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第七話 禁断の作業

「仕事チケットっていうのは、その日にする仕事内容が書かれた紙で、具体的には作業内容・期日・報酬が書かれているんだ。前の会社だと、出勤後に受付から渡されて、その仕事をするかどうか判断するところから、その日の仕事が始まっていたんだ」

 マ国の会社では仕事チケットを渡され、それを実行するのが当たり前だと悟は思っていた。なので、それが無いまま話が進むことに疑問を感じたわけだが、逆にネココはチケット制というものに疑問を感じていた。

「あんたが前にいた会社って、そんなんなの? なんか、面倒臭そう……」

「ウチはそういうのないよ、サトルっち。みんな、部長の指示で動くんだ。部長が全権を任されてるからね。ちなみに報酬は10日に1回」

「会社が違えば、常識も違うのか……」

 モアに説明されて、そんなものかと納得する。国が違えば文化が違うように、会社が違えば社風も違う。社会人としての常識を身につけたと思っていても、実際には入った会社の風習でしかなかった場合があると、この世界に来る前に誰かに言われたのを思い出す。

 そんな悟の脚をコブが触手のような手で撫でる。

「いえいえ、常識という観点から申しますと、このスターリングシルバーが非常識なのですよ、サトル殿」

「そうなのか?」

「はい。僕が調べた40を超える会社では、100%チケット制を導入しています。ですので、仕事チケットはマ国のスタンダードと言えるでしょう。そもそも、出資者の依頼しかこなしていないのはウチくらいのものです」

 悟の興味は既に仕事チケットの普及率よりも、コブが40社以上も調べていることに移っていた。働けばなるという社畜病を調べているのだから、会社自体を探っていても不思議はないが、この昆布が何を調べているのかが気になった。それを訊こうとしたタイミングで、ミッキーに話しかけられる。

「そう言えば、サトル君は前の会社では、どんな仕事をしていたんだい?」

「仕事の分配業務が多かったです。スコウレリア第一事務所というところにいたのですが、そこは第二事務所、第三事務所という下請け会社もあって、第一に来た依頼の中で下請けにまわせそうなものを捌いていました。そんな作業だけで結構なマージンを取るのは、心苦しかったですが……」

「君は真面目だねぇ~。斡旋業者なんて、そんなものだろうに」

「実際に依頼された作業を行ってるのは自分ではないのに、依頼料の何割も受け取るのは気がひけます。下請けの方が作業的に大変でしょうし」

「仕事の大変さと報酬は比例しないもんさ。それは、どの世界にも共通する真理だと私は思うがね。まぁ、あれだね。有名なところには多くの仕事が来るけど、すべてをこなすには人手が足りない。無名なところは仕事が欲しい。その辺の需要と供給から成り立つものだから、前者の側に立ててラッキーって感じでよかったんじゃないかな。もう昔の話だけどさ」

 そう言われてポンポンと肩を叩かれると反応に困る。自分は慰められているのか、あまり気にするなと言われてるのか、色んな可能性を考えてしまう……。そんなことを考えている間にも、ネココたちの話題は朝食の買い出しに変わっていた。



 約2時間後、会社を出た悟たちは同じ街にある一軒の家を訪ねた。白い土壁に苔が生えた家で、大きさとしては会社の半分ほどだった。

 玄関のドアをミッキーがノックすると、中から女性の声がした。

「どちら様で?」

「スターリングシルバーのミッキーです」

「少々、お待ちください」

 少ししてドアが開き、30代後半くらいの小柄な女性が顔を出した。少し疲れた感じの表情をし、長い茶髪を後ろで結っている。

「こんにちは、イネスさん。前回に続いての協力、ありがとうございます」

「いえ、私も主人に何が起こったのか知りたいので……。中へどうぞ」

「失礼します」

 ミッキーを先頭に悟たちも家の中へと入る。少し薄暗い室内にはテーブルと椅子、水樽、食器棚などが置かれている。イネスと呼ばれた女性の他に、140cmくらいの男の子がいた。その子の手には星印が5つある。

「こちらは、最近うちの子になったペペ。こう見えて、ウルトラレアなんですよ」

「初めまして、ペペです」

 ペペが頭を下げるので、悟たちも軽く頭を下げる。まだ12~13歳くらいの少年だ。髪は栗色で短め、女の子でもいけそうなルックスをしている。

「主人のナサリオは、隣の部屋で横になっています」

 イネスに案内されて隣の部屋に入ると、ベッドに横たわっている40歳くらいの男性がいた。起きてはいるものの、その目はうつろで顔も青白い。

「あれから、ご主人に変化は?」

「特に変化はありません。もうかれこれ2年は、このような状態です。いつも元気で明るくて、働き者だったのに、こんなになるなんて……」

 涙ぐむイネスをよそに、ミッキーは傍に来いと悟に手で合図した。

「では、始めさせていただきます。すぐに目当ての映像が出るとは限りませんので、その点はご了承ください。サトル君、旦那さんに『脳内映写』を」

「わかりました」

 悟は言われるがまま、『脳内映写』発動の準備に入った。

 目を閉じて耳を澄まし、ベッドで横たわるナサリオの息遣いを感じる。次第に呼吸が合っていき、目を開けると、悟を中心に光の輪が広がっていた。ナサリオの頭上には霧が発生し、そこに薄らと何かが見え始める。

 映し出されたのは、スコップで土を掘るナサリオの姿だった。

「これは……?」

 疑問に思ってミッキーを見たが、彼とて初めて見る光景だと思い、答えを待つのをやめる。黙って映像を見ていると、ナサリオは掘った穴を埋め始めた。

 自分で掘った穴を自分で埋める。まったく意味のない作業だった。穴を掘るのなら、何らかの作業的意図が考えられる。普通に仕事だと思える。なのに、埋めてしまっては作業する必然性が見当たらない。

 呆然としていると、次の映像に切り替わった。

 今度は山の麓らしき場所で、岩を押しているナサリオの姿が映った。少しずつ山頂に向けて岩を押していくものの、丸い岩は何度となく転がり落ちて麓に戻る。彼は、それを延々と繰り返していた。

「何故、こんなことを……」

「それは仕事だからだよ」

 ようやく、ミッキーが悟の疑問に答える。

「これが仕事なんですか? こんなことをすることに、何の意味が?」

「作業自体に意味はないよ、目的は別にあったのさ。コブ君、今の映像は『形態投影』できたかい?」

「勿論です、部長。バッチリ写っていますよ、この通り」

 コブは幾つかの紙をミッキーに手渡した。そこには岩を押すナサリオの姿、穴を掘るナサリオと埋めるナサリオの姿が、写真に近い状態で印刷されていた。見た物をそのまま紙に写す『形態投影』のスキルによるものだ。

「うん、上出来だ。モア君、依頼記録の方を」

「ほいほ~い」

 今度はモアが持ってきた紙の束を渡す。紙には日付と文字が書かれている。

「イネスさん、これはナサリオさんが働かれていた会社にあった“仕事の依頼記録”のコピーになります。いつ、誰から、どのような依頼があり、担当したのは誰なのかが書かれています」

 ミッキーはモアから受け取った紙の束をイネスに渡すと、紙を上からなぞっていき、ある箇所を指差した。

「これが、さきほど穴を掘って埋めていたときの仕事依頼です。依頼主はドストエフスキーとなっていますが、これは偽名です。岩を運ぶ仕事は、一番下になります。依頼主はシーシュポスとなっていますが、これも偽名です。両方とも、ナサリオさんを指名して依頼されています」

「指名、ですか……」

「依頼主は、あの無意味な労働をナサリオさんに強いることが目的だった。だから指名した。まぁ、仕事チケットを渡されるだけなので、指名されたとは思わなかったかもしれませんが……」

「嫌がらせ、でしょうか?」

「いいえ、もっとタチの悪いものですよ。すぐには理解できないかもしれませんが、これが社畜病になった原因のひとつです」

「えっ……」

 イネスは大きく目を見開き、ナサリオを見て首を横に何度か振った。嘘だと思いたいのかもしれない。

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