第五話 彼らの目的
「いやぁ~、いい宣伝になったんじゃないかな」
バトルが終わって帰社する途中、ミッキーは内容を振り返って喜んだ。彼が言う宣伝とは、悟のアビリティである『脳内映写』を知らしめることである。それは会社の目的に符合するものだと、戦う前から言っていた。
「宣伝する理由は、実際に現場で使えばわかるって言ってましたが、そもそもウチの会社は、何をやってるところなんですか?」
ミッキーの隣を歩きながら悟が問う。今日、トレードによって入社したばかりの悟にとっては、業務内容すら知らない状態でのバトルだった。
「調査会社だよぉ~」
答えたのは後ろを歩くモアだった。彼女はぴょんぴょんと跳ねるようにして、後ろをついてきていた。その横には思うような戦いが出来ず、フラストレーションが溜まったネココが膨れっ面で歩いている。
「調査って、何の?」
「社畜病」
「マ国の人間が働くと罹るってやつ?」
「そうそう」
この国に来てから、何度となく耳にした病名ではあったが、具体的な症状としては“寝ているだけの状態になる”ことくらいしか、悟は知らなかった。
「サトル君は、社畜病のことをどのくらい知ってるんだい?」
「あまり知らないですね」
「そうか、では簡単に説明しよう」
そう言うと、ミッキーはサッと身を隠すように、人通りの少ない道へと入った。その後を悟たちもついて行く。
「この国にはね、情報倉庫という有料情報提供サービスがある。まずは、そこで知ることの出来る範囲の話をしようか」
「はい」
「この社畜病という言葉が初めて使われたのがマ国暦956年。ちょうど、ガチャの台座が発見された時期と重なる。病名を考えたのは、テレンバッハという人だったそうだよ」
道を進むにつれ、徐々に日が射さない場所になっていく。
「この病気の主な症状は、酷い脱力感と強い眠気、やる気の低下、食欲の低下、興味の喪失、動作が遅くなる、疲れやすいといったものがある。今のところ、有効な治療方法は見つかっていない。そして、原因もわかっていない」
「働くと罹るんじゃないんですか?」
「それは仮説に過ぎない。スキルによる人為的発症説、『脳内変換』アビリティによる副作用説もある。ただ、一番メジャーなのが長時間の労働によるものだという仮説なんだ」
「他の説は聴いたことが無いですね」
「人為的発症説は、人を病気にするスキルを使ったのではないかという内容だよ。発症した人の多くが、ユニットの召喚は非人道的であると主張する『ガチャの廃止を求める会』や、この世界の住人以外を受け入れるべきではないと主張する『ユニット追放協会』のメンバーだったからね。国策として行っているガチャに反対する組織のメンバーをスキルで潰し、国によるガチャの配備を推し進めたとのではないかと噂されたそうだよ」
徐々に空気がひんやりしていく。日陰になっている場所は苔が生え、心なしか湿っぽい感じさえあった。
「『脳内変換』アビリティによる副作用説は、ガチャの台座が発見された時期と重なることから考えられたものなんだ。さっきの話に出てきた団体のメンバーは、その主張からわかる通り、ユニットを所持していない。『脳内変換』アビリティは、契約済みのユニットとマ国の人間の言葉の壁をなくすものだけど、ユニットを所持していないマ国の人間の言葉も変換される。ユニットは未契約では言葉が通じないのに、誰とも契約をしていなくてもマ国の住人は通じる、そこの不自然さからくるものではないかというのが、この仮説だ」
「で、結局はどうなんです?」
「それを調査するのが、我が社の仕事になる。サトル君は、どの仮説が正しいと思う?」
「やはり、メジャーなものですかね」
「なるほど、マ国の人間は働けば罹る、か……。おかしいとは思わないかい? 何故、マ国の人間だけが罹るのかと」
ミッキーは振り返ると不敵な笑みを見せた。
「あの病気はね、ユニットであっても発症するんだよ。なのに、マ国の人間だけが罹るとしてしまったことに、この国の業の深さがある。それについては、また後で話すよ。ちょっと、その中を見てみるといい」
近くにある家の窓をミッキーが親指で指す。そっと、窓から中の様子を見ると、そこにはベッドから起き上がろうとしない青年と、彼を引っ張る中年女性がいた。
「いつまで寝てるの! 家にはユニットがいないんだから、働かないと食べていけないでしょ」
「あぁ……うん……」
青年は生気のない顔で生返事をする。
「やる気を出して頂戴、お願いだから。何でも気の持ちようなのよ」
中年女性が青年を起こそうと引っ張るものの、起きる気のない青年の体は、ベッドから出ることはなかった。
「これは?」
「社畜病患者と、それを取り巻く家庭環境の一例さ」
小声で言うと、ミッキーは家と家の隙間を通って大きな通りに出た。悟たちも彼の後に続く。
「病気の彼を見て、正直どう思った?」
「怠けているようにしか見えませんでした」
「なるほど、そう見えたか。まぁ、そう見えても不思議はない。だからこそ、余計に難しい病気なんだ。サトル君は道行く人を見て、誰が何の病気に罹ってるか、わかるかい?」
「いいえ……」
「それが普通だよ。体の何処かに何らかの変化があれば、あの病気ではないかと推測することができて、その人を気遣うこともできるだろう。しかし、自分が罹ったことが無い病気や、病気だということに気づけない病の場合、相手の苦しみがわからずに誤った接し方をしてしまう……。それも無理からぬことなんだ。何せ、知らないのだからね」
いつも飄々としているミッキーだが、今は遠くを見つめて憂えのある表情を見せている。
「うちの会社はね、社畜病を正しく知ってもらうのが、目的のひとつなんだよ。そのために二人の出資者が作った会社で、従業員は私たちしかいない。他の会社のように、多くの人から依頼を受け、サービスや技術を提供したりはしない。酷く個人的な“想い”で動いている組織なんだ」
「その出資者というのは?」
「一人は私たちの所有者。もう一人は、この国で一番有名なユニットだよ」
再び会社に向かって歩き出したミッキーに皆がついて行く。ほどなくして会社に着き、留守番をしていたコブと再会する。
「お帰りなさいませ。闘技場は如何でしたでしょうか? 面白い試合はございましたか?」
「観戦に行った訳じゃないから」
「と、仰いますと?」
「戦ってきたってこと」
玄関でネココとコブがやりとりしている間に、他の面子は建物の中へと入っていった。ここを出る前に自己紹介された場所まで来ると、ミッキーは奥に並んでいるドアを指さした。
「3つドアがあるけど、一番左が私の部屋。中央がモア君とネココ君。サトル君は一番右の部屋で、コブ君と一緒になるから」
「はい」
職場兼住居だと聴かされてはいたが、個人の部屋が仕事部屋の隣だとは思ってもみなかった。自分の部屋だと言われたところのドアを開けてみると、木製の簡素なベッドが2台置いてあり、茶色の布が被せられていた。入り口付近には水桶と木箱、部屋の奥には小さな机と椅子も用意されている。
「今日はもう休んでいいよ」
部屋を眺めていると、いつの間にかミッキーが後ろに立っていた。
「……はい」
悟は部屋で休むことにした。