャンバスを並べていると、パースが「僕の絵はどうだい?」と声をかけてきました。

 ルナリアは「とってもきれいよ。私なんかには到底描けない」と答えました。


「ほんと? お世辞じゃない?」

「いえ、お世辞じゃない。本気で言ってるの」


「でも、僕の絵は売れてない。きっとどこかが足りないに違いない。でもそれが何なのか、僕にはわからない。だからほんの少し手伝ってほしいんだ」



 日没後、パースにお願いされたルナリアは、二人で花のトンネルに向かいました。

 トンネルにはまだ花が咲いていて、いまも花びらが舞っています。ルナリアは杖を取り出し、木々に向けて杖を一振りしました。

 すると、すっかり日の沈んだ闇夜の森に、明るい光の花が咲き誇りました。花びらもピンクに染まり、光の粒となって散っていきます。地面に落ちた光の粒は、土をピンク色に染めました。


「ルナリア、頼む、もう少し明るさを落としてほしい」

 パースに言われたとおり、ルナリアは光を弱めました。光の花はほんのり淡いピンクを帯びていますが、闇夜を照らすほどの輝きはありません。花のトンネルはすっかり夜に戻りました。

 それからルナリアはパースの指示を受けながら、光の魔法を放ちました。野ウサギを走らせて、馬を走らせて、ペガサスを走らせました。パースは光の魔法で生まれた花や動物たちを、キャンバスへと写しとっていきました。


 夜がくるたび、ルナリアは魔法の光を生み出しました。まるで闇夜のキャンバスに絵を描くかのようです。パースは、夜の空間に描かれた絵を、現実のキャンバスへと残していきました。七頭の狼たちも協力し、光に染まった身体で森を駆け回りました。パースのキャンバスに残された狼の姿は、いまにも動き出しそうなほどでした。


 でも、パースが絵を描いている間、売り上げはまったくありません。出される食事はパン一つだけでした。ルナリアまでも痩せていきます。それでもパースは給料を払い続けてくれました。その額はとても安く、針仕事をした方が稼げます。けれども、普通の雇い主と違って、生活に必要なものはすべて与えてくれるので、ルナリアのお金はどんどん貯まっていきました。


 月に二度、ルナリアは町へ出ました。森でそろわない物を買うためです。

 町へ行くたびに、パースから「給料は好きに使ってかまわない」と言われていました。でも、ルナリアはもらったお金を、自分だけのためには使いませんでした。貯金の半分は食べ物に、残りの半分はパースの画材にあてました。



 二人での暮らしが始まって半年ほどたったときでした。町へ絵を売りに行っていたパースが、息を切らしながら帰ってきました。身体はもうヘトヘトです。

 横になったパースにルナリアは「どうしたの?」と聞きました。


 すると、パースは荒く激しい息をしながら、にっこりと笑いました。

「絵が売れたんだよ。だいぶ前に描いた駆け回る狼たちの絵。大金持ちの商人が買ってくれたんだ」

 そう言って、パースはルナリアの手に金のコインを広げました。


「これだけあれば一年は暮らせる。自由に使っていい」

「いや、あの絵はパースが描いたもの。このお金はパースのものよ」

 ルナリアがそう言うと、パースが首を横に振りました。


「違う、あの絵はルナリアの魔法があったから描けたんだ。僕はただそれを写し取っただけ。あの狼の絵は合作なんだよ。ルナリアにもお金を受け取る権利がある。いや、受け取らないといけない。どうか、受け取ってほしい」

 コインを持ったルナリアの手を、パースがギュッと閉じました。



 絵が商人の手に渡ってから、パースの絵の評判は一気に上がりました。

 闇夜に浮かぶ光の動物たちは、魔法でできた幻想に過ぎません。けれどもパースの絵には、光の動物が実在するかのように思わせる力がありました。パースの絵はどんどん値段が上がっていきます。お客さんの位もどんどん位が上がっていきました。

 二人の家はどんどん裕福になり、痩せていたパースの体格は、みるみるうちに良くなっていきました。ルナリアの給料もどんどん上がっていきます。食事がパン一個などというひもじい暮らしは、遠い過去のように思えました。


 パースの元に次々と声がかかります。


「あの光の動物はどこにいる」

「それは僕の心のなかにいます」


「なら、どうか私の屋敷にきてほしい。専属の絵描きとして暮らしを保証しよう」

「いや、私のところなら暮らしを保証するだけでなく給料も出す。どうだ、私のところにこないか」

「いやいや、パース様は三百年の歴史を持つ、当家にふさわしい。この名があれば国中に絵を広められますよ」


 パースはお誘いを全部断りました。

 ルナリアはその理由を尋ねました。


「だって僕は森の主、野獣なんだ。だから森から出られない」

「でも、パースは普通の人間よ」

「ほんとにそう思う?」


 パースがルナリアに手を出すよう言いました。

「どうして?」

「いいから手を出して」

 ルナリアは言われたとおり、手を差し出します。すると、パースがいきなり左手を引っつかみました。

 薬指に何かがはまる感触があります。パースの手が離れると、ルナリアの薬指に銀色の指輪がありました。


「ひどい。やっぱりパースはほんものの野獣ね」

「そうだ、僕は野獣だ。だから動物たちの声がわかる。だからルナリアに出会えたんだよ。狼たちを介してね」


 外には仲人となった七頭の狼が並んでいました。どうやら彼らが、絵の売れないパースにルナリアを紹介したようです。そして、命の危機が迫るルナリアと繋いだのです。


「ルナリア、これからも一緒に絵を描こう。闇夜に浮かぶ光を僕らのキャンバスに残そう。ルナリアが許すなら、薬指の指輪を受け取ってくれ」

 

 ルナリアは指輪をそっと外しました。

 くるりと回すと大粒のダイヤがきらめいています。ルナリアはそのダイヤを表に向けて、再び薬指にはめました。

 ルナリアとパースは、ほほえみながら抱き合いました。外では狼たちが見守っています。七頭の狼に囲まれて、二人は熱いキスを交わしました。



 それからも、ルナリアはパースと一緒に、闇夜に浮かぶ光の絵を描き続けました。二人は、森の中、闇夜のキャンバスに囲まれて、末永く幸せに暮らしました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ