ステップアップ
「年万生多採・・・な。お前、キラキラネームとか言われてるだろ」
「珍しくは無いだろう? そんな概念があるって事は。とりあえずは僕の呼び方はタトルで良いよ。君の年代の者と話す事は少ないから、少し嬉しい」
「そっちの都合に乗せるんじゃねえよ、まだ今日会ったばかりだろうが。大体年上に対する最低限の――」
「僕は19だけど?」
「・・・マジかよ」
その輸送機内はとても広々としており、居間の一室など余裕と言う程の設備、装飾が施されている。まだ胡散臭さは払えきれていないが、それなりに資産のある者達である事は疑わなかった。
「で、GTCとは言ってるが・・・良い明日の会社? どこが名の如く世界を守る企業だよ、胡散臭えな、本当に守ってるんだろうな、てか活動はしてるのか?」
「言葉選びが不味かったかな、ゴメン。でも実際に活動はしているよ、秘密裏にね。例えばこれは、ここ数年の活動履歴だ」
タトルの差し出した書類に目を通す。
「2012年はかなりの稼ぎ時だったね。社員達も緊迫していて、過労で倒れた者もいた位だよ」
そこに書かれていた一部の事は、千日であっても噂で聞いた事はある。天変地異、人口削減を目的とした大規模戦争、宇宙より来る脅威。
「オイオイ、こんなの人様に知れたら大パニックだろ・・・・」
「だろうね。無知が安心を呼ぶ事もあるって例さ。人類滅亡の危機なんて他の動物達と同じ、何所に転がっていても不思議ではないよ」
そんな事が世界各地で、毎日の様に起ころうとしている。
顔が蒼くなるのは、感受性が強いのか、ビビりなだけなのか。自分の小ささに、千日は少し自嘲する。
「ただまあ安心して。そんな履歴が作られてるって事は、成就率0%って事だから。その為に僕らがいる訳だしね。そして君もその一人になる」
タトルは千日に、好奇心剥き出しの、無邪気な笑みを浮かべ、そう告げた。
GTC-グッドトゥモローカンパニー-
第2話
『ステップアップ』
輸送機の中では、外の景色は遮断されていたが、いざ着いてみると何の事は無い、ように見える。
「なあ、一体ここは日本のどこだ?」
「首都圏のどこか、じゃあ不満かな?」
高層ビルの屋上なのは把握出来る、家とは特別遠い距離でも無さそうだ。だがそれならば人の目についても可笑しくない、大企業らしいのならば尚更である。
「まあ、とりあえず中に入って。家の方にはどう言えば良いかな?」
差し出された紙に、渋々と名前と電話番号を書く。
「悪用したら承知しねーぞ」
「信用無いなあ、そんな事はしないよ、メリットも無いし。・・・それにしても、鶴時千日、か。長生きできそうな名だね」
*
「じゃあ入社試験を始めようか。と言っても、実際はここで約束した事を守ってくれればそれで良い。君を入れるのもスカウトみたいな物だし」
千日が案内された場所は、紛う事無き「社長室」である。ここに至るまでの「社内」の通路は、一般的な企業のイメージと一致する、言い換えればステレオタイプな場所であり、それはこの社長室も例外ではない。
「今更だけどな・・・どうも俺を入れる事前提で話が進んでねえか?」
「そうだけど?」
「そうだけど、じゃねえよ! だから何で俺なんだ? 世界を守る、とやらはまだ眉唾モンだが、せめて人助けするならもっと出来る奴はゴマンといるだろ!?」
柄じゃない。何でこんな胡散臭い奴にムキになるのか。
「随分自分を低く見ているね。それは良くない事だ。個人にも、そして周囲にもね」
「テメエが俺の何を知って―――」
「あの花達を喜ばせた、それが採用の理由だよ。口答えしたいだろうけど、落ち着いて聞いて」
言い返す前に釘を刺された。そう感じ、千日は複雑に顔を歪める。
「さっきも言った通り、あのホホエミソウは水や土だけじゃ上手く育たない。一番の養分は生物とのコンタクトなんだ。そして科学的に調べた結果、好意的な感情を察知した時に良く育つ事が判っている」
頭を掻き毟りたくなる程の苛立ちを、千日は感じた。原理はともかく、要するに花から好かれた訳だが、その好意自体も受け入れられずにいるのだ。
「今のご時世、新種の花を愛でる人間なんてごく少数派だよ。更にそれで世界が守れるんだ、もっと自信を持ちたまえ」
「それでも俺は・・・!」
突如、会話を絶つかの如く甲高い音が鳴り響く。表情を厳しい物へと変えたタトルは、改めて机に手を翳し、モニターと思しき機器を現出させる。
「僕だ。何があった、寿限無」
『保護部から増援要請です。先程の保護エリアが襲撃を受けており、現行の戦力では力不足と連絡が入っています』
「そうか、すぐ行く」
「と、いう訳で出動だ、勿論君も来てもらうよ」
「見学って訳か。俺に何がさせたいんだ?」
「見学なんて楽な仕事はさせないよ。君も参加するんだ。・・・その為の秘密兵器を使って、ね」
*
「周りから火が上がってやがる・・・」
「早急に対処しなきゃ拙いね。とりあえず現場に降りようか」
「降り方はツッコむのも今更だが、ここヘリん中だぞ」
「何の為に秘密兵器が有ると思う?」
タトルが指差した一つのケース。それは彼が指を鳴らすと同時に、開く。
「じゃあ、使い方を説明しようか」
*
「ハハハハハ!! 噂ノGTCトヤラハコノ程度カ! ソコノチッポケナ花スラ守レントハ、戦力トシテハ雑兵ダナ!!」
複数の人面を頭部に生やし、隆々とした上半身に蜘蛛の如き下半身。正にそれは怪物である。それは下卑た高笑いを上げながら、銃を持ち防戦に徹する社員達を弾き飛ばしていく。
「ここまで終気を溜めていたとは・・・」
寿限無はその脚を加速させ、時に内蔵の鉄線で受け止め、時に直に受け止める事で社員を救助する。しかしそれは、寿限無の戦闘に割く力を低下させ、防戦一方の状況を長引かせる一因となっていた。
「ドウシタ秘書! オレガ相手ダト手モ足モ出ナイカ!? 人助ケニ夢中トハ、タカガ下ッ端相手ニヨクヤルナァ? 役立タズヲ拾ッタ所デ、不利益以上ノ何物デモナイノニヨォ!」
「・・・・ヤクザ風情が、働き手の価値を語るな」
そう呟く寿限無の顔が一瞬、険しくなる。
「怒ッタカ? ダガ時間ノ問題ダロウナ、一人デコイツラ全部助ケルナド出来ル筈ガ無ェ、本当ハムカツクカラ直グニ殺リテエガ―――」
「なら良かったね。死にはしないが直ぐに終わるよ、この状況は」
その時、砂埃が天を目掛けるがの如く舞う。
「ハハッ、クソガキ自ラ潰サレニ来タカ?」
「残念だったね。お前の相手は、我が社期待のスーパールーキーさ」
タトルのその言葉と共に、砂埃が晴れてゆく。
「そんなに持ち上げんじゃねーよ、いきなりこんなん使わせて。足が痺れてきたぜ」
「それに止まったのがそのLDの凄い所さ。あ、レーザーディスクの事じゃないよ」
「高みの見物の癖にベラベラウルセーな・・・で、次はどうすんだ?」
晴れた先、パラシュートで空中に留まるは年万生多採。
そして晴れた先、地に着き怪物と対峙するは鶴時千日。
立ち上がった彼の右腕には、光の蒸気を放つ、鋼鉄が纏われていた。
「君が日頃やってるであろう事と同じさ。許さない奴を殴り飛ばす、その為にLD・ライヴデバイスはある」
「・・少し引っ掛かる言い方だが、シンプルで安心したぜ」
鶴時千日、彼の初陣が幕を開ける。
「周囲の事は私に任せろ。お前は奴に集中すれば良い」
「心置き無く、って訳か。じゃあバケモン、口汚く暴れてんだ、少し大人しくなれよ!!」
「ハハッ、不良一匹デ何ガ出来ル? 先ズハオ前カラ死ネェ!!」
怪物が放つ拳を、千日は紙一重で躱していく・・・と言えば聞こえは良いが、実際はその回避行動すら一苦労なのが現状である。下半身の性質上相手の動きは思いの外素早く、自身も右腕に纏った装備の重さで機敏な動作も困難だからだ。
「ぐっ、本当に・・・殴り飛ばすだけで、良いんだなっ!?」
「じゃあ何でノロノロ躱すばかりなんだい?」
「重いんだよ、右腕が!!」
「それは君が後ろ向きだからだ! 奴を恐れているからだ! いいかい、奴の目的はここの人間を全員殺し、そこに咲く花達を根こそぎ奪う事にある。僕は目を付けていたさ、君がこの花に癒される為に何度もここに来ていた事を、ここを頻繁に荒らすチンピラ共をぶちのめしていた事を、そして珍しいだとか植物だとか関係無くこの花を大事にしていた事を!!」
「――――――っ」
「それ以上言うんじゃねえぞ、タトル。どうやら軽くなったみてえだ」
その右腕は再び光の蒸気を放ち、千日は左手でそれを支える。重みは、まるで感じない。
「吹っ切れたみたいだね。勝負はここからだ」
無邪気な微笑を浮かべるタトルを後目に、千日は前へと走り出す。
「ハッ、腹ヲ括ッタンダロウガ同ジ事ダ、先ズハオ前カラ死―――」
「ガアアアアアッ!?」
攻撃手段は、双方とも握り拳による一撃。
だがその一撃の差は、赤子と大人程の威力の差があった。
「痛エッ、痛エエエエッ!! 何ダ、何ダソノ力ハァ!?」
豆腐を掬うかの様に削り飛ばされた右腕・・・だった部位を抑え、怪物は余裕を失い、暴れ出す。
「オイ、早く鎮めねーとヤバいんじゃねえのか」
「確かに、と言いたい所だけど・・・焦る必要も無さそうだ」
「オイ、ドウシタ!? 何ヲスルオ前等!? 勝チ目ガナイ? 何ヲホザクコノ役立タズ共! サッサトオレニ身体ヲ寄コセェ!!」
「という訳で、どうやらあの姿を保つ為に、子分を無理矢理取り込んでたみたいだね。まぁ見ての通り結束力は皆無、チームプレイとしては救いようが無いけど。今ならそのLDで、二、三撃程度で葬れるだろう」
「そうか、だったら早く終わらすだけだ!!」
千日は硬直する怪物の腹に、正面から、激しい感情を込め、鋼鉄の拳を殴り込んだ。
「LD・ライヴデバイスと呼称されるそれは、精神力をエネルギーとする我が社特製の兵器だ。とは言っても所謂魂を吸い上げて力にするような呪いの武器、って訳じゃ無い。LDは使用者の明確な意志に同調して起動し力を与える、言わば使用者と二人三脚な武器なのさ」
*
「初仕事お疲れさん。どうだった? 我が社のLD・ステップブレイカーの性能は」
「どうもこうも無えよ、よくも物騒なモン付けてくれたな。・・・あんなのを量産してるのか?」
「ここだけの話、LDは企業秘密のある物質を核にして造ってるんだ。だからまぁ、一種のブラックボックスでね、つまりはそういう事さ」
大それた喧嘩、もしくは小さな戦場となったその空き地では、救護班に当たる人々が負傷者の治療に専念している。あんな化け物が暴れ回ったのに死者が一人も出さなかったのは大した会社だ、と千日は思う。
「という訳で、考え位は改めてくれたかな? 日々の欝憤が晴らせて人助けが出来る、中々にピッタリな場所だろう?」
「誤解モンな言い分だな。それに危険と隣り合わせ、機密てんこ盛りの真っ黒会社じゃねぇか。・・・・ってもまあ――――」
そう言う千日の口は笑っていた。
「不良に喧嘩売るだけよりは、良心的かもな」
「入社試験合格、だね。ようこそ鶴時千日、人類の尻拭いを行う場所へ」
一人の不良少年が、世界の一員として歩き出そうとしていた。
数限りなく生まれようとする「終わり」を潰す、胡散臭く、荒唐無稽な、だが必要とされているという戦いの世界へと―――――
to be continued




