x3-3.『いかくする』
「なっ!……奴は魔族だった、のか!?」
王が驚愕に目を見開き、絞り出すような声で疑問を口にしました。
確かにそうです。魔王といえば魔族の王。しかし、あの少女はどう見ても人族にしか見えません。幻術の類でも使用しているのでしょうか?
「いえ、鑑定結果では、人族となって、おります」
「何故人族なのに魔王などになっているのだ!」
鑑定持ちの男が、少女の種族が人族であると答え、それに対して王が怒鳴り散らします。
どうやら幻術の類ではなく、本当に人族のようです。しかし、では何故?
王と同じ考えに辿り着いたことについては癪ではありますが、何故人族なのに魔王などというものになっているのでしょうか。
「人族だって、なろうと思えば魔王にだってなれるみたいだよ」
いえ、普通はなれないと思うのですが……とは一概には言えませんね。
普通に考えればありえないと一蹴しても良いような言ではありますが、それでも『もしかしたら』と思わせる要因に、あの少女のレベルがあります。
418という、普通に考えてありえないレベル。
我が国の兵士の平均レベルが40程度。それをまとめる団長のレベルが60程度と聞いております。そして世界の歴史を紐解いて見ても、英雄と讃えられるような偉業を成した者達でも、精々がレベル100を超す程度。更に言えば、過去に存在した魔王達のレベルが100から150の間と言われ、今代の魔王でレベル130程度とのことです。とどめとしては、世界の災厄である竜種。弱い個体ですら優にレベルは100を超え、歴史上確認されている、竜種の中で最強の個体と称される『災厄の炎』のレベルが310程度であったと言われております。その竜は、たった一匹で一国をも滅ぼしたという記録がある程の生きた天災。それをも上回るレベルのあの少女が、魔王になれないなどと誰が断言できるのでしょうか。いえ、むしろ『魔王』などという存在のほうが可愛らしく感じる程です。
「んふふっ、こっけいな話だよね。勇者を召喚して手駒にしようとしたら、魔王もついてきちゃいました、なんて」
しかも、その魔王が規格外の力を持っているであろうと思われるため、笑い話にしても何の冗談だと言いたくなってしまいます。この世界で最強と言われている『災厄の炎』をも上回るレベルを持つ以上、おそらくこの『魔王』である少女も、単独で国を滅ぼすだけの力を有していると考えられます。現状、この少女と既に敵対してしまっているため、出来るだけ穏便にことを済ませたいところなのですが、果たしてあの王がどう判断するでしょうか……。
「ねぇねぇ、今どんな気持ち?せっかくの勇者召喚が失敗しちゃったけど、どんな気持ち?」
少女が、王を馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言葉で煽ります。正直言って、王に対して嫌悪感を抱いている私ですら、王を哀れんでしまうほどの煽り方です。おそらく王は、これほどの屈辱を受けたことはないでしょう。案の定、王は怒りの形相で顔を真っ赤にしています。この瞬間、私は悟りました。ああ、この国はもう終わりなのだと。
「其奴を殺せ!」
室内に王の怒声が響き渡りますが、動く者は誰もいません。
「何をしている!魔王がノコノコと一人でやって来たのだ!さっさと殺せ!」
この王は一体何を言っているのでしょうか?
「そういえば勇者がいたな。魔王を殺せば褒美をとらせるぞ」
もしかして、王はここまでの愚物だったのでしょうか?あの少女に勝てると、本気で思っているのでしょうか?だとしたら何たる愚王。まさかここまで愚かな存在だったとは思いもしませんでした。
「へぇ、私とやりあうつもりなのかな?私のレベルを聞いておきながらその考えに至ったんだとしたら、無能を通り越して愚かとしか言いようがないね」
「うるさいっ!黙れ!」
黙って欲しいのは王の方だと、おそらくこの場にいる誰もが思ったことでしょう。あの少女とは敵対すべきではないと、皆が皆理解しているのです。まあ、もう遅いのかもしれませんが。
しかし、このまま王が感情のままに暴言を吐き続けることにより、あの少女と決定的に敵対してしまうことは避けたいところ。今後のため、禍根を断つには王を黙らせるしかないとわかってはいるのですが、それでもまだ誰もが行動に移せないのは、あの少女の実力が未知数であるため。
確かに前代未聞のレベルを有しているのでしょうけど、あの幼い外見のせいでどうしても実力者には見えないのです。更には人族であるという理由もあるのでしょう。これが竜種であったのならば、たとえ幼生体だったとしても脅威を感じられたでしょう。しかし、幼い人族の外見では、どうしても侮ってしまいます。例えば、我が国の兵士長であれば簡単に殺すことができるのではないか、なんてことを考えてしまう程に。
「何故だ!何故誰も動かん!早く其奴を殺すのだ!」
「あーもう、うるさいな。まだ自分の立場が理解できてないの?力を見せつけなくちゃ理解できない?だったら見せてあげるからよく見なさい」
しかし、レベルの差は絶対です。少女が軽く手を振り下ろしただけで、床に大きな亀裂ができました。あの力が私達に向けられていたのならば、私達は何の抵抗もできずに命を奪われていたであろうことは、想像に難くはありません。
「まだまだこんなんじゃないよー」
「っぐぅっ」
少女の暢気な声の後、王が唸り声を上げたため見てみれば、王が床に尻餅をついていました。それはなぜか。王が座っていたはずの玉座が消えていたのです。それはもう、跡形もなく。音もなく、破片もなく、存在した形跡すら残さずに。一体どうやったら、皆に気付かれることなく、一瞬でそのようなことができるのでしょうか。
「とりあえず、これで最後にしとこうか」
少女のその言葉とともに、室内に無数の小さな火球が現れました。それは握りこぶしよりも小さな、本当に小さな火球が。しかし、それらはその小ささからは想像できないほどの高熱を放っています。私と火球との距離はかなり離れているはずなのに、焼け付くような熱さを感じます。
「ひぃっ」
どこからか悲鳴が聞こえます。正直言うと、私も悲鳴を上げたいくらいです。しかし、それをする権利を私は有していません。なぜならば、私もあの少女を召喚した原因の一人だからです。自分で原因を作っておいて、いざ都合が悪くなると、悲鳴を上げたり、責任転嫁をしたり、命乞いをしたり、そんな無責任なことができるわけないじゃないですか。
おそらくこの場にいる者は助からないでしょう。あの火球一つ一つが、人一人を殺害するに余りある威力を持っていることは疑う必要もありません。それが無数にあるとなれば、万が一にも助かるとは到底思うことなどできるはずもありません。せめてもの我儘として、苦しまずに死ねることを願うのみです。
しかし、私が目をつむり、人生の終わりを静かに待っていると、肌に感じていた熱が急に引きました。
「まあ、こんなもんでいいかな。室内だったから、あまり派手なことができなかったのが残念だね」
恐る恐る目を開けてみると、あれほどあった火球が全て消えていました。今しがた発せられた言葉から推測するに、少女は力を見せつけるのが目的で、こちらを害するつもりはなかったのでしょう。そうでなくては、今私達が生きている理由が見つかりません。
しかし、あれだけのことをしておいて、まだ派手ではないと言うのですか……。
「さてさて、これで私の力はある程度理解してもらえたかな?どうする?それでもやりあう?ちなみに、あの程度が私の本気だと思わないでね。本気でやっちゃったら、こんな国綺麗さっぱりなくなっちゃうからね」
恐らくこれは本当のことなのでしょう。一国をも滅ぼしたと言われる『災厄の炎』よりもレベルの高いこの少女が、その程度のことができないとは思えません。それでもなお、敵対するというのならば、それは余程の馬鹿がすることです。
「は、はは、ははははは。余は騙されんぞ!そんなものでまかせだ!早う奴を殺せ!さっきのも幻覚か何かに決まっておる!早う殺せ!殺せ!殺せ!」
そしてその余程の馬鹿がここにいました。言っていることは勇ましいですが、顔面蒼白となっており、全く説得力がありません。そんなに自分のプライドを守ることが大事なのでしょうか。現実を受け入れられない子供のようです。
「ぐがっ!!!」
そんな狂ったようにわめいている王の首が、落ちました。王の側に控えていた兵士長が、剣を振り下ろしたのです。まさか自らの側近に殺されるなどとは思ってもいなかったでしょう。絶対の権力を持ち、逆らう者のいなかった王の末路として、何とあっけないことでしょうか。
そしてその兵士長が、少女に向かって跪きます。
「魔王殿に願い申し上げます。貴女を害しようとする者は打ち取りました。何卒お怒りをお鎮めください」
「いや?別に私怒ってないんだけど」
「この者の命で足りなくば、私の命も捧げます。どうか国を滅ぼすことは容赦していただきたく」
「いや、アナタの命をもらっても困るし、そもそも国を滅ぼそうとなんて思ってないんだけど」
どうも兵士長と少女の会話が噛み合っていません。どうやらあの少女は王のことが気に入らなかっただけで、この国のことはどうとも思っていないようです。
「別にさー、こんな国どうなろうと私の知ったことじゃないわけよ。敵対するのならば潰すけど、私たちに手を出さないのならばどうでもいいの。まあ、目の前でろくでもないことやってるやつがいたら駆除するけどさ」
本当にどうでも良さそうな表情で少女が語ります。
「とは言っても、ここまでされてなにもしないってのもつまらないし、せっかくだからお姫様でももらっていこうか」
そう少女が言った瞬間、私の視界が変化しました。気がついたら、私のすぐ側に少女がいました。いえ、私が少女の側にいたというのが正しいのでしょうか。あまりの出来事に呆然としていると、少女の暢気な声が聞こえてきます。
「じゃぁ、もう用もないんで私たち行くねー。んっふふふふー、やっぱり魔王って言ったら、お姫様をさらってくもんだよねー」
そんな言葉とともに、再度、私の視界は変化しました。




