x3-8.『とうろくする』
「はぁ……ここには無能しかいないのか」
ユーノンはため息を吐き、しっかりと、そしてはっきりとした声でそう呟きます。それを聞いた男共の顔に青筋が浮かび、次いで、顔を赤くし怒りを表します。
どうしてこうなってしまったのでしょうか。いえ、原因はわかっているのです。少し現実逃避なるものをしてみたくなっただけです。
まさか大の男が、大の大人が、あろうことかどう見ても幼い少女に絡むなどと誰が思うのでしょう。あまつさえ、その少女の言葉に、本気で怒るなどと誰が想像できるというのでしょうか。
私の想像していた冒険者というものは、実際の冒険者とは大きくかけ離れた存在だったようです。
話は数時間前にさかのぼります。
ユーノンの転移魔法で王都の人目のない路地へと転移してきた私達は、すぐに大通りへと移動し、街並みを眺めつつ冒険者ギルドを目指しました。場所はメイさんが知っているようなので、迷うこともなく進んで行きます。
なぜこの世界へ初めて来たはずのメイさんが王都の冒険者ギルドの場所を知っているのか、なんてことを不思議にも思いましたが、ユーノンやメイさんに対し、いちいち疑問を持ってもしょうがないということを、私はほんの少しの時間を彼女達と接し、学びました。気にならないというわけではありませんが、細かいことを気にしていたら、私の頭の中は疑問で埋まってしまいます。勇者達は疑問にも思っていないようなので、既に彼女達に毒されてしまったのでしょう。いえ、この疑問が『細かいこと』だと思ってしまっている私も、既に彼女達に毒されているのかもしれませんね。
そんなわけで、何の問題もなく無事に冒険者ギルドへと辿り着いたわけなのですが、そこからが問題の連続でした。
まず扉を開け中へ入ると、無遠慮な視線が私達に突きつけられます。多くの視線にさらされることになれていない上、その視線の主が屈強そうに見える男達とあって、私はすくみ上がってしまいました。勇者達も、私ほどではありませんでしたが、戸惑っている様子。何の影響も受けていないのは、ユーノンとメイさんの二人だけでした。
男達はそんな私や勇者達の様子を見、嘲笑する者、哄笑する者もいましたが、ユーノンとメイさんが怯えたりしていないことに気づくと、怪訝な顔をしたり、不満気な顔をする者も何人か出てきます。もう既に、これだけで冒険者という存在の程度の低さが伺えますね。
しかし、その顔は続きません。男達はすぐに好色な顔つきへと変わり、下卑た視線を投げかけます。主にメイさんの方へ。
それは恐らく、当然のことなのでしょう。ユーノンもメイさんも、女である私ですら見惚れてしまうほどの美しさ、可愛らしさを備えているのですから。特にメイさんはその美貌に加え、男性の目を引きつけてしまう――いえ、女である私の目も惹きつけられてしまいますが――豊満な胸が存在しております。より多くの視線を集めてしまうというのにも納得でしょう。しかし、少々視線があからさますぎではないでしょうか?傍から見ている私ですら、不愉快に思ってしまうほどの遠慮のなさです。まあ、本人は気にした様子すらなく、涼しい顔をしていますが。
「ほら、さっさと行くよ」
動きを止めてしまっていた私達に、ユーノンがそう言って前へ進むことを促します。ユーノンも男達の視線を全く気にしていないようです。ならば、私がこの不愉快な視線を気にするというのもお門違いでしょう。出来るだけ気にしないようにして、私も歩を進めました。
「冒険者登録をしたいんだけど」
受付へと辿り着くと、ユーノンが受付の男性へと向けてそう言いました。
受付の男性は私達を一瞥し、馬鹿にしたように鼻で笑います。
「あなた方がですか?」
確かに私達は女子供の集団といっても良いでしょう。男性もいますが、この場にいる男達と見比べると頼りなく感じるのかもしれません。
しかし、だからといって、この態度は何なのでしょうか。冒険者ギルドの顔とも言うべき受付が、相手を馬鹿にした態度を取るなんて思いもしませんでした。
「そうだけど?さっさとしてくれない?」
あ、ユーノンもちょっとだけイラついていますね。少し言葉にトゲがあるように感じます。
それを聞いた受付は『面倒だ』という気持ちを隠すつもりもないのか、明らかにやる気のない様子で対応を始めます。
「登録は全員ですか?」
「もちろん」
「はぁ、それではこちらの――――」
「オイオイオイオイ、ここはいつから子供の遊び場になったんだ?」
と思いきや、横槍が入りました。男が四人ほどこちらへと近づいて来、私達を見下ろします。
「嬢ちゃん達よう、おままごとなら他所でやんな」
「子供の来るところじゃねーんだよ。まぁ、そこの色っぽいネーチャンだけなら俺達が面倒見てやってもいいがな」
「ああ、色々と面倒見てやるぜ、色々となぁ……へへっ」
「おいおい、せっかくだから他の奴等もちゃんと面倒見てやれよ。僕ちゃん達がせっかく冒険者になるってんだから、俺達が訓練付けてやろうじゃないか。ちぃっとばかし痛い目見るかもしんねぇけどなぁ」
辺りに下品な笑い声が響き渡ります。なんと下劣な人達なのでしょうか。
今まで私の周囲にいた人達も、お世辞にも上品とは言い難い者は何人かいましたけれど、ここまでひどい人間はいませんでした。このような人間が存在するという事実に、驚きと戸惑いを隠せません。
しかし、そんな風に驚愕している私とは違い、ユーノンは平常運転でした。まるで相手にもしていません。
「続きは?早く登録したいんだけど」
男達の声など耳に入っていないとでも言うかのように、受付へと登録の続きを促していました。しかし、そんなことをされれば男達は面白くありません。男達はユーノンに狙いを定めて絡み始めました。
「オイ、ガキ、テメェ何無視してくれてんだ」
「うるさいなぁ、私はゴミにかまってるほど暇じゃないんだけど」
「ア?誰がゴミだコラ」
「あぁもう、本当にうるさいな。いちいち大声出さなくちゃ話すこともできないの?」
「テメェ死にてぇのか?ガキだからって容赦しねぇぞ」
ユーノンもなかなかに煽りますね。そしてそれを真に受けて幼い少女に凄むとは、いい年をしてなんとも残念な頭です。
自分で最初に暴言を吐いておきながら、相手に反撃されるとキレるだなんて、ちょっと人生なめすぎなんじゃないですかね?どうして自分は暴言を吐いておきながら、相手は言い返してこないなどと思い込めるのでしょうか?幽閉され過ごしてきたため、世の中の常識を知らない私ですら、その程度のことは理解できますよ?
「あのさぁ、ウザいのが絡んでくるんだけど、なんか言うことないの?」
「ありません。当ギルドは基本的にギルド員同士の争いには関与しませんので、ご自身で対処なさってください」
ユーノンが受付の男性へと、絡んでくる男達をどうにかしろと暗に伝えます。しかし、返ってきた言葉はまさかの不干渉。流石にここまで酷い状況を目の当たりにすると、一周回って憤りさえ覚えません。まあ、相手がユーノンということで、安心して見ていることができるからかもしれませんが。ユーノンだったら、何があっても大丈夫という安心感がありますよね。規格外なレベルの魔王様ですし。
「私まだ登録してないんだけど?」
「今から登録するのでしょう?今後も同様のことがあるかもしれませんし、現実を知ることのできるいい機会では?」
ああ、やはりこの受付の男性は、私達を侮っているのですね。
別に侮るのが悪いとは言いません。実際、私達は侮られてもしょうがない容姿をしていますし、逆の立場であれば、私も恐らく侮っていたのかもしれません。しかし。しかしですよ。ギルドの顔とも言うべき受付が、あからさまにそれを顔や態度、ましてや言葉で示すというのはどうなのでしょうか。流石のユーノンもこの言葉には呆れた様子でした。
そして決定的な一言が、ユーノンの口から漏れてしまいます。
「はぁ……ここには無能しかいないのか」
そのユーノンの呟きに、一瞬、空気が凍ったような気がしました。そして次の瞬間、幾つもの憤怒の表情がユーノンへと向けられます。
「ガキ、どうやら命が惜しくないようだな?」
「ん?なに?自分の無能っぷりを指摘されたからって、暴力で解決しようって?だから無能って言われるんだよ」
「テメェ……」
「弱い犬ほどよく吠えるって言うよね。そもそもさ、もし自分にベテランとしての自負なんかがあるんだったらさ、登録しに来たばかりの初心者相手に噛み付いてる時点で三流以下だってことを理解しなよ」
ユーノンはストレートに心をえぐりに行きますね。男達は多少の自覚はあるのか、言い返せずに言葉を飲み込んでいます。
「てかさ、女子供相手に力でねじ伏せたとしてさ、それは自慢できることなの?胸張って『俺は冒険者だ、子供を暴力で黙らせてやったぜ、どうだすげーだろ』とか言っちゃうの?私だったら恥ずかしくて街歩けないね」
そしてユーノンは更に言葉を続けます。確かに、私も恥ずかしいですね。男達は苦渋に満ちた表情をしています。反論なんてできませんよね。これに反論できる人は、余程頭がおかしいのだろうとしか思えないような正論なのですから。
「ギルドもギルドだよ」
今度は冒険者ギルドの職員へと飛び火しました。ギルド職員達は何を言われるのか戦々恐々としているようです。
「どこから未来の優秀な冒険者が出てくるのかわからないってのに、初心者保護しないなんて馬鹿なんじゃないの?」
そうですよね。今現在優秀だと言われている冒険者だって、最初は初心者だったはずなのです。その芽を目の前で摘まれようとしているのを黙って傍観しているギルド職員など、無能だと言われても仕方がありませんよね。
「そうやってあなたたちが馬鹿にしたり、見捨てたりした冒険者がさ、将来優秀な冒険者に成長したとして、あなたたちはどの面下げてその冒険者に対応するの?過去のことはすっかり忘れて、普通に対応するの?馬鹿にしてるよね」
ユーノンが話し終えた後、その場は静寂に包まれました。




