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プロローグ:名杙兄妹の現状

 2人の出会いは、今から約14年前。

 初めて彼女を見た時は、あまりに小さくて、儚くて、壊れそうで……触れることさえ、ためらってしまったけれど。

 生まればかりの命をこの手に抱きしめた時に感じた、何にもかえがたい高揚感と多幸感は……今でも何となく、心のなかに残っている。

 

 母は言った、彼女には『指針』になって欲しいと。

 当時はその意味が理解出来なかった。ただ、視線の先にいる彼女を見ていると、自然と、頬が緩んでしまう。心から愛しいと思う、それだけで十分だと思った。


「……僕は、名杙統治。君のお兄ちゃんだから……宜しく、心愛」


 それが、2人の出会い。

 名杙統治と名杙心愛、この家の歴史と業を背負うことになる兄妹が、初めて邂逅した瞬間だった。



 ――それから年月は流れ、統治は大人になり、心愛は中学生になった。


 明日から5月になるという4月30日、時刻は午前7時を過ぎたところ。

 宮城県塩竈市(しおがまし)にある自宅の玄関、純和風の建築物なので、土間と玄関ホールとの間には15センチほどの段差がある。身支度を終えた名杙統治は、靴を履いて職場へ向かおうとしていた。

 本日は1日内勤の予定なので、白い襟付きシャツの上からグレーのカーディガンを羽織り、ライトベージュのスラックスというビジネスカジュアルな服装。まだまだ宮城の朝晩は肌寒いので、今は上から黒いロングコートも羽織っている。足元は、これから駅まで15分程度歩くこともあり、軽量化されたスニーカーを着用していた。

 薄型ノートパソコンの入ったスリーウェイブリーフケースを右手に持った瞬間……後ろからバタバタと大きな足音が聞こえ、誰かがコチラへ向かってくるのが分かる。


「――だから、今日は朝に校門の前で生徒会のあいさつ運動に参加しなきゃいけないから、早く出なきゃいけないって言ってたでしょ!?」


 甲高い声を家中に響かせながら廊下を走ってきた彼女――名杙心愛が、ブレザータイプの制服姿で、ツインテールを振り乱し、玄関へ乱入してきた。

 そして、チラリと統治を一瞥した後……特に言葉を交わすこともなく、彼女は白いスニーカーを履いて、逃げるように家を飛び出していく。

 行ってらっしゃい、行ってきます。いくら急いでいたとはいえ、そんな朝の日常会話すらない2人である。

 しかし……むしろこれが当たり前になっているので、統治は特に違和感を感じているわけではなかった。普段は心愛がもっと遅い時間に出ることもあり、顔を合わせること自体も珍しいのだ。

 統治は以前……確か近々では2年ほど前だったかと思うが、心愛が『縁故』の――この家の家業を継ぐための修行をしたいと言った時、猛反対したのだ。

 それはただ、『縁故』という特殊能力を生業にして生きていくためには、『(こん)』や『遺痕(いこん)』と呼ばれる、人間ではない、いわゆる幽霊のような存在と顔を突き合わせていかなければならない。

 しかし心愛は、約10年前の出来事がキッカケで……そういう存在に恐怖心を抱いているのだ。

 先日、ちょっとした事件があって、少しだけ改善されたものの……それははじめの一歩にすぎない。一歩踏み出しただけで満足して立ち止まっていては、その先に続く道を歩き続けることなど出来ないのだから。

 話を戻すと、2年前の心愛は、上記のような目に見えない存在を今以上にひどく怖がっていたため……統治は「無理だ」と切り捨てたのだ。

 この結論は今もおかしいとは思っていない。しかし、心愛は自分が拒絶されたと思ったのか、バカにされたと思ったのか、その両方の感情を抱いているのか……真実は本人以外分からないが、思春期という微妙な時期も相まって、統治に対して必要以上の接触をとらなくなっていた。

 そして統治もまた、大学の論文や『仙台支局』の立ち上げなどがあり、心愛を含む家族と過ごす時間が、ほぼなかったのも事実。

 勿論顔を合わせて必要であれば話をする、けれどそれは『必要であれば』という前提条件があり、それがなければ特に話をすることがない、というのが、今の2人の関係だった。

 先日の事件――桂樹が離反し、蓮が華を生き返らせようとした――以降、少しだけ距離が縮まったように感じたけれど、それも一過性のものだったのだろう。あの事件から2週間近く経過した今は、すっかり以前と同じ状態に戻っているのだから。


 まぁ……歳の離れた兄妹なんて、こんなものだろうな。


 統治は一人で納得すると、玄関の引き戸を引いて外へ出る。

 出迎えてくれた外の空気が思っていたより冷たくて……一度、身震いした。

 『エンコサイヨウ』まさかの第2幕、今回は主に統治と心愛の名杙兄妹にスポットをあてた物語となります。

 今回から完全に話を広げるつもりで書いていますので、新キャラも出しますし、新設定も出しますよ!!

 プロローグ、前半の描写の意味はいずれ分かるはずですが……後半、朝に玄関で出会っても挨拶すらしないというクールというかドライな関係が明らかになりました。

 名杙兄妹は、前のエピソードではほぼほぼ顔を合わせておらず、終盤に心愛がさらわれてからガッツリ絡んだ……という扱いでした。ボイスドラマでは統治が若干シスコン気味だったりしますが、現在公開している音声コンテンツは時間軸が大分後の方なので(『縁故採用四重奏』はユカが仙台にいる秋の話、『季節語』は更にその後)、「どうして統治がシスコンになったのか」が明かされる物語……に、なるのかもしれません。


 まぁ、細かいことはあまり気にしないで。名杙兄妹、葛藤と決断の物語に、最後までお付き合いくださいませ。あ、勿論ユカや政宗も元気にバリバリ仕事させますよ!!

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