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第四話 重力制御下の戦い

「何? ヤバい感じのスキル? 強いの?」

 相手のスキルにドン引きしているモアの肩をネココが揺らす。

「強いって言うか、これは引くなぁ~。このオッサンのスキル『罵倒強化』は、相手に罵られるほどに皮膚が厚くなるんだって。なんてマゾ向けの能力……」

「グヒヒ……。お褒め頂き、ありがとう。お嬢ちゃん」

 『罵倒強化』のオッサンは不気味に笑う。心なしか、肌の色が少し濃くなったように見える。

「キモ……」

 オッサンの笑顔にネココも引く。また、彼の肌が濃さを増す。

「二人とも、彼を貶すな。既にスキルは発動している」

「マジ!? それじゃ……」

「もう彼の皮膚は厚くなっている」

 オッサンはグヒヒと気持ち悪い笑い声を出す。これも狙ってやってることだろう。ネココはキモいと言いたい気持ちを堪えて、モアの肩を軽く叩いた。

「他の能力は?」

「オッサンのアビリティは『音響反射』。自分の周囲の音にエコーをかけるものだから、『罵倒強化』とセットで使うには最適だよねぇ……」

「もう一人の男は?」

「猫背の彼は、スキルが『着衣溶解』。衣服だけを溶かす液体を噴出する能力……」

「コイツも変態能力者なの!?」

 ネココは頭を抱えた。その変態能力者の中には、おそらく悟も含まれているのだろう。

「スキルもヤダけど、彼の場合、問題はアビリティの方かもねぇ……」

「何? 人の全裸でも映すの?」

「それはサトルっちだけだよ~。彼のアビリティは『重力制御』。言葉通り、自分の周りの重力をコントロールできるみたい」

「最悪じゃん……」

 さっきとは違う意味でネココは頭を抱えた。重力を自由自在に操られては、思うように動けなくなるのは想像に難くない。この能力がバトルに及ぼす影響を考えると、真っ先に潰したい相手だ。

「で、女性の方は?」

「彼女のアビリティは『香料発散』だから、前に会社に来たヨナーシュと同じだね。あの、術者が嗅いだことのある香りを周囲に漂わせるってヤツ」

「ああ、あれね」

「スキルは製造系の会社でよく使われてる『反復人形』」

「あたし、それ知らない」

「能力で生み出した人形に、同じ動作をさせる能力だ」

 知らないネココの為に悟が補足する。前の職場にも同じ能力を使う者がいて、ルーチンワークを能力で片づけているのを見たことがあった。

「で、どうすんの?」

 ネココはモアと悟を引き寄せると小声で訊いた。

「モアは旗の守りを。俺とネココで『重力制御』の彼を潰す」

「潰すって、どうやって?」

「何とかして押し倒せば、こっちのもんさ」

「はぁ? 意味わかんないんだけど」

 小声で話していたのに、ネココの声は大きくなっていた。

「相手が『重力制御』を使えば、乗っかった俺らも重くなる。その重さに耐えきれずに潰れるから、迂闊には使えない。その隙にネココが奴をボコる、俺はアビリティを使う」

「おぉ~、いいじゃん」

 ボコれると聴いて嬉しかったのか、ネココは満足した様子で何度も頷いた。

「コホンッ」

 誰かの咳払いが聴こえ、そっちを見ると審判団が整列していた。

 中央に恰幅の良いスキンヘッドの男性。その右隣に亜麻色の三つ編み女性、左隣に茶髪の小人老人がいた。彼らは揃いの白いローブを纏い、手には金色の杖を持っている。

 悟たちが整列し直すと、スキンヘッドの男性が一歩前に出た。

「私が、このバトルの審判を務めるヴァルラムだ。右が回復役のアデーラ、左が転移係のダリボル。ここにいる三名と、観客席にいる合図係のコーバスが、本日の運営スタッフとなる」

 観客席では、角笛を持った中肉中背の男性が手を振っていた。合図係のコーバスだろう。

「では、ルールを説明する。勝利条件は、相手陣地の旗を取る。相手チームを全員、強制離脱させる。このいずれかだが、指定された物以外を持ち込んだ場合は、その時点で反則負けとなる。運営スタッフに暴言を吐く、正常な進行を妨げる行為があった場合も同様だ。あと、幾つかの能力所有者には参加資格がない。もしも該当する能力を有しているとわかった場合、反則負けになった上で所属する会社に対してペナルティがある。それ以外に関しては、特に制限はない」

 審判のヴァルラムが説明を終えると、今度は転移係の小人老人が前に出た。

「転移係のダリボルじゃ。治療しないとマズイ状態になったら、『強制離脱』スキルで転移させるから安心しておくれ」

 次に回復役の三つ編み女性が前に出る。

「回復役のアデーラです。バトルで傷ついた体は、私の『可逆治癒』で元の状態に戻します」

 アデーラは話し終えるとダリボルと一緒に一歩下がった。一人、前に出ているヴァルラムが説明を続ける。

「合図係が笛を吹いたらバトル開始だ。それでは、良いバトルを」

 審判たちはフィールドの端へと移動していった。

 ハイ掘削所、スターリングシルバーの両陣営は、正面にいる相手を見据え、笛の合図を待った。

 角笛の音が場内に鳴り響くと同時に、モアは後方に下がって旗の前に立つ。悟とネココは『重力制御』の使い手である猫背の男に迫った。同時にスタートしたはずなのに、ネココは既に男を殴れる間合いに入っていた。

「ぬぅ~っ!」

 ネココが大きく振りかぶったところで、猫背の男が両手を広げて唸り声を上げた。

 ズンッと上から何かに押されるようにして、ネココと悟は体を砂地に押し付けられる。その圧力に屈し、二人は地面に這いつくばった。

 猫背の男も、彼らと同様に地面に這いつくばる。三人は『重力制御』によって倍増した重力のお陰で、体が重くて身動きがとりづらくなっていた。

「どうだい? 僕の『重力制御』の威力は……動けないだろう? 僕も動けないんだ」

 自分も動けないのに、猫背の男はドヤ顔を見せた。

「バカじゃないの!」

 思うように動けないので、ネココは相手に砂をかけようとした。その砂もネココの手元に落ちる。彼女のささやかな抵抗を見て、猫背の男があざ笑う。

「無駄な足掻きを」

「あんただって、何もできないクセに!」

 頭に来たネココは重い体を無理やり動かして、匍匐前進で相手の傍まで近寄った。その根性に驚きながらも、猫背の男は左手を伸ばしてネココを指さした。

「手なんか出して、そこから叩かれたいワケ?」

「まさか……。せっかく近づいて来るんだから、歓迎しないとね。僕の水芸で」

 猫背の男は指先から水を出した。『重力制御』を使っていなければ、勢いよく遠くまで飛んだかもしれないが、今はチョロチョロと指の近くに流れ落ちるだけだった。

「何よ、こんな水!」

 ネココは水ごと男の手を払いのけた。その勢いで、何滴かユニフォームであるタンクトップにかかり、その部分が徐々に溶けていった。黒いタンクトップの下に、ネココの白い肌が見え隠れする。

「いやぁ~っ!」

 手で胸を覆おうにも、重くなってるので隠し続けるのも難しい。仕方なく、『好意防壁』を発動させて自分の前に壁を造ろうとするも、彼女の前に現れたのは穴だらけの小さな板だった。

 対象者への好感度に比例した強度の壁を作る能力は、彼女が自分自身をどう思っているかを形で表す結果となった。

 今度は、猫背の男がスケベ心をエネルギーに、無理やり体を動かしてネココに近寄る。

「君を見た時から、『着衣溶解』を使いたくて仕方なかったんだ」

 鼻の下を伸ばしながら、猫背の男がネココに人差し指を向ける。

「こっち、来んな!」

 今度は相手に対して『好意防壁』を発動させる。好感を抱いていない相手だけあって、壁と呼べるものすら出現しなかった。ほんの少し、砂地に草が生えて終わる。

「変な能力を使っても無駄だよ。さぁ、僕の『着衣溶解』を味わうといい」

 ニヤッと笑う猫背の男に、ネココは下唇を噛む。そのとき、ドスンッと猫背の男の上に何かが落ちた。

「うげっ……」

 猫背の男は顔を砂地に埋め、そのまま動かなくなる。彼の上に落ちたのは悟だった。

「あんた、どうやって?」

「何とかして『重力制御』の範囲外に出た後に、コイツ目がけてジャンプした。『重力制御』の効果範囲は1.5mほど。そこから出れば、なんてことはない」

 とはいえ、効果範囲内に戻って来たので、悟も能力の影響を受けている。ただ、彼に乗っかられた猫背の男に比べれば、一人分の重さに耐えればいいので楽ではある。

「さてと、『重力制御』を解いた方がよくないか?」

「……」

 猫背の男は無反応だった。『重力制御』が使用され続けているので、気を失っているということはない。単に我慢しているか、耐えながら起死回生を狙っているか、どちらになる。

 そんなやり取りをしている間、敵陣の旗の前ではオッサンが罵られていた。

 色っぽい女性は『反復人形』のスキルを使い、白いデッサン人形もどきを数体ほど出すと、“アクション記録”と叫んだ後に、オッサンに対して「気持ち悪い」だの「臭い」だの言い放った。その後、“記録停止”を人形に呼びかけ、今度は“アクション再生”と続けた。

 人形たちは女性の動作を真似て、一斉にオッサンを罵倒し始めた。それを受け、今度はオッサンが『音響反射』を使い、自分の周囲の音にエコーをかける。「気持ち悪い」「臭い」という単語が響き渡り、彼の肌はみるみるうちに黒く変色していった。

「さぁ、これなら殴られてもビクともしないぞ」

 旗の前に陣取ると、オッサンは高らかに笑う。

「これも、レジスが時間を稼いでくれたお陰……」

 色っぽい女性の視線は猫背の男レジスに向けられたが、ちょうど彼は悟に乗っかられて埋もれているところだった。ちなみに、モアは自分のしっぽで体重を支え、観戦を決め込んでいる。

「デジレ、今なら旗が狙える」

 『重力制御』で悟とネココが思うように動けないと判断したオッサンは、色っぽい女性ことデジレに提案する。

「そうね、ヤニク」

 デジレはオッサンのヤニクに言うと、『重力制御』の効果範囲を避けて相手陣地へと向かう。それを見て慌てたネココは、悟に対策を求めようとしたが、悟は目をつむったまま静かに呼吸を繰り返していた。

「何してんの……」

 唖然とするネココだったが、ちょっと前にも見た悟の動作に、これはもしや……と勘が働く。悟はアビリティを発動させようとしているのだと。

 悟が目を開けると、彼を中心に光の輪が広がっていく。自軍の旗に向かうデジレの頭上に霧が発生し、そこに薄らと何かが見え始めた。

 霧の中に映し出されたのは、のっぺりとした顔の女性だった。色っぽさの欠片もないような能面顔で、肌はシミやそばかすが目立っている。

「誰?」

 ネココには誰だかわらなかった。悟はデジレの記憶の中にある“自分の知らない人物”だと予想する。だが、デジレは頭上に霧が発生したのを知ると、そこに映された女性を見て狼狽した。

「やめてーっ! 誰の能力なの!? 早く消してよ、お願い!」

 デジレは顔を真っ青にして、地面に膝をついた。

「もしかして、あそこに映ってるのはデジレなのか?」

 『罵倒強化』で黒くなったヤニクが呟く。悟たちは目を凝らして映し出されたものを見てみた。雰囲気こそ大きく違うが、顔の輪郭や髪の色はデジレそのものだった。

 映像の女性は長いまつげを付け、肌に何かを塗ってシミやそばかすを消していく。次第にデジレの顔が出来上がっていった。

「やめて、すっぴんを映さないで!」

「えっ、デジレのすっぴん?」

 すっぴんに反応したのは、悟に潰されていた猫背の男レジスだった。彼は起き上がるために『重力制御』を解き、悟をはねのけてデジレのすっぴんを拝んだ。

「これは貴重な……」

 同僚の素顔に感銘を受ける彼をよそに、『重力制御』が解かれた悟は、相手陣地の旗を目指した。ネココも好機を逃すまいと、猫背の男レジスを思い切り蹴り飛ばしてから、悟の後に続く。『着衣溶解』で溶かされた部分をしっぽで隠して。

 吹っ飛んだレジスはデジレにぶつかり、二人揃って伸びてしまった。悟がアビリティの使用をやめたことで、デジレの頭上にあった雲は消え、観客席では“あの映像は何だったのか”が話題になる。

「今のは、近くにいる人の記憶を映像化する能力で、『脳内映写』って言うんだよぉ~。感情と結びついた記憶ほど、呼び起こしやすいんだよねぇ」

 観戦していたモアが、観客席に向かって解説する。それを受けて、観客席では“顔にコンプレックスがあるから、さっきのメイク前の映像が出たんじゃないか”ということに話題が切り替わる。その会話の流れを作っているのはミッキーだった。

 そんなことをしている間も、バトルは進行していた。

「旗は渡さん!」

 ヤニクが悟の前に立ちはだかり、黒くなった拳で殴りかかってくる。それをかわすと同時に、悟はカウンターを繰り出し、相手の顔面にパンチをヒットさせる。

「クッ……」

 『罵倒強化』で厚くなったヤニクの顔面は硬く、打ち込んだ悟の方がダメージは上だった。

「そんなパンチは効かないぜ」

「面の皮が厚いとは、このことか」

 ヒリヒリと痛む拳を引っ込め、悟は一歩後ろに下がった。そこへネココがやって来る。

「あたしも混ぜて」

 嬉々として構えるネココを見て、悟はポンッと彼女の肩を叩いた。

「後は任せた」

「えっ……?」

 悟に後を託されたネココはポカ~ンとしたが、面の皮が厚いヤニクが迫るので気持ちを切り替える。

「てやっ!」

 体が硬くなっているとはいえ、急所はどうだとネココがヤニクの股間を蹴り上げる。だが、それはヤニクを喜ばせるだけだった。

「効かないねぇ。むしろ、嬉しいプレイだと言っておこう」

「キモ……」

 ネココが思わず口にした言葉に、ヤニクの皮膚は更に黒く厚くなっていく。

「もっと、もっとだ。もっと俺を罵ってくれ! 罵られるほどに、俺は強くなる!」

「うわぁ……最悪」

 そう言いながらも、ネココは打開策を検討していた。皮膚が硬くても関節技ならいけるかもしれない。しっぽで締めるのもありだ。そんなことを考えていた時だった。

「勝者、スターリングシルバー!」

 審判の判定と共に、角笛が吹かれる。

「は?」

 何が起こったのかとネココが周囲を見回すと、敵の旗を持っている悟が目に入った。ネココがヤニクと戦っている隙に、難なく旗を手にしていたのだった。

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