1-9.他人のお金で食べるご飯は美味しいです
私が冒険者の登録をしてから約一ヶ月の時が過ぎた。
毎日毎日魔力を扱う練習をするついでに魔物を狩ってレベル上げをする生活。
むっちゃ楽しいです。この星へ来てよかった。
不満があるとすればちょっと魔物が弱すぎるということかな。
まあ、これはしょうがない。
というか、もっと魔物が強いところへ行こうと思えば行けるんだけどね。転移魔法も飛行魔法も使えるわけだし。
でも、今のところはそれよりも魔力を扱う練習をする方が重要。
やはり基本ですよ、基本。
今は魔力を体全体に薄く纏う練習をしている。
この薄く纏った魔力の膜は、物理・魔法どちらも防ぐことの出来る優秀な障壁らしい。とは言っても、強度が足りなければ多少軽減する程度の効果しかないらしいけどね。しかも、ちゃんと扱えなければただ魔力を無駄にするだけというおまけ付き。最初はどれだけ魔力を無駄にしたことか……。
より薄く、より強固に、24時間起きている間も寝ている間も、常に纏い続けるというのが今の私の課題。
きぃちゃん曰く、魔力の繊細な操作技術が身につき、魔力障壁で自分の身も守れるという一石二鳥の訓練なんだそうな。
その訓練の合間に魔物を見つけては倒す。
使用する武器は私の魔力を固めて創った剣。私命名、魔力剣。
魔力を膜として障壁に出来るのなら、武器として扱うことも出来るんじゃね?と思ってやってみたら出来た。
きぃちゃんが言うには、思いついたからといって出来るような簡単な魔法じゃないと呆れていたんだけど、できちゃったものはしょうがないじゃん。
そして魔物を切って切って切りまくっていたらいつの間にやらレベルも24に上がっていた。
約1ヶ月でレベルアップ1回か……。
やっぱりレベル上げをするのであればここだとちょっと厳しいだろうな。
『ナハブ』
「どうかした?きぃちゃん」
『最適化作業が完了しました』
「あ、終わったんだ。あとは定着するのを待つだけだっけ?」
『はい、データの定着に関しては作業等の必要は一切無く、ただ時間が経過するのを待つだけになります』
「それじゃ、あと4ヶ月くらい待つ間に私の魔力を増やしておけばいいんだね?……そういえばどのくらい魔力があれば足りるのかな?」
『そうですね……安全マージンを含めて5万ほどあれば問題無いでしょう』
「5万か、今のペースだと……レベル30くらいまで上がれば達成できるかな?」
思ったよりも少なかったな。まあ、普通の人からすれば途方も無い量なんだろうけど。
ただ、レベルを上げるのに強い魔物のいるところへ遠征する必要はありそうだ。
この辺りの魔物じゃ弱すぎて30までレベルを上げられる気がしない。
『私の機能制限もある程度は解消され、完全な状態になる為には後は時を待つのみ。どんどんレベルを上げていきましょう』
「なんかきぃちゃんもやる気満々だね」
『そうでもありませんよ。私はナハブが楽しそうにしているのを見るのが好きなだけです』
「きぃちゃんこの星にきてからタガが外れた?まぁいいか。それじゃあ今日も頑張ろう!」
数日後、朝、といってもちょっと遅い時間だけど、冒険者ギルドの中へ入ると声をかけられた。
「お、ユノじゃねぇか」
「あら、ユノちゃん久しぶり」
声をかけてきたのはディグさんとマルテノさんという、夫婦でパーティーを組んでいる冒険者だ。
冒険者といえば荒くれ者というイメージが強いが、この街の冒険者は比較的穏やかな人が多く、私のことも子供だと侮らず、1人の冒険者として接してくれる。たまにしつこいまでに勧誘してきて鬱陶しい人もいるけどね。
おかげで仲の良い人も沢山出来た。というか、どうもみんな私のことを猫可愛がりしたくてしょうがないみたいだ。正直恥ずかしいからやめて欲しい。
この二人は私のことを可愛がりはするが、ちゃんと普通に接してくれるから大好きだ。
「ディグさんにマルテノさん、久しぶり。確か護衛依頼で出てたんだよね?戻ってきてたんだ」
「おうよ、昨日の夜にな。今日は依頼完了の報告と、今回の依頼ではあまり暴れられなかったからちょっと魔物の討伐依頼でも受けて暴れてこようかってな」
「ふーん、私も魔法の練習ついでに討伐受けようとしてたんだ」
「あら、それじゃ一緒に行かない?」
マルテノさんに誘われてしまった。
今まではずっと1人で魔物狩ってたけど、パーティー組んで魔物を狩りに行くのもそれはそれで楽しそうだ。
「うん、じゃあ今日は一緒に行こうかな」
「お、珍しいじゃねぇか、ユノがついてくるなんて」
「たまにはこういうのも楽しいかなって」
「そうかそうか、じゃあ今日は一緒に暴れるか」
そうして今日はディグさんとマルテノさんの二人とパーティーを組んで狩りをすることが決定した。
狩りに出てしばらく魔物を蹴散らしていると、ディグさんが呟いた。
「強えぇんだろうとは思っていたがここまでとはな」
「ディグさんどうしたの?」
「いや、お前さんのレベルのことは知っていたから強いんだろうなとは思っていたんだが、ここまで圧倒的だとはな」
「そう?」
「そう?じゃねーよ。大体なんだその剣はよ」
「これ?これは私の魔力を固めて創った剣だよ」
「そもそもそんなことが出来るなんて話聞いたことねぇよ。しかも何だその切れ味。魔物を切った断面が鮮やかすぎて意味わかんねぇよ」
そんなこんなで和やかに魔物を狩りつつ道中を歩いていると、5台の馬車と大量の護衛たちが私たちの横を通り過ぎていく。
と思いきや、馬車が止まり、中から1人の男性が護衛を伴いこちらへ向かって歩いてくる。
歳は30前後くらいだろうか。下腹部の膨らんだ肥満体のおっさんだ。高そうな服を着ているので貴族というやつだろうか。
こちらへ向かっているということは私たちに何か用かな?
庶民がこんなところを歩くなとか?
私たちの目の前までやってきて肥満体の貴族?が口を開く。
「そこの少女、名を名乗れ」
「は?」
いきなりのご指名と命令口調に反射的に言葉を返してしまった。
意味がわからない。何様ですか?貴族様ですかそうですか。いや、そうなのかわからないけどさ。
私が唖然としていると、それが気に入らないのか護衛らしい1人が私に怒鳴りつける。
「名を名乗れと言われたのが聞こえんのか!!さっさと名を名乗れ!!!」
こいつも何様だよ。貴族様の護衛様ですかそうですか。いや、わからないんだけどね。
自分の名前をこいつらに教えるのも癪なので、昔の名前を伝える。
「サクライですが?」
「ふむ、サクライか。それではサクライ、貴様に我が妻となることを許可しよう」
「は?」
肥満貴族?がなにやら意味不明なことをいっている。
何で私があの豚のお嫁さんにならなくちゃならないわけ?
しかも私13歳だよ?ロリコン?
またもや私が唖然としていると、先程の護衛らしき人物が怒鳴りつけてくる。
「何を突っ立っている!ガズラ様から妻となる栄誉をいただいたのだ。さっさとこっちへ来い!!」
「え?嫌に決まってんじゃん」
「何だと!貴様!」
だから何様なんだよお前。うるさいよ。
豚は断られると思っていなかったのか、間抜け面で放心していた。
「用はそれだけですか?私忙しいんで行きますね」
私だってあんな頭のおかしい集団に無駄な時間を使えるほどヒマじゃないんだ。
未だに展開についていけていない二人のパーティーメンバーを促しその場から立ち去る。
「待て!貴様、こんな無礼を働いて―――――」
あのうるさい護衛がまだ何か言っているが知ったことか。
さっさと馬車の見えない位置まで移動する。
あいつらとの遭遇のせいで魔物を狩る気分じゃなくなったし、とりあえず街へ帰ろうということに。
せっかく楽しく狩りをしていたのに。
「ねえ、ユノちゃん。ちょっとまずいかもしれないわよ」
「どうしたの?マルテノさん」
「ユノちゃんに話しかけてきた人、ガズラ様って呼ばれてたでしょ?」
「うん、そんな名前だったような気がする」
「ガズラって名前が本当だったら、ゲイルナード伯爵家の長男だったはずよ」
「あ、やっぱりあの豚、貴族だったんだ。ろくでもないわね」
「そう、ろくでもないゲイルナード伯爵家のろくでもない長男坊。多分ユノちゃん面倒なことになるわよ」
「うへぇ……本人だけじゃなくて家までろくでもないのか……確かに面倒そうだね」
権力持った奴がろくでなしなんて面倒事が待ち構えているとしか思えない……。
自分に関わりないのなら良かったんだけど、どうあがいても関わってきそうだしなぁ。
これからのことを思うだけでゲンナリしてくる。
「まあ、なんにせよユノには俺達がついてんだ。気にするこたぁねぇよ」
「アンタはまたそんな楽観的な」
「結局なるようにしかならねぇんだ。気にするだけ無駄ってやつよ。あんな奴のことなんざ、美味い飯食って、たっぷりと眠って、忘れちまえばいいんだよ」
「え?美味しいご飯ディグさんのおごり?やった―」
「は?ユノ、何言って―――」
「あらあら、アナタが食事代出してくれるなんて珍しい」
「は?お前も何言って―――」
「ディグさん、ごちそうさまです!」
「アナタ、ごちそうさま」
「……しゃぁねぇ、俺のおごりでいいよ。ったく」
「やっほーい、早く街へ帰ろう!」
「何だよ、全然元気じゃねぇか……」
ディグさんはボソッと呟いただけだったけど、私には聞こえてしまった。
先を思って憂鬱になっていた私を励ましてくれようとしたんだね。
ありがとう。こんな人が沢山いるから、私はこの星に来て本当に良かったとしみじみ思う。
「ほら、早くいかないと私のご飯がなくなっちゃう」
「なくなんねーからちっと落ち着け」
軽口を叩きながら街へ戻り、約束通りご飯をおごってもらい、宿屋へと戻り1日を終えた。