4-8.ブラコン爆誕
とりあえずイツキさんたちを家の中へと案内し、きぃちゃんに飲み物を用意してもらう。一息ついたところで、意を決して話しかけた。
「ねえイツキさん。ちょっとお願いがあるんだけどいいかなぁ?」
断られたらと思うとドキドキする。きっとイツキさんなら私のお願いを聞いてくれるとは思っているけど、それでも絶対ではない。
私は祈るような気持ちでイツキさんの回答を待つ。
「うん、別にかまわないけれど……僕に出来ることならね」
「本当!?大丈夫大丈夫、とっても簡単なことだから!」
やった!イツキさんの返答に思わず笑みがこぼれてしまう。とりあえずは拒否されなくてよかった。
「う、うん。そ、それで、どんなお願い、なのかな?」
おっと……ちょっとがっつきすぎたかな?イツキさんがちょっと引いているような気がする。危ない危ない。ここで急いて失敗しても事だ。クールになれ、クールになるんだ私。クールになり、かつ大胆に攻めるんだ!
「えーとね、イツキさんにはね。私のお兄ちゃんになってほしいの」
イツキさんは私の言葉に戸惑っているようだ。うん、いきなり『お兄ちゃんになって』とか言われて、すぐに意味を飲み込めたなら、その人の適応力は余程のものだよね。
しかし私の攻撃はまだ終わらない。ここですかさず追撃だ。
「お姉ちゃんでも可」
「いや、可じゃないから……」
ああっと、まさかの反撃だ。まだ混乱から立ち直ってないと思っていたけど、そうでもなかったようだ。
……と思ったんだけど、どうやらイツキさんの表情を見る限り、思わず口に出てしまっただけっぽいね。そんなに嫌か、お姉ちゃん。
まぁそれは今は置いておこう。そんなことよりも今は追撃だ。ふはははは、私の追撃は108まであるぞ。……ごめんなさい嘘です。
「私のお兄ちゃんになると、なんとこの家がついてきます」
「よし、ならラエルがユノのお兄ちゃんになってやるぞ」
おぉっとー、違う子が釣れてしまった。いや、別にいいんだけどね。ラエルちゃんも狙ってたし。
「しかし残念、ラエルちゃんでは年齢的にも性別的にもお兄ちゃんにはなれません」
「おぉ?ラエルじゃ駄目なのか?ここに住めないのか?……無念なり」
ラエルちゃんはがっくりと肩を落としてしまった。そんなにショックだったのか。まあ、自分で言うのもなんだけど、この家無茶苦茶素敵だしね。さすが私が創っただけあるよ。
「そんなラエルちゃんに朗報です。なんとこの家の住人として、私の妹枠があと一つ空いています」
「よし、ならラエルは妹だな」
さすがラエルちゃん、立ち直りが早い。さっきまで絶望に打ちひしがれていたと思ったら、今はもうケロッとしている。
「ユノちゃん、お姉ちゃんの枠は空いてますか?」
ラエルちゃんの立ち直りの早さに感心していると、今度はノーティさんが参戦してきた。
「もちろん空いていますよ。大歓迎です」
「じゃあ、私はユノちゃんのお姉ちゃんですね。これからもよろしくね、ユノちゃん」
やった、妹に引き続き姉までゲットだ。これで兄もゲットできればミッションコンプリートだね。
「お?お姉ちゃんもここに住むのか?ラエルと一緒だな」
「ええ、ラエルちゃんとはこれからも一緒ですからね。ラエルちゃんがここに住むというのなら、私達もここに住むのは当然ですよね?イツキさん?」
おおっと、ここでノーティさんからのナイスなアシストが。ふっ、これは決まったも同然だね。
「えぇー、ここで僕に振るの?そんなこと言われたら拒否できないじゃない」
「またまたー、最初から拒否するつもりなんてないくせにー」
「いや、確かにそうだけどさ、それをユノちゃんに言われるのは納得がいかない」
安心したせいか、つい軽口が飛び出してしまう。ちょっと茶化してみただけなのに、不機嫌そうな顔でそんなことを言われてしまった。まあ、気持ちはわかる。しかし、これで兄ゲット確定だね。
「じゃあ、イツキさんも私のお兄ちゃんになってくれるってことでオッケーですか?」
「うん、これからもよろしくね、ユノちゃん」
よっし、やった、ミッションコンプリート。しかし、これからが本番だ。
うん、そうなんだよ。これからが本番なんだよ。
相手が私の家族になってくれるというのなら、私だって相手に誠意を見せなくてはならない。浮かれてばかりもいられないんだ。これからする話で軽蔑される可能性だってある。気を引き締めていかなくちゃ。
「じゃあ、みんな私の家族になってくれると了承をもらったわけだけど、一旦保留にして私の話を聞いてほしいんだ」
「いや、保留って……」
イツキさんが呆れたように言葉を発しようとしたところで、口をつぐむ。私の真剣な表情に気づいたからだろう。
「うん、イツキさんの言いたいこともわかるよ。自分からお願いしておいて保留にしろって言うのもおかしな話だしね。でもね、私の家族になってもらうのならどうしても話しておかなくちゃならないことがあるんだ」
私の真剣な様子に部屋の中が静まり返る。あのラエルちゃんですら黙って私の話を聞いている。ここで茶化したい気持ちがふつふつと湧いてくるけど、さすがに自分から真面目な話をしているのにそんなことをする訳にはいかない。それに、そんなことをしたら私の意志も鈍ってしまうかもしれないしね。
「ねぇ、イツキさんたちは『仮面の魔王』って聞いたことある?」
「えぇと、確か貴族の家へ忍び込んで殺人を繰り返しているっていう手配犯だっけ?」
「うん、それね、実は私なんだ」
「……は?」
イツキさんたちが見事に固まってしまった。たっぷりと数十秒程固まった後、イツキさんが言葉を放つ。
「マジ?」
「うん、マジ」
「なんでまたそんなことを……」
イツキさんが頭を抱えている。そりゃまぁ、目の前に凶悪だと言われている手配犯がいればそうなるだろう。
「言い訳にしか聞こえないかもしれないけど、あいつらは死ぬべきだったし、私はあいつらを殺したことを後悔していない。違法奴隷、殺人、誘拐、脅迫、圧力、他にも色々あるけど、それらは全て社会的弱者である庶民へ向かうの。あいつらは、庶民を自分たちが好きに使えるおもちゃ程度にしか思っていないからね」
みんなは私の話に言葉も出ないようだ。とは言っても、貴族にそういう輩がいるというのはこの国で生活していれば大なり小なり知っていることだ。話の続きをうながすために黙っているのだろう。
「もちろん貴族にだってまともな人はいるし、そういう人は殺したりなんてしていない。私が殺したのは、生きているだけで害悪だと私が判断したクズだけ。とは言っても、私が自分で判断している時点で公平性はあるのかと問われればないと答えるしかないし、結局自分勝手に殺人を犯しているだけだろうと言われれば、それに反論する言葉も持ち合わせてはいないけどね」
とりあえず話さなくちゃならないことは話したわけだけど、イツキさんは難しい顔で考え込んでいる。もうしばらくはゆっくりと考える時間が必要だろうね。
「これで私の話は終わり。さすがに私の家族になってくれるっていう人たちに、こんな重要な話をしないままっていうのは不義理がすぎるからね。気持ちを整理する時間も必要だろうし、今すぐ答えを出してとは言わない。今は気持ちを落ち着けて、ゆっくり考えてみて欲しいな」
そう言って部屋を出ようとしたところで、声をかけられた。
「ユノちゃん、待って」
振り返ると、イツキさんが真剣な表情で私を見ていた。
「答えて欲しい。ユノちゃんは悪人しか殺していないんだよね?」
「うん、そう。私にとっての、という但し書きがつくけどね。ついでに言うと、なんの証拠も用意することはできないけど」
「うん、わかった。僕はユノちゃんを信じるよ。改めて言うよ、僕と家族になろう」
今度は私が固まる番だった。まさかこんなに早く答えが返ってくるとは思わなかったので、少し頭が混乱している。しかも返ってきた答えは『私の家族になってくれる』というものだ。え?マジで?なんで?うまく頭がまわらないけど、なんとか声をだすことができた。
「……いいの?」
「うん、もちろん。というかね、そんなに悲しい顔されちゃ、駄目とはいえないよね」
そう言ってイツキさんはノーティさんとラエルちゃんに視線を向ける。そしてノーティさんもラエルちゃんも、それに笑顔でうなずいている。
……私、そんなに悲しい顔してた?無表情のつもりだったのに……。私の表情筋仕事しろ!いや、この場合は仕事するな、か?いや、今はどっちでもいいか。お願いです、誰か私にポーカーフェイスを与えてください。あ゛ぁ゛ーーーーー、恥ずかしい。無茶苦茶恥ずかしい。悲しそうな顔で同情を誘うだとか恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。
「それにね、僕だってこの世界に来て長いんだ。日本のように法で裁けないことがたくさんあることも理解しているし、貴族がもたらす理不尽な災害があるということだって理解している。ユノちゃんの行いによって、そういった理不尽が減っているというのなら、責める言葉なんて持ち合わせてなんかいないよ」
恥ずかしさでのたうち回りたい気持ちを我慢してうずくまっていた私に、イツキさんから言葉をかけられる。
「僕だって人を殺したことがある。相手は盗賊だけどさ、日本人の感覚からすると、それでも人殺しは人殺しなんだよね。それでもこの世界ではそれは罪にはならない。だからといって免罪符にするわけじゃないけどさ、罪を償うためのシステムが未熟なこの世界では、それも必要なことなんだと、今では思えるようになってきた。ユノちゃんはさ、ちょっと権力があって街の中に居を構えているだけの、そんなちょっと特殊な盗賊を退治しただけ。なにも悪いことなんてしていないよ」
イツキさんの優しい言葉に、思わず涙が溢れてくる。うぅっ、さっきの表情の件に引き続き、さらなる失態だ。恥ずかしい。でも、これはイツキさんが悪いと思うんだ。『人殺し』とののしられる可能性だってあった。距離を置かれる可能性だって考えていた。最悪、軽蔑されるかもしれないと思ったりもした。それなのに、私のやっていることを理解した上で咎めないでくれた。それだけでも嬉しかったというのに、さらに優しい言葉をかけてくるなんて、そりゃ泣くに決まってるじゃん。
これはもう、責任をとってもらおう。もう十分に恥ずかしい思いはしたわけだし、これ以上恥ずかしい思いをしたところで大した問題じゃない。溢れる涙もそのままに、私はイツキさんに抱きついた。思いの外、人のぬくもりに触れるとさらに涙が溢れてきて、遂には嗚咽の声が漏れるのも我慢が出来なくなってしまった。
「よしよし。頑張ったんだね。僕の実力じゃ、手伝うだなんてとてもじゃないけど言えないだろうけどさ、それでも相談くらいには乗れると思うんだ。相談なんてなくても、悲しいときや辛い時、苦しいときや行き詰まった時でもいい、いつでも僕のところへおいで。僕にはなにもできないかもしれないけれど、一緒にいることはできるから。遠慮はいらないよ、だって僕達はもう、家族なんだからね」
イツキさんは抱きついた私の背中をポンポンと優しく叩き、言い聞かせるように私に話しかける。
「ええ、私たちはもう家族なんですから」
「おう、ラエルに任せれば心配することなんてなにもないぞ」
ノーティさんが私の頭をなでながら、ラエルちゃんはふんぞり返りながら、そう話しかけてきた。
うん、この人たちに家族になってもらおうと思った私の目に狂いはなかったね。みんな良い人たちだ。
そして私は思う。
いつも優しい兄を妄想していたわけだけど、イツキさんはその妄想である理想の兄よりも素敵な人でした。
もしかしたら、私のお兄ちゃんは世界一なんじゃないだろうか。




