03 後日
後日、ボイスレコーダーを返すためにB宅に行った時のことだ。B宅でボイスレコーダーの中身を流したらなんと僕の声だけで神田さんの話した部分だけが無音だった。一人で録音したように僕の話をした部分しか残っていない。どういうことだ?と二人して疑問符を並べる。
実は、行きと帰りは駅で合流している。その時にはちゃんと聞こえていたしBも聞いていた。僕は小説を書くのと今回の話をまとめるために持って帰っていた。Bもこんな器用に神田さんの声だけ僕が抜き取りができるとは思っていない。何よりも喋っている音以外のコップを置く音や二人でイスを引く音、お茶を飲む音などの生活音はきれいに残っているし、ろくおんの時間もずれていない。ありえないことだった。
二人して冷や汗を流して謎を解明するために意見のすり合わせをした。
「なあ、今回の取材相手は神田さんっていう男性であっているだよな」
Bは、眉間にしわを寄せて言う。
「ハイ?何を言ってるんだよ。神田さんは神田さんだよ」
Bは苗字の部分しか出してこない。僕は再度聞いてみる。
「取材相手の名前は?」
その問いにBは首をかしげる。
「…あれ?名前が出て来ない」
Bは何故か名前が出てこないということに顔を青くする。この手の取材をする時には必ずフルネームを覚えていて、かつ忘れないBが取材相手の名前が出てこない。それはおかしいことだった。かくいう僕も何故か神田さんの名前が出てこない。メモ帳には神田さんのお父さんと妻の名前のお話はきちんと書かれているだけだ。Bを落ち着かせるために僕は言った。
「普段からこういうのを取材してるのにお前もこういうの怖いと思うんだな」
僕の軽口にBは少しムッとなって答える。
「確かにこう話は好きだけども…。実際に体験するとなるとやっぱり怖いさ。もし、襲われたら真っ先にやられちゃうだろうしね」
「そうだな」
Bの体を見て答えてしてしまった。確かにそのはみ出しているお腹回りだと逃げられなさそうだ。
「君もさりげなく容赦ないよね」
Bはジト目で僕を見る。少しは落ち着いたのだろう。ここで一つ提案してみる。
「神田さんの家に一緒に行ってみないか。そしたらさ…何かわかると思うんだ」
僕はそう聞いてみてBもうなずく。
「そうだね。とにかく一回お邪魔してみよう」
二人で急いで支度をして神田さんの家に向かった。
神田さんの家に到着したとき僕とBは呆然としていた。なんとそこには家なんてなかったのだ。あまりの様子にBは僕に言う。
「本当にここで合っているのかい?どう見ても空地なんだけど」
僕は地図とスマホのGPSを起動して位置を確認する。しかし、そこには昨日来た場所と同じ位置を映すばかりだった。
「ああ。この場所で間違いない。何がどうなってるんだ」
あんまりな出来事にさっき同じようにボーっと眺めているしかなかった。
そこへ、隣の家から犬を連れて散歩に出ようとしている四十代ぐらい女性を見つけたのでもしかしたらわかるかもしれない。思い切って訊ねてみた。
「こんにちは。あの、すいません。少しお話を聞いてもいいですか?」
親切な人なのか見ず知らずの女性は笑顔で答えてくれた。
「こんにちは。道にでも迷ったのかい?」
「いいえ、そうではなくてですね。ここに空地がありますよね。昔ここに家があって神田さんという人が住んでませんでしたか?」
その問いに女性はこう言った。
「ああ、知ってるよ。あなたたちは神田さんの知り合いかい?」
その問いにBは答えた。
「いいえ。ただ昨日取材でここの空き地に家があって神田さんに会って話したこいつが言ってまして」
Bの言葉に頷いた。
「そうなのかい?それはおかしな話があるもんだねぇ」
と女性は何を言ってるんだというように首をかしげて言った。
「それはどういうことですか?」
女性は辺りを見回して「これからする話は内緒だよ」とでも言うように自分の口に人差し指を当てて小声で話し出した。
「ご近所さんだし少しに関わってたからね。十年前に取り壊されて家は残ってないが、十五年前まで住んでた人だよ。若白髪の目立つ気苦労の多そうな三十代の若者だったねぇ。確か夫婦二人で引っ越してきたはずだよ。十七年前ぐらいに妻を亡くして、その後を追って自殺したっていうのはこの辺りで一時だけ話題になったのよ。私も葬儀にも参加したしね。だから、生きてるはずがないのよ」
その話に僕は少し眩暈がしそうになったがとりあえず女性にお礼を言った。
「そうですか。詳しい話ありがとうございました」
「だいぶ昔の話だったから構わないよ」
そう言って女性は犬を連れて歩いて行ってしまった。僕とBは、女性の話にさっきまでと同じようにしばらく立ち尽くすばかりだった。