第十話 ユニットの出資者
「お疲れさん。なんだかんだで、今日も勝ったね」
バトルが終わって観客席に戻ると、ミッキーが立ち上がって出迎えた。
「部長、疲れたよぉ~……」
モアが手をだら~んとさせ、腰を曲げて揺れ動く。
「あたしも、なんか昨日より疲れた」
肩をまわしながら、ネココは首の筋を伸ばして軽いストレッチをする。
「どうしたんだい、みんな。バトル中は、あんなにテンションが高かったのに、随分とグッタリして」
『精神高揚』によって無理やりテンションを上げられたせいか、その反動が今になって倦怠感として現れている気がする。何事も無理やりはよくない。無理やり何かを変更させる能力には、副作用が付き物だと悟は思った。
「まぁ、今日は他の作業が残ってるわけじゃないからね。会社に戻ったらゆっくり休むといいよ」
「はい……」
眠そうに悟やモアが返事をする。ネココは頷いただけだった。
翌日の仕事も、いわゆる証拠集めの一環だった。
「今日の仕事も、昨日と大体同じだよ。社畜病を患っている人に『脳内映写』を使って、例の作業をしている映像を出したら『形態投影』で紙に写す。それが終わったらバトルだ。ただね、少し遠出するから」
社内で一番大きなテーブルの前に皆を集めると、ミッキーは仕事内容をサラッと伝えた。
「では、『形態投影』の紙が必要ですね。僕が持っていきます」
「頼むね、コブ君」
「部長、私が持ってく依頼記録は何処の?」
「依頼記録はいいよ、モア君。今日の相手は、その辺の情報は既に得てるから」
「情報を得てるって、何者?」
「この会社の出資者様だよ」
ミッキーの一言に悟以外が納得する。
「出資者って、二人いましたよね?」
「そうだよ、サトル君。今回、会うのはユニットの方」
「あのマ国で一番有名なユニットだという……」
「ああ、浮遊島のケイモ老師さ」
その名は悟も聴いたことがあった。金貨100枚と引き換えに“ユニットを元の世界に戻すスキル”を使う商売をしていて、国と敵対したこともあるとチェストミールから教えられている。
「浮遊島はね、イクビ海岸に流れ着いたみたいだから、私の『空間転移』でも結構かかると思うんだよね。だから、早めに出発するよ」
それぞれが返事をし、コブは用紙を取りに走った。
街外れの人気のない場所から『空間転移』を使い始めて小一時間、悟たちは浮遊島に上陸した。島は海岸から1kmほど離れた場所に浮かび、形は円に近く、大きさは直径で1.5kmはありそうだった。
島でも『空間転移』を繰り返すうちに、木々が無い開けた場所に出た。なだらかな斜面の先には白い壁の家が一軒あり、家の前には海藻をござの上に並べている老人がいた。老人は白いローブをまとい、白髭をたくわえている。
「こんにちは、老師」
「おお、来たか……」
ミッキーに声をかけられると、ケイモは手を休めて悟たちを見た。
「ミレナさんの具合の方は?」
「変わらんよ……」
ケイモの視線が後ろにある家に向けられる。
「そうですか……。情報は来てると思いますが、作業を始めても?」
「ああ、構わんよ」
そう言って、家に向かって歩き出したケイモの後を、ミッキーを先頭について行く。
家の奥へと通されると、そこには白髪の老婆がベッドの上に横たわっていた。酷く痩せ細っていて、もはや骨の皮の状態に近い。彼女は微かに寝息を立てていた。
「彼女は?」
悟が小声でミッキーに訊く。
「老師の所有者、ミレナさんだよ。サトル君、彼女に『脳内映写』を」
「わかりました」
悟は『脳内映写』発動の準備に入った。
目を閉じて耳を澄まし、ベッドで横たわるミレナの息遣いを感じる。次第に呼吸が合っていく。目を開けると、悟を中心に光の輪が広がっていた。ミレナの頭上には霧が発生し、そこに薄らと何かが見え始める。
映し出されたのは縫い物をする若いミレナと、彼女の傍で同じ作業をする『反復人形』だった。スキップ再生をするように映像は飛び飛びになって、それ自体が彼女たちの作業具合の比較材料となる。
疲れることを知らない人形は正確でスピードも一定、対して人間の彼女はミスをすることもあり、スピードにもバラつきがみられた。
「あの頃の仕事じゃな」
映像を見てケイモが呟く。
「あの頃とは、無償でユニットを元の世界に戻した時の……」
「それで捕まった後になる。ユニットという労働力を多く失ったことで、すっかり目をつけられての……。見せしめのように、『反復人形』と比較し易い仕事ばかり……」
ミッキーの問いに、ケイモはとつとつと語る。悟はユニットがいるのに、所有者が働いているのを不思議に思ったが、何か事件を起こして捕まったのだとしたら、雇う会社もなかったのだろうと考え直す。
もしかしたら、能力のない彼女の方が御しやすいと思われ、敢えて採用して例のマニュアルを使ったのではないかと勘繰りたくなる。
「部長、この映像は如何しましょう? 『形態投影』しますか?」
「これはいいよ、コブ君。昨日のようなのが出たら頼む」
「了解しました」
悟たちは求めている映像が出るまで、ミレナの記憶映像を眺め続けた。十数分が経過したところで、ナサリオが行っていたのと同じ無意味な作業をする映像が出て、それを『形態投影』で紙に写して仕事は終わりとなった。
例のマニュアル通りの展開を確認し、ガチャの反対派だけではなく、労働省にとって都合の悪い存在には、社畜病という対処法を取ってきたのだと思い知らされる。
「老師、終わりました」
「お疲れさん。茶でも飲んでいくかい?」
「いえ、折角ですが、この後も予定がありますので」
「そうか……」
白髭を撫でながら、ケイモは少し残念そうに言う。
「ご協力、ありがとうございました」
ミッキーが頭を下げるので悟たちも真似ると、ケイモは「やめとくれ」と手を振った。
「協力してもらってるのは、こっちの方じゃよ」
ケイモはゆっくりと外に向かって歩き出したが、玄関の前まで行くと立ち止まって振り返った。
「招かざる客じゃ」
「革命軍ですか?」
ミッキーの言葉にケイモが頷く。
悟が気になって外の様子を窓から窺うと、家に向かって歩いてくる人物がいた。その者は、鳥の顔を彷彿とさせるマスクで顔を隠し、茶色のマントを羽織っている。
ミッキーが革命軍と言った組織の正式名称は、ユニット地位向上協会。文字通り、マ国におけるユニットの地位向上を目的としている団体と言えば聞こえはいいが、実際には騒ぎを起こすだけの迷惑な連中だった。
悟は彼らを、そして“彼”をよく知っていた。
今、近寄ってくる人物が羽織っている茶色のマントは何度となく見ている。同じチェストミールのユニットとして働いていたジェホシュのマントと同じものだ。
「どうします? 老師」
「どうもせんよ。向こうが勝手に話をして、帰っていくだけだろうて」
ケイモはマントの人物に向かって行くかに思われたが、あっさりスルーして海藻を並べ始めた。
「それでは、私たちはこれで……」
「ああ」
軽く手を挙げたケイモを見て、ミッキーは悟たちに「行こうか」と声をかける。
ケイモに向かって話し始めたマントの人物の横を、ミッキー、ネココ、モア、コブの順で通り過ぎていく。最後に、悟が横を通った際にチラリと向こうを見ると、マントの人物は悟を見ていた。
悟は立ち止まり、相手を見据えた。




