エピソード2:名杙統治のお見合い大作戦②
統治と話をしてから、約1時間後……ユカは1人、仙台市郊外にある台原森林公園にいた。
地下鉄南北線の旭ヶ丘駅に直結している公園は、水辺もあり、歩道やランニングコースも整備されているため、散歩や運動をしている人が多く利用している。加えて仙台市科学館や仙台市文学館などの施設もあるため、学校や幼稚園・保育所の遠足先としても人気であり、老若男女、様々な人が訪れている。
15時を過ぎた今の時間帯は、学校帰りの子どもとよくすれ違う。ランドセルを振り落としそうな勢いで駆け抜けた集団に目を細めつつ、ユカは1人、公園内を歩き……スマートフォン上に表示されたポイントを目指す。
「……ねぇ、分町ママ」
「――何かしら?」
刹那、ユカの頭上の空気が少し震えた。『縁故』の仕事は危険が伴うため、2人一組で実施したり、『親痕』と呼ばれている『痕』を帯同させることで、連絡手段を確保するようにしている。今日は統治が帯同しようかという話になっていたのだが、ユカが分町ママを指名したのだ。
『仙台支局』は今のところ少数精鋭オブ少数精鋭のため、各々にかかる負担も大きい。帯同という役割で時間を消費するのは、勿体無い気がしたから。
「統治がお見合いするって話、聞いとった?」
ユカの言葉を受けて、分町ママが彼女の隣に降りてきた。当然だが一般の人には見えないので、端から見ると、ユカは1人でブツブツ喋っている、ちょっとアレな子どもに見える……かもしれない。
本日は珍しく両手があいている分町ママは、目を軽く見開いて顔を近づけた。
「あらあらそうなの? ママ的には初耳だわー。相手はどなた?」
「確か……透名っていうとこのお嬢様って話やけど」
名字を聞いた分町ママは、すぐにピンときたような。
「あぁ、櫻子さんね。なるほど、コレは……中々の人選じゃないかしら」
「分町ママ、知っとると?」
「最近の櫻子さんのことはあまり知らないけれど……彼女のお父さんやお母さん、お祖父さんのことは知っているわよ。名杙が珍しく、実益を度外視して人助けをしているお家だもの」
「へ? 人助け?」
予想外の言葉に、ユカは思わずよく通る間の抜けた声を出し……慌てて不自然に咳払いなんかをして誤魔化した。
人助け……『絶対に逆らわない方が良いインテリヤクザ』でお馴染みの名杙家が、人助け?
「ぶ、分町ママ……人助けって、どういうこと?」
「透名の家は、宮城でも北の方を中心に病院を展開しているんだけど、県北ってどうしても仙台圏に人口をとられがちで、お医者さんや病院の数も減っているのよ。透名総合病院はその中でも地域密着で頑張ってる、『地域の頼れるお医者さん』って感じかしら」
人差し指をピッと立てて説明する分町ママに、ユカは頷きながらも、解決していない疑問に踏み込む。
「ふーん……でも、それと名杙の人助けはどう関係しとると?」
「3年くらい前だったかしらね、お祖父さんの奥様……統治君や心愛ちゃんのお祖母さんにあたる方が、重たい病気で入院することになったの。名杙は病院とのパイプは太いけど、ぶっちゃけ、敵も作りやすいでしょう? 盛大に贔屓されてひんしゅくを買うか、患者である奥様を人質に取られるかのどちらかで、希望した治療も満足に受けられないまま、随分たらい回しにされたらしいのよね」
「……」
名杙は味方も多いが、敵も作りやすい家柄だということは何となく理解していた。
ただ、それを具体的なエピソードで聞かされると……改めて、面倒な家だなぁと思う。
そんなユカの感想を察しているのかいないのか、分町ママは少し遠くを見つめて、どこか嬉しそうに話を続けた。
「そんな時に親身になってくれたのが、登米市っていうところにある透名総合病院だったのよ。今も定期的に通院していて……あら、先月にまた入院したんだったかしら……とにかく随分良くしてくれているって感謝していたわね」
「そうなんだ……」
「そんな病院を支えるのが透名の家の人達なんだけど……基本的にお人好しなの。しっかりした弁護士さんや優秀なスタッフはついているけど、どうしても悪い人間が近寄ってくることが多くてね、見かねたお祖父さん――名杙の前当主が、秘密裏に透名の『関係縁』を清算するように指示したの。ちなみにそれを任されているのが、里穂ちゃんのお母さんなんだけどね」
「え? 里穂ちゃんち?」
急に出てきた里穂の名前に、ユカが再び驚きの声をあげる。
里穂の家は確か、名杙本家と……あまり折り合いがよくなかったのではないか?
そんなユカの疑問に、分町ママは明確な答えをくれる。
「流石に私情が入りまくってるってことで、既に名杙ではないけど血縁関係のある名倉家に頼むことにしたそうよ。里穂ちゃんのお母さんにしてみれば自分の母親だものね。今でも通院をサポートしたり、入院すれば里穂ちゃんと一緒にお見舞いにも行って、定期的に様子をみているし、確か……伊達君も非常勤で働いているはずよね。そんな感じで、名杙とも関わりが深いお家なのよ」
「伊達くん……伊達先生のこと!? え? 研究者じゃなかと!?」
更に意外な人物の登場に、ユカは一際声が大きくなり……慌てて自制する。
そんなユカの隣を漂う分町ママが、更なる爆弾を投下した。
「それもやってるけど、非常勤の小児科医として勤務していたはずよ。今はどうなのかしら……今度聞いてみるといいんじゃないかしら」
「小児科医!? 子どもとか絶対好かんよね!?」
「好き嫌いはさておき、子どもはどうしても、ふとしたショックで『縁』が見えるようになることがあるから……研究対象でも探しているんじゃないかしら」
ユカにとって衝撃の事実が続く。とりあえず話を整理すると……透名は、名杙にとって頭があがらない、恩人の家柄だということが分かった。
だからこそ、先程聞いた櫻子の言動が腑に落ちないのだ。
「だとすると……そげなこと言わんでも良いと思うっちゃけどなぁ……」
「ん? どうしたのケッカちゃん」
「ううん、何でもない。でも、透名の家の人は、名杙の家の事情も知っとるっちゃんね?」
「そうなのよ。コレも透名のお祖父さんが、「名杙さんと知り合ってから良いことばかり、名杙さんは神様だ!!」とか言い出して奉りそうな勢いだったから、慌てて事情を説明したそうよ。信じてもらうまでに半年以上かかったって……まぁ、当たり前よね」
「はー……要するに、名杙にとっても透名にとっても、今回の話には良いことしかないってことやね」
「そうね。櫻子ちゃんも聡明なお嬢さんだから、統治君と気が合わないことはないんじゃないかしら?」
「聡明……?」
分町ママの評価を疑問形で反すうすると、流石にユカの態度を不審がった彼女が訝しげな視線を向ける。
「何よケッカちゃん、さっきから腑に落ちない顔してるわよ。何かあったの?」
「うーん、実はね――っと」
ユカが先ほどの統治との話を分町ママに告げようとした、次の瞬間。
スマートフォンの画面が、目的の場所にたどり着いたことを知らせる。
道案内をしてくれた地図が表示された画面では、ココが目的地だと主張する旗印のアイコンが点滅しており、その脇に『遺痕 女性 右手から1本っす』という吹き出し型メッセージが、おにぎり的なSDゆるキャラと一緒に表示されていた。
今、ユカが利用しているのは、統治が開発している『縁故』用のアプリだ。某大手地図アプリと連動させることが出来るこのアプリでは、どこに対象の『遺痕』がいて、どこからの『縁』が残っているのか、等、簡単な情報を、ゆるキャラの『リッピー』がナビゲートしてくれる。
このリッピーは、顔がおにぎり、体が猫だか犬だかの4足歩行の小動物、という、ゆるキャラの色んな所をパクった……もとい、インスパイアされたようなキャラクターであり、デザインは統治と里穂の共同、らしい。
いかにも宮城っぽい要素として、片目を隠す眼帯と、三日月モチーフの飾りが目立つ兜を被っている。でも、体は小動物。
カワイイかと聞かれれば、「まぁ……カワイイんじゃない?」と、悩みながら答えてしまいそうな風貌を持ったキャラ、それがリッピーだ。
ちなみにスマートフォンの音量設定を調整してアプリの音が出る状態にしておくと、里穂が吹き込んだ声で、リッピーがランダムに色々喋る。ユカは完全オフにしているが、統治は動作確認も兼ねて少し音量を上げているので、仕事中に突然喋ると部屋にいる全員がびっくりする……なんてこともある。
本来ならばもっと『遺痕』のパーソナルな情報――『生前調書』に記載されている内容――も表示出来るようにしたいのだが、それだと予めアプリに情報を登録せねばならないので、入力フォームや情報保護のためのセキュリティ関係など、統治は微調整と関係各所への根回しに追われていた。
しかし、このアプリが成功すれば……『生前調書』の持参を忘れて焦ったり、持ち出して外で仕事を終えたのはいいけれど、帰り道に電車の網棚に忘れました……といううっかりドッキリハプニングもなくなる、はず。書類を誰かに奪われるリスクも軽減出来る。
不特定多数がアクセス出来ることが原則のインターネットを使って情報を集約することには否定的な意見もあるが、まずは仙台でテストを重ねて、いずれは全国の『良縁協会』に向けて、このシステムを売り出す(もしくは有償で貸し出す)つもりだ。4月の件があり、新年度と同時にリリースすることは出来なかったが、政宗と統治、若き2人の野望は……ようやく今スタートラインに立ったところなのである。
と、いうわけで、アプリに導かれるままに公園の奥まった場所へやって来たユカは……木々に囲まれたベンチで1人、座っている女性を発見する。
周囲からこの場所を隔離するかように木々が生い茂り、陽の光も差し込みにくくなってしまっている。近くを小川が流れていることもあり、ジメジメしていて……いかにもな雰囲気があった。
そんな場所にポツンと設置されたベンチに腰掛けているのは、齢30代後半くらいの女性。
長い髪が、俯いている彼女の表情を覆い隠している。黒いロングスカートは足首まで隠し、足元は白い靴下という状態だった。
彼女との距離は、目測で約10メートルといったところだろうか。攻撃されるのは厄介なので、最初はこれくらいの距離感から始めよう。ユカは脳内で、『生前調書』の内容を反すうする。
「――青山良子さん、ですよね?」
刹那、彼女が顔をあげて、正面にいるユカを見つめる。
青白く、生気のなかったその顔だが――ユカを認識した瞬間、大きく目を見開いた。
「あ、なた……私が、私が分かるんですか!?」
「えぇまぁ一応。そういう存在ですから」
ユカと会話が出来ることを確認した彼女――良子が、全身を震わせて大きく安堵の息を吐く。
「あぁ良かった……私、ここでずっと一人ぼっちだと思って……!!」
「もう少し近づいても大丈夫ですか?」
「ええ、むしろ宜しくお願いします。私は……ここから動くことが出来なくて」
そう言って肩をすくめる彼女に、ユカはあと2メートルくらいのところまで近づいた。そして、
「青山良子さん、単刀直入に言いますけど……貴女は半年前、この公園近くの大通りで事故に巻き込まれて、既に亡くなっています」
ユカの言葉に、彼女の顔が一瞬引きつったのが分かった。取り乱すかと一瞬身構えたユカだったが……良子は自分の胸に両手をあてて、2~3度、深呼吸を繰り返す。
「……ええ、分かっています。あの時のことは……うっすらですけど、覚えていますから」
彼女に自分への敵意がないことが分かり、今度はユカが安堵する。まぁ、終わるまで油断は出来ないけれど。
『生前調書』によると、彼女が同じ場所にとどまり続けることで彼女を起点にマイナスの気が集まり、野生動物(特に鳥類や川に住む魚類)に影響が出始めているらしいのだ。魚の死体が増えて、市の担当者も頭を抱えているとかいないとか。
「そうですか。じゃあ、どうして自分がここにいるのか、心当たりはありますか?」
『生前調書』で性別や年令、家族構成や……亡くなった理由などはある程度探ることが出来るが、『遺痕』がどうしてこの場所に固執しているのか、そこまでは分からないことがほとんどだから。
『遺痕』が留まる理由を聞き、同調することで、『縁故』にかかる負担が軽減されるとも言われている。勿論、問答無用で切らなければならないこともあるが……逃げられないようにするためにも、会話ができる相手とは話をするようにしていた。良子もまた、この場に留まることを不本意としているようだし。
ユカの質問に、良子は少し考えて……。
「きっと……思い出の場所だから、だと、思います」
「思い出の、場所?」
「はい。私は結婚して夫がいるんですけど……初めて2人で出かけたのが、この公園だったんです」
「なるほど……」
「お見合いで知り合ったので、特に共通の話題もなくて……でも、無理に会話を続けなくても、一緒に歩くだけで何だか安心出来て……」
そう言って、良子は目を細めた。
彼女に残っていたのは、右手に残った『夫』との『関係縁』だ。それが少し変質してしまい、『地縁』――足元から出てる、生まれた土地や今住んでいる土地と繋がっている黄色い『縁』――のように、彼女をこの場所へ繋ぎ止める楔になってしまったのだろう。
「私……そっか、たった2年で死んじゃったのか……もっと一緒にいて、色々、知りたかったな」
その後悔もまた、楔をより強固にした理由の1つになっているはず。
ここまで話を聞いたユカは、右手に静かな覚悟を込めた。
「……ここにこだわる理由は、何となく分かりました。素敵な思い出が残っているから、離れたくなかったんですね」
そう言って、更に良子と距離を詰める。そして――
「――どうぞ、安らかに……自由に、好きな場所で眠ってください」
ユカの右手が良子に残った『関係縁』を『切った』瞬間……良子が、薄く微笑んだような気がした。
台原森林公園(http://www.city.sendai.jp/ryokuchihozen/mesho100sen/ichiran/028.html)は……広いです。端から端まで歩くのは地味に大変です。春は桜も綺麗なんですよ。
地下鉄の駅とも隣接しており、仙台市科学館などの施設もあるので、週末は割と賑わっている印象があります。近くにベガルタ仙台の本拠地(ユアテックスタジアム仙台)もありますからね。色んな年齢層の人が集まって、体を動かしている印象です。
ちなみに、余談かもしれませんが……これだけ名杙の事情に詳しい分町ママが桂樹や華のことを知らなかったのは、単純にその頃は生きていたからです。『親痕』なる前の生前の記憶はありません。詳しくは外伝(http://ncode.syosetu.com/n9925dq/7/)を読んで下さいね、というダイレクトマーケティング!!