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第十四話 取り引き

 翌日、ディオニシオと会う時間の関係で、バトルにはエントリーしなかった。例の証拠集めもなく、悟たちはスターリングシルバーの出資者のひとり、ヒューゴが来るのを待っていた。

 ドンドンとドアをノックする音がしたかと思うと、派手なコートを着た男が中に入って来た。悟の第一印象は“ガラの悪いのが来た”だった。

「お待ちしておりました」

 ミッキーが笑顔で出迎えたので、その男がヒューゴだと気づく。コブは勿論、ネココやモアも軽く頭を下げているので悟も会釈する。

「じゃ、打ち合わせといこうか」

 ヒューゴが大きなテーブルの前に行くと、ミッキーは資料を持って駆け寄った。悟もミッキーの隣に行き、椅子に腰を掛ける。今日、ディオニシオ邸に行くのは、この3人となっていた。

「まず、奴に見せるものを確認したい」

「ヒューゴさんの方で手に入れられた社畜病発症マニュアル、作成当時の労働大臣による指示書、社畜病を発症していたユニットの日記と訳文、幾つかの会社の依頼記録、それから『脳内映写』の画像になります」

 ヒューゴはマニュアルと指示書以外のものを手に取って、真剣な眼差しで確認していった。

「まだ、弱いな」

「『脳内映写』の画像の方は、これから増やしていく予定です」

「ああ、頼む。ディオニシオはいいとしても、文字資料だけじゃ、マ国の一般大衆にはイマイチ伝わらねぇ~だろうからな。で、『脳内映写』の認知度は上がってんのか?」

「少しずつではありますが、話題になってきています。闘技場のニュースでも取り上げられましたからね」

 テーブルの上に置かれていた新聞を手に取り、ヒューゴはサッと目を通して伏せた。

「裸、か……」

 ヒューゴの一言に、悟は新聞記事の内容を察した。昨日の戦いではアサレアの裸が映されたし、一昨日はバトル前にネココの裸を映している。そっちで話題になっていても仕方がない。

「話し合いは、俺様の方で仕切らせてもらう。基本的には、奴のライバルであるカーステンを追い込む材料を持っていることをアピールしてだな、こっちの要求を飲むなら渡そうという流れだ。『脳内映写』や依頼記録の説明が必要になったら、そんときはお前らの出番だ」

「了解しました」

 悟が同行するのは『脳内映写』を実際に見せることになった場合の為で、話し合い自体はヒューゴとミッキーで進む予定となっている。

「あの、念のために確認しておきたいのですが、情報の入手ルートに関しては如何されます?」

「話してもらって構わないが、まず気にしないだろうな。お前のいた世界は違ったらしいが、マ国の人間は入手経路が適切かなんて気にしちゃいない」

「では、依頼記録は会社に忍び込んで『形態投影』。発症マニュアルや指示書は……」

「俺様のツテで手に入れた、それで充分だ。世に広める時は、良識ある労働省の役人が告発したとかでいい」

 目の前で知らない話が展開され、悟は黙って聴くことしかできなかった。もっとも、割って入ったところで邪魔になるだけだが……。

 ただ、知らない話とはいえ、“依頼記録は会社に忍び込んで『形態投影』した”と言われれば、身内で『形態投影』を使えるのはコブだけなので、彼が担当したのは間違いない。

 忍び込む方法にしても、彼の薄さならドア下をくぐれるので、警備が手薄なら楽勝だろう。なにせ、マ国の玄関は新聞やチラシを下から入れられるように、少し隙間を開けた造りになっているのだから。

「他に、質問は?」

 悟は思いがけず、ヒューゴと目が合ってしまったので、手を挙げて質問をした。

「どんなツテから情報を? 差し支えなければ、教えて頂けませんか」

「ああ、いいぞ。社外秘だがな。最初に訊くが、俺様が情報倉庫をやってるのは知ってるか?」

「はい」

 前にいたスコウレリアには、情報倉庫という有料情報提供サービスがあった。そのオーナーがヒューゴなのは、何度か利用していれば自然と耳に入る。

「情報倉庫には2種類の情報がある。何と何か、わかるか?」

「2種類ですか? 項目別に調べられた情報と……」

 多くの情報が集められている情報倉庫だけに、2種類に分けられるとかえってわからなくなる。有料の情報提供サービスだけに、項目別に調べられた情報があるのは確かだが、それを2種類に分類しても変だし、かといって他の情報も思いつかなかった。

「顧客の情報だ。誰が何を調べたのか、これも価値のある情報だ」

「あっ、そうですね」

 ただ、それは個人情報ではないかとも思ったが、情報の入手経路も気にしないマ国では、問題ないだろうから言葉にはしなかった。

「その中には役人連中が欲しがっているものがある。それが、革命軍が起こした事件に関連する項目を調べていた奴の情報だ」

「何故、そんなものを……」

「革命軍はアイツらにとって、取り締まるべき対象だ。だが、普段は普通のユニットとして暮らしてっから、革命軍かどうか判断できねぇ。そこで“誰が何を調べたのか”って情報を手掛かりに、革命軍メンバーの目星を付けるって寸法だ。病気を治したい奴が病気について調べるように、厄介事を起こした奴は、それに関連するものを調べているってもんよ」

 悟は爆弾事件を起こした犯人が、ネットで爆弾の作り方を調べていたというニュースを思い出した。それと同じように、Aという場所を襲撃するなら、Aについて調べていたとしても不思議ではない。犯人が現場に証拠を残さなかったとしても、そこから辿っていくことができる。いわば、マ国における巨大な閲覧履歴なのだ。

「俺様は奴らが求める情報を提供する、奴らは俺様が要求する情報をよこす。そういうツテだ。今回の社畜病発症マニュアル絡みの物も、ある閲覧履歴と引き換えに手に入れている。まぁ、そういう協力関係があるからこそ、国に対してマズい内容の情報が倉庫にあっても、自分の部署に関係なければ黙ってもらえるわけだ」

「教えて頂き、ありがとうございます」

「おう。じゃ、行くか」

 ヒューゴは席を立ち、会社の外へと向かう。それにミッキーと悟がついていく。


 ディオニシオの家は街外れにあった。

 敷地は鉄柵に囲まれていて、彼のユニットらしき人物が門の前に立っている。長い槍を持った鰐皮の亜人種だ。ヒューゴが挨拶代わりに軽く手を挙げると、その亜人種は門を開けて中へと通した。

 敷地内には砂利が敷かれていて、歩くたびに小石が擦れ合う音がした。これは不審者が近づいた際に、音で知らせる為のものかもしれない。よく手入れされた花壇もあるが、人が隠れられるほどの丈がある植物は無い。家自体はマ国でよく見る白壁のもので、会社より少し大きいくらいだ。

 玄関のドアをヒューゴがノックすると、ドアが開いて中から下半身が蛇の女性が現れた。腕には星印が3つある。

「ヒューゴ様ですね。お待ちしておりました、どうぞこちらへ」

 その女性に案内されて客間へと入ると、そこには口髭をたくわえた中年男性がいた。男性は茶色の髪と目をし、赤いローブを羽織っている。大きな革製のソファに深く腰かけ、何かが書かれた紙に目を通していた。

 他に人がいないことからして、彼がディオニシオだろう。

「やぁ、ヒューゴさん。待っていましたよ」

 ディオニシオは立ち上がると、目の前のソファに座るよう手で促した。ヒューゴから順にソファに座り、テーブルを挟んでディオニシオと向かい合う。

「時間を割いてくれたこと、感謝します」

「感謝だなんて、とんでもない。スコウレリアの名士と話せる機会を逃す者はいませんよ」

 ヒューゴの礼にディオニシオは愛想笑いを浮かべる。ディオニシオが相手だからか、ヒューゴの口調は穏やかになっていた。

「さて、早速ですが、本題に入ります」

「例のカーステンを……というものですな」

 期待に胸を躍らせるディオニシオを前に、ヒューゴは会社で受け取った資料を並べていった。社畜病発症マニュアル、労働大臣による指示書、社畜病を発症していたユニットの日記と訳文、幾つかの会社の依頼記録と『脳内映写』の画像……

 それらをディオニシオに見てもらいながら、ヒューゴは資料について丁寧に説明していった。その説明をミッキーが補足することもあったが、ほとんどヒューゴが一人で喋る状態となり、ディオニシオは髭を撫でながら黙って聴いていた。

「ふむ……」

 一通り聞き終えたディオニシオの反応は鈍かった。

「件の労働大臣がカーステンの祖先にあたり、彼の親族の多くが労働省に勤務している……。そんな彼が、社畜病の正体を知らないわけがないとなれば、社畜病に悩まされる人々のイメージダウンは避けられない。それどころか、恨まれるレベルだ。しかしですね、ヒューゴさん……」

「それだけでは弱いと?」

「ええ、社畜病に悩む人というのは、低所得層が圧倒的に多い。このオルトドンティウムでの地域長選出会は、所得が多い者をどう取り込むのかが鍵ですからね……。彼らの支持を得たとしても厳しい」

 ディオニシオは困り顔で唸った。期待していたほどの材料ではなかったが、何とか効果的にする術はないか模索しているようだった。逆に、ヒューゴは涼しげな顔をしている。

「これを、そういう風に使えば確かに弱い。それは社畜病に縁が無い人には“届かない主張”で終わるからだ。要は聴く者すべてに、他人事に思わせないこと」

「具体的には、どうすれば?」

「社畜病のそれは、それとして伝えた上で、無関係の人間にはこう続ける。“あなたは騙されていた!”“ガチャによる財源確保の為に、嘘を信じ込まされていた!”“騙し続けてきた連中を許していいのか!”“真実を語らない者に、未来を託していいのか!”とね」

 ヒューゴの言葉は内容以上に心を捉えるところがあり、悟は煽情的な演説を聴かされた気分だった。

「ハッハッハ、それはいい。自分も被害を被っていたと気づかされれば、彼らに対する腹立たしさも増す。奴の人気も落ちるでしょう。ただ、国のしてきた事を槍玉に挙げれば……」

「テレンバッハ氏のように消されると?」

「うちには警護用のユニットもいますし、先日頂いたスカラビーもいますから、そこまでにはならないとは思いますが……」

「不安はあるでしょうが、これは千載一遇の好機と捉えるべきだ。あなたはマ国が犯してきた過ちを白日の下に晒し、ひとつの問題に終止符を打てる人物になれる。この国から社畜病を撲滅させるきっかけを作った偉大な存在として、広く語り継がれていく。そうなれば、あなたの人気は絶大。誰も、あなた以外の人間に票など入れたりはしない」

 一気にまくしたてるヒューゴの勢いに押され、ディオニシオは固まっていたが、その言葉を噛みしめるとニヤリと笑った。

「私が、長年の問題に終止符を……。確かに、そうなれば私は……」

 ディオニシオは震える自分の手を見つめていたが、心を決めるとギュッと握り拳を作った。

「いいでしょう。ヒューゴさんの提案に乗らせて頂きますよ。今の風当たりの強さでは、どのみち次はないですからね。で、そちらの要求は前に聴いたもので?」

「勿論」

「わかりました。そちらは必ず」

 ヒューゴとディオニシオは互いの顔を見て深く頷いた。

 それは取り引きが成立した瞬間だった。

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