第十七話 本物の銀
地域長の選出会から戻った悟たちは、会社の引っ越し準備をしていた。先のディオニシオの演説を受けての作業になる。
国のしてきたことを槍玉に挙げたわけなので、テレンバッハのように消されないよう、行方をくらますのが主目的だ。前から予定されていたことなので、荷物は昨日のうちにまとめてある。
「必要な物は全部、持ったかい?」
修学旅行の引率の先生のように、ミッキーが社員に声をかける。それぞれが返事をしたところで、コブ以外は重い荷物を背負って外に出た。コブは昆布だけに荷物を背負えないが、『身体浮遊』のアビリティで多くの物を浮かせて持っている。
悟は会社を出たところで、玄関ドアに付けられた金属製プレートに目が行く。『スターリングシルバー』とマ国の文字で書かれたプレートだ。
「これ、どうします?」
「外しておこうか」
悟がプレートを指さすと、ミッキーは力ずくで剥がし、内ポケットに入れた。
「取り敢えず街の外に出て、そこから『空間転移』だ」
街の外に向かって歩き始めたミッキーに皆がついて行く。
「あの、どうしてスターリングシルバーって社名なんですか?」
そう言えば、由来を訊いていなかったと思い、悟は歩きながらミッキーに問いかけた。
「ヒューゴさんに何か考えろって言われた時にね、自分のポケットに母国の貨幣が入っていたからさ」
「元いた世界の……ということですよね」
「そう。私の母国の銀貨はね、強度を上げる為に銅なんかを混ぜてるんだけど、銀の含有率は925パーミルと決まってる。この比率が一番硫化しにくいんだ。サトル君は、銅を混ぜた銀を、本物の銀だと思うかい?」
「本物の銀が入ってるなら、その割合だけ本物なんじゃないでしょうか」
その答えにミッキーはクスッと笑った。
「なるほど、君らしい答えだ。ちなみに、私の母国では先の比率なら法定の純度を保っているから本物となる。スターリングというのはね、“本物”や“信頼できる”という意味があるんだ」
「本物の銀、ですか」
「そう、本物なんだ。例え、混ぜ物であってもね。他種族との混血であっても、その人は何かの偽物じゃない。ディオニシオの欲望という不純物が混ざったとしても、マ国の社畜病問題を解決する為にしてきたことに偽りはない。私たちはね、いつだって本物なんだ。そういう名前の会社だからね」
ミッキーは楽しそうに笑って見せた。
「混血がどうしたって?」
自分のことを話されていると思ったのか、後ろにいたネココが話しかけてくる。
「なに、社名の由来を話していただけだよ。混ざり合っていても本物。私もネココ君もね」
「部長も他種族との混血なの?」
意外そうな顔でネココが問いかける。
「残念ながら同種族だよ。両親が違う国の人同士で、人種が違うってことくらいさ」
「ふぅ~ん……」
ネココは少しだけ嬉しそうな顔をすると、その視線を悟に向けてきた。
「あんたは? 見た感じ、違うっぽいかな」
「俺は……」
悟は少し考えてから真顔で答える。
「俺は青森と山形のハーフだ」
「ふぅ~ん……。あんたも部長みたいな感じなんだ」
ニコッと笑ってネココが後ろに戻っていくと、ミッキーは声に出して笑い始めた。
「いやぁ~、君がジョークを言うとは思わなかったよ」
「事実ですよ、これも」
「ああ、確かに事実だ。視点を変えれば、君も混ぜ物だよ」
笑いが収まると、ミッキーは遠くを眺めて話し始めた。
「そんな発言が出来るくらい、いつも遊び心を持っていたいもんだね。真面目なことは良いことだけれど、常にそうだと息が詰まってしまう。銀100%が脆いように、完璧な何かであり続けるのは、折れやすい心の状態を保つことなのかもしれない」
「だから、遊び心ですか?」
「ああ、そうさ。真面目9割で遊び心1割みたいな具体的な数字は言えないけど、自分が強くいられる心のパーセンテージを、私たちは見つけていかなくてはいけないんだろう」
話しているうちに街の外に出る。そこで、ミッキーは皆を自分の周りに集めると、『空間転移』で移動し始めた。
行き先は浮遊島、ケイモのいる場所になる。
国が最も手を出しづらい場所、それが『次元転移』のスキルを持つ彼のテリトリーだからだ。
活動拠点を浮遊島に移した翌日、ヒューゴのユニットであるヨナーシュによって、ディオニシオ再選の報がもたらされた。だが、その日の新聞は彼の演説内容に一切触れられておらず、再任したディオニシオの経歴がまとめらているだけだった。
翌日になっても、その次の日になっても、彼の演説内容が新聞に載ることはなかった。ところが、“カーステンの親族によって労働省が脅されていた”と報じられると、それまでとは打って変わって大きく報じられるようになった。
伝わってくる情報を整理したミッキーの見解としては、民間で出している新聞とはいえ、国に逆らう真似はできないので、この問題を政府側がどう扱うか様子を見ていた。それが最初の数日間であり、カーステンの件を正式な発表としたことを受け、ようやく演説内容の情報解禁となったのだろうというものだった。
国としては、一部の人間に責任を押し付けて、この問題の解決を図ろうとしているのだ。大勢の前で真実を暴き、多くの支持を受けた者を消すより、誰かを犠牲にして保身を図る方が容易い。そう判断した輩が国の中枢にいたのかもしれない。
でなければ、ディオニシオは消され、真実を暴く為に動いた悟たちにも、その手が及んでいただろう。幸いなことに、浮遊島は革命軍が連日のように訪れる以外の問題はなく、拍子抜けするほど穏やかな日々だった。
かくして、マ国における社畜病問題は、解決に向けて最初のステップを踏み、次なるステージの中央議会へと、多くの人々の関心は移っていった。
ディオニシオの公約であり、ヒューゴが彼を支援する際の交換条件とした“社畜病患者の為の施設造り”に向け、中央議会で動きが起こる。議会には彼以外にも、ヒューゴの息がかかった議員が複数おり、それが実現に向けてのスピードに繋がっていた。
結果、半月と経たないうちに設立が容認され、住む人がいなくなったばかりの豪邸が、医療用施設として再利用されることとなった。それは他ならぬカーステンの家になる。社畜病問題の責任を取らされ、街を追われた彼の家を使うことに賛否はあったが、一刻も早い対処方法の確立を訴えたディオニシオによって、簡単な改装工事が行われてオープンすることになった。
勿論、新たに建設する費用をケチったという見方もある。
オープンするにあたり、記念すべき入院患者の第一号を誰にするのがいいか、という相談がディオニシオからヒューゴに寄せられたが、ヒューゴの回答は「ご自由に」だった。ディオニシオとしては、自分の活動の成果として医療施設の完成を発表するのだから、最もパフォーマンス的に映える人材を探しての相談だった。
結局、あれこれ考えた末に、ディオニシオは社畜病の罹患率が100%に近かった“ガチャの廃止を求める会”のメンバーにすると発表。今は活動する者もいなくなった先の会の中から、ラストメンバーとなった夫婦が選出される。
「……というわけで、その夫婦の所に行くことになったから」
ケイモの家の前に集まった社員に対し、ミッキーはガチャの廃止を求める会のラストメンバーに会いに行くことを説明した。
「何で、あたしたちが?」
「何でとは、これはまた異な。ネココ君、うちの会社の目的は、社畜病患者を取り巻く環境の改善と病気からの回復。そして、新たな患者を出さないこと。病気からの回復を掲げる身としては、治療の場に呼ぶのも仕事のうちだと思うよ」
「あの男が選んだんなら、自分で迎えに行けばいいのに……」
「ディオニシオ氏も忙しいのさ。彼には、他にやってもらわないといけないこともあるしね」
ミッキーが説明したところで、ネココはふてくされたままだ。仕事内容が嫌なのではなく、ディオニシオに言われて行くのが嫌だというのは、“私が調べた”発言を期に、彼に対して文句を言うようになっていたので誰もが察していた。
「部長、しっつもーん!」
「何だい、モア君」
「ミレナさんの治療が先じゃないのぉ~? 出資者の所有者だよぉ~」
「彼女が老師の所有者だから無理なんだ。国と事を構えたことのある老師の所有者を、国営の医療機関に入れるわけにはいかないよ。人質にされかねないしね……。治療法が確立されたら、ここで対処に当たることになるんじゃないかな」
モアが家の前で佇むケイモを見る。ケイモは髭を撫でながら二回頷いた。それでいいんだと言っているかのようだった。
「行き先はね、スコウレリアになる。そこに娘さんと暮らしている……というか、面倒を看てもらっているというべきか」
「スコウレリアですか……」
スコウレリアは悟が長いこと働いていた場所になる。
「サトル君がいた場所だね。ラストメンバーの名は、夫がヨシ、妻がササだったかな。知ってるかい?」
「いえ、初めて聴く名です。元いた世界にある植物を思い出す名前ですね。いや、もしかしたらマ国語では植物の名前で、『脳内変換』の関係で知ってる言語に変換されて……」
「かもしれないね。元々、マ国は動植物の名をつける傾向があったようだからね。ガチャを回すようになってからは、ユニットの名前に影響され始めたようだけど……。まぁ、マ国の人とユニットの間に子供が出来たケースもあるからね、影響されるのが普通と云うべきか」
そのうち、キラキラネームの人が召喚され、そういう名前がブームになったらと思うと、悟は少し複雑な気持ちになった。
「ちなみに、娘さんはチガヤというらしい。驚くなかれ、あの進化ユニットの暴走事件で、“能力効果と物理ダメージを無効化するスキル”を打ち破ったユニットを所有していた子だ」
「所有していた? 過去形ですか?」
「もう、そのユニットは元の世界に帰ったそうだよ」
ミッキーはチラリとケイモを見た。相手を元いた世界に帰すスキル『次元転移』を使い、帰したのは他ならぬケイモ自身なのだ。
「例のユニットに会えないのは残念だけど、もしかしたら打ち破った方法を知ることが出来るかもしれないねぇ~」
「そうですね」
そのチガヤなる所有者から話を聴くだけでも構わないが、できれば『脳内映写』で打ち破った場面を観たいと悟は願っていた。
「それじゃ、いつものように『空間転移』で移動するから集まって」
手招きするミッキーの元に社員が集まると、『空間転移』の白い膜に包まれて、社員たちは瞬時に別の場所へと移動した。




