エピソード1:名杙心愛は優秀である……?③
そして、5月3日、連休初日の午前11時過ぎ。天気は見事な五月晴れ。
ユカ、統治、政宗の3人は、政宗が運転する車で、非常に見晴らしの良い観光スポットを訪れていた。
「うわぁっ……!!」
眼下に広がる杜の都を見下ろし、手すりを握る手に力が入る。
ここは、仙台城址。伊達政宗が建造し、廃藩置県・廃城令までの約270年、この土地を収め続けた場所である。現在は国の史跡にも指定されており、仙台市、宮城県でも随一の観光スポットでもある。
青葉山にあるため、「青葉城」と呼ばれることも多い。そして、高台にあるため非常に見晴らしがよく、今日のように晴れていれば仙台の市街地から仙台湾までを一気に見渡すことも可能だ。
お城そのものは明治以降から徐々に消失しており、今日に至るまで本丸御殿等の復元はなされていない。ただ、観光客向けの城を守った石垣は現在も残されており、よくもこんなに高いものをこんな山の上に造ったものだ……と、先人の努力をしみじみと感じることが出来る。
広場と展望台が整備されているこの場所は、連休初日なので人出も多く、観光客らしき団体から、制服姿の学生、家族連れまで、各々が眺望や伊達政宗騎馬像等を堪能していた。
勿論、ユカもそんな観光客の1人として、純粋にこの場所を堪能している。今日は長袖シャツに7分丈のスキニーパンツ、足元はハイカットのスニーカーという動きやすさを重視した服装だ。勿論、いつものキャスケットが風に飛ばされないよう、しっかりと対策済みである。
「天気が良くて良かったー!! 景色、思った以上に凄かね」
弱い風に髪をなびかせ、しみじみと呟くユカ。隣に立つ統治も眼下を見下ろし、「そうだな」と賛同する。
今日の彼は襟付きのシャツに迷彩色のチノパン、足元はアウトドアメーカーのショートブーツ、背中にはワンショルダーの黒いカバンというラフな格好だが、細身で身長も高いので、着こなしには店頭でディスプレイされているかのような完成度がある。要するに似合っている。
「久しぶりに登ってきたが……やはり、ここは良い場所だ」
そう言って目を細める横顔は、普段のポーカーフェイスが少ーしだけ崩れていて隙があるように見えなくもないし、普通の女性ならば思わずドキッとしてしまうかもしれないシチュエーションなのだけど……悲しいかな、今、彼の隣にいるのは、そういう感性に興味も関心もない女性だった。
現に、既に統治の方を見ておらず、周囲をせわしなくキョロキョロと見渡している始末。
「本当、こげな山の上にお城を作るげな信じられん、って……あれ、そういえば統治だけ? 政宗は?」
「トイレだ」
刹那、ユカの眉間にシワが寄る。
「なんだ。離れるならジュースくらい頼めば良かった」
「買ってくるか?」
自動販売機や売店がある方を指差す統治に、ユカは首を横に振った。
「んー、いいや。それよりも統治、伊達政宗の像と一緒に写真撮ってー♪」
そう言いながらニヤニヤした笑顔でパーカーのポケットから自分のスマートフォンを取り出し、統治に手渡す。
そして、不意に人の流れがなくなった伊達政宗騎馬像の前まで小走りで移動して、両手を大きく上げてポーズを取った。
慌ててスマートフォンのカメラを起動させ、距離感を計る統治。騎馬像の全景を捉えようとすると、今よりも更に後ろに移動しなければならない。
「統治ー、よかー?」
「あ、ああ……撮るぞ」
統治の手元でシャッター音が響く。彼の動きで撮影が終わったことを悟ったユカが、撮影した写真を確認する統治の元へ駆け寄ってきた。
「ちゃんと撮れた?」
「確認してくれ」
そう言ってスマートフォンを返却する。ユカは画面を覗き込み、「うむ」と一度頷いた。
「良かろう。統治も写真撮る?」
「いや、俺は別に……」
「えー? 折角やけん、一緒に撮影しようよ」
有名観光地ということでテンションが高いのか、いつもより積極的なユカに、統治は少し困った顔で、助けを求めるように周囲を見渡した。
「だが……佐藤が戻って来てないぞ」
確かに。そろそろ戻って来ても良い頃合いなのだが……広場の隅に設置されている公衆トイレに視線を向けたユカは、口を曲げてため息をひとつ。
「むー……政宗、トイレに時間がかかりすぎじゃなか!?」
「人が多いんだろう。仕方が……」
仕方がない、そう言いかけてトイレの方を見た統治が……何かを発見して、言葉を区切った。
「統治?」
彼の異変に気付いたユカが首を傾げる。
統治はある一定の方向を見つめたまま、何かを確認するように目を細めた。
「あれは……心愛?」
「え? 心愛ちゃん?」
予想外の人物の名前に、ユカも慌てて統治と同じ方へ視線を戻し……人が行き交う中、何やら立ち話をしている政宗と学生、その脇に立っている心愛を見つけて、目を丸くしたのだった。
「――あ、統治さんじゃないですか! やっぱりいらっしゃっていたんですね!!」
近づいてきた統治に最初に気がついたのは、政宗と話をしていた彼だった。
明らかに学生服姿で年下の彼は、私服姿の――Vネックシャツの上からグレーのパーカーを羽織り、濃紺のジーンズにスニーカーという格好の――政宗と一緒にいると、傍から見れば歳の離れた兄弟のようにも見える。
よく通ってハリのある彼の声に、政宗と、彼に隠れて最初は見えなかった心愛も、ユカと統治に気が付く。そして……高い位置のツーテールを揺らす制服姿の心愛が視線をそらし、一度、面倒くさそうなため息を付いた。
「……やっぱりいたんだ。最悪」
愚痴混じりの独白は誰にも聞こえず、周囲の喧騒にかき消される。
ユカが心愛に声をかけようかと口を開いた瞬間……自分をまじまじと見つめている彼と、先に目が合った。
彼もまたブレザータイプの制服を着ており、すっきりと切りそろえられた髪の毛と好奇心旺盛な瞳が、歳相応の少年っぽさを感じさせている。
……この人は一体誰だろう。互いが互いをそう思っている眼差しが交錯し……先に動いた彼が、隣にいる心愛に尋ねる。
「ねぇ名杙さん、この子……名杙さんの妹さん?」
「違います」
ユカがいつも聞いているよりもワントーン低い声で返答した心愛は、統治と政宗を交互に見やり……再び、面倒くさそうなため息をつく。
「その、彼女は……名前は山本結果さん。確かしきょっ……ま、政宗さんの親戚の方……ですよね?」
そう言って政宗に苦笑いを向ける心愛。政宗とユカは一瞬視線を交錯させて……打ち合わせを終える。
「そう、そうなんだよケッ……ゆ、ユカは、その……色々あって、今は親戚の俺が一時的に保護者代わりをしているんだ」
政宗の言葉で自分の立場と設定を完璧に理解したユカは、彼に向けてペコリと頭を下げた。
「初めまして、山本結果です。えぇっと……で、こちらはどなた……?」
誰でも良いので教えて欲しくて言葉を投げると、心愛が彼に手を向けて、ようやく紹介してくれる。
「彼は……心愛と同じ学校で一つ年上の、島田勝利先輩」
普段とは声音も口調も変える心愛に違和感があったものの、それ以上に……。
「初めまして、島田勝利です!!」
彼の勢いが凄い。
滑舌よく自己紹介をした彼――勝利は、不自然に笑う心愛・政宗・ユカに首を傾げつつ、改めてユカをマジマジと見つめた。
「政宗さんの親戚の方とは……そうですね、政宗さんを訪ねてしまう気持ちは分かります。頼りになる人ですからね!!」
「は、はぁ……?」
1人でヒートアップしている勝利にユカが若干引いていると、ユカの隣に立つ統治が、目の前で何度目か分からないため息を付いている心愛を見やり、ここにいる理由を尋ねる。
「心愛達こそ、ここで何をしているんだ? 今日は確か、生徒会で学校に行ったと聞いていたが……」
刹那、心愛の眼差しが面倒くさそうに統治を睨み……すぐに視線をそらす。
そして、どこか他人行儀な口調で理由を説明した。
「お兄様の言うとおり、今日は生徒会の用事でここに居ます。今日は校外研修で、他の学校の生徒会と一緒に仙台市内を回ってて……ほら、島田先輩、そろそろ集合時間ですよ」
心愛は、可愛い腕時計をつけた右腕を勝利の眼前にかざす。それを見た勝利が目を見開き、居住まいを正して政宗を真っ直ぐに見つめた。
「では……僕達はそろそろ失礼します。政宗さん達も楽しんでくださいね!!」
笑顔でそう言ってビシっとお辞儀をしたかと思えば、綺麗に回れ右をして、駐車場がある売店の方へ歩いて行く。
ユカは、嵐のように一瞬で去っていった彼の後ろ姿と……ペコリと静かに会釈をして勝利を追いかける心愛の背中を見送りつつ、目の前で安堵の息をつく政宗を見上げた。
「何というか……勝利君、だっけ。過去に何かあったと? 随分政宗を信望しとるっぽかったけど……」
首を傾げるユカを横目で見やり、政宗は苦笑いを浮かべ、思いつく理由を説明する。
「勝利君が6年生の時、突発的に『縁』が見えるようになってしまったことがあるんだ。確か……そうだ、桂樹さんが学校で見つけてきた子だったな」
当時のことを思い出したのか、政宗が目を細めて、懐かしむように話を続ける。
ちなみに『桂樹』とは、統治のイトコ――統治の父親の弟の息子――であり、以前は名杙の仕事の傍ら、非常勤でスクールカウンセラーの仕事もしていた。現在は名杙から離れざるを得なくなってしまったのだが……勝利は桂樹がまだ名杙にいた頃に見つけた、中途覚醒者だったのだ。
「その時の勝利君を、とにかく実績が欲しかった俺が担当したんだ。彼が散々悩んで解決出来なかった問題を一瞬で解決した俺は、一種のヒーローというか……救世主のような立場になってしまったんだろうな。変わりがないかどうかを定期的に面接していることもあって、進路や勉強の相談にものったりしてる。要するに、頼れる近所の兄ちゃんって立ち位置だな」
「政宗が頼れるお兄ちゃん、ねぇ……」
一通り話を聞いたユカが、政宗にジト目を向ける。
「……何が言いたい、ケッカ」
「べっつにー。仙台でのあたしの立ち位置が、政宗の遠い親戚ってことが分かっただけー。でも、そういう大事なことは事前に教えてもらえると、政宗は頼れるお兄ちゃんだなぁって実感出来るよねー」
「ぐぬぬ……」
悔しそうな表情を浮かべる政宗はとりあえず放っておいて、ユカは、移動して小さくなった心愛の背中を見つめた。
これまで自分に向けられていた彼女の態度と、先程までの彼女の態度が……全くと言っていいほど違ったからだ。
驚くと同時に、心愛の処世術に安心している自分もいた。学校でもあんな……ちょっと上から目線で高飛車な態度ならば、友人も少なく、不要な敵も作ってしまいそうだと思っていたから。
ユカは視線の定まっていない統治を見上げ、彼の服をちょいちょいっと引っ張った。
「統治、どげんかしたと? なんかボーッとして……」
「あ、ああ……いや、別に……」
我に返った統治が、ほとんど見えなくなった心愛の背中を目線で追いかけて……息をついた。
「それにしても、心愛ちゃんってあたし達以外の前ではしっかりしたお嬢さんなんやね。びっくりしたよ」
「そうだな……4月から生徒会活動に参加するとは聞いていたが、ちゃんと出来ているようで安心した。ただ、山本に対してはいつも不躾な態度で接していると思う。すまない」
「いや、謝らんでいいよ。あたしは、あのちょっと生意気な心愛ちゃんが好きやけんね。統治に対してもそげんやろ? ああいうのを内弁慶っていうんかな……」
「いや、俺には特に――」
「――おいおい、長話は後で、どこか落ち着いてからにしようぜ。まずは青葉城見学が先だろ?」
統治とユカの間に割って入った政宗が、自信満々に伊達政宗騎馬像を指差した。
「ほら見ろケッカ! あれが仙台藩主・宮城の名将・伊達男筆頭・俺の名前の由来にもなった伊達政宗だ!!」
ユカは冷静に、自分のスマートフォンの画面を見せつける。
「あ、それさっき見てきた。写真も撮ったよ」
「統治ー統治ー、ケッカがつーめーたーいー……」
わざとらしく泣き顔を作って、統治にまとわりつく政宗。
そんな彼を無造作にあしらいつつ……どこか晴れない表情の統治が、ユカは少し気になっていた。
仙台といえば青葉城!! 仙台城と呼ばれることも多いようですが……ここでは青葉城と呼ばせてください。(参照:「仙台城」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%99%E5%8F%B0%E5%9F%8E)
山の中腹にあるお城なので、天気が良いと本当に見晴らしがいいです。緑の向こうにある都会は一見の価値アリでございます!! あと、恐らく一度はテレビや雑誌で皆さんの目にしたことがあるであろう、伊達政宗騎馬像は思ったより高い位置にありますので……下から見上げると割と遠いです。
仙台でも超メジャー、屈指の観光スポットなので、常に人は多いですが、広場が広いのであまり気にならないと思います。地下鉄も開業してアクセスしやすくなりましたし、おもてなし集団の伊達武将隊もいますので、仙台におこしの際は、是非、足を運んでみてくださいね。




