表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/25

エピソード1:名杙心愛は優秀である……?①

挿絵(By みてみん)


 名杙心愛(なくい ここあ)は、在籍している秀麗(しゅうれい)中学内でも優秀な生徒の1人である。

 実家が由緒正しき旧家ということもあり、話しやすい気さくさはあるものの、身のこなしにはどこか上品さが漂う。

 品行方正、成績優秀であり、リーダーシップもあるため他生徒からの信頼も厚い。今年は新たに生徒会の会計役としても学校に貢献しているため、教師からも強い信頼を得ている。

 そんな彼女は誰からも疎まれることなく、日々、多くの友達と楽しい中学生活を送っていた。


 ……そう、学内では非常に優秀な生徒だった。しかし、それがひとたび学外になると……。



「むー……相変わらず心愛ちゃんは逃げ腰なんよねー……」

 4月も最終日、世間的にはゴールデンウィークの話題で持ちきりになる今日このごろ。

 平日の14時過ぎという昼下がりなので、仙台駅の近くにある『東日本良縁協会 仙台支局』にて、山本結果(やまもと ゆか)――ユカは通常業務中。今日は特に『遺痕』の『縁』を切る予定もないので、書類作成等の事務作業に追われていた。

 ちなみに今、『仙台支局』内にはユカと統治の2人のみ。政宗は外回り中である。

 今日は華蓮はお休み。彼女(名目上)がやって来れば、ユカが途中で嫌になって絶賛放置中の経費の集計作業(締め切りは本日中)を丸投げして、別の報告書に取り掛かれるというのに。

 今、ユカが作成している書類は、自分が担当している後輩・心愛と華蓮(かれん)の来月分の研修予定表だった。作成したこれを上司である政宗に見せて意見を仰ぎ、修正などを加えて実行していく。具体的なスケジュールについては、2人とも学生のため流動的になってしまうが、来月までにどこまでを目標として、そこに達するには何をすればいいのか、等を記載していくのだ。行き詰まっているけど。

 心愛に最初の頃のような、『痕』・『遺痕』に対する強烈な拒絶反応こそなくなったものの……未だに心の何処かでは『痕』に対する根強い恐怖心があり、それを完全に払拭出来ないまま、開き直りだけで仕事を続けているような状態だ。

 これを一概に悪いとはいえない。心愛が抱えているトラウマはたった数回の仕事で乗り越えられるようなものではないし、以前を考えると、彼女は彼女なりに大分頑張っているのだ。

 でも……先日は『遺痕』と対峙してから仕事を終えるまでに1時間かかっている。この時間は、心愛が開き直る覚悟を決めるまでの時間だ。通常ならば15分、心愛の実力ならば5分で終わるのに……と、付き合わされているユカが思っているのも事実。

「このままじゃ……『初級縁故』の試験、地味にヤバイかもしれんねぇ……」

 作成した書類のデータを上書き保存しつつ、ユカはボソリと呟き、頬杖をついてため息1つ。

 そんなユカの正面で別の仕事をしていた名杙統治(なくい とうじ)が、パソコンの隙間から顔を出す。

 長時間のパソコン作業に伴い、ブルーライトをカットする眼鏡をかけている統治は、先の事件で『因縁』が戻って来てから無事に名杙家に復帰、今は塩竈(しおがま)の実家から電車でここまで通っている。

 先の事件の主犯である桂樹がいなくなったことで、成人している本家筋である彼の元にも多少の影響はあった様子だが……本人は特に態度も表情も変えることなく、『仙台支局』にいる間は、リリースが遅れてしまったアプリの調整に没頭していた。

「山本……心愛がどうかしたのか?」

 どうやら、先ほどの呟きが聞こえていたらしい。普段は感情を悟らせない、無表情でいることも多い統治だが、今はどこか心配そうな、それでいて身内が迷惑をかけて申し訳無さそうに……見えなくもない。

 隠すようなことでもないので、ユカは自身のノートパソコンの蓋を閉じてから、苦笑いで肩をすくめた。

「んー……まぁちょっと。ほら、5月って『初級縁故』の試験があるやん? 出来ればそこで心愛ちゃんを合格させたいって思っとったっちゃけど、ねー……」

 『縁故』――人間同士を繋ぐ『縁』に干渉し、切ったり結んだりして生計を立てる、また、『遺痕』という死んだ人間の『縁』を切って、この世の循環を整える人々のこと――の中でもその能力に応じて5つの資格があり、持っている資格に応じて給与や待遇、権限が異なっている。

 この『仙台支局』のように1つの部署を任され、正しく運営していく、取得が最も難しいとされている最上位資格が『統括縁故』と呼ばれている。これは、ユカの目の前にいる統治と、今はこの場にいない政宗が取得している。

 次は、ユカが取得している『特級縁故』。この資格を持っていれば、自分の裁量で『遺痕』の『縁』を切ることが出来る。

 その下に、『上級縁故』『中級縁故』『初級縁故』と続いており……『初級縁故』は『縁故』として今後も働く場合は、絶対に取得しなければならない必須項目だった。

 とはいえ、この試験はそこまで難しいものではなく……『特級縁故』以上を取得している3名の推薦と、試験日までに5件以上の実績、そして、簡単な筆記試験と試験官の前で1人で『縁』を『切って』みせる実技試験をクリアする必要がある。

 心愛の場合、推薦文はユカ・政宗・里穂の父親――心愛の親戚となる成人男性。統治はさすがに関係が近すぎるので認められず――の3名が揃っているし、実績もこれまでに2件獲得している。このペースならばあと1ヶ月で3件処理するのは決して難しい数字ではない。筆記試験も、今の心愛であれば余裕でパス出来るだろう。

 ただ……問題は試験当日の実技試験だ。推薦人と試験官の重複は『中級縁故』まで認められているため、恐らく心愛の試験官は政宗が行うことになるだろう。しかし、いくら多少甘い採点になったとしても、1件処理するのに1時間は時間がかかりすぎなのだ。どれだげかかっても15分が限度というところだろうか。

 しかし、5月を逃せば次の試験は10月になってしまう。心愛は能力的には申し分のない実力者だ。『初級縁故』に合格しなければ成功報酬も発生しないし、何よりもユカがずっと付き添わなければならなくなるので……ユカとしても早く合格して独り立ちして欲しい。

 でも、ここで無理に急かしてしまうと、心愛自身が潰れてしまうことにもなりかねない。

 心愛とユカはまだ、1ヶ月にも満たない付き合いなので……グイグイ押すべきか、一旦引くべきか、ユカは判断に迷っていた。

 そこで、こちらを心配そうな眼差しで見ているお兄ちゃんこと統治の意見を聞いてみることにする。

「統治はどげん思う? 心愛ちゃんにはまだ早すぎるやろうか……?」

 手元に置いていたカップの中、すっかりぬるくなってしまったコーヒーをすすりつつ尋ねるユカに、統治はしばし考えこみ、正直に首を横に振った。

「俺には……分からないな」

 分からない、意外なその答えにユカは目を丸くして、その理由を問いただす。

「分からんって……どういうこと? 自分の妹のことなのに、ちょっと無関心すぎるんじゃなかと?」

 ユカのジト目から静かに目をそらす統治は、どこか寂しそうに、答えの理由を呟いた。

「俺は……正直、ここ数年はあまり心愛と落ち着いて話をしていないと思う。俺が心愛の修行に反対していたことは、本人が一番分かっているからな」

「へ? そうなの?」

 正直、少し意外だった。先日の件では、心愛は最初こそツンツンしていたものの、最終的には統治に甘えたりツッコミを入れたり、と、比較的に仲が良い雰囲気で接していたのだから。

 家族がいないユカには分からない感覚に首を傾げると、統治は頭の位置を自身のパソコン正面に戻し、ユカから顔を見えなくして、言葉を続ける。

「年が離れた異性の兄妹の関係としては、正常の範囲内だと思う。とはいえ、俺も仕事が忙しいこともあって……心愛に向き合う余裕もなかったのが正直なところだ」

「ふーん……まぁ、そんなもんなんかねぇ……」

 ユカは気のない返事を返しながら、新しいコーヒーを注ぐために空にしたカップを持って席を立ち、彼女の席の後ろ、冷蔵庫の上にあるコーヒーメーカーのポットに手を伸ばした。

 次の瞬間、入り口の扉が開き……ジャケットを手に持った男性が入ってくる。

 彼――佐藤政宗(さとう まさむね)は、ここ『東日本良縁協会仙台支局』を束ねる長であり、ユカや統治とは旧知の仲。そして、ユカが仙台で働く元凶を作った人物だ。

「ただいまー……お、ケッカ丁度いい、俺にもコーヒーをくれ」

 自席に上着と荷物を置いて笑顔を向ける政宗に、ユカは満面の笑みで空になったポットを掲げる。

 ちなみに、政宗がユカを『ケッカ』と呼ぶのは、ユカの名前を漢字で書くと『結果』となるから。彼はユカと初めて会った10年前から、変わらずにそう呼び続けている。

 そして今……この『ケッカ』呼びは、『仙台支局』関係者の間でジワジワ浸透中。

「あ、政宗丁度いいところに。ちょっと相談があるけん時間頂戴。あと、コーヒーはあたしの分で終わりやけんが、自分で何とかしてね」

「外回りを頑張った俺をもうちょっと労ってくれていいんだぞ……」

 ガクリと肩を落とす政宗がちょーっとだけ可哀想になったユカは、渋々コーヒーメーカーに水とコーヒー豆をセットして、抽出開始。その間に中身の入ったカップを持って彼の席に近づき、椅子に座ってパソコンを起動している彼の脇にを置いた。

「ハイハイお疲れ様。これでよければ、先に飲んでよかよ」

 ユカの至極珍しい気遣いに、政宗は目を見開いて真顔で彼女を見つめる。

「助かるが……どうした? どこか痛いのか? また俺に牛タンを奢らせたいのか? カビが生えているのに気付かずに腐ったずんだ餅でも食べたのか? まさか……生活に困って金でも貸して欲しいのか?」

「ちょ、ちょっと失礼じゃなかやか……?」

 どこまでも真面目に尋ねる政宗に、ユカは腕を組んで大きなため息を付いた。

「政宗のカフェインが切れると面倒やけんね。それにそのコーヒー、煮詰まって渋いし」

「ヲイ」

 ユカの真意――自分は淹れたての美味しいコーヒーを飲みたいからそれをあげる――を察した政宗がジト目を向けるが、ユカはそれを無視して、机上にある卓上カレンダーを手に取り、4月から一枚めくる。

「んで政宗、心愛ちゃんの来月のスケジュールのことなんやけど……『初級縁故』の試験、どう思う?」

「あぁ、そういえば5月の……最終土曜日だったな」

 ユカが見せた5月のカレンダーを一瞥した政宗は、起動したパソコンを操作してメールをチェックしつつ……苦い表情になった。

「正直なことを言えば、名杙の直系である彼女にとって、『初級縁故』は当然一度でクリア出来ると思われている試験だ。もしもそこで失敗したとなれば……名杙家的にも面目が潰れるだろうし、彼女を落とした試験官にもいいことはないだろう。だから、確実に合格させられるタイミングで受けさせたい」

 ちなみに、彼女を落とした試験官=自分(政宗)として話を進めている。名杙直系の昇給試験なんて誰もやりたがらない仕事なので、統治とも心愛とも親しい自分に回ってくることは、政宗も覚悟の上だった。

 カップに入っているコーヒーのように渋い表情の政宗に、ユカの不安は募るばかり。

「じゃあ、5月じゃなくて10月にするね?」

「しかしなぁ……『初級縁故』なんて、小学生でも一発合格出来る内容だぞ。いくら4月から本格的に始めたとはいえ、10月まで引き延ばすのも、対外的に良い印象じゃないんだよなぁ……」

「煮え切らん答えやね……結局、どげんするのがいいと思っとると?」

 ユカの問いかけに、政宗は満面の笑みでユカを指差した。

「そこで、ケッカが頑張って心愛ちゃんの実力を伸ばして、来月の試験に合格するのがいいと思うんだ!!」

「あたし任せかいっ!!」

 思わず強くツッコミを入れてしまう。そんなユカに政宗は両手を眼前であわせ、上目遣いで彼女を見つめた。

「俺を助けると思って頼むよー。ここで心愛ちゃんが一発合格出来れば、『仙台支局』の立場もしばらく安泰なんだって」

「は? 立場も安泰……ってどういうこと?」

 訝しげな表情になるユカに、政宗はチラリと統治を一瞥してから……コーヒーの入ったカップを手に取り、一口すすって顔をしかめる。

「……うぇ、渋い」

「そげなこと聞いとらんよ。ここ、なんかヤバかとね?」

 真面目な表情で詰め寄るユカに、政宗はもう一度統治を見やり……彼が止めに入らないことを確認してから、言葉を続ける。

「ケッカには話しておかないとな……この『仙台支局』は、『東日本良縁協会』の中でも新しい組織だ。そしてトップは、名杙家でも名雲家でもない俺ってことになってる。一応統治がいるからある程度の信頼を得ているが……一部の名杙や『良縁協会』を深く知る人の中では、当主が息子の友達にそそのかされて作ったお遊びの組織だ、なんて言われてんだよ。いくら塩竈に名杙本家があるとはいえ、仙台は東北の中でも中心と言える町だから、この町や地域を任されたかった人も、決して少なくはないんだ」

 今でこそ、何とか黒字で回せるようになってきたが……ここに至るまでには笑って流せないようなことも何度かあった。

 それでも笑い、独立した大人として世間を渡り歩いてきたのは……ここにいる強固で頑固な2人の意地以外に言いようがない。先日の件をいち早く解決したことにより、殊更、名杙家における政宗の株は上昇した。

 だからここでもうひと押し、才能に恵まれながら精神的に弱い心愛の成長を目に見える形で手助けすることが、更なる信頼アップに繋がるのだ。

「なるほど……要するに、目に見える実績が欲しいってことなん?」

「それもあるが、心愛ちゃんという名杙本家の令嬢を一人前に育てることが、文句を言ってる一部への牽制になるんだ。これまでにも心愛ちゃんを修行させようとして、なんやかんや失敗してきたみたいだからな」

「ふーん……要するに、政宗は統治の顔を潰したくないんやね」

 ユカの指摘に頷く政宗は、普段通りの笑顔で改めてユカに指示を出す。

「と、いうわけで、心愛ちゃんの試験は5月調整で頼んだぞー♪」

 どこまでも人任せでお気楽な支局長に、ユカのため息は重くなるばかり。

「簡単に言うけどね……この間の仕事、終わるのに1時間かかっとるの知っとるやろ? 本当に大丈夫やか……」


 それは、数日前の18時半過ぎのこと。学校を終えた心愛が『仙台支局』にやってきて、応接用のソファに腰掛け、目の前に用意された書類に目を通していた。

「……」

 ブレザータイプの制服を着こなし、癖の強いツーテールが、呼吸をする度にふわりと揺れる。傍から見ても美少女に分類される容姿なのだが……その華奢な両肩には余計な力が入り、眉間にしわを寄せて、口をへの字に曲げていた。

 彼女の背後を漂う分町ママが、肩越しに覗きこんでいる。この分町ママは生きた人間ではなく、『痕』の中でも『親痕(しんこん)』という分類で、『仙台支局』のお目付け役兼相談役を務めている女性。今日はゆったりした黒いワンピースに身を包み、片手に日本酒の入った江戸切子を携えている。心愛がようやく恐怖心を抱かずに接することが出来るようになった、貴重な存在だ。

 そんな彼女が江戸切子を口元で傾けた後、苦笑いを浮かべて尋ねる。

「心愛ちゃん……大丈夫?」

「だっ、大丈夫!! きょ、今日だってサクッと終わらせて……終わらせる!!」

 少し上ずった声で返答する心愛に、衝立の向こうからトートバックを持って姿を現したユカが……ジト目を向けた。

「今日は何時間コースやかねー……」

「しっ、失礼なこと言わないでよ! 今日は見たいテレビもあるし、宿題だって大変なんだから、さっ……さんじゅっぷ……ううん、3分で終わらせてみせるわよ!!」

「ハイハイ、期待しとるけんね。時間も惜しいし出発しよっか。地下の駐車場で政宗が待っとるけん、今日は車で移動するけど……その『生前調書』、自分で持って行ったほうがよか?」

「いっ……いらない!! 覚えたもん!!」

 ブンブンと力強く首を振る心愛に嘆息するユカは書類を自分で手に取り、衝立の向こうにいる統治に声だけかけておく。

「じゃあ統治、ちょっと出るけんね。留守番よろしくー」

「……了承した」

 少し遅れて返ってきた低い声を確認したユカは、心愛と分町ママを連れ立って部屋の外に出た。

 エレベーターを待つ間に、ユカは心愛を横目で見やり、気になったことを尋ねてみる。

「統治に会わんでよかった?」

 刹那、心愛が大きな目を更に見開いてユカを見つめる。

「へっ!? ど、どうしてお兄様が出てくるのよ!!」

「いやー、緊張をほぐせるかなって思って。まぁ、毎日家で会っとるやろうけどね」

 自分が急かす形で出てきてしまったことにユカなりの責任を感じていたためかけた言葉だったが、心愛はカバンを持つ手を握りしめ、唇を噛みしめる。

「……て、ない……」

「ん?」

「……何でもない。お兄様だって忙しいんだから、手を煩わせる必要なんてないし……どうせ……」

 彼女が俯いて呟いた次の瞬間、エレベーターが到着する。扉が開き、心愛が率先して乗り込もうとした瞬間――


「――わっ!!」

「きゃぁっ!!」


 エレベーターから降りようとした男性と真正面からぶつかり、数歩、後ろによろめいてしまった。

 絵に描いたような出会い頭の事故、横から見ていたユカが慌てて2人のところへ駆け寄る。

「ちょっ……心愛ちゃん大丈夫!? スイマセン、って……」

 ユカがエレベーターから降りてきた男性を見上げ……次の瞬間、その見知った顔にホッとした息をついた。

「なんだ……仁義(ひとよし)君か。お疲れ様ー」

 出てきたのは、『仙台支局』とも縁がある人物・柳井仁義(やない ひとよし)。ロシア系の血が色濃く隔世遺伝してしまっている仁義は、銀色の髪と碧眼、スラリと背が高く白い肌……と、およそ日本人離れした見た目の持ち主なのだが、今日は黒い短髪ウィッグをつけており、特徴的な目の色も眼鏡で何となく隠している。服装は迷彩柄の上着と濃紺のジーンズ、持っているのは黒い縦型のトートバック……という色味を抑えた格好なので、それはもうどこから見ても普通の高校生に見えた。

 ちなみに仁義は、常に髪の毛や目の色を誤魔化しているわけではない。むしろ里穂と――彼の許嫁である天真爛漫な女子高生と、「出来るだけ外見を隠さず、ありのままの姿でいる」ことを約束しているくらいだ。

 そんな彼がこんな姿になっている時は……一仕事終えて来た時だということは、ユカも最近理解している。

 これもまた許嫁(里穂)の影響なのか、持って生まれた才能なのか……仁義は様々な情報を得ることに長けていた。その能力を生かし、まだ少し人材不足気味の『仙台支局』をサポートしているのだ。

 よろけた体勢を立て直した仁義は、閉まりそうになったエレベーターの扉を、自分の手をあてることで開いたままにしておいてくれる。

「お疲れ様です。僕の方こそ失礼しました。えっと……心愛さん、大丈夫でしたか?」

「う、うん……」

 どこかぎこちない会話は二言で終わり、心愛が逃げるようにエレベーターへ乗り込んだ。

「あ、ちょっ……!?」

「山本さんも行って下さい。お気をつけて」

 そう言って、仁義が扉から手を離す。慌ててエレベーターに乗り込んだユカは、とりあえず地下1階のボタンを押して……押し黙っている心愛をチラリと見つめた。

「心愛ちゃん……仁義君のこと、すかん……嫌いなの?」

 方言では通じないかもしれないと思って言い直すユカに、心愛は一度、首を横に振る。

「嫌いっていうか……心愛、前にヒドい態度とっちゃって……それはもう、この間謝ったつもりなんだけど……でも、あれだけでよかったのかなって……」

 それはまだ、笑い話にするには時間が足りない過去の話。

 統治や心愛がいる名杙家と、仁義の許嫁である里穂がいる名倉家、同じ血統――統治の父親の妹が、里穂の母親である――のはずなのにそれを認められられない一部の大人が、心愛をそそのかし、里穂や仁義との距離を遠ざけようとしたのだ。

 統治は既に大人だったため、くだらないと吐き捨てた妄言も……まだ全てが幼かった心愛にしてみれば、信じるに十分な内容だった。

 それを信じた心愛が里穂を拒絶し、仁義を否定し……両者の間に深い溝を作ってしまった。

 とはいえ、その溝に関しては、前回の騒動をキッカケにほぼ埋まったと思っていたのだが……心愛の中では、まだ終わっていない、『しこり』として残っている問題らしい。


 ――本当、この家(名杙家)は複雑やね。


 ユカは、心愛の横顔に隠しきれない戸惑いを感じて……それ以上、声をかけらなかった。

 本文中に出てきた昇級試験ですが、『初級縁故』が5月と10月、『中級縁故』が6月と11月、『上級縁故』が7月と12月、『特級縁故』が1月、『統括縁故』が2月という日程になっています。

 合格すると基本給や権限も上がるので、この道で食べていく人には必要な試験なのですが……そうか、政宗はもうこの歳で頭打ちなのか……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ