表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

非道徳的交渉先入観似非同情差別

scene:偶像

作者: 紅羊


scene:偶像


 アフリカの南東部、とある山岳地帯。治安の悪かったこの国は以前から民族間での紛争に悩まされていたものの、扉の出現に伴い発生した亜人や異界人との衝突の影響で今は停戦状態にある。とは言え、争う相手が同じ星の人間か、異なる世界の人種か否かの違いでしかなく、民族間での蟠りや火種が無くなった訳でも、平和条約のようなものが結ばれた訳でもない為、異世界との戦争が終われば再び戦火に見舞われる事は明らかだった。

 そんな休戦状態にあるかつての民族間紛争に巻き込まれ、崩壊した町がある。住民は難民と化し、殆どが隣国との国境地帯へ避難している都合、また、その気候故に動物の姿も見えない町はカラカラに乾いた、不思議な静寂に包まれていた。観光資源だったのか、或いは古いだけの宗教的な建築物だったのか、岩壁の前には人型をはじめとする彫刻の残骸も無数に転がっており、何年と無人だったのだろう雰囲気がそこかしこに見付けられる。

 にも関わらず、捨てられ久しい寺院の跡には、食べるには充分に新鮮な供物が祭壇の上に捧げられていた。灯を中に隠した石造りの燭台に照らされ、無骨ながらも瀟洒な台座の上に色彩の鮮やかな如何にも南国と言った果物が並んでいる。豚だろうか……否、彼らの宗教を考えれば牛だろうか。とは言え、現地のアニミズムに統合された新興の一派に過ぎないのだから、肉の種類に大きな意味はない。この辺りでは豚よりも牛の方が入手し易いという合理的な理由から何でいるだけに他ならなかった。

 更に横の台座には大きな動物らしき何かの骸骨が堆く積まれている。巨大な頭蓋骨だけがどうやらほぼ原形を止めているようで、形容し難い複雑、且つ異様な角や牙などの突起物を見せていた。大きな口は人の子供なら丸呑みにしそうな鰐のようでもある……が、口はもっと厚く、横にも広い。近い種類で言えばむしろ猛獣のような牙を生やした海洋哺乳類だろうか。だが、木の根を逆さにしたような樹状に広がる奇妙な角も頭から生えており、頭蓋骨が何の動物なのかは判断出来そうにない。そもそも一匹の動物の死骸にしては骨の量も多かった。

 玉座と呼べば良いのか、巨石を削り、人が座るような形に作られた場所に人が座っている。場所の位置からすれば、目上の人物が座っているのだろう――が、そこに腰掛けている人物は、ふんぞり返る訳でもなく、やや恐縮しているように見えた。その前には四人ほどの現地住民が傅き、ひとりの初老の男が何かを話している。

 「さっぱりだ」

 異界人である男は、たまたま追いかけていた≪○-|≫の排除の際、こちら側に迷い込んでしまった。近くに扉を確認する事は出来たものの、何故か扉は閉じたまま、開く事が出来ない。仕方なくと放浪していた所、≪○-|≫に襲われている現地人を助ける事となった。元より、≪○-|≫の襲撃によって荒らされていた地域だったのか、現地の兵士は動いていなかったのか、助けた事を契機に男は英雄のように扱われるようになってしまった。

 が、言葉は通じず、身振り手振りでコミュニケーションを取るのが精一杯だ。どうやら神か何かの使いとして奉っているらしい事は、周囲の状況から理解出来る。宗教的な理由か、或いはそういう形を装い、兵力として自身を止め置きたいのかは分からない。まだ≪○-|≫が徘徊しているのは確認している。自分も彼ら≪○-|≫の出所が知れれば、向こう側に帰る手段が見付かると思い、今は利害の一致から、甘んじて奉られているが、やはり、偉そうにするのは性に合っていないように思われる。

 最近までに倒した≪○-|≫は十八。内、三匹が通ったと思しき扉は見付けた。が、閉じていた。いや、閉じられていたのか。恐らくもう消えているだろう……。≪○-|≫の魔王を含め、その眷属達だけは失われた古の術式を使えると聞く。一方的にこちら側へ戦力を送り、テロのような散発的な侵攻を企てているのか。取り分け、魔王ナカンダカリは知略に優れているとの噂もある。

 自分を祀り上げている人々は見るかに文明レベルが低い。勿論、異界人の男が慣れ親しんだ文化と比べて大きく劣ると言う訳ではない。だが、こちら側の国は高い文明レベルを持っている筈だ。現に向こう側にいたとき、こちら側との交渉の様子を見た事があった。引き連れてきた装備や未知の兵器類は素人目にも相当な技術水準を持っている事が分かった。

 「彼らと接触出来れば何か進展もあるか」

 とは言え、ここの現地民を見捨てるのは心苦しい。この辺一帯の扉の出現率は異常だ。現れては消え、≪○-|≫を投入してくる。自然現象的に発生する事は考え難い。若し、意図的に扉の開閉を行っているとすれば、≪○-|≫らはこちらが思っている以上に狡猾だと考えるべきだ。

 しかしながらどこに向かえば良いのだろうか。言葉が通じない以上、明確に目的を伝える事は難しい。やはり、目的を果たすには、どちらかを犠牲にするしかないのだろう。世話になった現地民を見捨てる、或いは、あちら側へ帰るという選択肢を捨てるか。せめて満足にコミュニケーションを取れる相手いれば、状況をもう少し正確に知る事が出来る。

 「???」

 現地民が慌てだした。また、≪○-|≫が現れたのだろうか。いや、危機感が見えない。むしろ、困惑しているようだ。こちらに何かの指示か、了解を求めるような視線が窺える。

 「どうしたんだ?」

 男は万が一に備え、自分の得物を手に取ると、玉座から腰を上げた。洞窟を抜け、やや混乱する現地民の中へと歩き出し、長老と思しき風貌の人物に接触する。手振り身振りを交え、何事かと訴えるも、意味は分からない。

 「貴方に会いたいと言う者が来たと訴えているんですよ」

 久しぶりに聞いた耳に馴染む言葉は、一瞬だけ男の反応を遅らせた。理解が出来ず、知っている筈の言葉の意味さえも疑った。

 「言葉が分かるのか?」

 突如として現れた人物――現地民と違い、肌は白い。やや褪せたように見えても髪は金髪だ。格好も違う。異界人の男は、彼に訊ねた。

 「えぇ。この辺に扉が偶発的、且つ断続的に出現しては≪○-|≫を送り込んでいると聞いて。ですが、何者かが倒していると」

 「あぁ――っと、自分が」

 異界人の男は、自分の得物――神の業物≪~*/_≫を見せた。刀身は赤褐色。形状はやや反り返っている。向こう側では古の術式と同様に奇跡と呼ぶにも等しい力を持つものだ。が、男は≪~*/_≫を受け継いでから、まだ充分な力を発揮できるほどに至らず、ただの≪○-|≫なら未だしも魔王や眷属には遠く及ばなかった。

 「あ、すみません。自己紹介がまだでしたね」

 金髪の男がそう言うと、現地民の人集りを分けて、十数人ほどの仲間と思しき見立ての良い黒服の男女らが近付いてきた。

 「私の名前はレオナール。多世界平和維持活動軍の者です」

 「たせかいへいわいじかつどうぐん?」

 「簡単に説明すると、異世界からの流民を保護し、また異世界との共存共栄を望む非政府組織です」

 「向こう側に帰れるのか?」

 「まぁ、ここでは何ですし、私達の、近くの拠点にお連れしますよ」

 異世界人である男の前に巨大な金属らしき塊が、頭の上の風車を回しながら着地した。

 「ここの人々は?」

 未だ≪○-|≫が散発的に現れる中、危険にさらされるであろう現地民を残す事が気にかかった男はレオナールに確認した。

 「彼らは付近の住人ではありますが、元々、この辺一帯は危険地域ですから、現在、難民等のキャンプが設置してある場所か、もう少し大きい町の方へ移動して貰います。文化的、彼らにとっては歴史的な価値もあろう遺構もありますが、その点は妥協してもらうしかありませんけどね」

 「それなら」

 見捨てる事に躊躇いのあった男はホッと胸を撫で下ろした。

 「あ、そうだ。名乗りがまだだったな」

 異世界人の男は得物を改めて腰に収めると、握った拳を胸の前で三度ほど叩きつつ、自分の名前を口にした。

 「アニエスだ」

 「アニエス?」

 一瞬、聞き間違えかと思ったレオナールが少し驚いた表情を見せる。

 「どうした?」

 「いえ、ただ知り合いに同じ名前の者がいたので」

 苦い顔で応えたレオナールは、アニエスを輸送機へと誘った。中にはまた

別の人物らがいた。外にいた黒服とは異なり、やや緑がかった迷彩の服に鉄の棒を抱えている。あちら側で見た、こちら側の兵士と同じ格好だろうか。厳重な警備だ。アニエスは空を叩くような轟音を上げながら、空に浮かび上がる輸送機の窓から地上を見下ろした。どうやら状況は理解したらしい現地民が手を振っている。お礼のつもりかと思っていた所、レオナールが、そうでしょう、と通訳した。

 「この辺りは彼らにとって先祖の墓、始祖の名が刻まれた遺構があったからでしょう。実際の居住地はその場でなくとも、この場を離れる事は出来なかったようです」

 名残惜しそうな表情に見えたのか、レオナールがアニエスに説明を加える。

 「だが、この辺の≪○-|≫の発生率は異常じゃないか。扉が多いのか?」

 「扉は確かに多いですね。現れては消える、を繰り返しているものが多いようですから、事故や事件が起きる場所を特定するのは難しいですね。未然に防ぐのも、被害を最小限に抑えるのも」

 輸送機は雲が頭上に見えるほどの高度にまで達した。地上は遠く、アニエスにとっては未知の領域だ。海、山、大地。世界の広さを実感する。

 「ところで何処に向かってるんだ?」

 「チュニジアと言う国です。時間はかかりますので、ご了承下さい」

 その後、地上に降り、電車と呼ばれる鉄の蛇を乗り継ぎ、飛行機へと乗り換えたアニエスを含む多世界平和維持活動軍は、目的地であるチュニジアの一都市に到着した。が、移動はまだ続いた。人が往来する都市を抜け、荒れた大地を進み、とある岩石地帯に埋められた入口を潜り、地下に広がる施設へと入って行った場所が多世界平和維持活動軍の拠点らしかった。

 「ここがアフリカ北部、及びヨーロッパ南部で活動する我らの拠点ですね」

 「地下にこんな建物を作るとは……こちら側の技術には驚いてばかりだな」

 技術も凄い。が、何よりもアニエスが感動したのは食事の旨さだった。材料も分からない、況してや調理方法は想像も出来ない料理の数々は、頬を緩ませるばかりだ。たかが数日程度の道程だったが、体重も増えた事だろうと思われる。

 「落ち着いて欲しいところでもありますが、先ずはここを訪れている導師に会って欲しいですね」

 「同志?」

 「指導者ですね、私達、多世界平和維持活動軍の」

 レオナールの案内の下、施設の一画へと向かったアニエスは、会議室ような円卓を椅子が囲う部屋に通された。椅子には何人か座っている。状況から見れば、多世界平和維持活動軍の偉い方だろうか。レオナールの口振りから察するに、奥に座り、逆光を背負うのが指導者と言う人物のようだ。

 「ようこそ、こちら側に。私がこの多世界平和維持活動軍の指導者をしている者です」

 流暢な異世界語だ。アニエスの耳にも馴染む。

 「報告は既に聞いています。君が新しい≪~*/_≫の所有者らしいですね」

 新しい。と言った表現に、アニエスは表情を強張らせた。神の業物を先人から受け継いだのは最近の事だ。勿論、弟子として先人と行動を共にしていたものの、少なくともこちら側でその辺りの事情を口にした事はない。つまり、指導者はあちら側の情勢に精通している事と推測出来た。道中で聞いたレオナールの言葉通りかなり扉などの情報を得ているのだろう。信用出来るかどうかは、また別問題だったが、期待が持てる。

 「私はアニエス。≪~*/_≫の所有者だ」

 アニエスは指導者に名乗ると、向こうの名前も要求した。

 「私はこの多世界平和維持活動軍の皆に指導者、導師などと大層な呼び名で呼ばれる事もありますが、気兼ねないなら気軽に名前で呼んで貰えればと思います。貴方は客人なのですから」

 見た目には人と変わらない風貌を椅子から立たせた指導者は、アニエスに握手を求めるように華奢な腕を差し出した。

 「ナカンダカリです。宜しくお願いします。アニエスさん」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ