x3-6.『なまえをよぶ』
「これから一緒に活動するわけじゃない?それならさ、私のこと『さん』付けで呼ぶのやめない?」
「……ほわっつ?」
えーと……どんなことをお願いされるのかと思えば、それだけ……なのでしょうか?私でも願いを叶えられそうだと少し安堵する気持ちと同時に、しかし、本当にそんな簡単なことなのでしょうかという疑問も湧き上がってきます。ユノさん程の方からお願いされるようなことなのです。何か私では理解できないような、隠された意味があるのかもしれません。
勇者達もユノさんの言葉の真意をはかりかねているようで、ノゾミさんなんかは疑問を口にしながら首をかしげています。
「いや、本当に言葉通りの意味なんだよ。今まではさ、もう会うこともないと思ってたから放置してたんだけどね。さすがに年上の人にさん付けで呼ばれるのは抵抗があるわけなんですよ」
しかし、私達の疑問はただの杞憂だったようで、本当に言葉通りの意味だったようです。
それにしても、呼び名なんてものはわざわざお願いする程のものなのでしょうか?私は忌み子という、他人に疎まれる立場であったため、自分の呼ばれ方に頓着したことがありませんでした。そもそも、そのせいで極端に他人との接触が少なかったため、気にする必要もなかったという理由もあるのでしょうけれども。今後は私も、名前の呼ばれ方を気にするようになったりするのでしょうか?もしそうであれば、今までの私から新しい私へと変わったということが実感できるような気がして、少し楽しみでもあります。
「なので、呼び捨てでも愛称でも、なんでもいいので別の呼び方を所望します!できれば愛称希望!」
「あー、確かに気持ちはわかるんだがなぁ。一度定着した呼び名って、なかなか変えるのは抵抗があるんだよなぁ」
「ユノさんはアタシ達の恩人だからね!アタシ、マジリスペクトしてるし!恩人相手に呼び捨てなんてとんでもない!」
「本当になんでもいいんだよ!ゆのっちでもゆのゆのでもゆのりんでもユノックスでもユノリウス13世でも、なんでもいいんだよ!」
「いや、普通に『ちゃん』付けとかでいいんじゃねぇの?ってか、最後の何だよ……」
ユノさんの希望にコノエさんとノゾミさんが難色を示すと、ユノさんは勢いよく立ち上がり、必死になって更に希望を訴えかけました。しかし、随分と愛称の候補がすぐに出てきましたね?あらかじめ考えていたのでしょうか?それとも、今この場で?
どうやら私と同じことを思ったらしく、サヨコさんが疑問を口にしました。
「それ、今、考えた、の?」
「いや、もし私があだ名で呼ばれるとしたらどんな呼び名になるのかなぁって、暇な時に妄想してた!ちなみに、まだまだあるよ!」
「なんと、悲しい、理由……。それ、胸張って、言うことじゃ、ない」
サヨコさんはそう言いますが、なぜそれが悲しい理由なのでしょうか?別におかしなことは言っていないと思うのですが……。いえ、自分のあだ名を自分で考えているという時点で、十分におかしなことなのかもしれませんけれど。
ああ、少しわかったかもしれません。自分の愛称を自分で考えるということは、自分が愛称で呼ばれたことがないからですよね?つまり、愛称で呼び合うほどの親しい友人がいないということになるのでしょうか?それは確かに、悲しい理由なのかもしれません。親しい友人がいないという点では、私も人のことを言えませんけれど。
「まあ、そんなことはどうでもいいんだよ!早く私に、愛称ぷりーず!」
「って言われてもなぁ……」
「はいはいはい、アタシ、ゆのゆのに一票!」
「じゃあ、私は、ユノリウス13世に、一票」
「うぉっ、え?何?投票で決めるのか?ってか白井、よりによってそれを選ぶのか……」
「あー、小夜子ってそういうとこあるよなぁ……」
ノゾミさんが挙手をしながら勢いよく意見を言うと、サヨコさんもそれに続きました。それに対してコノエさんが困惑し、ヤシロさんが苦笑いをしています。
「ほらほら早く早く、後は近重くんと社くんとルミナちゃんだよ!」
「えーと?いや、どれも普通に恥ずかしいんだが……。普通にユノちゃんとかじゃ駄目なのか?」
「コノと同じく。消去法で考えて、かろうじて口に出せそうなのがユノちゃんくらいしかないぞ」
「えーーー、つまんなーい。つーーまーーんーーなーーいーー。二人ともユーモアが足りないよ!ここはあえてゆのりんとかに票を入れてみなくちゃ!ゆのりんって口にする近重くんと社くん……ぶふっ……くっ、ふふっ……」
「いや、お前自分で勝手に想像しといて笑うなよ……」
ノゾミさんがお二人に駄目出しをした後、想像した内容がおかしかったのか、声を押し殺して笑っています。いえ、押し殺せてはいませんが。
確かに、あのお二人がゆのりんと口にする様を想像すると、少し滑稽に思えてしまいますね。
「くっ、ふっ……ごめんごめん、それじゃ、ルミナちゃんの意見は?」
「私もあまり砕けた呼び方は慣れていませんので、ユノちゃんが一番呼びやすいかなと思います」
「えー、じゃあ、ユノちゃんが三票で決まりなの?」
ノゾミさんがそう口にした瞬間、ユノさんが膝から崩れ落ちました。
「おぅ……なんということでしょう。せっかくのあだ名を付けてもらえそうな機会だったのに、このような無残な結果に……」
そんなに愛称を付けて欲しかったのでしょうか。そこまで落胆されると、少し罪悪感が……。
「あーあ、恩人相手に何たる不義理。どうすんのよこれ、思いっきり失望してんじゃんよ?あ、ルミナちゃんは気にしなくていいからね。悪いのはこの恩知らずな二人だから」
「なんだよその差別は。いや、確かにそんながっかりされると悪かったって気持ちにはなるけどさ」
「というわけで、アタシが独断と偏見であだ名を付けちゃいます。異論は認めぬ」
すると唐突にノゾミさんが、ユノさんにあだ名をつけると言い出しました。さすがにあれほど落胆する様を見せつけられてしまえば、この言葉に異議を唱えることなどできるはずがありません。
そしてその言葉を聞いたユノさんは、期待のこもった目でノゾミさんを見つめています。
そんな様子を見てしまったコノエさんとヤシロさんも、もはや反論の言葉はありませんでした。
「それでは、ユノさんの愛称は『ゆーのん』に決まりました―。はい拍手!」
パチパチパチとまばらに拍手の音が聞こえます。ユノさんとメイさん以外の全員が拍手をしていますが、人数が少ないため、少し寂しい感じがします。しかしそれでも、ユノさんにとっては嬉しいことだったようです。
「私、ゆーのん?」
「うん、ゆーのん。おーけー?」
「あー、ゆーのんか……まあ、外国人風の名前だと思えば、いけないこともないか?」
「まあ、俺としてもギリギリ許容範囲内……ということにしておくか」
「良かったですね、ナハブ」
「あ、やっぱりきぃちゃんはそれなのね。うん、知ってた」
ユノさんはユーノンという愛称にとても満足しているようで、ニコニコとしています。メイさんがしれっと愛称をスルーしていますが、もともとそれは諦めているみたいで、気にしてはいないようです。
しかし、ナハブというのは愛称とは違うのでしょうか?もしかしてファミリーネーム?でも、保護者を名乗るメイさんが、ファミリーネームでユノさんのことを呼ぶというのもおかしな気がします。勇者達はナハブという呼び名については気にしていないようなので、彼女達の世界の常識的な何かがあるのでしょうか?
「ありがとう望さん!みんな、これからは私のことゆーのんって呼んでね!」
「うん。でもさ、アタシ達がゆーのんって呼ぶのに、ゆーのんはアタシ達のことさん付けで呼ぶのは不公平じゃない?ってことで、アタシ達もあだ名を所望します!」
「え?アタシ達?ってことは俺らもか?」
「もっちろーん!この際だからさ、みんなあだ名で呼び合おうよ!」
「あ、それさんせー」
「それでは皆様、ぜひ私のことはきぃちゃんと――」
「ごめんなさい、それは無理です。ちょっとハードル高すぎます」
「うん、だからさ、きぃちゃんもいい加減あきらめようよ」
ノゾミさんの提案にメイさんが真っ先に反応しましたが、速攻で却下されて寂しそうにしています。
「って言われてもなぁ。俺達もあだ名でなんて呼ばれたことねぇしなぁ」
「大丈夫、ちゃんとアタシに考えがあるから。
そしてノゾミさんが一人一人順番に指を指しながら、名前を言っていきます。
「ぞみー、さよち、やっしー、ロイヤルナイツね」
「いやちょっと待て、俺だけおかしくないか?」
「ん?何かおかしいか?ロイヤルナイツ」
「別に、おかしく、ないよ?ロイヤルナイツくん」
「いやいやいやいや、ちょっと待て。待ってください。なんでお前ら二人いきなり話に乗ってんだよ。勘弁してください。本当に勘弁してください」
「えー、もーしょーがないなー、じゃあこの太で」
「この太って……いや、まあいいか」
どうやら、あっという間に勇者達四人の愛称が決定したようです。
「それじゃ、あとはお姫様だけだね」
「ふっふーん、実は既に良いの考えてあるんだ」
「お?自分でハードル上げたね?自信ありかな?」
そしてノゾミさんが私の愛称を口にします。どんな愛称をつけられるのでしょうか?ドキドキします。素敵な名前だと良いのですが。
「もっちろーん!それじゃー発表しまっす!ルミナちゃんは『ルミにゃん』ね!」
あ、なんか嫌です。どうやら私も、名前の呼ばれ方を気にするようになったみたいです。
思ったほど嬉しくはありませんでした……。




