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エピソード2:名杙統治のお見合い大作戦①

 政宗からゲンナリするような話を聞いた次の日、火曜日の13時過ぎのこと。

 昼食から帰ってきたユカは、自分の席でノートパソコンとにらめっこをしている統治の後ろに立った。

 イヤホンをつけて何やら作業をしていた統治が、気配に気付いて首を動かし、ユカと目が合う。

「……山本、どうかしたのか?」

 白いワイシャツのボタンを上から2つほどあけた状態で着用し、クセのある猫っ毛がヒョンヒョンと適当に自己主張している。どうやら今日は1日内勤で、自分の格好に特別な関心がない日とみた。

 政宗は外回りの日なので、夕方まで戻ってこない。ユカは1時間後に仕事で外へ出る予定があるが、分町ママは時間外だし、今日は華蓮も来ないので、支局内はしばらく2人きり。

 ユカには全く意味が分からない画面表示を横目に見ながら、イヤホンを外した統治に、昨日の話をかいつまんで説明する。特に誰からも口止めされていないし、遅かれ早かれ、統治の耳には入る話だから。

「と、いうわけで……近いうちに、心愛ちゃんの通う中学に行くことになりそうなんよ。統治もその中学を卒業したっちゃろ? どげな学校なん?」

 尋ねられ、統治は少し考え込み……。

「そうだな……スポーツが強い私立中学校だ。特に野球に力を入れている。同系列の高校は、甲子園の常連校だからな」

「そうなんや。そういえば、心愛ちゃんって部活はしよらんよね?」

「ああ。心愛は生徒会に所属しているからな。生徒会が部活扱いになっている」

 先日、青葉城で遭遇した勝利のことを思い出す。あの時の彼は若かったなーとか、あの時の心愛は普段以上にしっかりしていたなー、などと、ユカが記憶を巡らせていると。

「心愛が迷惑をかけてすまない。本人も一生懸命なんだが……」

 急にシュンとして縮こまる統治に、ユカは努めて明るい口調で言葉を返した。

「分かっとるよ。ま、統治にはあたしから逐一報告しちゃるけんが、あまり心愛ちゃんに突っかからんようにね」

 そんなユカの言葉に、統治の表情が曇る。

「突っかかる? そんなつもりはないんだが……心愛が何か言っていたのか?」

 思い当たらないと更に不安げな表情で訴える統治に、ユカは内心失敗したと思いつつ……。

「ほら、心愛ちゃんはあたしの前でもいっつも強がっとるとよ。だから、統治の前でも同じなのかなーって思って。さすがにお兄様へは態度が違うか」

 何とか言い訳を構築すると、統治はどこか安心したような表情で息をついた。


 ユカはまだ、聞き出せないでいる。

「……何でもない。お兄様だって忙しいんだから、手を煩わせる必要なんてないし……どうせ……」

 あの時、エレベータ前で呟いた心愛の言葉、「どうせ」から続く……その、続きを。


「ところで……山本、俺からも1つ聞いていいか?」

「何?」

「今度の日曜日、お見合いをすることになったんだが」

「はぁ……って、お見合い!? 統治が!?」

 大声を出して驚くユカに、統治が顔をしかめた。

「俺の年齢と立場であれば、特に珍しいことではない。現に俺だって初めてではないぞ」

「そ、そうなんや……っていうか、初めてじゃないならあたしに聞く事とかなんもなかろうもん」

 ユカが顔をしかめると、統治はフッと視線そらして……これみよがしな、ちょいと重たーいため息を1つ。

 ただならぬ状況であることを察したユカは、とりあえず話が長くなりそうだったので、政宗の席にある椅子を引っ張り、統治の隣に腰を下ろした。

「よし、準備OK。んで、どけんしたと?」

「実は……今月中に見合いをする相手に、どう接すれば良いのか分からないんだ」

 そんなこといきなり聞かれても困るが、とりあえず話は最後まで聞くことにする。

「どういうこと? 今までに会ったことがあるってこと?」

「今度の相手は、透名櫻子とおな さくらこさんという女性なんだが、県でも大きな医療法人の娘なんだ。現経営主体が彼女の親で、創立者は祖父にあたるから、生粋のお嬢様だな」

「医療系かー……名杙とのパイプ、太そうやね」

 『良縁協会』全体に言えることとして、お得意様は割と限られている。

 そんな限られた顧客において、議員や会社経営者に匹敵する多さなのが、医者だったりするのだ。医局的な利害関係の清算やら、ライバルを蹴落とすための工作やら……人間関係を優位に進めたい金持ちが、こぞって名杙家に擦り寄ってくる。

 そして名杙家に選ばれた顧客のみが、円滑な人間関係を保証されるのだ。

 そのため名杙家には、自分の娘と統治を結婚させて、更に権力を盤石なものにしようと画策する医者も、決して少なくはない。今回もそんな中の1人だろう。

「嫌なら断ればよかやんね。今までだってそうしてきたっちゃろう?」

「それは、そうなんだが……彼女は、その……おかしいんだ」

「……」

 言葉を選んだつもりなのかもしれないが、それでも大分ヒドい。

 ユカは分かりやすいジト目を向け、デリカシーのない同僚に苦言を呈することにした。

「おかしいとは……随分失礼な言い方やね。統治がそう思う何かがあったと?」

 統治が理由もなく他人に対して失礼な物言いをするとは思えない。ユカが注意深く尋ねてみると、彼はコクリと首を縦に動かしてから、その理由を語り始めた。

「実は、GW中に名杙や懇意にしてくれる家の人間が集まって、食事会が開催されたんだ。その時に久しぶりにお会いしたんだが……」


 それはさる5月5日、名杙本家……に隣接する別邸にて開催された、立食パーティーでのこと。

 統治の元には多くの未婚女性が集まって、特に中身のない話――今はどんな仕事をしているのか、今日は良い天気ですね、この着物どうですか、等――をしていたが、その輪をかき分けるように、1人の女性が近づいてきた。

 艷やかな黒髪は背中を覆い隠す長さで、何も飾らなくとも美しく風になびいている。

 色が白い肌に、ぱっちり開いた目。口に引いた紅が彼女の白さをより際立たせていた。

 紫を基調とした上品な和装を慣れた所作で操り、背筋をシャンと伸ばして歩く姿は、普段から着慣れていることを物語っている。まさに、『生粋の大和撫子』と呼ぶに相応しい様相だった。

 現に、彼女のオーラに圧された女性数名が、そそくさと統治の側から離れている。残りはその場から動かずとも、先程までマシンガンのように喋っていた口を閉ざし、彼女の動向を見守っている様子だ。

 統治の前まできた彼女は、頭一つ分背が高い統治をチラリと見上げたのち、深くお辞儀をする。

 そして、顔を上げて……百点満点の笑みでこう言った。

「――お久しぶりです、名杙さん」

 鈴を転がしたような心地よい、上品な声色。統治は必死で脳内データベースを検索し、ある人物を呼び出す。

「君は……確か、透名さんのところの……」

「はい、櫻子と申します。2年ぶりくらいになりますでしょうか。本日はお招きいただきまして、ありがとうございました」

 統治も一応は名杙という名家の人間なので、一応、数回会ったことがある人物は思い出せるようにしているのだ。これでも。今回はちょっと怪しかったけど。

 決してグイグイきているわけではないのに、いつの間にかスルリと懐に入り込んでいる、彼女にはそんな不思議な素質があった。だから、印象に残っていたのかもしれない。

 統治は改めて櫻子を見下ろし、息をついて肩をすくめた。

「親同士がやっていることです。お互い、付き合うのも大変ですね」

「そうですね」

 櫻子はそう言って、統治の近くにいる女性たちを一瞥する。

「あと、折角の歓談を邪魔してしまい、申し訳ありませんでした。名杙さんには今月お世話になりますので、どうしても一言、ご挨拶をしておきたくて」

「ご挨拶……?」

「はい」

 櫻子は再び統治を見つめると、何の悪意もなくこう言い放った。

「名杙さんとは今月、お見合いをさせていただくことになりました。家どうしのしがらみもあるかと思いますが、お付き合いくださいませ。私も家のために名杙さんの妻になって、透名の家をより盤石にしたいと考えていますから」

「……」

 家のためと堂々と宣言され、どう答えればいいのか……彼女が踵を返して軽快な足取りで去っていくまで、何も浮かばなかった。


 話を聞いたユカは、素直な感想を口にする。

「……これは、古そうに見えて実は新しいパターンやね」

 まさか21世紀にもなって、言葉をオブラートに包まず、最初から「家のため」と言い放つ大和撫子が現れるとは。

 ユカの言葉を受けた統治はため息をつき、どこか遠くを見つめて呟いた。

「やはりそう思うだろうか。俺も……相手の態度から同様のことを察することは多かったが、面と向かって、しかも見合い前に口に出されたのは初めてだ」

「うーん、見方によっては相当失礼やけんが、気が乗らんなら彼女の態度を理由に断ってもいいと思うけど……統治、何が引っかかっとると?」

 普段の統治ならば、無言で見送った後に「……あれは、無理だ」と判断して静かに断りそうなものなのに。

 首をかしげるユカに、統治がその理由を口にする。

「彼女とは何度か会っているし、これまでにも立ち話程度ならしたことがあるんだが……あんな嫌味な物言いをするような女性ではないはずなんだ」

「それは、統治の近くに他の女性がおったけんやなかと? 宣戦布告というか、牽制というか……」

「だとしても、俺の心象まで悪くするようなことを言う意味が分からない。週末に一度会って、その真意を聞きたいと思っている。もしもこれが無自覚ならば……釘を差しておいたほうがいいかもしれない」

 ボソリと呟いた統治は、脇に置いていたミネラルウォーターのボトルをあけて、中身を少し飲み込む。

「なるほどねぇ……そもそも、彼女の家はどんな家なん?」

「彼女も彼女の家も『縁故』ではないのだが、透名の家は名杙の事情を知った上で接してくれている。現にこれまでも何人か、透名の運営している病院で『縁故』の能力がある人物を名杙に紹介してくれているから、名杙としても透名家との縁は強めても問題ないと思う。それに、俺の曾祖母が彼女の家の病院でお世話になっているんだが、とても良くしてもらっているんだ」

「結局、互いの利害は一致しとるってわけか……まぁ、若い男女なんやし、どこかで気軽にお茶でも飲むのはいいっちゃなかと?」

「俺もそう思っている。ただ……」

「ただ?」


「……若い女性と2人で、どこに行けばいいのか、全く見当がつかないんだ」


「……」


 ユカは内心、「そげなこと知らんよ九州◯ォーカーでも読めよ」と毒づいたが、目の前で真剣に頭を抱える統治には、そっと本心を隠すことにした。

「それやったら、政宗に聞けばいいっちゃなかと? ほら、色々知ってそうやん?」

 我ながら的確な人選だと思って胸をはるユカだったが、統治は瞬時に首を横に振る。

「佐藤が詳しいのは居酒屋かバーだ。彼女とは日中に会うし、さすがに不適切だろう」

「政宗ってこういう時使えんよね。じゃあ、里穂ちゃんにでも聞いてみれば? 同性だし。JKだし」

「相手の彼女は20歳を超えた女性だ。女子高生の感性を信じていいものかどうか……」

「……」

 「コイツ面倒くせー」という心の声を喉の奥にとどめ、ユカは少し考えた後……当然の疑問を口にする。

「っていうか、仙台にやってきてまだ1ヶ月程度のあたしが、仙台のデートスポットに詳しいとか本気で思っとると?」


「…………あ。」


 目を見開いて脱力した統治の肩から、イヤホンがずるりと滑り落ちた。


「統治、素直に白状せんね。単純にあたしが一番彼女と年齢が近いって理由だけで聞いたやろ?」

「……その通りだ」

 ダラリと垂れ下がったイヤホンを首にかけなおしつつ、統治が苦い顔で、本日何度目なのかカウントを諦めたため息をつく。

 ユカは「そんなことだろうと思った」と表情で訴えてから、足を組み替えてジト目を向けた。

「ったく……慣れなことで煮詰まったのはしょうがなかけど、もうちょっと考えんねよー」

 頬を膨らませて苦言を呈するユカに、統治は苦笑いを浮かべ、もう一度、息をつく。

「……まだ、一ヶ月なんだな」

「そうだよ。何を改まって……」

「……いや、俺が勝手に、随分長いこと一緒にいるように感じていたんだ。実際の付き合いを考えると長い部類に入るのかもしれないが、こうして一緒に働いている時間は、まだ短いんだな」

 ここ1ヶ月で、彼の周辺も大きく変化している。

 名杙直系である桂樹の暴走に巻き込まれ、囚われの身になったり、彼自身の構成に必要な『因縁』を奪われたり……自分ではどうしようも出来ない事に巻き込まれてきた。

 あの時の自分は、何も出来なかった。桂樹のことは昔から知っていたのに、暴走の兆候さえ掴むことが出来なかった。だからこそ、将来の伴侶となる(かもしれない)女性に関しては、自分に出来ることをやった上でしっかり見極めたい。

 そうしないと、相手にも失礼だから。

 以前よりたくましくなった横顔を眺めつつ、ユカは1人、天井をあおぐ。

「結婚……かぁ」

 日本の晩婚化が進んでいるとはいえ、統治も政宗も独り立ちした成人男性なのだから、いつ、そんなことになってもおかしくない。

 ただ……。

「あたしは……無理だなぁ」

 少なくとも自分は……まだ、それどころではないけれど。

 統治よ……宮城・仙台の情報に困ったら、「せんだいタウン情報 S-style(http://s-style.machico.mu/)」とか、「大人の情報誌 りらく(http://www.riraku-sendai.co.jp/)」を参考にすればいいと思うよ。

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