皇后になりましたが……
「今宵こそ、陛下おわたりになるそうですよ」
侍女の言葉に魔梨沙は立ち上がった。
「ちょっとばっくれるわ」
「またですか…」
魔梨沙の言葉に侍女は呆れた。
後宮に来て半年。
魔梨沙は皇后の位を賜った。
家が公爵家なのと、皇帝陛下の幼馴染みだから。
ただ、それだけ。
別に、二人の間に愛は無い。
政略結婚なのだから。
魔梨沙は後宮になんて入りたく無かったし、陛下に寵愛されたいわけでもない。
というわけで、陛下の渡りをバックレまくっています。
魔梨沙曰く。
「他の妃を寵愛したら?」
だそう。
因みにそれを聞いた皇帝陛下は。
「皇后自ら別の妃を進めるなんて…陛下悲しい」
だって。
陛下は魔梨沙が初恋で、魔梨沙しか愛せないみたいなんだけど。
陛下の思いは魔梨沙には届いてない。
「……また、逃げたのか?」
今日も懲りずに渡りに来た陛下は絶賛落ち込み中だ。
好いた女に逃げられているのだからしかたないが。
「申し訳ありません」
侍女が深く頭を下げる。
「……」
そろそろ、我慢の限界が。
その、アレの。
「…では、心苦しいが」
「はい」
魔梨沙を騙すようで申し訳ないが。
やらせてもらおう。
「皇后さまぁ~。陛下がお帰りになりました。お戻りくださいませ~」
女官の声に魔梨沙は茂みから立ち上がった。
「ふ~、やっとか」
いつも遅くまで魔梨沙を待つ陛下。
その間外で隠れる魔梨沙。
「もー毎日毎日諦めの悪い…」
ふぁ、とあくびをしながら皇后の宮へ。
湯につかって全身を洗われ、寝間着を着せられる。
寝台に直行し、倒れこむ。
「あ~、フカフカ」
枕を抱きしめゴロゴロ転がる。
「…はしたないぞ」
はしたないとか、そんなの気にしない。
脹ら脛が見えようが、腿が見えようが。
ここには自分しかいないし。
………………ん?
今ここには自分しかいない。
では、今の言葉は誰?
「魔梨沙」
幻聴だろうか。
陛下の声が聞こえる。
いやいや、陛下帰ったし。
女官が言ってたんだから。
「魔梨沙ぁ」
はっきり聞こえる声に、魔梨沙は振り返った。
「ひぎゃっ!?」
全くもって、色気のいのじもない声が。
寝台の真横に立つ人影に向けて。
「へ、陛下!?」
居るはずのない。
だが見間違えようのない。
「魔梨沙ぁ~」
固まって動けない魔梨沙の上に、巨体が降ってきた。
「ぐえっ、ぐ、ぐるじい」
ぎゅうぎゅう力任せに抱きしめる陛下に、必死に訴える。
「魔梨沙魔梨沙魔梨沙魔梨沙魔梨沙魔梨沙魔梨沙魔梨沙ぁ~ー」
そんなに連呼しなくても。
これでは図体だけでかい子供ではないか。
「離しなさい!」
「やだ!!」
間髪いれず却下。
「離れろ!」
「いやだ!!」
窒息するんですけど!?
「魔梨沙が悪い!!俺の夜伽をすっぽかすから!!」
「あったりまえでしょうが!」
「なんで!?魔梨沙は俺のこと嫌いなの?」
うっ。その顔はずるい。
その、捨てられた子犬みたいな。
うるうるの瞳には。
昔から勝てないの!!
「違う!違うから!!そんなことないから!」
とりあえず離れろ!
そう叫びたいのを我慢する。
「あぁ、もう!」
涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになった顔を袖でぬぐってやる。
黙って立ってりゃ美青年なのに。
「ありがとう」
ふにゃー、と笑う陛下の顔の何と閉まりのないことか。
「で、何でいるのよ?帰ったんじゃないの」
「帰ったように見せかけた」
なんと姑息な。
「魔梨沙が悪いんだからね!ほんとはこんなことしたくなかったのに」
「………」
「ねぇ、魔梨沙」
「……」
「俺の子、生んで?」
「やだ」
「即答!?」
「私じゃない他の妃に生ませれば?」
「何で魔梨沙はそうなのかな…俺が抱きたいの魔梨沙だけなのに」
何かぶつくさ言ってるが、無視。
「てことで。今から他の妃んとこいって子作り励んでこい」
「淑女がそう言うこと言わない」
別に淑女じゃないし。
皇后の面目気にしてんのかな。別にど~でもいいんだけど。
「やだよ。他の妃は手を着けずに実家に返すんだから」
そう言いながら覆い被さってくる。
「ちょっと……」
どいて、と言おうとしたら、塞がれた。
陛下の唇に。
「な……」
「魔梨沙」
そんな甘い掠れた声で名を呼ぶな!
ときめいちゃうではないか!
「沢山、俺の愛を。君に。君だけに」
夜明け。
二人横になり魔梨沙は陛下の腕を枕にしていた。
機嫌はドン底だ。
「初めての人になんと強引な。しかも何回も…」
「君がバックレた半年分だからね。でも、まだ足りない」
顔を近づける陛下の顔面を片手で押し退ける。
「止めろ変態。これ以上やったら私帰るからな」
「えっやだよ!」
あわあわしながら魔梨沙を抱き潰しそうなほど抱き込む。
「魔梨沙が居なくなったら俺死ぬ」
皇帝がそんなことで死んでいいのか?
「はいはい」
もう、でっかい子供だ。
「ね、あと一回だけ。ね?」
しっかりしつけないと。
後宮にいた約千もの妃を実家に帰した時の皇帝は、生涯にただ独りの皇后だけを愛した。
二人の間には五男四女の子供がいる。
いずれの子らも優秀で、将来安泰だ。
娘らも他国に嫁いでいる。
娘らは皆皇后似で、陛下は結婚を大変渋ったらしい。
結婚相手を本気で闇討ちしようとした陛下に、皇后は笑顔で離縁状を叩きつけたらしい。
陛下は人目も憚らず全力で土下座したらしい。
それを見ていた重鎮らは、本当の権力者は皇后なんじゃないか、と思った。
まさに母は強し、である。
息子に帝位を譲った陛下は上皇となり、皇后は皇太后となった。
退位した後も、二人は変わらず仲睦まじい。




