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丘品学園シリーズ

隙間女は起き上がれない

作者: 綾科ららら

私立丘品学園と言う学校がらみの連作です。

くだらなくて笑えるコメディを目指しています。


修正予定あり

短編ではないとの指摘受けました。削除の上長編に移動させるかもしれません。

『隙間女の手は握れない』 綾科ららら


1、

「ブルータスお前もか」

 俺の返事を聞くと友人の太田おおたはそうつぶやいて顔をしかめた。

 昼、学園の大学部の食堂での事だ。

 太田は高等部で知りあった友人で気の合うやつなのだが、大学部に入ってしばらくするとなぜか合コンに誘うようになった。

 誘われるのはこれで三回目。

 前も断ったのにまた誘ってきたのだ。

「ところで”も”って?」

「ああ、別の友達を誘ったんだよ。でもダメだった。その気になれないんだって」

 そう言って友人は食堂の端を指差した。見ると背が高く細身での髪の長い白衣を着た優男やさおとこがうどんをすすっている姿が見えた。

「ふーん。で誰なんだ?」

「知り合いの理学部生。なんか難しい研究をしているらしいよ」

「難しい研究?」

 俺はその言葉に顔をしかめた。

 ここ丘品学園はさまざまな変な人間が集まる事で有名で、一学年に二~三人はマッドサイエンティストがいるといわれるような学校だからだ。

「よくわからないけどとにかく何か難しいを研究しているそうだよ」

 『何か』では何にでも当てはまるだろうと思ったがもともと大雑把なやつなのであえて突っ込まない。

 代わりに俺はある台詞を唐突につぶやいた。

「あれは見ない方がいいのだ。あれは悪魔の研究だ」

「相変わらずだなあ」

 友人は肩をすくめて見せた。

 これは俺の癖で、何かきっかけがあるとついアニメに出てきた台詞をもじったりしてしゃべってしまうのだ。

 もちろんアニメが好きだからなのだが、我ながら痛い癖だと思う。

「で、なんで参加してくれないの?」

「リアルな女性に興味ない。それに今晩は映画を観るんだよ」

 そう言うと俺は止めていた手を動かしカレーを口にした。

 そし顔をしかめると、テーブルに置いてある醤油を手にしてかけると思いっきりかき混ぜた。

 美味しくなかったのだ。

「どうして学食のカレーって不味いんだろうな。醤油やソースをかける事を思いついたやつは偉大だと思わないか」

「知らないよそんなの」

 友人はそう言いながら目で「なんとか参加できないかな?」と訴えてきたが無視した。

 俺としては断る事がわかっているのにどうして何回も誘うのかわからない。

 本来そんなやつではないのだが、なぜか合コンに関してはしつこかった。

「しつこく誘うけど何かわけがあるのか?」

「まあね、人に頼まれたり色々あるんだよ」

 そう答えたが誰にどう頼まれたのかを言おうとはしなかった。

 俺もあえて尋ねない。

「悪いけど、本当に今日は忙しいんだ」

 忙しくなくても行くつもりは無いのだが、言った通り今晩は映画を観る予定があった。

「映画ってアニメかい? ああ例のアニメの劇場版だね。0時上映とかいうやつだっけ」

 当たっていた。

「わかっているなら誘うなよ」

「いや、今それ見て気が付いたんだよ」

 そう言うとテーブルの上に置いたアニメ雑誌を指差した。

「なるほど」

 それは今日発売の雑誌で食堂に来る前に購買で買ったものだ。

 今日観る予定の映画の特集記事がありそのため表紙にはその映画のアニメのキャラクターが大きく印刷されていた。

「なんだ、かぶっていたのか、失敗したなあ」

 のんびりとした口調だったがどうも本気で悔やんでいるようだ。

「ご愁傷様」

 俺は他人事のように肩をすくめてみせた。

「でもさあ彼女とかほしくないの? 外見だって悪くないしもったいないんだよね。アニヲタなんて太ってダサくて女にもてなさそうなやつに任せておけは良いと思うんだけど」

「ずいぶんとアナクロなイメージだな。おまけに偏見がたっぷりと含んでいる。それに、いったいどこの世界に他人に自分の趣味を任せるやつがいると言うんだ? そもそも、お前だって結構オタクだろう」

 実際、俺の友人だけあってアニメは結構好きなやつで外見は俺よりそれっぽい感じだったりする。

「はあああああああっ」

 友人はわざとらしく息を吐いた。

「でもさあ、合コンで同じ趣味の子とか好みの子に会えるかもしれないじゃないか。そう考えたりしないのかなあ」

「しないな。言っているだろう三次元の女性に興味は無い」

 あっさり言い切った。

「『リア充氏ねっ』ていうのかい?」

「そこまでは言わないさ。アニメで十分充実しているからね」

「充実ねえ……」

 途方にくれたような表情をして天井を見上げた。おおげさなやつだ。

「まあ今回はあきらめるけどね」

「おう、あきらめてくれ」

「でも、また誘うからね。次はなんとか考えてよ、本当に頼むよ」

「わかったよ。ところで例の事は何かわかったかい」

 俺は目下彼女作りより気になっている事を尋ねた。

「うん。お前のアパートって自殺や事件は起こっていないようだよ。ただ、理由は不明だけど今まで住んだ人って妙に早く引越しするって噂がある」

 実はどうも気になる事があって、今住んでいる部屋が自殺者が出たり殺人事件の現場になった事のある、いわゆる『事故物件』なのではないか友人に頼んで調べてもらったのだ。

「事故物件では無いのか。でも妙に早く引越しするって話はひっかかるな」

「いったい何を気にしているんだい? 変なシミでもあったの? 夜な夜な幽霊が出るとか?」

「いや、時々人に見つめられているような気がするんだ。気がするだけなんだがどうも幽霊か何かそれっぽい現象の気がしてしかたがないんだ」

「それ、部屋に篭りすぎだからだよ。やっぱり合コンに行った方が良いよ」

「そうくるか」

 苦笑した。

「でも今日はだめだ、映画を観るんだから」

「だろうね、でもそーゆう事だったら篭らないで時々外に出たり誰かにあったりして気分転換した方が良いよ。今日はあきらめるけど」

「まあ、気が向いたら参加するよ」

「次は頼むよ」

 友人はそう言うと食堂を出て行った。

「そんなに彼女がほしいのかねえ……」

 見えなくなったあと思わずつぶやく。

 それにしてもどうしてそんなに俺を合コンに誘いたがるのか良くわからなかった。

 でもまあ、たぶん友人の言う事が一般的で正しくて、合コンに参加して彼女を作ろうとする方が健全な大学生なのだろう。

 この『全世界最速 公開日0時上映』なんてアニメだって、合コンに行って次の朝にでも見れば済むのだ。早く見たからって映画の内容が変わるわけではないし、一番最初に見れると言っても当然全国の上映映画館分の動員観客数が同時に見るわけで、この世で自分が一番最初に見れるという話ではない。第一それ以前に試写会があって既に先に観た人は大勢いるはずなのだ。

 まあ、限定版のパンフや配られるグッズを確実に手に入れると言う建前もあることにはあるのだが、それだって普通上映でも早く並べば入手出来るはずだ。

 でも俺は『全世界最速』と言う文句にあおられ行く気になるし合コンよりアニメを観に行くほうを選ぶ。

 これは「なぜ?」と聞かれても困るし答えられない。

 とにかくアニメが好きで、友人と違い女の子と付き合うよりアニメを観るほうを楽しいと感じるからだ。

 つまり要するに俺はそんな男なのだ。

「帰るか」

 俺はカレーを食べ終わると立ち上がった。

 今日はもう講義は無い。

 帰ったら前作の映画を観直すつもりだった。

 今回の映画はその続きだからである。

 見るのはTV放送の総集編と言うべき映画で、前作はその前編、今回はその後編である。

 尚このアニメは大好きでTV放送時の録画した物も持っているし市販の限定版も全部持っている。

 こう話すと、録画しているのならわざわざ買う必要がないだろうという人がいる。しかし違うのだ。

 販売やレンタルされている物は放送時と台詞や絵が違ったりカットが変わっていたりするので微妙に別物なのである。

 映画も市販物をつなげて分けただけではなく追加や手直しされ編集し直されているからやはり別物である。

 前の映画の時はTV放送時の録画を全部見直してから映画館に行ったのだが、さすがに今回はそれをやめ素直に前作の映画を観てから映画館に行くつもりだった。

 そんなわけで、今日の俺はアニメを観るので忙しいのだ。

 まあ、毎日アニメを観ているけど……




2、

 大学に入ると、俺はアパートで一人暮らしを始めた。

 バイトをせず親の仕送りでまかなっているのだが、親が裕福と言うわけではなかった。

 こつこつ貯めた小遣い分で買っているものだから部屋を飾っているアニメのポスターやフィギュアの数は少なく、ネットで公開している人のようなマニアックな部屋にはなっていない。

 それらと比べたらかなりおとなしいものだろう。

 その代わりに本棚はアニメ関係の本や雑誌や動画や音楽の再生メディアで埋まっていて結構数が多い。

 周囲の人からオタクと言われる所以(ゆえん) だ。

 友人には「三次元の女性には興味ない」と言ったが、それは懲りたからであって、別に二次元女性に嵌ってないがしろにしているわけではない。

 そもそも特定の女性キャラに執着する趣味は無く、アニメキャラを『俺の嫁』と言う趣味も無い。

 また育成や恋愛ゲームの女性キャラに嵌るような事も無かった。

 だから俺自身は、少々マニアックではあるがオタクとは思っていない。

 

 

 

「早く観よう」

 俺は雑誌をガラス製のテーブルに置くとアニメをセットし観始めようとした。

 映画は二時間ぐらいである。

 予定としては、見終わってからJRに乗って街まで出てバスに乗り継ぎ映画館に向かうつもりだ。

 住んでいる町は『札幌郡』と呼ばれる田舎で『市』から遠い。

「ん?」

 ソファーに座るとなんとなく誰かの視線を感じた。

「またか」

 思わず顔をしかめた。

 前から時々感じるようになった視線だ。

 この視線が気になり友人に『事故物件』かどうか調べてもらったがそうではないらしい。

 昔住んでいた人の中に自殺者がいて、もしかしてその幽霊じゃないだろうかと気にしていたが、とりあえずそれは無いようだ。

 ちなみにこの視線に気がついたのはこの部屋に引越ししてしばらくしてからで、近所にレンタル屋を発見した日からだ。

 なぜはっきり覚えているかと言うと、そのレンタル屋で借りたアニメを観ていた時にそれが起こったからだ。

 借りたのは以前深夜枠で放送されたアニメだった。十八禁では無いが、結構女性の胸がはだけたりスカートがめくれ下着が見えたりするシーンが多いちょっとエッチなアニメだった。

 わりと人気のあるアニメだったのだが、実家にいる時は親の目もあり見れなかったやつだ。

 それが一人暮らしになり誰にも気兼ねする必要が無くなったので、レンタル屋で見つけた時借りる気になったのだ。

 そしてそのアニメを観ていた時の事だ。

 ふと、背中に視線を感じたのだ。

 その時「エッチだ……」と言う女性の声が聞こえたような気がした。

 テレビの声?

 最初はそう考えたのだが、なぜか人がいるような気がした。

 もちろん部屋には俺しかおらず、他に誰かいるはずがなかった。

 しかしどうも人の気配を感じてしかたがなかったのだ。

「誰だ?」

 俺は見ていたアニメを止めると振り向いた。

 そこはいつも通りタンスと本棚があるだけだった。




 そんな事があったわけで、最初の頃は壁に穴が開いていて隣の人が覗いているのでは? なんて事を考えていたが、壁の前にはタンスと本棚がありそれでさえぎられている。

 タンスと本棚の間には一センチほどの隙間があるが、その隙間だと壁からでは視界が悪くてほとんど見えないだろう。

 そもそも野郎の部屋なんて覗いて喜ぶやつなんているのだろうか?

 俺はその時はそう思い、気のせいだろうと結論付けた。

 ところがその日以来、時々誰かに見つめられているような感覚に襲われるようになったのだ。

 その後声は全然聞いていないのだが逆に無言で見られているような気がしてどうも気持ち悪かった。

 その視線はなぜかアニメを見ている時に多く感じた。

 もしかしたら誰かがこっそり俺のオタク度でもチェックしているのではないかと疑った事もあった。

 現実的に考えるとばかばかしいのだが、覗かれているような視線を感じるのは確かだし、それがだんだんと頻度が多くなってくるのも確かだった。

 隠しカメラでもあるのではないかと思って家中それらしき物を探してみたが無かった。

 外から覗かれているのではないかと思うとそれもチェックしたが、それらしい様子は無く何も見つからなかった。

 自分の頭がおかしくなったのではと疑ってもみたがどうも実感がわかない。

 それともノイローゼにでもなったのだろうか?

 そこで俺は感じる視線をなるべ無視して生活を続ける事にした。




「なんだかなあ」

 気にはなるが、調べても無駄な事は知っていた。

 だから感じる視線を無視してアニメを視聴した。

 丁度面白いシーンだった。

「観たいなあ……」

「え?」

 錯覚ではなかった。

 確かに後ろから女の子の声が聞こえたのだ。

 思わず振り向いた。

 見つける事は期待はしていなかった。

 ところがタンスと本棚の間にある一センチほどの隙間に人の姿が見えるに気がついた。

 見えたのは隙間からこちらを覗き込んでいる女性の姿だった。

「誰だ?」

 俺は立ち上がると隙間に近づいた。

 その隙間は一センチほどしか無かった。

 その女の子は隙間の奥ではなくわりと手前に立っているように見えた。

 丁度、障子や引き戸を少し開けて覗き込んでいるような感じである。

「何、他人ひとの部屋を覗いているんですか」

 その時俺は単純に隣の人が覗いていると思っていたのだ。

「あ……」

 その女の子はやっと俺に気が付いた。

「やだっ!」

 その子はそう叫ぶと一瞬のうちに消えてしまった。

「え?」

 俺は、つい先ほどまで女の子がいたはずの空間をみつめた。

「確かにいたよな?」

 確かに見たはずだ。

 タンスの近くに寄ると確認のため隙間に指を入れようとしたが狭くて入らない。

 どう考えてもそこは人が入れる隙間ではなかった。

 いや、そもそも俺の部屋にある家具は舞台のセットのような板に描かれたタンスや本棚ではない。だから障子の隙間から覗くように見るなんて事は絶対出来ないのだ。

 俺はその異常性に気が付いてゾッとした。

「今のはなんだったんだ?」

 俺は隙間を覗き込んだ。

 何か見間違えそうな物、声優のポスターが挟まっているとかを期待したのだがそれらしい物は無かった。

「たぶん疲れているんだな俺」

 そう自分に言い聞かせると少し戻してからアニメを見直した。

 するとまた人の気配を感じた。

 なんとなく先ほどの女の子が息を殺してこちらをみつめているような気がした。

 しかし確認はせず無視する事にした。

 得体のしれない存在を認めるのがなんとなく怖かったのだ。

 落ち着かなかったが俺はアニメを見続けた。

 見終わった時振り返って隙間を見てみたが異常はなかった。

 忘れたかった。

 出かける時間が来ると俺は逃げるように部屋を出た。




3、

 映画は良かった。

 期待に応えており面白かった。

 しかし0時上映って、行くのは良いのだが帰りの交通機関が無いので不便だ。

 結局二十四時間営業のファミレスで時間をつぶし始発のバスに乗りJRに乗り継ぐことになった。

 俺は帰宅途中コンビニに寄って朝食とお菓子と飲み物を買った。

「ただいま」

 口癖だ。

 一人暮らしで誰も居ないのだがつい言ってしまうのだ。

 ドアを開けるとガラスのテーブルが見えた。

 テーブルの上には読みかけの雑誌が開かれた状態で置かれていた。

 思わず苦笑した。

 時間つぶし用に持っていくつもりで買ったのに置き忘れたのだ。

 忘れたのは慌てて出ていったためで、おかげでファミレスでの時間つぶしは映画のパンフになってしまった。


 よほど慌てていたせいか、覚えのない布のような物が雑誌に乗ってテーブルに垂れ下がっていた。

「あれ?」

 俺は開いたページがなぜか少し揺れているのに気が付いた。

「なんだ?」

 俺は首を傾げた。

 風はなかった。

 出かけるときエアコンは切っている。

 なのにページが揺れ動いているのだ。

 俺は不思議に思いその様子を見つめた。

 もしかして幽霊のたぐいなのか?

 一瞬そんな考えが頭を横切る。

 そして出かける前に見た隙間から覗く女の子を思い出した。

 もしかしてこの部屋には幽霊がいるのか?

「無い無い無い……」

 俺は自分の考えを否定しようと呪文のようにつぶやきながら、揺れる雑誌に目を凝らした。

 すると、雑誌に引っかかっている何かが動いているのに気がついた。

「ふーっふーっふーっ!」

 なぜか人の息遣いのような音まで聞こえる。

 ……息遣いだって?

 確かに口で息を吹くような音だ。

 しかもページの揺れと聞こえる息のタイミングは重なっていた。

 見えない誰かが息をふきかけてページを揺らしているような音。

 見えない何か……

 やはり幽霊なのだろうか?

 俺はふと、テーブルに垂れ下がっている何かが揺れ動いている事に気がついた。

 わかりずらいのだがそれは布とでも形容すべき何かだ。

 状況から考えるとどうもその何かが怪しい。

 何が起こっているのかわからないが、相変わらずふーふーと言う音は聞こえページは揺れている。

 俺はゆっくりとその何かに注意しながら雑誌に近づいた。

「えっ?」

 近づいて驚いた。

 近づき見ている角度が変わると引っかかっている布のような何かの模様が唐突に、女の子の後ろ姿である事に気が付いたのだ。

 それは白のブラウスに無地の紺のプリーツスカートを穿いた女の子の後ろ姿に見えた。

 そしてそれがふーふー言いながら動いているのに気が付いた。

「生きてる!?」

 思わず後ろに下がった。

 そして少ししゃごんで真横から観察してみた。

 布のようなものは薄かった。

 真横から見ると細い線のようで厚みが感じられない。

「なんなんだ?」

 今度はゆっくり立ち上がりながら近づいてみる。

 布のような物はやはりどう見ても『女の子の後ろ姿』だ。

 まるでうつ伏せになり雑誌に顔をくっつけたような格好でテーブルからぶら下がっていた。

「なるほど」

 思わず納得した。

 それは体の線に合わせて周囲を切り取ったポスターのような物だったのだ。

 ポスターは薄い紙なので真横から見ると線のように見えるが、実際は面であり正面から見るとちゃんと印刷された絵が見える。

 今俺が見ている物はまさにそんな感じの平らな女の子だった。

 それが顔が雑誌にひっかかった状態でテーブルから垂れ下がっているのだ。

「トリックアートかよ!」

 思わず叫んだ。

 それにしてもその女の子の質感は妙に生々しくとても印刷物とは思えなかった。

 おまけにどうやら息をしているらしい。

 生き物である。

 どうみても生身の女の子なのだが不思議な事になぜか厚みが全く無いのだ。

 うつ伏せになっているためショートヘアーの後ろ頭はみえるのだが顔はわからない。

 というか、なぜ俺の部屋にそんなものがあるんだ?

「ふーっふーっふーっ!」

 良く見ると謎の布状生物(?)は息を吐きながら乗せた頭といっしょにページをすこし浮き上がらせていた。

 しかし途中で力尽きるらしくゆれるだけでめくれたりはしない。

 よほど熱中しているのだろう。

 俺にはまったく気が付いていない様子だ。

「もうちょい、もうちょいですう」

 そいつは喋った。

 どうやら言葉を話せるようだ。

「ふーっふーっふーっ!」

 俺は様子を見る事にした。

 見て観察しているとどうやら息をふきかけてページをめくろうとしているらしい事がわかった。

 しかしなぜそんな面倒な事をするのかわからない。

「ふーっふーっふーっ!」

 俺はテーブルを迂回するとそいつの前側に立った。

 そしてテーブルの下から覗きこんだ。

 すると紙か布のように垂れ下がっている物の前がみえた。

 見えたのは胸から下で女の子前姿だった

 平らな何かは、布に両面印刷された女の子みたいだった。

「ふーっふーっふーっ!」

 ページはなかなかめくれないでいた。

 時間がかかりすぎである。

 いや、そもそもそんな方法でめくれるのか?

 観ているとだんだんじれったくなってきた。

 俺は我慢できなくなってそのページをめくってやった。

「あ、めくれましたっ!」

 そいつは無邪気に喜んだが、俺がめくった時にはじき飛ばされ次の瞬間薄い紙のように舞いゆっくりとソファー側に倒れて行った。

 人間だったら仰向けになってひっくり返ったと言うところだが、実際は紙がゆっくりと舞い落ちたと言った方が近い。

 どうやら布ほどふにゃふにゃではなくある程度の硬さはあるらしい。

 そいつはソファーの腰を掛ける所に頭がひっかかった。そして首から下がソファーから垂れ下がり胸の下あたりから床に敷かれて広がった状態になった。

「まるで平面人間だな」

 思わず昔のアニメに出てくるシャツに張り付いたカエルを連想した。

 そうでなければカートゥーンによくある、上から大きなものが落ちたり巨大なハンマーで叩かれたりあるいはローラーで潰されたキャラクターだ。

 もし、生身の女の子をプレス機でつぶしてスプラッター状態にならず綺麗に平らにする事が出来たらこんな感じかもしれない。

 ポスターと違い質感が妙にリアルなのがなんとも言えなかった。

 本来ありえない事だが、現実に目の前で平べったい女の子が敷物のように仰向けになっているのだ。

 こんな非現実的な存在に遭遇したのだから、本来なら悲鳴を上げるか大騒ぎするべきなのかもしれない。

 しかし、そいつのやっていた事が実に間抜けっぽかったせいと、見た目が普通の女の子なので全然怖さを感じなかった。

 そいつの見た目はどこにでもいそうな女の子だったのだ。

「あ、あれ?」

 そいつは何が起こったのかわからず戸惑っているようだった。

「知らない天井……」

 なにげにそいつはつぶやいた。

「いきなりその台詞かよ!」

 思わず突っ込んだ。

 それは知っている人は知っている人気アニメの有名な台詞だった。

 そいつはこちらを見て、初めて俺の存在に気がついたようだ。

 そして俺と目が合うと急にあわてふためいた。

 どうやら逃げようとしているらしく一生懸命手足を動かした。

 いや動かしているつもりらしかった。

 真正面からみたら手足をばたばたさせているのが見えるし一生懸命逃げようとしている事がわかるのだが、実際にはその手足の位置にあたる場所が多少揺れるだけで薄い体は移動していない。

 体は床に広がったまま動いていないのだ。

「動け、動け、動いてよ、今動かなきゃ、今やらなきゃみんな死んじゃうんだ!」

 そいつはそう言葉を続けた。

「好きだなあお前……」

 俺は呆れてそいつを見た。

 それは先ほどと同じアニメで使われた台詞だった。

 そいつは諦めたのか動きを止めた。

 そして戸惑った表情で俺を見た。

「君が何を言ってるのか分かんないよカヲル君」

 そいつは俺に向かってそう言った。

「あのなあ……」

 俺は目をつぶると指で自分のこめかみを揉んだ。

 もちろん俺の名は『カヲル』なんかではない。

 それはそのアニメに出てくるキャラクターの名だ。

 どうもこいつはそのアニメがとても好きなようだ。

 俺もついアニメの台詞を口走る癖があるので人の事は言えないのだが、他人が言っているのを聞くとどうも痛い人としか思えない。

「あわてながらアニメの台詞叫ぶか普通?」

「ア、アニメの台詞なんかじゃないんだから」

そいつは恥ずかしそうにそう言うと俺から視線をそらした。

「ツンデレかよ。いや、いくら誤魔化してもわかるぞ。アニオタだろうお前。しかも重症」

「し、知らないわよ。アニメなんて興味ないもん」

「じゃあ、この雑誌に息吹きかけて何していたんだ?」

 俺はアニメ雑誌を手にして見せた。

「すみませんアニメは大好きです。それを見たかったんです。見せて下さい」

 変わるの早っ!?

 と言うか意外に素直だった。

「見たいってこのページか?」

 俺はめくれて癖の付いたページを開いて見せた。

 それは観に行った映画の特集のページだった。

「それ、それです!」

 そう言うと食らい付きそうな感じで思い切り頭を雑誌に近づけた。

 と言っても実際は平べったい頭が二センチほど浮いただけだが。

「ほら」

 俺は雑誌を近づけて見せた。

「ありがとう」

 そう言いながら食い入るように見つめた。

 そいつは熱心に記事を読み始めた。

 俺はそいつの視線を追って間を取りながらページをめくった。

「どうでした?」

「え?」

 急に言われたので何の話しかわからなかった。

「この映画見たんですよね」

「ああ」

 こいつはなぜか俺が映画を観た事を知っていた。

 俺は、どうやらこいつが俺が気にしていた視線の主で、覗き見犯らしい事に気が付いた。

 そいつは目を輝かせて俺を見つめた。

「どうでした、どうでした」

「面白かったよ」

 俺は答えた。

「そんなのわかっていますっ! どう面白かったのか聞いているんですよっ!」

 思わず「わかっているのか!?」と突っ込もうとしたがやめた。

 そいつはものすごく期待した目で俺を見つめていたからだ。

「いや、そんな目をされるとなんか言いずらくなってしまうのだが……」

 どうやらこいつもこの作品が好きなのだという事に気が付いた。

 アニメ好きに悪い奴はいない、時々キモイやつや変なやつがいるだけだ。

 俺はそいつに前作の映画からどう展開していったのかを説明した。

 そいつは食らい付くように聞いていた。そして時々質問し、俺はネタばれに注意しながらそれに答えた。

 気が付くと俺はそいつの相手をしながら良かったシーンや演出を熱く語っていた。

 思った通りそいつもかなりそのアニメが好きで、互いにその話で盛り上がった。

 そしてそのうち他のアニメの話までし始めてなかなか止まらなくなった。

 俺はそいつを相手に久しぶりにアニメトークをしたのだった。




4、

 話しが少し落ち着いた後、俺はそいつの位置をずらす事にした。

 そのままではどうも話しずらかったからだ。

 最初は少し引っ張ってソファーに座るような感じにしてみたが、そのままだとまるで人間柄のソファー掛けみたいな感じで背もたれの上の所に首が乗り、のけぞり真後ろをみているような状態になるので具合が良くなかった。

 そこで背もたれに物を乗せて頭を真っ直ぐになるようにした。

 これだとテーブルを挟んで向き合える。

「しかしまあ、なんか抱き枕のカバーを敷いてるみたいだなあ」

「え、エッチな事を考えてはいけません」

 そいつは少しあわてた。

 俺の言った抱き枕カバーとはアニメのキャラがプリントされた物の事だった。

 それは人気美少女キャラの絵が多いのが特徴で、抱きつくための大きな枕のカバーなためか男性ファン向けの水着が多く、アダルト向けとして衣服がはだけていたり下着姿やヌードがあったりする。

 こいつが『エッチ』と言ったのはそのせいである。

「エッチねえ」

 俺はふざけてスカートをつまんでめくろうとした。

「あうあうっ!?」

 そいつはあわててスカートを押さえた。

 残念ながら下着は見えなかった。

 と言っても押さえられたからではなくスカート自体めくれなかったのだ。

 要は、印刷された女の子のスカートをめくろうとしたようなものでめくれるのは身体であって身体の裏側が見えたにすぎなかった。

「ふーん」

 今度は掌で胸から腰にかけて体をなぞってみた。

 ソファーにかかった布を撫でるようなつもりだったのだが、肌なら肌を衣服なら衣服と触った時の感触が違うのでなんか妙な感じだった。

「ひーん、無抵抗な女の子の体をもて遊ぶのは反則ですよお」

 そいつは悲鳴をあげた。

「わ、悪い」

 あわてて手を離した。

 どうも体を撫で回わされたように感じたらしい。

「それにしても本当に平らだなあ」

「失礼です。これでも、出ている所はちゃんと出ていますよお。まだ発展途上ですけど」

 そう言って腰に手を当てあまり無さそうな胸を突き出し見せて主張した。

「いや、別にスタイルの事を言ったわけではないのだが」

 どうやら勘違いされたようだ。

「それにしてもいったいなんなんだお前は」

 最初は幽霊の類かと思っていたが、触れるしどうも違う。

 どちらかと言うと妖怪の類に思えた。

「禁則事項です」

 人差し指を立てウインクしながらそいつは言った。

「お前は未来人か!?」

 つい突っ込んだ。

 それにしてもなぜここでラノベ原作アニメの台詞!?

「冗談ですよ。なんだと言われても自分でもわからないのですが、世間では隙間女と言われているようです」

 そいつは答えた。

「隙間女って都市伝説に出てくるやつか?」

「はい。ココロのスキマ、お埋めします」

「いや、なんかそれって違う気が」

「ドーン!!!!」

「そっちか、そっちなのか!?」

 漫画原作のアニメネタに思わず叫ぶ。

「いいえ、冗談です。都市伝説の方ですよ」

「隙間から覗くほうか?」

「ですです」

 その子はこくこくと何度も頷いた。

「わたしのえある活動が、世間では伝説となっているようです」

「栄えある活動なのか?」

 隙間女って単に隙間から覗き見しているだけだと思うのだが……




 ちなみに俺の知っている都市伝説の隙間女は


  ある日、一人暮らしの女学生が部屋の中で誰かの視線を感じた気がした。

  部屋には彼女の他にはだれもいない。

  気のせいと思って彼女はそのことを忘れた。

  ところが、その日以来毎日のように部屋の中で誰かに見つめられているような感覚に襲われるようになった。

  部屋はアパートの上の方の階なので外から覗かれているとは考えにくい。

  部屋のどこかに誰かが隠れているのではないかと思い調べて見たが、見つからずに終わった。

  自分はおかしくなってしまったのだろうか?

  そんなことも考え始めるようになった時、彼女はついに視線の主を発見する。

  彼女の部屋のタンスと壁の間にあるほんの数ミリの隙間の中に女が立っており、じっと彼女を見つめ続けていたのだ……


 と言う感じの話だ。




 ……って、あれ?

 よく考えたら、それってほとんど俺の経験した事じゃないか!

「なんてこった!」

 俺は思わず天井を見上げた。

 見知った天井が見えた。

 あ、シミ発見。

「どうしました?」

「いや、なんでもない」

 考えたらこれって本当に都市伝説の『隙間女』そのものじゃないか。

 どうして気がつかなかったんだ俺?

「それにしても……」

 思わず真っ平な女をみる。

 今まで視線に悩んでいたのはこいつのためだったのか?

 いや、「ふーふー」やっているのを見つけた瞬間からなんとなくそんな気はしていたのだが……

「おまえが伝説の隙間女と言うわけか」

「えへへへ」

 そいつはなぜか照れた。

 いや別に褒めていないが。

「どうして俺を覗いていたんだ?」

「あなたを覗いてはいませんよ」

「嘘つけ!」

 思わず声が大きくなった。

「隙間から覗いていただろう、何度も視線を感じたぞ」

 そいつはふるふると顔を横に振った。

「違いますよ。わたしが見ていたのはあなたじゃありません」

「俺じゃなければ誰を見ていたというんだ。この部屋には俺しかいないんだぞ」

「嘘じゃないですよ。わたしはあなたじゃなくて、アニメを見ていたんですから」

「はあ?」

「わたしは元々アニメを見たくてレンタル店に潜伏していたんです、そして見たいアニメが借りられたらその人の家の隙間からのぞいて見るのを日課にしていたのです。

 でもわたしが見たいアニメはだいたいあなたが借りちゃうのですよ。

 そのうち移動するの面倒になってそのままここに居座ることにしちゃいました」

「しちゃいましたって、結局は俺の生活を覗いているんじゃないか」

「覗いていませんよお」

 そいつは否定した。

「あくまでアニメだけです。あなたが夜中にこっそりHゲーしているのなんて全然知りません」

「いや、誤解を招くような表現はよせ。アニメの原作だから試しに遊んでみただけだ。しかもそれってしっかりプライベートを覗いているじゃないか!」

「あうっ……」

 そいつはうなだれるように見える動作をすると『の』の字を書くように指先を動かしたした。

「そんなにいじめないで下さいよお。女の子いじめて楽しいですか」

「別にいじめてはいないぞ。それに女の子と言っても隙間女だろう?」

「隙間女ですけど普通の女の子ですから」

「いや、隙間女と言う時点で普通じゃないだろう。第一普通の女の子は平べったくない」

「平べったいのは個性です。あえて言えばわたしは二次元人なのです。わたしは趣味と実益を兼ねて三次元世界を旅する開拓者なのです」

「はあ……」

 思わずため息をついた。

「なんですか、そのため息」

「いや、妖怪の中二病患者に会うとは思わなかった。しかも二次元人とか言ってSF設定かよ。それに開拓者ってなんだよ」

「言うじゃないですか。『スペース ザ ファイナルフロンティア』って。隙間は最後の開拓地なのです」

 俺はずっこけた。

 それは『Space, the final frontier.……』と始まる外国製のSFドラマの冒頭に出る有名な言葉だったからだ。ちなみに吹き替えでは『Space』は『宇宙』と訳されている。

「それ、意味が違うだろう!」

「えーっ」

「えーっじゃない。それにそれは海外の特撮TV番組じゃないか」

「あ、大丈夫です。わたしが観たのはアニメ版の方ですから」

「うわっマニアック!?」

 思わず叫んだ。

 確かにそれはアニメ化されていた。日本ではほとんど見れないが。

「それにしても俺の家のソファーに女の子が座っているというのもなんだか不思議だな……」

 俺はそいつを見ながらつくづく思った。

「そういえば、女性が入ってきたの見た事ないですね。彼女はいないのですか?」

「まあな。女性なんて興味ないしな。 ……って、やっぱり生活を覗いているじゃないか!」

「寂しい青春送っているのですね」

 そいつは突っ込みを無視してしみじみと言った。

「アニメオタクの隙間女に言われたくは無いな」

 本音だった。

「ココロのスキマ、お埋めします。ドーン!!!!」

「いや、それもうそのネタ使ったから」

「えーっ」

「えーじゃない」

 なぜか俺は普通に突っ込みを入れていた。

 というか、なぜか妙に会話が弾んでいた。

「だって寂しいじゃないですか、普通、大学生の一人暮らしは彼女が発生するものですよ」

「どーゆう普通だよ。それに発生ってなんだよ虫じゃあるまいし湧いて出るのかよ、彼女って」

「いえ、発生ってイベントですよ。突然彼女が出来るイベントが発生するのですよ。それが青春なのですっ!」

 なぜか力説する。

「どんな青春だよそれ! 普通は好きな人が出来て告白して付き合って仲良くなっていって彼女になる物だろう」

 一瞬痛い過去がよみがえりそうになったが気を取り戻す。

「えーっそんな遠回りなやり方じゃあ12話いっぱいかかっちゃうじゃないですか。普通に、一話でいきなり空から落ちてきたり魔法の世界から現れたりしてください。ちなみに最初の3話までが肝心です」

 いや肝心ですって……

「それのどこが普通なんだよ」

「じゃあ昔仲良かった幼馴染が久しぶりに現れるとか、仲良かった子がアイドルになって縁遠くなっていくとか無いですか?」

「そんな幼馴染もアイドルになるような知り合いもいない。そもそも縁遠くなったらダメだろう」

「大丈夫です。戦闘機乗りになれば歌手や歌手志願の子と親しくなって接近できるのです」

「戦闘機乗りって……」

 完全にわかる人しかわからない話になっていた。

 いったい世間ではどのぐらいの人がついていけるのだろうこの会話。

「今の日本じゃ戦闘機のれるの航空自衛隊ぐらいだろうし、変形するのだってオスプレイぐらいだぞ」

「人間型に変形しませんか」

「しないな」

「残念です。人間型に変形すれば恋が実ったかもしれないのに」

 絶対、第三者が聞いていたら理解出来ないであろう謎の会話である。

 しかし、ロボットアニメを知っているオタクにとってはこのような変な会話は普通に成り立つのだ。

「では、隙間から現れたたいらな美少女と言うのはどうでしょう?」

「それ、お前の事か?」

「えへへ、ばれましたか」

「ばれたって…… 新しいパターンではあるが、自分で美少女って言うか普通」

「自分だから言うんですよ。他の人は言ってくれないですし」

「いや、ダメ出しにしかなってないだろうそれ」

「そんな事ないです。お兄ちゃんはわたしの事可愛いって言ってくれますよ」

「それは、身びいきだからだ」

「えーっ」

「えーっじゃない」

「わたし、そんなにかわいくないですか?」

 そういわれて俺は改めてそいつの顔を見た。

 美少女とは言わないだろうし、そこらへんにいそうな子である。

 でも目がくりっとして愛嬌があり、かわいい感じはする。

「あ、赤くなった」

「ば、ばか」

 俺はあわてた。

 女性に免疫が無いのだ。

「か、勘違いしないでよね!」

「なんか、キャラ変わっていますよ。女言葉ですし」

 どうやら外したようだった。

「いや、一度言ってみたかったんだツンデレ。そんな機会ないし」

 実際、友人にだって言えやしない。普通に気持ち悪いと言われるだろう。

「それにしてもお前、この状態で身動き取れないって普段どうしているんだ?」

 俺は話をそらしてごまかした。

「普段は隙間にいますから動けるのです」

「そういえば隙間女だもんな」

「はい。なぜか隙間だと動けるのですよ。眠って起きれば行きたい所の隙間にいるのです。実は隙間以外は動けないし物をつかめないので結構不便なんですけどねこの身体からだ

 そう言って何かを握るかのように指を動かしてみせた。

 確かに見た目は指が動いている。しかしそれはあくまでたいらな状態でそう見えるのであって、その指が盛り上がったり突き出てきたりする事は無かった。

 例えれば、タブレット端末に物を掴もうとする動画が表示されいたようなもので、その画面に物が乗っかっていてもそれが掴まれる事は無い。

 動画はあくまで平らな状態で画面に映っているだけで、そこから飛び出てくる事が無いからだ。

 同様に隙間女もどう動いても平らなままなのだ。

 確かにそれでは物はつかめないだろう。

「今までは隙間から出ないよう注意していたのですが今日は誘惑に負けてしまいました」

「誘惑ってこの雑誌か?」

 俺はテーブルに置いた閉じた雑誌を横目で見た。

 そいつはこくこく頷いた。

「はい。出たばかりの新刊で、好きなアニメ映画の特集ですよ。どうしても見たくなるじゃないですか」

「確かに」

 その気持ちは良くわかる。

「息を吹きかければページをめくれるだろうと思って勇気出して隙間から飛び出したのです」

「なるほど」

「そして雑誌のページをめくろうとしていたら、囚われの身となってしまいました」

「囚われの身ねえ」

 俺は呆れながらそいつを見つめた。

 どこからか「ぎゅるるるる」と言う変な音が聞こえた。

 ベタだが、それはおなかが鳴る音だった。

「えーっと…… 囚われの身として食事を要求します」

 そいつは顔を赤くするとごまかすように言った。




5、

「やってみるものだな」

「ですねえ」

 そいつはお菓子を美味しそうに頬張りながら頷いた。

 食べているのは帰りにコンビニで買ったケーキタイプのお菓子でスプーンですくって食べるやつだ。

 冷蔵庫が空だったので朝食用に買っておいたものから選ばせたら弁当ではなくお菓子を選んだのだ。

 普通それを選ぶか? と思ったが女の子らしいといえば女の子らしい。

 そんなわけでお菓子を食べているわけだが、最初は物を食べる事が出来るのか本人もわかっていなかった。

 なんと言っても、体に厚みが無いのだ。

 まあ話は出来るし息も吐ける。だったら食べれる事ができるのではないかと思って試してみたら、しっかり食べる事が出来たのだ。

 何事も試してみるべきだという事だろう。

 自分では物をつかめないので俺がスプーンで口に運んでやらなければいけないが、とりあえず普通に食べれるようだった。

「食べ物を口に出来るとは思いませんでした」

「なによりだ、ほれ」

 俺はスプーンを差し出した。

「あーん」

 そいつは甘えたような声を出しお菓子が乗ったスプーンを咥えた。

「今までは食べ物ってどうしていたんだ?」

「それが食べていないのです。今まで不思議とおなか空きませんでしたし」

「へーっ」

 真正面から見るとさほど違和感を感じないのだが、真横から見るとスプーン途中から消失しているように見えるので不思議だ。こいつの口の中っていったいどうなっているのだろう?

 ちなみに飲み物はストーローを使えば普通に飲めた。もちろん真横から見るとストローが途中から消えたように見えるのは同じだ。

「こんな美味しいイベントが発生するとは思いませんでした。隙間女になるのも悪くないですね」

「なるもの?」

「ええ、なるものなのです」

 意味はわからなかったが、そいつはそう言った。

「ところでアニメ好きのオタクな妹って嫌ですか?」

「ん? 妹系の話か、嫌いではないけど? そんなアニメも見ているし」

「いえ、そうじゃないです。実はわたしにはお兄さんがいるのですよ。いつもわたしの事心配してくれているのですが、アニメ観ているとうるさいからもしかして嫌われているのかなって」

「心配しているのならそんなこと無いんじゃないか。うるさいのは妹がかわいいからだろうきっと」

 実際は良くわからないのだがそう答えた。

「えへへ」

 嬉しいのかそいつは照れた。

「お兄さんねえ」

 俺は一人っ子で兄弟も姉妹もいない。

 ふと、こいつのお兄さんって平らなのだろうかと言う疑問が湧いて出た。

 いや、そもそもお兄さんがいるということは、お母さんやお父さんもいるかもしれないと言う事だ。

 もしかして全員こいつと同様に平なのだろうか?

 平らな家族。想像するとちょっと怖い。

「アニオタのままじゃだめなのかなあって」

 そいつは話を続けた。

「いや、人それぞれだからそんな事無いと思うぞ。君のような子が好きな人もいるだろう」

「だと嬉しいですけど、実は彼氏も友人もいないのでした」

 そいつは寂しそうに笑った。

「彼氏はともかく友人もか?」

「はい…… どうも世間とずれているようで、話をしても合わないのですよ」

 確かに、一般の女の子とは合わなさそうなオタクぶりではある。

「まあ、俺もアニメオタクだから似たようなもので参考になるかわからないけど、悲観する事は無いと思うな」

「そうですか。あ、似ている事はわかっていますよ。こっそり覗いて見ていましたから。あなたの選ぶアニメ好きなのばかりです。今まで色々な人の家を覗きましたが、あなたほど感性や趣味の合う人はいませんでした。これは断言出来るのです」

「そうなのか?」

「はい。実際、話しが合うし会話が盛り上がっていますし」

「確かに」

 確かに話は合う。

 会話も盛り上がる。

 アニメがらみの馬鹿話か冗談がほとんどで内容が無いのだが、実際話していて楽しいのだ。

「彼女さんもいないようですし」

「そこも比較するのか!?」

「同士ですよお」

「どーゆう同士だよ」

「恋人のいない、アニオタ同士なのです」

「なんか嫌な同士だな」

 苦笑した。

 しかし、確かに恋人はいない。

 考えたら女の子と会話を楽しんだのってかなり久しぶりだ。

 そう考えたら俺って暗い人間なのかもしれない。

「えっと、何か観るか?」

「え?」

「いや、アニメでも観ないかと思って」

「はいっ」

 そいつは嬉しそうに返事した。

 ちょうど土曜で休みだ。

 俺はそいつに今回観た映画の元である、TV放送版のアニメを見せた。

 話を聞くとこのアニメが好きでメディアも買っていて何回も見ているけど飽きないとの事だった。

 俺は移動してそいつの横に座った。

 そいつは普通の人と違い厚みが無いのでなんとなく妙な感じではあったが、それでも気配と言うか存在感は確かにあった。

 俺たちはアニメを見ながらつっこんだり感想や意見を述べたりと話をした。 

 アニオタ同士の会話もはずみ楽しかった。

 全部で十二話、俺たちは夜になるまで飽きずに話し続けた。

 アニメを観終わると寝くなったとの事なので、そいつをソファーからタンスと本棚の隙間に移した。

 隙間から隙間へしか移動出来ないらしく、目を瞑って眠った後はベッドに横たわっていると言う話だ。

 理由は分からないが、朝ベッドから起きようとすると次の隙間に眠る前にいた隙間にいるそうだ。

 そんな話を聞きながら俺はそいつを動かし隙間に移動させた。

 1センチほどの隙間に平らな人間を差し込むというのはどうも妙な感じだったが、見ていると確かに隙間だと斜めになりながらも立てているし動けるようだった。

「また現れますね」

 そう言うとそいつは隙間から手首を差し出した。

 握手のつもりらしい。反射的に手を握ろうとしたが厚みが無く指は曲がらず平らなままなため、いわゆる握手は出来なかった。

 親指と人先指を使ってつまむのもなんか変なので俺はそいつの掌に自分の掌を合わせた。

 掌に受ける感触は普通の人と変わらない。

 ぬくもりもある。

「おやすみなさい」

 そいつは眠そうにあくび混じりに言った。

「ああ、おやすみ」

 俺が返事をすると唐突に姿を消した。

 気配も掌の感触も消えている。

 どうやって消えてどこに行ったのかわからない。

 隙間女の世界のベッドにでも移ったのだろうか?




6、

 その日以来俺はそいつといっしょにアニメを観る生活が続いていた。

 学校から帰ってしばらくすると視線を感じ、隙間を見るといる。

 そいつをソファーに移して一緒にアニメを観る、それが毎日続いていた。

 アニメは結構放送されていてそれを録画しているので観るには困らなかった。


 隙間女は、見た印象では高校生ぐらいだったが実際の年齢は不明だ。

 もし妖怪のたぐいなら実は百歳とかあるのかもしれないが、会話から受ける印象は子供っぽく、やはり中学生か高校生ぐらいの印象は変わらない。

 相変わらずバカ話がほとんどだが、アニメと言う趣味が同じせいもあってか一ヶ月ほど続くと互いに仲良くなり親しくなった。

 気のせいかだんだんと可愛く思えてきた。

 もっとも友達以上には進展していないが、俺にとってはかけがえの無い友達になっていた。

 

 

 

 ところがある日そいつは急に現れなくなった。

 そして一週間が経つ。

 俺は戸惑っていた。

 理由はわからない。

 再び現れるのをまっているのだが今の所その気配は無かった。

 もしかしたら飽きて来なくなっただけかもしれないが、事故か何かあって来れないのかもしれないのが心配だった。

 もしかしたら不慮の事故で亡くなってこれなくなったのかのしれない。

 しかしそれを調べるすべは無く、理由がわからないだけに色々と不安に襲われた。

 しかし死んだとは思いたくなかった。

 そんなもやもやした気持ちの状態がしばらく続いたが、飽きられて来なくなったと思う事にした。

 女なんてそんなものだと思ったのだ。

 要するにふられたと……

 そんなわけで、俺は元気が無かった。

 それにしてもたった一ヶ月の間アニメを観ながら喋っていただけの相手にふられたと思っただけで、どうしてこう落ち込んでしまうのだろう。

 しかも相手は普通の人間じゃないと言うのに。

 俺は一応学校に出かけ講義を受けているものの、どうも何をするにしても気力が湧かなかった。

 厄介なもので好きなアニメを見ていてもイマイチ楽しめない。

 そのため俺は醤油をかける元気も無く大学部の食堂の薄味のカレーを口に運びながらため息をついていた。

 

 

 

「ちょっといいかな?」

 そう言って寄ってきたのは友人だった。

「合コンならNGだが、男同士の飲み会ならOKだ」

 俺はまずいカレーを頬張りながら顔も見ずに答えた。

「え? 飲み会OKって珍しいね」

「まあな。最近二次元の女性にふられたようなのでね。何か気分転換したい気になっているんだ」

 半分投げやりに答えた。

「二次元の女性にふられたって…… いつの間にそっちに走っていたんだい?」

「え? あ、違う違う」

 俺はあわて否定した。

 確かに、世間で『二次元の女性』と言ったらアニメキャラだと思うだろう。

「あ、いやちょっと意味が違うのだが、説明が難しいから聞かないでくれ」

「そうなんだ」

 俺は無言で頷いた。

 さすがに隙間女に会ったなんて話は出来なかった。

 まして、ふられたなんて言えやしない。

 そもそも信じてもらえないだろうし下手したらノイローゼ扱いされてしまうだろう。

「まあ、だったら聞かないけど、でも今回は違うんだ」

「え?」

 そう言われて初めて友人に顔を向けた。

 見ると友人の横に顎が細く優男やさおとこと言う感じの細身でロングヘーアーの背の高い白衣を着た男が立っていた。

 それはこの前見たうどんをすすっていた男だった。

「君かなアニメに詳しい人と言うのは?」

 男は俺を見るなりそう尋ねた。

「特別詳しいわけでは…… 好きだからそれなりに色々知ってはいるけど?」

 俺は怪訝に思いながら男を見つめた。

「これを見てもらえないかな」

「はあっ?」

 男はいきなり書類らしき物を突き出した。

 表紙には『別次元における記憶の調査』と書いてある。

 俺は思わず友人を見た。

 口にはしなかったがたぶん「この人もしかして痛い人?」と尋ねるような表情になっていたのだろう。

「あ、前にも言ったけど、この人は俺の知り合いの理学部生。聞いたら多次元の研究をしているそうだよ。大丈夫問題ないよ」

 友人は男をそうフォローした。

「多次元ねえ……」

 思わずため息をついた。

 実はこの学園では、『何かを研究している人にかかわるとトラブルに巻きこまれる』というのが常識だったりする。

 いわゆるマッドサイエンティストタイプの人が多い学校なのだ。

 これは大学部だけの話ではなく高等部や中等部にもいるから油断できなかったりする。

 しかもこの男、その研究が『多次元の研究』なのだからかなり変な目に巻き込まれそうだ。

「多次元大介、俺の相棒。早撃ち0.3秒のプロフェッショナル、クールなガンマン。そのうえ義理堅く、頼りになる男」

 俺はつい癖で有名なアニメのナレーションをもじってつぶやいてしまった。

 友人と二人ならともかく初めて会う人がいっしょだというのに。

 思わずしまったと思ったが、友人の横にいた男の反応は俺の予想とは違っていた。

「おお、まさしくアニオタの台詞ではないですか。間違いないですね、実に良い人を紹介してくれました」

 そう言って嬉しそうに友人を見たのだ。

「はあ?」

 思わず首をかしげた。

 ふざけた様子が無い所を見ると、どうやらまじめに褒めているつもりらしい。

 この癖、馬鹿にされたり呆れられることは多いが喜ばれたのは初めてだった。

「実は、ここに書いてあるようなシーンのあるアニメが実在するのかを調べているのですよ。もし何か知っていたら教えてくれませんか」

 俺はしぶしぶ書類を受け取ると示されたページに目を通した。

 そこに書かれていたのは、良く知っているアニメのバージョンによるシーンの違いの比較表だった。

 アニメのシーンを調べていると言っているのだからなんら不思議は無いはずなのだが、多次元なんたらと言う表紙の題とのギャップに一瞬面食らってしまった。

「これがなにか?」

「わたしが調べた範囲ではみつからなかったのだけど、その右側にあるシーンが実在するものなのかどうか調べているのですよ。もしかしたら多次元の世界を証明出来るかもしれないので、もし何かご存知でしたら教えていただけませんか」

「アニメで多次元のを証明? はあ……」

 俺はわけがわからず男を見つめた。

「話が良く見えないけど、これらのシーンは実在するよ。いや、実在したと言った方が良いかな? ここに書かれているのはこのアニメのTV放送時に出ていたシーンで市販されているメディアではカットされたり変更されたシーンだ。だから市販やレンタルを調べても出てこないけどTV放送時にはあったシーンだよ」

「なるほど、それででしたか。レンタルのDVDで調べてもわからなかったわけだ」

 男は俺の話に納得したようだった。

「で、このシーンがどうしたの? 多次元の世界とか言っていたけど」

「はい。いえ実験の被験者が異なる次元でそのアニメを見たと主張するので調べていたんですよ。実在するのなら被験者が見たのは夢ではなく実際にそれらを見ていた事になり、わたしが研究中の機械で異なる次元で見た可能性が出てくる」

 男は興奮し拳を握り締めそう力説したが研究の中身や経緯がわからない俺には何をいっているのかさっぱりだった。

「はあ……」

「しかしそうなると、いったいどうやってそのシーンを確認できるのだろう」

「それなら……」

 俺が言いかけたら男はさらりととんでもない事をつぶやいた。

「うーん、時間を移動する機械を開発するには予算とか色々と問題があるし……」

「タイムマシンを作れるのか!?」

 素で驚いた。

「いえ、お金が無いから無理ですよ」

 男はそう言って肩をすくめてみせた。

(いや、お金があれば作れると言っているぞそれ)

 俺は変な事に巻き込まれたくないので口にはしなかったが、さすがうちの学園の理学部生である。

「TV放送時の録画ならうちにあるけど?」

 俺は言いそびれた事を口にした。

「おお! でしたら、見せてもらえないでしょうか」

「それはかまわないけど……」

 親しいわけではないでちょっと躊躇したのだが、男はそれに気が付かず話を勝手に進めた。

 強引と言うわけではなかったし問題無い人のようだが微妙に空気が読めない人だった。

 結局男は、その日に俺に家に来る事になってしまった。




7、

「確かに報告どおりのようですね」

 男は呆れるほどまじめにアニメを観ていた。

 レポートと実際のアニメを比較しながら頷くとメモを取っているのだ。

 何回も見ているため確認したいシーンはすぐに出せるのだが、同じシーンを何回も見直すのでサクサク進むというわけには行かず俺としては退屈だった。

「多次元っていったいどんな研究をしているんです?」

 間が持たないのもあり、世間話代わりに聴いてみた。

「基本的に人間は自分のいる次元以外は認識できません。そこでそれを認識できるようにするための機械を開発しているんですよ」

「へーっ、そんな機械作っているんだ」

「ええ、一応違う次元を見る事はできるようになりました。と言っても一つ上と下の次元、二次元と四次元だけですが。ただ去年試作品を無断で使用した被験者がいて意識不明になる事故があったから研究は止めていました」

「意識不明? 怖いな」

 一瞬あるアニメを思い出してつぶやいた。

 そのアニメは機械を使って仮想現実の世界に入る話で、仮想現実で死んだら現実の体も死ぬと言う設定なので、なんとなく重ねてしまったのだ。

「まあ脳波を見るかぎりでは眠った状態みたいで体には異常が無い様なのですが、なぜか起きなかったんです」

「起きなかった? と言う事は今は起きているのか?」

「ええ、先週その被験者が意識を取り戻しました。確認したら、意識不明の間も活動していたと主張するのです。しかしそれって夢かもしれません。だからそれを確認する事にしたのです」

「もしかしてそれがその比較表?」

 男がもっているレポートを指差した。

「ええ。もし被験者が知らなかった事でこの世界にある事だとしたら夢ではなく何らかの現実を見た可能性が出てくるのですよ。なかなか興味深いことです」

「で、何でアニメなんだ? というか他の次元にもアニメがあるのか? しかも俺たちが見ているものと同じ物が」

「開発しているのは違う世界に行く機械では無くて、この世界を違う次元からどう見えるかを調べる機械です。私たちが認識しないだけで一つの世界には色々な次元が重なっているのです。いえ、そもそも色々な次元が重なっているのが世界であって、我々はその世界の一部しか認識せず生活していると言い直した方がわかりやすいでしょう。一応空間認識を元に我々の世界を三次元と定義して、前後一次元変更して認識する事が出来る機械を作ってみたのです。うちの学園では色々と変な事が起こると言う噂がありますけど研究が進めばそれを説明できるようになるかもしれませんよ」

「ふーん」

 頷いてみたものの実は理解できなかった。

 二次元はアニメでお馴染みなので想像出来ない事も無いが、四次元なんて全く想像できやしない。

「それと、どうしてアニメなのかと言うと、被験者がアニメオタクだからです。せっかく異次元視点で世界を観察出来るチャンスを得たのに、アニメ鑑賞で時間をつぶしてしまったのですよ。しかも彼氏が出来たとか言い出しました。確かに二次元の男に嵌るのを禁止したしリアルな彼氏を作れと言って注意していましたけど、でも四次元状態で会った男を好きになりますか普通? どう思います?」

「はあ……」

 どう思うと振られても返事に困る。なにやら被験者とは私的な複雑な事情があるらしい。俺はそれ以上聞くのをやめた。

「あ、ここはOKです。次のシーンお願いします」

「ああ……」

 促されて次のシーンを表示させた。

 販売用のメディアでは変更されているシーンがまた映し出された。

 俺的には何回も観ているしつい先週も見たのだが、一般に出回っているのと異なるシーンのためか、見ているとなんとなく懐かしいという感じがする。

「そういえばあいつは珍しがって喜んでいたなあ……」

 隙間女を思い出し思わずつぶやく。

 ついこのあいだまで「あ、ここ違う!?」とか言って驚いたり喜んだりするあいつがいた事を思い出してしまった。

 気のせいか、背中に視線まで感じたりする。

 未練がましいと思いつつ、つい後ろを振り向きタンスと本棚の隙間を観た。

 すると隙間から何かが見えた。

「え……」

「どうかしましたか?」

「あ、いや、なんでもない」

 あわててごまかした。

 驚いた事に隙間にあいつがいたのだ。

 どうやら死んだわけでもふられたわけでもなかったらしい。

 俺はどう対応しようか悩んだ。

 いつもなら引っ張り出してソファーに座らせるところだが、今は来客中で男が座ってTVを見ている。

 久しぶりに会えたので嬉しいしすぐにでも話しをしたいのだが、さすがにこの男に合わせるわけにはいかないだろう。

 どうもタイミングが悪い。

 俺は何気ないふりを装って隙間に近づくと小声で話しかけた。

「悪い来客中だ」

「えーっ」

 そいつは不満そうに小さい声をもらした。

 そして隙間の中で厚みの無い体を曲げると部屋を覗き込んだ。

「ガガントス!」

 見るなりそう叫んだ。

「なんだそりゃ?」

 何かに驚いたようだが、いったい何に驚いたのかわからなかった。

「ん?」

 男は声に気が付いたのか振り向きこちらを見た。

「あ……」

 男は隙間にいるこいつを見つけたようだった。

「幽霊?」

 驚いた表情でこちらを見た。

「あ、嫌これは……」

 俺は慌てた。

 まあ一センチほどの隙間の中から目が現れているのだ、普通幽霊や妖怪のたぐいと疑うだろう。俺だって最初そう思った。

「幽霊とは失礼ですっ、今のわたしは隙間女なのです。ちゃんと生きているのですよ!」

 隠れるか消えるかすれば良さそうなのにそいつは声を出した。

 俺はあわてた。

「その声は……」

 男は不思議そうにつぶやくとこちらに近寄ってきた。

「あ、大丈夫、こいつちょっと変わっている存在だけど無害だから」

 俺はあわててそう説明した。

 実際はちょっとどころかとんでもなく変わった存在なのだが……

「いったいそんな格好で何をやっているんですか?」

「えっ?」

 俺は男の言葉に驚いた。

「嘘! そっくりさんとかでなくて本物ですか!?」

 次は隙間女が叫んだ。

 どうやら互いに知り合いらしい。

 それにしても多次元を研究している男と隙間女が知り合いって、いったい……

 いや……

 なんかありそうな気がしてきた……

「なんであなたがこんな所にいるのですか? しかもそんな変わり果てた姿になって」

 男の言葉は詰問状に変わっていた。

「こんなところって、ここはわたしの彼の家なのです……」

 そいつは口ごもりながら言った。

「彼?」

 思わず首をかしげたが、どうも俺の事のようだった。

「前に説明した、四次元で会った彼の家なのですっ」

「ああ、アニメ好きの男友達ですか」

「学校行っている間にこっそり使って会うつもりだったのに、先回りしているなんて卑怯なのです……」

 戸惑ったようにそう言うと、一拍置いて言葉を続けた。

「流石ですわお兄様」

 なぜここでアニメ台詞!?

 らしいといえばらしいが……

 というか『お兄様』だって?

「お兄さんなのか?」

 思わず尋ねた。

「その通りです」

 男の方が答えた。

「それにしてもいったいなんですかその格好」

「変な事言わないで下さいよ、ちゃんとした学校の制服じゃないですか。言われた通り学校行ったのに……」

 そう言われて見ると、前までずっと同じ服だったのに今日は違っていた。

「お前、中等部の生徒だったのか……」

 それは紺色のブレザーにチェック柄のスカートと言う、学園の中等部の見慣れた制服だった。

「いえ服装じゃなく、なんで二次元化してここにいるのですか? と聞いているのです」

「二次元化だって?」

「二次元大介、俺の相棒。早撃ち0.3秒のプロフェッショナル」

 隙間女が言った。

「それはもう聞きました」

 男はつぶやいた。

「あれ? 言ってましたか」

 隙間女は首をかしげた。

 いや、それを言ったのは俺だ。

「それにしても意味がわからないのです。二次元化って何なのです? いつも言っているじゃないですか、意味がわかるようにしゃべって下さいって」

「いや、だから、どうして平べったくなっているのですか? と聞いているのです」

「そんなことわからないのですよ。お兄さんの次元観測機を使ったらこうなったのです」

「使うなって言ったのに……」

 男はため息をついた。

「使わなきゃここに来れないのです。わたしはアニメを観に来たのです。お兄さんのせいで一週間も来られなかったのです…… 先週見られなかった分見たくて来たのですよ」

「やっぱりアニメですか……」

 男はまたため息をついた。

 どうも呆れているようである。

「勝手に機械を使わないよう言ったのに…… もしまた意識不明のまま寝込んだらどうするのですか」

「だいじょうぶですよ。それにあの機械、使うと痩せるし身体にいいのです」

「良くありません。痩せたのは半年近く植物人間状態で寝たままだったからです」

 それは確かに痩せる。

「そうだったんですか。でもなんでお兄さんまで四次元にいるのです?」

 首を傾げた。

「だからそれは四次元に行く機械じゃありません。違う次元から見える世界を再現する機械です。何度も説明していますが」

 そう言ってため息をついた。

「よくわからないですよそれ。でも四次元じゃなければどうしてわたしはこんな姿になっているのです?」

「うーん、そうですねえ……」

 男は数分考えこんだ。

「理由はわかりませんが、どうも予測していない現象が起こっているようです。もう一度いいますが、その機械はお前の観ているアニメのようにバーチャルな世界に行く機械ではなくて、今いるこの世界を違う次元で観たらどう見えるかを調べるための機械なのです」

「えーっ、じゃあ彼って四次元人じゃなくて普通の人なのですか?」

 そう言って俺を指差した。

「もちろん普通の人です」

「四次元人だと思われていたのか……」

 思わずつぶやいた。

「じゃあ、同じ世界のどこかにいるのですね?」

「もちろんいます。その機械を使わなくたって普通に会えますよ」

 男が答えた。

「普通に合えるのですか?」

 隙間女は嬉しそうな表情で目を輝かせた。

「しかも歩いて十五分ぐらいの近所です」

「近っ!」

 俺は思わず叫んだ。

「あんたそんなに近い所に住んでいる人だったのか?」

「ええ、わたしも驚きました」

 男は答えた。

「そうなんだ……」

 隙間女はしばらく何かを考えていた。

「じゃあ、これからそちらにアニメを見に行くのですっ」

「「え?」」

 俺と男の声がかぶった。

「べ、別に四次元さんに会いにいくわけじゃないのですよっ!」

 そう言うなり姿が見えなくなった。

「消えた……」

「たぶん、機械が止まったのでしょう。それにしても妹が自分から部屋から出るなんて珍しい……」

 つぶやくように言った。

「部屋から? 家からではなくて?」

「ええ部屋からです」

 男のまじめな表情を見て俺はそれ以上は聞かないことにした。




8、

 しばらくすると外の階段を誰かが上がる音が聞こえた。

 古いアパートなので結構音が響くのだ。

 おかげでドアの前で止まったのがわかった。

 もしやと思ってドアを開けると予想通りそいつが立っていた。

 見るとスマホを手にしてその画面を見つめている。

「き、来ちゃいました」

 俺に気がつくと顔を上げ表情を強張らせながらそう言った。

 そのまま来たのだろう、先ほど見た制服のままだ。

 容姿自体は変わらないのだが、平らな姿に見慣れているせいかどうも違和感を覚えた。

 なんと言うか、妙に生々しく感じるのだ。

「どうぞ」

 俺は中へ入るよう誘ったが、いつもの図々しさはどこに行ったのかもじもじして動かなかった。

「どうした?」

「お、おじゃまします」




「怖い?」

 俺は首を傾げた。

「ああ、妹は極端に人見知りするんですよ」

 男が俺の後ろでため息混じりに答えた。

「まあ気にしないで下さい」

「いいのか? 気にしなくて」

「き、きききき気にしないで、くだくだ、ください……」

「なるほど……」

 見知っている俺相手にドモるなんてかなり重症である。

 隙間女状態の時は普通に話していたので腑に落ちないが気にしていたら話が進まない。なので気にしないことにした。

「まあ、とにかく入って」

 いつもと違うので少し戸惑うが、玄関で立ち話はなんだし招き入れた。

「は、はいっ」

 一瞬嬉しそうな表情に変わったが、それでも恐る恐るという感じで部屋に入った。

「普通の部屋ですね。でも確かに四次元さんの部屋ですっ」 

 部屋に入るとそうつぶやいた。

 考えたら玄関から入れたのは初めてだ。

 どうやら家では俺を『四次元さん』と呼んでいるらしい。

「いや何回も来ているだろう。いったいどう部屋が普通じゃないと思ったんだ?」

 思わず聞いてしまった。

「部屋に入ると四次元仕様になっているのかと」

 そいつは恥ずかしそうに言った。

「なんだそれ?」

 意味不明である。

「えーっと、ここが機械を通して見ているのと同じ部屋って事で良いのかな」

 男が唐突に尋ねた。

「お兄ちゃん!」

 いまさらのように男に気が付き驚いて見せた。

「どうなんだい」

「そうです。前に説明した部屋なのです」

「なるほど」

 男は部屋を見渡すとなにやらメモした。

「とにかくソファーに座りなよ」

「はいです」

 俺が勧めるとソファーに座った。

 重みでソファーが少しへこむ。

 当たり前のことのように思えるが、平な時は軽いためそのような事はなかったのだ。

 ソファーに座ると珍しそうに部屋を見渡した。

「こんな感じだったんだ……」

「どうぞ」

 俺はジュースをグラスに入れ、お菓子をそえて出した。

 グラスにはストローを差している。

「あ……」

 いつも好んで飲むジュースとお菓子を出しただけだったが、そいつは驚いた様子で俺を見た。

「好きだろう?」

「う、うん」

 はずかしそうに頷くとジュースを口にした。

「なるほど」

 何がなるほどなのかわからないが男が頷いた。

「とりあえず、機械を通して世界を観察出来る事は確かだとわかりました。それだけでもかなりの収穫です。どうして平らな状態で実体化したのか不明ですが」

 男はアニメのチェックを終わらせるとそう言った。

 よほどまじめな人なのだろう。

 妹が隙間女になってこのアパートに現れていたのだ、普通なら驚いてアニメのチェックなんて放り出しそうな気がするが、しっかり最後までデータを取り続けていたのだ。

「わたしは終わったので帰りますが、どうするのですかあなたは?」

 男は妹に尋ねた。

「せっかく来たのだから、アニメ見てから帰りたいのです」

 男はため息をついた。

「まったく、二次元の世界から抜け出せないのですねあなたは……」

「まあ、ついさっきまで本人自身が二次元していていたぐらいだしな」

 俺がちゃかすと男は苦笑した。

「まあいいです。わたしは先に帰りますので妹を頼みます」

「頼むって、いっしょに帰らないのか?」

「ええ、わたしはアニメに興味ありませんから。それにあなたなら問題無いでしょう、本人も気に入っているようですし。それにここでアニメを見せずに帰らせたら恨まれますからね」

「はあ……」

「かわりと言ってはなんですが、妹を家まで送ってくれませんか? ここから十五分ぐらいの所です」

「わかった。女の子一人じゃ物騒だしな」

 俺は頷いた。

「なんだったらお泊まりしていってもいいですよ」

 妹に向かって言った。

「お、お兄ちゃん!?」

 兄に言われて妹は真っ赤になった。

「いや、さすがにそれは不味いだろう」

 仮にも女の子なのだ。何も無くたって色々問題だと思うが。

「冗談です。実は、妹が他人と仲良くするのって珍しいのですよ。中学でも親しい友達がいないようですし、休みの日も部屋からほとんど出ない人ですから。だからからかってみました」

「そうなのか?」

「そ、そんな感じかな……」

 ごまかすように顔をそらして答えた。

 どうも本当に『ぼっち』っぽい。

「そもそも今回の事故も、外の世界に興味もつように妹に研究中の機械に触るのを許可したのが原因ですから」

「も、もう大丈夫ですっ、これからはもう自分の部屋に引き込もらないのですっ。えと、そ、そう、こ、ここに遊びに来るからっ」

 どもりながら、一生懸命そう言った。

「そうあってほしいものです。まあ、変則的な状態ですが部屋から出て外にいたわけですし、私が触らないように言っても使って会いに来たわけですから、良い方に向かっているのだとは思います。だから許可しますよ。この人がよければですが」

「お、お兄ちゃん……」

「いや、別にアニメを見に来るぐらいかまわないけど」

「だそうです。良かったですね」

「う、うん」

 その子は嬉しそうに頷いた。

「しかし実際は隙間女じゃなかったんだな」

 俺は苦笑交じりに言った。

 本人が名乗っていた事もあって、少し前まで本当に隙間女と思っていたのだ。

「隙間女って学校の七不思議の?」

 男が首をかしげた。

「あれ? ひょっとしてあんたも学園生なのか?」

「ええ学園の高等部卒ですが?」

 同じ高校だったのか。

「今のって校内新聞に書いてあった七不思議ですよね」

 ちなみに校内新聞は壁新聞で、七不思議は年に一回夏に出る定番記事だった。

「ああ、その中であっただろう『毎年学生が住むアパートのどれかに隙間女が現れる』ってやつ」

 いかにも当たり前のように言ったが、実はつい先ほど思い出したもので、それまですっかり忘れていた事だった。

「ええ、ありました。『大学の地下に超古代文明の遺跡が眠っている』とか『四年に一度セーラー服の美人が現れ、現われないときはセーラー服の幽霊が現われる』とか微妙に意味不明で変なのが多かったですけど」

 実際変なのが多かったが『一番北側のトイレに花子さんが出る』とか『深夜0時に旧校舎2階の鏡の前に立つと未来の姿が見える』とか、わりと普通っぽいのもあった。ちなみにセーラー服がらみの話は七不思議とは別に色々あるのだが、うちの学園では女子の制服がセーラー服だった事は一度も無いのでむしろその方が不思議だったりする。

「あ、そういえば、高等部にセーラー服の美人が現われなかったらしいよ。中等部にはいるから伝説のセーラー服だって噂になってるんだよ」

 女の子が言った。

「へえ、まだ続いているんだ」

 俺は妙に感心した。

 それは七不思議の中で唯一確認可能なやつだった。

 実は俺が高等部だった頃は一年上の先輩に実際にセーラー服を着ている子がいてしかもかなり美人だった。しかし今年はセーラー服の子は現れず幽霊の方が現われたと言う噂が流れていた。そもそも中等部も高等部も共に女子制服はブレザーだ、セーラー服が現れる方が不思議なのだが、なぜか中等部には現われたらしい。

「それって、やはり美人なのか?」

「うん綺麗な人だって。でも興味持っちゃだめですよ」

「いや、接点無いから。というかなぜ?」

「浮気禁止です」

「はあ? いや浮気って?」

「とにかく興味もっちゃダメですっ」

「だからなぜ?」

「わたし以外の子と付き合うの禁止なのですよ」

「いや、だからどうしてそうなるんだよ」

「うううっ、誰か付き合っている子いるのですか」

 なぜか不満そうな表情で尋ねた。

「自慢にならないがいない」

 俺はきっぱりと言いきった。

 自分で言って何だが、本当に自慢にならない。

「じゃあ、じゃあ……」

「じゃあなんだ?」

「わたしの……」




「え~っ、申し訳ありませんがアニメを観終わったら妹を家まで送ってきてくださいませんか。幸いこのアパートと家は近いですから」

 急に男が割って入ってきた。

「え? ああ」

 思わず頷く。

「ええ、お願いします。一応若い女の子ですので」

 なぜか本人も横でしきりに頷いていた。

「まあ、良いけど」

「わーい!」

 その子は両手あげて喜んだ。

 男はため息をついた。

 いかにも妹に苦労している風である。

「いいかげん遅くならないうちに、ちゃんと帰って来るのですよ」

 玄関で靴を履きながら男が言った。

「はーい」

 そいつは手をあげいかにも嬉しそうに返事した。

 まるで小学生のようだ。

 その子供みたいな反応を見て、どうして一人で帰らせないのかわかったような気がした。

「大変だな」

「本当に、大変です」

 しみじみと言った。

 俺は男に同情した。

 

 

 

「お兄さんの許可も得たから、アニメ見ましょう。先週分全部なのです」

 そいつは兄が帰ったとたんテンションを上げて言った。

「いや、さすがにそれは無理だ。」

 俺は答えた。

「え~っ」

 ブーイングが発せられた。

「いや、アニメって1期だけで40作以上作られているんだ。だから無理」

 アニメって一日5作以上放送されていて全部だと結構な量なのである。

 単純に一作30分だとしたら見るのに20時間以上かかることになる。

 俺はその事を説明した。

「今日いくつか観て、後はそれぞれ見たいやつを二週分続けてみれば良いだろう? それなら無理なく消化できる」

「おおっ!」

 いや、そんなに驚くほどの事か?

「じゃあそれで行きましょう!」

 そんなこんなで、俺達はアニメを観始めた。




9、

 アニメを観終わると俺はそいつと家を出た。

「なんでそんなにくっつくんだ?」

 俺は疑問を口に出した。

 実は並んで歩いているのだが、なぜかしきりに寄ってくるので不思議だったのだ。

「いっしょにいるのがなんか楽しいんですっ」

「そうか」

 だからってくっつこうとするかなあ……

「あなたは楽しくなかったですか?」

「いや、楽しかったが……」

「だったら手を握りたいのですよ」

「手?」

 思わず聞き返す。

「うん、手。だめ?」

「いや、かまわないが?」

 俺が手を差し出すと、指をからめるようにして手を握った。

「手を握れるってすごいですよね。ちょっと前まで物を掴めなかったからそう感じるのでしょうか?」

「そういえば、平らな時は物を掴むことが出来なかったっけ」

「それもありますけど…… 鈍いのですね」

「鈍い?」

 何が鈍いのかわからず、困惑しながら見つめた。

「だから彼女いないのですよ」

「何の話だ? 残念ながら実際にいないが。ちなみに『嫁』もいない。そっちに走った事はないぞ俺」

「前に、彼女って好きな人が出来て告白して付き合って仲良くなっていってなる物だって言いましたよね?」

「ああ」

「じゃあ、好きな人が出来て告白して付き合って仲良くなっていって彼氏になってもらうってダメじゃないですよね?」

「えっと、つまり……」

 さすがの俺も分かってしまった。

「彼女はいないのですよね?」

「ああ……」

「じゃあ、わたしがなってあげるのです」

「あげるなんだ」

「そう、『あげる』なのですよ」

 きっぱりと言い切った。

 しかし、言い切ったわりには恥ずかしそうに顔を赤くしていたりする。

「二次元にこもるより健全ですよね? お兄さんはそう言っていたのです」

「それ、お前にいったんだろう?」

「ええ、そうですけど、同じじゃないですか」

 俺は引きこもらずちゃんと友達もいるし大学で講義受けているぞと思ったが口にはださなかった。

 まあそれでも似たようなものかもしれないとも思ったからだ。

「ぴちぴちの現役女子中学生が、手を握って彼女になってあげるって言っているんですよう、喜んで下さい」

「ぴちぴちって表現がかなりおっさんくさいが」

「ううっ…… わたしが彼女じゃダメでしょうか? それとも美人じゃなきゃダメなのですか?」

「いや、ダメではないがどうして俺なんだ?」

「一週間会えなかったですよね」

「ああ」

 頷いた。

「すごく寂しかったのです。会いたくてしかたなかったのです」

 どうやら俺と似たような状態だったらしい。

「だから。今度会えたら彼氏になってもらおうと思ったのです。そうすればまた会ってもらえるから」

「そうか……」

「好きなんですっ、いっしょにアニメを観たいのですよ」

 少し拍子抜けした。

「なるほど…… もしここで俺が断ったらどうなるんだ?」

「一生引きこもって自分の部屋でアニメ見ているのです」

「それって、結局会う前と変わっていないのでは?」

「変わっているのですよ。振られて引きこもるんですから」

「そんなものなのか?」

「そんなものなのです」

 いまいち違いがわからなかったが、そう言い切られたら納得するしか無い。

「女の子が嫌いとかってないですよね?」

「ああ、無いな」

「じゃあ、美形の男の方が趣味だとかありますか?」

「ないない、それは無い。別段惚れる女性に会っていないだけだ」

「でも、合コンとか行かないんでしょう?」

「何で知っている?」

「隙間女は何でもお見通しなのです」

「ストーカーかよ!?」

 たぶん何かつぶやいた事でも聞いていたのだろう。

「まあ、家でアニメ見てばかりだからなあ俺も……」

 確かに自発的に女性に会おうとはしていない。

 それは当たっていた。

「だから彼女になってあげるのです」

「やっぱりあげるなんだ……」

「そうです、だから喜んで下さい」

「はいはい」

 俺は笑った。

「あ、なにそれ、おざなりなのです。あきらめたらそこで試合終了なのですよ」

「はあ? なんでそうなる?」

「飛雄馬よ、栄光の星を目指すのだ!」

 いきなり星を指差した。

「よくわからないが、俺はお前を嫌いじゃないよ。むしろ好きだ。いくらでもアニメ観に来ていいし、付き合いたいと言うのなら喜んでOKする」

 俺はそう言うと手を握り返した。

「あうっ!?」

 そいつは一瞬身体をこわばらせた。

 緊張しているのが良くわかった。

「うん。あ、ありがとうなのです……」

 先ほどのテンションとは打って変わって急に声が小さくなる。

 見ると顔が真っ赤だ。

「どうした?」

「な、なんでもないのです。家はあそこなのです」

 そう言って少し先にある二階建ての一軒家を指差した。

「確かに近いな」

 本当に、アパートから歩いて十五分ぐらいで着いた。

「でしょう」

「じゃあここで」

「おやすみなさいなのです」

 そいつは玄関に向かったがその前で止まってこちらに振り返った。

「ねえ、本当に付き合ってくれるんですよね? 彼氏になってくれる約束ですよね?」

 恐る恐ると言った感じで聞いてきた。

「ああ」

 笑って答えると、ほっとした様子に変わった。

「じゃあおやすみなのです!」

 そいつは元気に手を振りながら玄関に入っていった。

「あ……」

 扉が閉じられた時、いまさらながら俺は彼女の名前を聞いていない事に気がついた。

 考えたら、なんとなくアニメをみながらいっしょにすごしていただけで、特に互いに名乗ってはいなかったのだ。

「まあいいか……」

 どうせこれから何回も会うのだから。

 そう思って戻ろうとしたが、止まって振り返った。

 苗字だけなら分かる事に気が付いたのだ。

「まじかよ……」

 俺は苦笑した。

 門には『平』と言う表札が張られていた。

 




10、

「ある時は五つ、ある時は一つ、実体を見せずに忍び寄る白い影」

 そいつは夜に現れるなりそう言った。

「正義の影武者、科学忍者隊…… って何言わす!」

「知っているんだ」

 そいつは隙間から覗きながら言った。

「一応な。それにしてもネタが古すぎだ」

「しかたないのです、お父さんが持っているアニメですから」

 なんと、アニメ好きだったのかお父さん!?

「で、どうしたんだ?」

「どうしたって?」

「いや、どうしてそんな格好なんだ?」

 そう尋ねた。

 俺はお菓子と飲み物を用意して待っていた。

 あいつが学校の帰りに友達の家に遊びに寄るような感覚で来ると考えていたのだ。

 だがそうではなかった。

「え、あ…… これはそのう、部屋着でして……」

 着ていたのはどうみても寝巻っぽいトレーナだった。

「いや、服装の事を言っているんじゃない」

 それはそれで問題のような気もするが、もっと本質的な問題だった。

 そいつは、以前のように隙間から平な姿で現れたのだ。

「外を歩くのは怖いのです」

「学校には行ったんだろうな」

「行きましたよ。学校ではちゃんと制服着ていました」

「制服着ていたってまさか……」

「勇気出して学校に行きました。隙間が少ないので大変でしたが、久しぶりの登校なので喜んでもらえました。うちの学園多少変な状態でも受け入れてくれるので助かりました」

たいらなまま登校したのか!」

 俺は思わず叫ぶのだった。

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