x3-5.『はなしをする』
「まあ、勇者たちは元に戻すとして、問題はお姫様だよね」
「異議あり!アタシはまだ元の世界に戻るわけにはいかないんだよ!」
ユノさんが話を進めようとしたところで、ノゾミさんが急に立ち上がり、ユノさんのことを「ビシッ!」と音がしそうな程の勢いで指差し、言葉を放ちました。
「えぇー、いや、なんで?」
「ふははははー、アタシは異世界で魔物を狩りまくり、レベルを上げまくって永遠の若さを手に入れるのだぁー」
「いや、いくらレベル上げてもさすがに永遠ってわけには……」
「それはアレだよ、言葉の綾ってやつだよ。スルーしてよ」
ユノさんとノゾミさんが楽しそうに会話をしていますが、その中に意味の分からない内容がありました。レベルを上げて若さを手に入れるとは、どういうことなのでしょうか?
そんな私の疑問を読み取ったのかどうかは知りませんが、メイさんが説明をしてくれました。
「レベルの高さに比例して、人類の寿命はのびます。その影響で、短期間にレベルを一定以上上げると、一時的に成長が緩やかになるのです。限度を超しすぎると、あの子の様に成長が止まっているかの様に見える場合もありますが。勇者ノゾミはそれを利用し、レベルを上げて今の若さを保ちたいと言っているのです」
なるほど。レベルが寿命に関係があるなんて話は初めて聞きましたが、この方達がそう言うのであれば、それは真実なのでしょう。それでノゾミさんは永遠の若さなどという話をしていたのですね。それと、ユノさんは見た目通りの年齢ではない様です。十歳くらいかと思っていましたが、もう少し上なのでしょうか?
そんなことを考えながらもメイさんと話をしていましたが、それに気付いたユノさんが会話に加わりました。
「そうなんだよ!私はもっと大人になりたいのに、レベル上げすぎたせいで成長しないんだよ!大きくなりたいけど、レベルもあげたい。ジレンマなんだよ!」
「そうなんだよ!アタシも成長止めたいんだよ!レベルをたくさんあげて、永遠の若さを手に入れたいんだよ!」
そして更にノゾミさんも会話に参加しました。永遠の若さに対する意気込みがすごいのか、かなりの勢いでまくし立てます。
「見てよこのユノさんの姿!こんな見た目で十六歳なんだよ!十六歳と言えば、私達の国では一応結婚できる年齢、つまり合法ロr――あいたっ」
「いい加減落ち着け」
ノゾミさんがものすごい勢いで話してきましたが、途中でコノエさんがノゾミさんの頭を叩き、話を止めました。
しかし、ユノさんは十六歳なのですか……。まさか、という思いはありますが、よくよく考えてみれば、四百を超えるレベルを持っている以上、それも当然なのかもしれません。メイさんの言っていた『一定以上』というのがどれ程のものなのかはわかりませんが、四百以上というレベルが『限度を超して』いないはずがあるわけもないでしょうし。ならば、かなりの期間、成長が止まっていたとしても不思議ではありません。
それにしても、たった一つとはいえ、私よりも年上だったとは思いもしませんでした。やはり、どうしてもあの見た目には騙されてしまうようです。
「申し訳ない。この馬鹿が暴走した」
「あー、いいよいいよ。ノリの良い人は嫌いじゃないし。とりあえず、異世界でレベル上げしたいから元の世界に戻りたくないってことでオーケー?」
「イエッス!アタシに永遠の若さをください!」
コノエさんがノゾミさんを黙らせた後、ユノさんに向かって謝罪しました。ユノさんは気にしていない様子でノゾミさんに確認をしますが、ノゾミさんは間髪を入れず首肯しました。
それにしても、ノゾミさんはやたらと『永遠の若さ』に執着しますね。それ程までに欲しいものなのでしょうか?
「他の勇者たちはどう?元の世界に戻る?それとも異世界でレベル上げしたい?」
「あー、さすがに望だけ異世界に残すわけにはいかねーしな」
「私も、異世界で、レベル上げ、したい。無双は、ロマン」
「俺もだな。別に若さとかはどうでも良いが、日本での生活はちょっと刺激が足りないと思っていたところだ」
「じゃあ、みんな異世界希望でってことでオーケーだね。さて、お姫様はどうしたい?」
皆の意見を聞いた後、ユノさんは私の意見を確認します。
私はどうしたいのか?私は、ここで自分の意見を言っても良いのでしょうか。生まれてこの方、私の意見を求められたことなど一度もなかったため、少し戸惑ってしまいます。私はどうしたいのか?そんなことは決まっています。
「私は、世界を見てみたい。本の中に描かれている仮初の世界ではなく、この目で、本当の世界を見てみたいです」
ずっと。生まれてからずっと、それを思い描いてきたのだから。しかし私は、城内の一室に幽閉され、そこで一生を終えるだけの存在。世界をこの目で見たいなどという戯言が、許されるはずもありません。でも。だけれども。叶うことはないと思いつつも、それでも望んでやまなかった、願いなのですから。
「あー、やっぱりお城になんて戻りたくないよね。じゃあ、お姫様も一緒にみんなで世界をめぐるってことでいいかな?」
「はいはいはいはーい、アタシはさんせーでーす」
「私も、賛成」
「俺もそれで構わない」
「俺も異論はない」
「なら、それで決定だね――って、え?ちょっ、なに?なんで泣いてんの!?」
ユノさんの言葉で、自分が涙を流していることに気付きました。皆も驚いた表情でこちらを見ています。泣いている顔を見られるというのは、少し恥ずかしいですね。でも、構いません。これは、嬉しくて流す涙ですから。私の新しい人生の、第一歩なのですから。
「申し訳ございません。皆様が優しくて、暖かくて、思わず涙が溢れてしまいました。私が、叶うことがないと諦めていた夢を、世界をこの目で見るという願いを、現実のものとして与えようとしてくれたユノ様に、感謝を。そして、それを快く受け入れていただいた勇者様方に、感謝を」
そう言って、私は深く頭を下げます。そして私が頭を上げるまで、皆黙ってそれを見守っていてくれました。
本当に。我が国の都合で迷惑をかけたことは、本当に申し訳なく思いますが、それでも、この方達に出会えたことは、私の一生で一番の幸運だと言えるでしょう。
「まあ、こっちとしてもやりたいことやってるだけだから、あんまりお姫様も気にしなくていいよ?」
「そうそう、アタシもルミナちゃんみたいな子なら大歓迎だよ!むしろばっちこーい、だよ!」
本当にこの方達に出会えて良かったと思います。こんなにも暖かく迎えていただける日が来るなんて、思ってもみませんでした。
「ルミナちゃんもアタシと一緒にレベル上げて、永遠の若さを手に入れようね!」
「え……いえ、私は別に……」
「えぇー、ルミナちゃんは永遠の若さに興味ないの?なんで?永遠の若さってったらアレだよ?全女性の憧れだよ?興味ないだなんて、こんなの絶対おかしいよ!」
「いやいやいや、お姫様の境遇を思い出してみてよ。生まれてずっと幽閉されていたあげく、いつ死ぬかもわからないような生活をしていた人間が、若さなんかにこだわっていられるわけがないでしょ」
「あー、そっか。そうなんだ……」
なぜかノゾミさんがしょんぼりとしてしまいました。私としては、ユノさんの言っていたことが当たり前の生活だったので特に思うところはないのですが、ノゾミさんはそうでもなかったようです。ノゾミさんには明るい顔をしていて欲しいのですが……。
そんなことを思っていたら、この空気を払拭するためか、明るい声でユノさんが言葉を発します。
「とりあえずその話は置いといてさ、今後のことについて、みんなにお願いがあるんだよね」
ユノさんからのお願い、ですか……。彼女は私の恩人と言っても過言ではありません。出来る限り応えたいとは思いますが、私なんかでお役に立てることがあるのでしょうか……。




