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第八話 国が作り出した病

「あのような作業をしただけで、こんな状態になるなんて到底思えません。主人は、そんなにヤワではありません」

「そう仰ると思いました。私も貴方と同じ立場だったら、似たような言葉を発したかもしれません」

 そう言ってミッキーはイネスから渡した紙を受け取ると、その内容を再度確認して小さく息を吐いた。

「私も、あることがなければ、ああいったことが社畜病に繋がるとは、思えなかったでしょう」

「あること?」

「この世界に来る前の話です。私の同僚に豪快な男がいました。見るからに屈強で、押しが強く、なのに気配りのできるいい奴でした。彼は真面目でよく働き、常に仕事のことを考えていました。少し完璧主義的なきらいもありましたがね。部署が離れてから疎遠になりましたが、その活躍はよく耳にしたものです。ところが、彼は会社を休みがちになり、ついには無断欠勤……」

「その方も主人のように?」

「ええ……。上司に頼まれ、彼の家を訪ねた私が見たのは、暗い部屋の隅で布団を被ってる彼でした。私は彼の変わり様が信じられず、何があったのか会社で訊いてまわりました。それで知ったのは、仕事のできる彼に仕事が集まり、仕事ができない人間の分までカバーさせられた上に、ミスをした場合は全責任を負わされるという状況に置かれていたという事実です」

 今にも謝りそうな表情で、ミッキーはナサリオを見つめた。まるで、かつての同僚に救ってやれなかったことを詫びたいように。

「精神的に強い、弱いといった問題ではありません。誰でも社畜病になり得る、これが事実です」

「まさか……。だって、ユニットは罹らないと……」

「そう言っているのは国だけです。現に、私の同僚は元いた世界で、似たような症状を発症しています」

「それは、そうですが……」

 ミッキーは一つ咳払いをした。

「話を戻して、旦那さんが置かれていた状況を整理しましょう。まず、長時間にわたる無意味な作業を強いられていました。しかも、長く働くほど評価されて次の仕事に繋がると言われ、まるで短時間で作業を終えるのが罪であるかのように錯覚させられていた。作業後には、今日の作業で後悔していることを書かせ、無理にでも反省点を見つけるよう指示を受けている……。彼は無意味な作業を長時間することの意義を自問自答し、次第に悩むようになっていった。前に教えて頂いた内容と、先の映像を合わせると、こんな感じでしょうか?」

「はい……。あと、眠れない日が続いて、食べても吐くことが多くなって……」

「それも精神的なことから来ている可能性がありますが、人の眠気を覚ますスキルの存在が確認されていますので、仕事依頼とセットで行われていたと考えていいでしょう。眠れない状態が続くと様々な悪影響が体に起こります。同じことをすれば、誰もがそうなるとは限りませんが、多くの人がこの方法で社畜病になっています」

「誰が、何の為に……」

「先に“何の為に”について、私が調べた結果をお伝えします。まず、ナサリオさんは“ガチャの廃止を求める会”に所属していた。そうでしたよね?」

「はい。ガチャで違う世界の人間を呼び寄せるのは拉致に等しいと、ガチャに反対していました。でも、彼がこのような状態になっては、ユニットなしでは生活が……」

「あなたがガチャを回すようになったことを責めているわけではありません。ナサリオさんが属していた組織を確認しただけです。この組織はガチャを推進する国にとっては邪魔な存在。でも、表だって潰すわけにもいかない。そこで、どうしたか……」

 ミッキーは室内を歩きながら語る。

「過去の例に倣ったのです。ガチャの管理を任されている労働省には、反対組織に対するマニュアルが存在します。そこに書かれているのは、無意味な長時間労働や睡眠妨害などによって、社畜病を発症させる手順です。これが“誰が”に対する答えとなります」

「嘘……」

「お見せしましょうか? 会社に置いて来てしまったので、取りに戻ることになりますが」

「いえ、結構です……今は、ちょっと……」

 イネスは頭を抱えて壁に寄りかかった。

「マニュアルが作成されたのは、ガチャの台座が発見された頃になります。このマニュアル通りに対処せよと、当時の労働大臣の名で指示されたという記録がありました。同時に、私が前にいた世界で使っていた文字で書かれた日記を見つけたのです。そこには私の同僚と同じような状態になるまでの経緯が書かれていました。おそらく、その者から社畜病のヒントを得たのでしょう。日記には自分の仕事内容をシーシュポスの岩、ドストエフスキーの地下室の手記にある懲罰のようだと揶揄していましたからね」

 それは偽名だと言っていた依頼主の名と同じだった。

「結果、社畜病によって反対派は勢いを無くし、働けば罹るという説が広がるとともに、発症の恐怖から人はガチャを回すようになった。ユニットなら発症しないという都合の良い噂が流れ、それを更に加速させていった……。この噂の流布も、彼らによるものです。そして、今に繋がる訳です。度重なる戦争で労働人口を失っていた当時のマ国としては、ガチャによる労働力の確保は必要悪だったのでしょうが、今となっては……」

 壁に寄りかかったイネスを見て、大丈夫そうか確認してから、ミッキーは話を再開した。

「今となっては、ユニット無くして成り立たない国になってしまった。ユニットはマ国の人間にはない能力を持っていて、その力をもってすれば作業効率を格段に上げられますからね。単純作業なら『反復人形』スキルで行った方が、効率がいい上に人件費も安く済む。一言で言えば、ユニットの方がマ国の人間より使い勝手がいいわけですよ。やがて、マ国の人間が行っていた仕事は、ユニットに取って代わられていく。ユニットを持たずに暮らしていた方々は辛かったと思います。まわってくる仕事が少なくなっていき、その単価も下がる一方……。そんな状況では、あのような無意味な作業であっても、生活の為に断るわけにもいかなかったのでしょう」

 ミッキーの話を聴きながら、悟は怒りのようなものが込み上げてきていた。その矛先は昔の労働大臣なのか、ナサリオを陥れた人物なのかはハッキリしなかったが、自分が何か解決しなくてはという気持ちだけが膨らんでいった。

「私は、どうすれば……」

 イネスが顔を覆って座り込む。ミッキーは近くまで行くと、しゃがんで囁きかけた。

「イネスさんは、旦那さんに寄り添ってあげてください。間違っても国に対して行動を起こしてはいけません。そちらの問題の解決は、私たちの仕事ですから」

 頷くイネスを見てミッキーが微笑む。悟は“問題の解決は、私たちの仕事”という言葉を聴き、使命感に燃えるところがあった。

「そうだ、サトル君」

 スッと立ち上がると、ミッキーは悟の肩に手を置いた。

「昨日、社畜病患者を見て、“怠けているようにしか見えない”と言っていたね」

「はい……」

「では、確かめてみるといい。君のスキル『感覚共有』で。確か、対象者と感覚を共有する能力だったよね」

「そうです。それじゃ……」

 悟はナサリオに右手を伸ばし、『感覚共有』の発動を念じた。指先から放たれた白い光が悟とナサリオを結ぶと、彼が体感しているものが伝わってきた。

 急に頭が重くなり、体がダルくなっていく。気力が萎え、頭の回転が鈍る。酷く肩が凝っていて、思うように動かせない。脇腹が不自然に硬直し、息苦しくもあった。ネガティブな感情が沸き起こり、それが頭の中をぐるぐるとまわり始める。次第に自分が無価値な人間に思え、罪の意識だけが広がっていく。

 それは、一時の気分という次元の問題ではなく、生きる力を奪われた状態と言っても過言ではなかった。悟は経験したことのない“重み”を感じて圧倒される。

「体験できたようなら、共有を解いた方がいい」

 悟は『感覚共有』を解き、元の状態に戻った。頭がスッキリとし、体が軽くなったようだった。

「社畜病って、何なんですか……」

 今まで罹った病気との違いに悟は戸惑っていた。風邪をひいて咳が出る、熱が上がるといった症状とは、根本的に何かが違っているように思える。

「何かと問われれば、病の一種としか言いようがないよ。まぁ、その辺は闘技場に行く途中で話すとしよう。イネスさん、今日はありがとうございました」

 ミッキーが礼を言うのに合わせ、社員一同が首を垂れる。イネスも立ち上がって、同じように頭を下げた。

 ナサリオが寝ている部屋から出ると、隣の部屋ではペペが瞑想をしていた。壁際に座り、静かに呼吸を繰り返す。それを見たイネスが声をかける。

「あら? どうしたのペペ」

「限定ガチャの準備です。ガチャの台座は無いですが、イメージトレーニングしてました」

「そうなの」

「部長、限定ガチャって何?」

 ミッキーの脇腹を小突いて、ネココが小声で問いかける。

「文字通り、出てくるユニットが限定されるガチャさ。美女だけが出るとか、飛行ユニットだけが出るとか、そういった類のものでね、これもスキルのうちなんだ」

「ふぅ~ん……。で、どんな限定をすんの?」

「それはモア君に訊きなさい」

 ネココは『能力解析』ができるモアを見た。モアは既にスキルを発動し、解析している最中だった。

「おっと、彼のスキルは『変人限定』だね。見かけに寄らず、なかなか奇抜な能力をお持ちで」

「そうなんですよ。召喚された日に、能力を鑑定してくれた人も、珍しいって驚いてました」

 ペペが話に割って入ってくる。

「私も初めて見たよ~。そもそも、限定能力者自体が少ないけどね。で、ペペっちも限定ガチャ企画に駆り出されるの? 変人なんて需要無さそうだけど」

「はい。今度、スコウレリアのガチャ神殿に行くことになってます。誰も回さないような気がするんですけど、仕事の依頼があったので、こうして変な人のイメージを自分なりに固めていたんです。みなさんは、どんな人が変人だと思いますか?」

 モアはネココを見て、ネココは悟を見て、悟はミッキーを見る。それぞれ、変人のイメージというものはあったが、12~13歳の子に言ってもいいものかと迷っていた。顔を見合わせていると、コブが流れるように話し出す。

「僕が思うにですね、変人と言うのは人に理解されない行動を起こされる方のことでして、倒錯した欲望のままに動く変態とは区別して然るべきかと。その行動が人に理解されなかったとしても、時間が経てば多くの人の理解を得ることもあるのが特徴です。僕のようなエリートになると……」

 話が長くなりそうだと判断したミッキーは、コブを手で横に寄せて言った。

「まぁ、基準は人それぞれだから」

 そんな一言で、変人の定義は片づけられてしまった。


 イネスの家を後にした悟たちは、留守番と書類運びをミッキーから託されたコブと別れ、闘技場へと向かって歩いていた。

 最短ルートの大通りを外れ、人通りの少ない小道に入ると、ミッキーは悟に途中まで話していた社畜病の話を再開した。

「いいかい、サトル君。社畜病について、私と認識を同じにするには、その概念を持っていなくてはいけない。例えば、病気の原因は細菌だったりするわけだが、細菌という存在を知らない者には、いくら『脳内変換』というアビリティがあっても、思ったようには伝わらない」

「はぁ……」

「マ国の地方に行けば、病気の原因は呪いや祟りだと考えられていて、祈祷師なる者が患者に唾をかけて治療と称しているところもある。そういった常識を持たれていては、『脳内変換』も意味が無いと言いたかったんだが、少しはわかってくれたかい?」

「はい」

 悟にも彼が言わんとすることはわかった。

「おそらく、君には細菌という概念があるので、先の私の言葉は正しく受け取れたハズだ。私が君に通じると思ったのは、君の見た目と名前にある」

「名前、ですか?」

「そう、名前だ。イネスさんの家で、昔の同僚の話をしただろう? 彼の名は君と同じ、サトルだった」

「えっ……」

 驚きのあまり立ち止まってしまったが、ミッキーが先を行くので追いかけて並ぶ。

「私はね、生まれた国を離れ、学生時代に留学していた国に就職したんだよ。そこで彼と出会った。君の名前と見た目から、彼のことを思い出し、同じ世界から来たのではないかと思ったのさ」

「たぶん、そうなんでしょうね……」

 マ国に召喚されたユニットは色んな世界から来ている。自分と同じ世界から来ている人がいても不思議ではない。

「前置きが長くなってしまったが、サトル君なら『脳内変換』も適切に働くだろう。社畜病とはね、人為的に発症させられた“心の病”だよ」

「心の病……」

「私は医者ではないんでね、具体的な病名は敢えて出さないが、心の病と呼ばれるものの類になる。もっとも、元いた世界の診断基準も、私には酷くいい加減なものに思えたがね」

「どうやって治すんですか?」

「元いた世界では方法が幾つかあってね、よく知られているのは休養や投薬、心理療法辺りだろうか。電気や磁気を照射するという方法もあるがね。原因が突きとめられていないから、様々な仮説に基づいて色々行われてるわけさ。例えば、神経伝達物質の不足が原因だ、とかね」

「薬は……無理ですね。マ国では」

「そうだね。だが、代わりにスキルやアビリティがある。薬の効果と同じ働きをする能力があれば、投薬治療に近い効果が期待できるだろう。何より、薬とは違って副作用がなければ、薬をやめた時の離脱症状もない。というわけで、能力による治療の準備も進めているわけさ」

 その発想は悟に無かった。病気を治す能力は無いという定説のお陰で、思考が麻痺していたのかもしれない。考えてもみれば当然だ。病気によって症状が違うのに、同一の能力で何でも治ったら奇跡としか言いようがない。薬だって症状によって飲み分けているのだから、一種類の能力にすべてを託すのは間違っている。

「薬代わりになる能力が見つかれば、治せそうですね」

「ん~……」

 ミッキーは少し渋い顔をした。

「元いた世界にあった薬は、病気そのものを治すものじゃないんだ。症状を緩和したり、体の働きを変えたりするもので、結局は人間本来の治ろうとする力に期待するしかない。それは能力を使った場合も同じこと。あと、この手の病気は治ったとは言わずに、寛解という言葉を使う。まぁ、細かいことだけどね」

「そうなんですか……」

「本当に細かいことだから、この世界で気にする必要はないよ。むしろ、気にすべきは“心の病”という概念が無いマ国の人に、理解してもらえるかどうか……。何せ、元いた世界でも偏見や誤解に満ちた病気だったからね」

 話を聴いてもクリアにならないところがあり、悟はモヤモヤした気持ちのまま闘技場に入ることとなった。

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