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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

気になるあの子と私のチガイ

作者: 藤堂みちる

 私があの子を見つけたのは、2クラス合同で行われた体育の授業のときだった。


 あの子は、何人もの友人に囲まれたその中心にいて、にこにこと優しそうに笑っていた。たまに相槌を打つ際の笑顔が、どこか嘘っぽくて、私はすぐに興味を持った。


 しばらく観察していると、彼女もまた、自分と同じ側の人間だと分かった。あの子の周りの人達は、あの子が表も裏もないような顔をして、聖女のように神々しく笑う姿を本物だと思っているようだった。けれど、私は騙されなかった。あれは、全てがつまらないと思っているときの顔だ。友達が話す恋愛の話も、整列するように言う教師の声も、後ろからがやがやと聞こえてくる生徒のざわめきも、この世のありとあらゆるものに価値なんてないと信じ込んでいる顔だ。いくらあの子が取り繕うとしても、私には分かる。だって、私もまたあの子と同類なのだから。


「みずきー。どこ、見てるのっ」


「え?」


 私の“ガールフレンド”の一人であるクラスメイトが私を小突いた。私はその拍子に少しよろける。


「えー、誰のこと見てたの?みずきってば、この浮気者ー」


 その横で、別の“ガールフレンド”が頬を膨らました顔をして、私の腕に絡みつく。


「いや、ちょっとね」


 私はさも、何でもないという振りをして視線を“ガールフレンド”達へ戻した。

 私の周囲にすずめのように群がる女の子達。

 私は彼女達にとっての電信柱のような役割を果たしている。


「気になる子でもいた?」


 名前も知らないすずめが囁く。その途端、ぴーぴーと他のすずめ達までもが一斉に口を開いた。


「嘘!そんなのだめっ。みずきはあたし達クラスの王子様なんだから!」


「そうだよ!みずきはAクラスの女子だけのものなの」


「あー、私、みずきが誰を見ていたか、分かっちゃったかも。ね。あの可愛い子でしょ。隣のクラスの早坂…えーと、なんだっけ」


「ああ、早坂みずほ!癒し系ってやつ?Bクラスでいっつも構われてる子だよね。顔も可愛いし。でもでも、みずきが見惚れるのは許せなーい」


「うちのみずきはBクラスには渡しませんっ」


「別に見惚れてたわけじゃないって。ただ、見ない子だなあって思っただけよ」


 私は心の中に、あの子の名前が早坂みずほであると書き留めた。私の今の関心は、早坂みずほ。ただ一人だけだ。


「本当にー?」


「本当だって」


 しつこい。こういうところが、面倒で、死ぬほど嫌だ。


「…みずきが言うなら、信じる」


「私もー」


「うん」


 口々に声を揃える“ガールフレンド”の姿を見て、私もまた早坂みずほが浮かべる笑顔のように、とびきり優しい笑みで顔を覆った。


 私が今、何を考えているかなんて、目の前のすずめちゃん達には分からなくて良い。分かってしまったのなら、それは観念して、正直に白状しようと思うけれど、それには多分、地球を裸足で一周しようとするくらいに無知で無謀で、つまり一生かかっても無理だということなので、すっぱり諦めた方がいい。それに、私がこうして、クラスの中心的な存在に祭り上げられてしまった現状を、当の私がどれだけつまらないと嘆いているかなんて、彼女達にしても知りたくないだろう。


 はっきりと言っておくが、これは私が望んだことではない。晴れて女子高へ入学後、気が付いたら、クラスの王子様的ポジションに祭り上げられていて、もう逃げも隠れもできないくらいにがちがちに周囲を固められていたのだ。


 年頃の、しかも性欲に飢えまくった女子って、とんでもなく恐ろしい。女子高にいる子達は清純だなんて、一体、いつ誰が言い出したのだろう。これもはっきりと言っておくが、そんなのは嘘っぱちだ。わざわざ、私みたいな女性と男性の中間にいるような存在をとっ捕まえて、男の象徴を作り出さなくては、口にするのもはばかれる理由で卒業すら危うくなるほど、彼女達は己の性衝動に乗っ取られている。


 私はこの現実に、ほとほとうんざりしていた。女子高に入らなくても、多分、今と変わらず、うんざりしていたと思うけれど、それにしても、この世の何とつまらないことか。私に群がる女子達の会話のつまらなさはだいぶ前から分かっていたことだけれど、こうなると、全てが煩わしくさえ感じられる。


 そういうわけで、そんなときにあの子を見つけたものだから、私は同類を得たと思って、並々ならぬ関心を早坂みずほに抱いたのだった。


 気が付けば体育の授業は終わっていた。次の授業の為にぞろぞろと移動する生徒の中に、早坂みずほの姿はなかった。私がぼうっとしている間に、とっくに先に帰ってしまったのだろう。私は酷く落胆し、両脇をクラスメイトに支えられながら、相変わらず無意味なお喋りをぴーちくぱーちく両耳に垂れ流された状態で、教室まで戻った。


 早坂みずほの存在を知ってからというもの、私は別人のように変わった。生まれ変わったのだ。まるで探偵のように、放課後、下校する早坂みずほの後を堂々と追い掛け回した。いや、探偵というよりはどちらかというとストーカーに近い。何故なら、私は私が彼女に関心があると気付かせたかった。この行為は、私の“ガールフレンド”達の目を盗んで、秘密裏に行われたが、私が隣クラスの女子のことを尾行していることはついぞバレることはなかった。私は用心深く、また、世間の目を気にするタイプの人間だったからだ。


 そして、六月の良く晴れた日の夕方。それまで、彼女がいつも利用していた駅の改札を通り過ぎて、そのまま反対側の出口へと歩き続けたところで、私は、今日がついに待ち続けていた運命のその日になると確信した。

 予想は的中し、私と早坂みずほは、駅の裏側にひっそりとたたずむ薄暗い公園で初めて、まじまじと互いの顔を見交わし、念願の初対面を果たした。


「あなた、ここのところ、ずっと私をつけていた人でしょ」


 最初に言葉を放ったのは、早坂みずほだった。初めて聞く彼女の声は、涼やかな音色をしていた。

 私は素直に顎を引いた。


「ええ」


 私が自分の変態的行為をこれほどすんなり認めたことに早坂みずほは明らかに戸惑った様子を見せた。


「…制服を着ているんだから、同じ学園の子よね。ねえ。どうして私を尾行するの?私、あなたに何かした?」


 早坂みずほはどこか不安そうな表情で、スカートの前で組み合わせた両手の平をこすり合わせていた。


「何か、気が付かないうちに私が何かしていたのなら、謝るわ」


 どうも、早坂みずほはどこの誰とも分からぬ得体のしれないこの私に、不信感と恐怖心を抱いているようだった。順調に学園生活をこなしてきた彼女にとって、目の前の私という存在はとんでもなくイレギュラーな人間に映るだろう。


 何故分かるのかって、もしも、私が彼女の立場だったら、それは怯えていただろうから、分かるのだ。そう。私には早坂みずほが何を考え、何を思っているのかが手に取るように分かる。


「…でも、私、あなたのことを何も知らないの。本当よ」


 困ったように私を見つめる早坂みずほの瞳に、私は思わず心臓を撃ち抜かれた。ずきゅん。こんな子犬みたいな純粋な顔して、ずるい。


「好きです」


 気が付けば、自己紹介や初対面の挨拶なんかを全てすっ飛ばして、熱に浮かされたまま、愛の言葉を口にしていた。

 早坂みずほは一瞬、驚いた顔を浮かべたが、すぐに私の正体を予想して、ほっと溜息をついた。それは心からの安堵の吐息だった。


「…有難う。気持ちは嬉しいわ。でも、私、申し訳ないけれど、女の人は友達としてしか見れないの」


 彼女はあっさりと私の人生初となる愛の告白をそんじょそこらのすずめ達と同様に、ぺしゃりと地面にはたき落とした。

 私が黙ったままでいると、彼女は私がショックを受けているのだと勘違いして、同情するような眼差しを向けた。


「それに、あなたの名前も知らないし…せっかくだけれど、ごめんなさい」


「友達からでもいいわ」


 私の口から、またもや勝手に言葉が飛び出していった。


「え?」


 彼女はもう一度、初めて私を見たときのような動揺を顔に表した。取り繕った笑顔の下に念入りに隠したはずの素顔が見える。


「私はAクラスの宮野みずき。人から好かれるのは慣れているけれど、自分から気になったのは、あなたが初めて。私、あなたのことを体育の授業で見かけたわ。友達に囲まれていたけれど、全然楽しそうじゃなかった」


 ごくり、と彼女が息を呑んだ。

 私は間髪入れずにまくし立てた。


「心配しないで。誰かに言いふらすつもりはないわ。私もそうなの。あなたと同じよ。毎日、たくさんの人に囲まれているけれど、全然楽しくない。つまらない。退屈なの。息をすることすら、面倒だって思っていた。あなたに会うまでは。私、自分がこんなのだから、同じような人間が分かるの。あなたも、私と同じで、身の回りの全てのことをつまらないって思っているでしょ?私なら、あなたのその孤独を分かち合える。私達、お互いに初めての友達になれると思うの」


 一息に言い終えてから、私は彼女の反応を待った。

 早坂みずほは、きょとんとした顔で私を見つめていた。だが、少しすると迷うように口を開いた。


「…みずき、さん」


「ええ」


 私は微笑みを浮かべて頷いた。初めて、自分の名前を彼女に呼んで貰えた幸せに、くらくらした。


「ええ、なあに」


 けれど、早坂みずほはゆっくりと躊躇うように言葉を紡いだ。


「……私、別につまらないんじゃないわ」


「そんな、私の前で、強がることなんてしなくていいのに!」


 この場においても否定しようとする往生際の悪い彼女に、私は声を荒げた。

 早坂みずほはけれども静かに首を振った。


「強がりじゃないわ。私はただ…ただ、全てを諦めているだけ。友達を作ろうという気もないし、恋人だって勿論必要ないわ。生きるという行為に一生付きまとう煩わしい全てのことを、この世に生まれてきてしまったが故と諦めているだけ」


「諦める…?」


 私は早坂みずほの淡々とした説明を聞いて、首を傾げた。嘘。嘘よ。だって、私と彼女は同じ側の人間だって、私、分かるのに。


「私とみずきさんは多分、違うわ。同類じゃない。今の話を聞いて、分かったでしょう。私は諦めているけれど、あなたは違うわ。退屈だと言いながら、その退屈を抜け出そうと、私に話しかけて、プラスの感情を得ようとしているんだから」


 早坂みずほは先程までの愛らしさをさっと吹き飛ばして、冷たく言い放った。

 今度は私が動揺する番だった。


「で、でも、私、あなたのことを分かってあげられると思うの。だって」


「無理ね」


 早坂みずほは私の懇願を一蹴した。


「言ったでしょう。私は全てを諦めて生きているの。つまり、現状をそれなりに受け入れているのよ。抜け出そうと必死にもがいているあなたと違ってね。…ま、興味があるフリを見抜かれたのはあなたが初めてだから、特別にここまで教えてあげたけれど、これ以上、私とどうにかなろうだなんて、考えない方がいいわ」


 私はもう何も言えなくなってしまった。

 私の目の前にいる早坂みずほは、全くの別人に見えた。


「ねえ。次に会っても、私、あなたのことを覚えている自信がないから、あなたも私のことは知らないように振る舞ってくれる?…それじゃ、ごきげんよう」


 私が何か言う前に、早坂みずほはくるりと背を向けて、駅の方向へと歩き出した。次第に遠ざかっていくその背中を目で追いかけながら、私は呆然とその場に立ち尽くした。まさか、これまでのことは全部、私の思い違いだったと言うの。そんな、馬鹿なことってあるの。思い描いていた早坂みずほとの時間は、嘘みたいにあっけなく終わった。


 公園の時計がボーン、と五時の鐘を打った。カラスの鳴き声がどこか遠くで聞こえる。夕闇がもうすぐそこまで迫っている。

 私はようやく、自分の予想が完全に外れていたことを理解した。改めて客観的にこの状況を見てみると、私って、ものすごい間抜けだ。今までずっと己の勘違いで浮かれていたなんて、救いようのないバカ。今更、かああと頬が熱くなるのを感じる。


「………」


 だが、あれだけこっ酷くフラれ、冷たくあしらわれたというのに、私の心はまだ、不思議とざわついている。彼女は、私がプラスの感情を得ようとしているのだと言った。それなら、この瞬間の胸の鼓動もまた、そうなのだろうか。


「…明日も追いかけたら、さすがに怒るかしら」


 にこにこと聖女のように笑う彼女の下に、あんなに冷たい瞳が隠れているなんて知らなかった。記憶の中にあるあの瞳を思い浮かべるだけで全身がぞくぞくしてくる。


「……振り向かせて見せるわ」


 すべてを諦めている、と言った風変わりな彼女の理解者になれるのは、やっぱり、自分で言うのもアレだけれど、同じく風変わりな私しかいないように思えた。同類ではないかもしれないけれど、彼女の一番近いところにいるのは、間違いなく私だ。そうでなければ、あの完璧なまでによくできた微笑みの仮面を見破ることなんて、絶対にできなかったはずだから。


 記憶の中にある、呼び止めることもできなかった彼女の背中を思い出す。その姿はどこか寂し気に見えた。


「…明日も、明後日も、続けて見せるわ。あの子が、私を友達だと認めてくれるまで…ずっと」


 夕日が徐々に傾いていく中、まるで根拠のない自信を大事に抱えて、私は翳りゆく世界の中を一人寂しく歩き出した。



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