第十六話 告発
ディオニシオ邸での話し合いから月日が流れ、オルトドンティウム地域長の選出会の日がやって来た。この日が来るまで、バトルに参加しては『脳内映写』を使って能力の認知度を上げ、社畜病患者の家をまわっては証拠集めをしてきた。
その成果を持って、ディオニシオが演説をする。
場所はオルトドンティウムの中心部にある地域局。二階建てのレンガ造りの建物となっている。多くの有権者が演説と投票の為に大ホールに集まる中、スターリングシルバーの面々は宙に浮いて外から中の様子を眺めていた。
「コブ君、もう少し上だね」
「了解しました、部長」
ミッキーの体が少しだけ上に移動する。彼の脚にはコブの触手のような手が巻きついていた。
「OK、見やすくなった」
窓越しにホール内の演台を確認できたミッキーは、コブに向かって親指を突き立てた。悟、ネココ、モアも同様に、コブの手が巻きついた状態で宙に浮いている。コブが持つアビリティ『身体浮遊』を使ってのことだ。なお、使っている本人は下にいて見られない。
「なんか、コソコソするのはヤダな」
「仕方ないだろ、ネココ君。参政権のないユニットは中に入れないんだから」
理由を言われたところで、ネココは窓から中を覗くのは性に合わないようだった。とはいえ、自分が携わってきた仕事がどうなるかは見守りたい。そんな想いを抱えて、中の様子を窺う。
演台では髪が薄い中年男性が演説を終え、壇上の端へと移動していく。場内は静かだった。
「今のがカーステン、次期地域長の最有力候補だ」
「何を話したんでしょう?」
「何だろうね。会場の静けさからすると、ざわつくような内容ではないんだろう」
ミッキーと話しながら、悟は最初から見たかったと心の中で呟く。
元々、会社を出る時はそのつもりだったが、会場の警備にあたっているユニットを説得し、外から見るだけだからと言って、ここまで来るのに時間を割いてしまっていた。
「いよいよ、始まるよ」
ミッキーに言われて壇上を見ると、ディオニシオが演台に手を着いたところだった。
「現オルトドンティウム地域長のディオニシオです。まずは、皆様方に感謝を述べたい。皆様方があってはじめて、このマ国の要である首都は機能している。この素晴らしい街に暮らせる喜び、それは皆様方の日々の努力によるものだと痛感しております。ありがとう、本当にありがとう」
にこやかな顔で語りだしたディオニシオだったが、急に真剣な面持ちへと変わる。
「しかし、今日は皆様方に残念なことを、お伝えしなくてはいけない。これはマ国の悲しみの歴史であり、裏切りの歴史でもある。いいですか、皆様方。我々は騙されていたのです!」
ドンッと演台を叩くと、ディオニシオの後ろの壁に、拡大された『社畜病発症マニュアル』の画像が映し出される。それは壇上の端にいるユニットの能力によるものだった。
「ご覧ください。これは社畜病を発症させるための手引書です。この手引書が何処から出てきたと思います? 驚くなかれ、労働省で発見されたものになります!」
ホール内がざわつく中、マニュアルのページがめくられていく。そこには発症を促すために依頼する仕事や睡眠妨害の方法が記されていた。
「なぜ、これが労働省にあったのか。それは他ならぬ労働省で生み出されたものであり、彼らが実行に移していたからなのです。その動かぬ証拠として、マニュアルが書かれた当時の労働大臣による指示書がここに!」
労働大臣の署名入りの指示書が映されると、壇上の端で丸椅子に座っていたカーステンが立ち上がった。慌てて立ったせいか、椅子がごろんと転がる。
「当時の労働大臣エッカルトの名で、“マニュアル通りに対処せよ”とあります。エッカルト、そこにおられるカーステン殿の祖先に当たりますな。そう言えば、カーステン殿の親族は代々、労働省に勤務される方が多かったはず……。もしかしたら、このことは既に、ご存じだったのかもしれませぬな。それとも、建国に貢献した家系であるにも関わらず、省庁ではなく敢えて地方の役人となったカーステン殿には、関係のないことなのでしょうか?」
わざとらしい振りをされても、カーステンは映し出された画像を見て、口を開けているだけだった。それを見て、ミッキーが補足する。
「まぁ、知っていたとみるべき反応だね。彼が敢えて地方の役人になったのは、第一院にも影響力を持とうとした親族がいたからだという噂だよ」
建国に貢献した家系がいる第二院、そこには彼の親族がいて世襲制となっている。それ以上の発言力を持つとしたら、第一院の議員になる必要があったのだろうということは、悟にも何となくだがわかった。
ミッキーの話を聴いているうちに、社畜病を発症していたユニットの日記と訳文の話は終わり、マニュアル作成者が社畜病を知ったきっかけが説明される。次に映されたのは、マ国の文字だった。
『社畜病はマ国の人間が働けば罹るが、ユニットは発症しない』
その一行が大きく映し出される。
「言われ続けてきた社畜病の定説。しかし、これが嘘であることは、先のユニットの日記を見ての通りです。では何故、彼らは嘘をつかなくていけなかったのか!?」
ディオニシオは演台を叩いて、静まり返った場内を見渡してから続けた。
「マ国の人間は働けば罹ると脅すことで、ユニットが出るガチャを回させる為です。ユニットならば社畜病に罹らない、マ国の人間なら罹る。そう信じ込ませ、ガチャという収入源を確立させた。彼らは自分たちが使える予算を増やす為に、人々をガチャに向かわせるべく、長年もの間に渡って嘘をつき続けてきたのです! そう、我々は騙されていた! 真実を隠蔽してきた彼らに、この国を任せていいのか!?」
“そうだ! そうだ!”という声が場内で湧き起る。その何人かは仕込みだ。ディオニシオを応援する陣営がやることになっている。
その声をディオニシオは手で制し、一滴の涙を流した。
「ありがとう、ありがとう……。このことを伝え、共感してくれた人が居ただけでも、本当によかったと心から言えます。かつて、社畜病の原因を調査した者が彼らによって屠られたように、私も同じ目に遭うかもしれないが、そのときは真実に生きた人生だったと、晴れやかに死んでみせましょう」
今度は“死ぬな!”というコールが起きる。
「だが、その前にもうひとつ、皆様にお伝えしなくてはいけないことがあります。社畜病に苦しむ人々のことです」
悟たちが集めて回った『脳内映写』の画像が映し出される。それはイネスの夫、ナサリオが穴を掘るものだった。画像は穴を埋めるものや、岩を押すものに切り替わっていく。
「社畜病発症マニュアルは、今も実行され続けています。マニュアルに書かれた作業を依頼され、実際に行っているのが後ろの画像になります。これは社畜病患者の記憶を映像化するアビリティ『脳内映写』によるものです」
場内では“あぁ……”という声が漏れる。知っているからこそ言える、“あぁ……”だった。この反応の為に、悟はバトルに出てきたのだ。
「画像のようにして、社畜病患者は人為的に生み出され、患者は勿論のこと、その家族をも不幸にしているのが現状です。そして、狙われているのは、ガチャに反対していた人達ばかりなのです」
画像は仕事の依頼記録へと替わる。
「彼らはガチャを普及するにあたって邪魔となる存在を消す為、社畜病という手段を使い続けました。あのマニュアルとマ国の仕事スタイルを利用すれば、特定の人物だけ陥れるのは可能だったのです。患者となってしまった人々は今もなお、その苦しみの中にあります。その苦しみは病だけのものではなく、症状を理解されないという苦しみでもあるのです。私は彼らに救いの手を差し伸べたい。もしも、私が再任されたのなら、社畜病患者専用の医療機関を設立することを約束しましょう。そして、この問題に終止符を打てるよう、中央議会で働きかけることを誓います!」
ディオニシオを称える声が会場中から起こる。その一声一声に、ディオニシオは“ありがとう”と言い続けた。
「今日は“私が調べてきたこと”が伝えられて、本当に良かった。ありがとう、ありがとう……」
壇上から礼を述べる彼を見て、ネココが頬を膨らます。
「何よ、全部アイツが調べたみたいじゃん」
「私たちがやったのにねぇ~」
モアも同調する。悟としても、手柄を横取りされた感じがして嫌だったが、これでナサリオのような人が救われるのなら、自分が評価されないくらいどうでもよかった。
「まぁ、ネココ君たちの気持ちも、わからないではないが、ユニットが調べたというと反応がイマイチになるからね。彼がやったとした方が、投票に繋がって我が社の目的も果たせるというものだよ」
「でも、部長ぉ~」
何か言いたげなモアに向かって、ミッキーは人差し指を立てて口を塞いだ。
「それに、今回のケースのように、後になって真実が明かされる時が来るかもしれない。真の功労者が誰だったのか、それを多くの人が知れば、ディオニシオの人気は……。ある意味、これは脅しに使えるかもしれない……なんてね」
そんなことを言っている間に、ホール内では投票に移っていた。候補者の前に置かれた箱に、有権者が様々な棒を入れていく。棒の形状によって票数が違うのは、各人で持ち票が異なるからだ。
持ち票は年齢によっても違うし、所得によっても異なっている。会場にいる有権者の多くが、数千という票数を投じているのは、低所得者層が少ないことを意味していた。所得が少なければ、所得に応じた持ち票も少ない。年齢に応じた持ち票を足したところで、高所得者層の持ち票の前では、象と蟻ほどの差になっていた。そのため、選出会に来る低所得者層は極めて少ない。
「さて、それでは撤収するとしますかね。開票作業は時間がかかるから、発表は明日だろうし……。コブ君、もういいよ。お疲れさん」
コブは触手のような手を巻きつけた皆を下すと、ずっと使い続けていたアビリティ『身体浮遊』の使用を停止した。




