1-7.親馬鹿……いや、杖馬鹿?
オディスさんと別れてから食事処を探しさまよう。
お腹すいたー。早くご飯食べたい―。なんでご飯屋さん見つからないのー?
『ねぇねぇきぃちゃん、なんか街に入ってからずっと私見られてるような気がするんだけど』
『見られていますね』
『なんで?私なんかおかしい?』
『おかしくはないと思いますが……。一応何があっても大丈夫なように警戒だけはしておきましょう』
『そだね』
あたりが薄暗くなってきた頃、やっと食事処を見つけた。
やっとご飯が食べられるよー。
早速お店の中へ入っていく。
中は如何にもな酒場、って感じだった。
あれ?ここご飯食べられるよね?お酒だけってことはないよね?
「あの、すみません、ここって食事できますか?」
「はい、できますよー。こちらの席へどうぞ」
店員さんっぽいお姉さんに確認すると席へ案内してくれた。
よかったー、ご飯食べられるよ。
「何にしますかー?」
うーん、どうしよう、こういうの決めるの苦手なんだよなぁ。
美味しいものを食べたいけど、初見の店じゃ何が美味しいかわからないし。
これはやっぱり店員さんに聞くのが一番かな?
「すみません、オススメってあります?」
「うーん、レイジブルのステーキなんかがオススメかな。ちょっと値は張るけど味も量も満足の一品だよ。って、キミにはちょっと量が多いかも。ハーフサイズも出来るよ」
どれどれ、55エンか。他のメインっぽいのは40エン位だから確かにちょっと高めだね。
でも、ここまでご飯我慢したんだし、高くても美味しいもの食べたいよね。
よし、これでいこう。
「じゃあそれを普通のサイズで。それと、スープとサラダをオススメのものを一品ずつお願いします」
「え?大丈夫?食べられる?結構量あるよ?」
「お腹空いてるんで多分大丈夫です」
「はーい、承りましたー。それでは少々お待ちください」
注文を取るとお姉さんは厨房の方へ向かっていった。
『ねぇきぃちゃん、ここでも視線を感じるんだけど、気のせいじゃないよね?』
『そのようですね』
『なんなんだろう?』
どうもコソコソとこちらを伺っているような人が何人か見受けられる。
本当になんなんだ?
私も気になるので周囲を見回してみると、そのうちの何人かと目が会い、ことごとく目を逸らされた。
マジでなんなの?
少しすると、先程目が合ったうちの1人が立ち上がり、私の方へ歩いてきた。
見た目20歳前後くらいのちょっとチャラそうな感じのお兄さんだ。
お?なんだ?どうした?あ、そうか、わかった。ずっと見られていた理由がわかった。
これはあれだ、てめえみてぇなガキが来る店じゃねぇんだよ、ってやつか。うん、お約束だよね。
周りの人たちの態度の意味を理解した私は、いつ襲いかかられても大丈夫なように身構える。
「ねえキミ、よかったら僕達と一緒に食事しないかい?」
「は?……え?なんで?」
あまりの予想外な言葉に、頭が思考を停止した。
え?なんなのこれ?
ガキが来るところじゃねえとか言われてパンチとかが飛んで来るのを想像していたら、意味不明な言葉で混乱させられた。何を言っているのかわからないと思うが、私も何を言っているのかわからない。
「キミ1人でしょ?だったら僕達と―――――」
「はいはーい、ナンパするなら他所でやってね。はい、おまたせー、ご注文の品でーす」
相手がまだ何か言っていたが、店員のお姉さんが割り込んできて追い払う。
そして私の前に並べられる料理。めっちゃ美味しそう。
って、何?ナンパ?誰に?私に?何で?
疑問はどんどん湧いてくるが、目の前の料理に私の視線は釘付けだ。
そんな私の様子を見て、お姉さんは微笑みを浮かべ去っていく。
「どうぞ、ごゆっくりー」
うん、わかんないことはわかんないし、後回しでいいや。
だって、私はご飯を食べにここへ来たんだもん。
目の前にご飯があるのに食べない理由があろうか。いやない。
そもそも、食欲を刺激する匂いに私のお腹はもう限界だ。
「いただきますっ」
とりあえずレイジブルのステーキだ。やばいよこの肉、分厚いのにすっごい柔らかい。むっちゃ美味しい。
さすが高いだけあるよ。あぁ、私は今幸せだ。
そして私はひたすら無心に、夢中になって食事を取り続けた。
気が付くと皿の上にはもうほとんど何も残っていなかった。
味わって食べなかったことがちょっともったいなかったかなとも思ったが、それでも私は満足だ。
『ナハブ、食事は済みましたか?』
『うん、美味しかった。お腹いっぱい。それで、何かあった?』
食後のお茶をすすりながら応える。
『先程の者達のおかげで、ナハブが街中で、店内で、視線を集めいていた理由がわかりました』
『え?マジで?さっすがきぃちゃん。で、なんだったの?』
『その前に、あなたは自分に関する事実を一つ認める必要があります』
『ん?なに?』
『ナハブ、あなたはさんざん容姿についての悪口なんかも言われ続けてきたのでわからないのかもしれませんが、あなたの容姿は世間一般で言う美少女に該当します』
『……は?』
なんかきぃちゃんが変なことを言い出したぞ?
『よくわかっていないようなのでもう一度言います。あなたは非常に容姿が整っています。恐らく、100人いたら97人は美少女だと答える程度には』
『いやいやいやいやいや、なにその具体的な数字。いや、だって私いままでさんざんブサイクだとか、その顔でプリンセスかよ、だとかいわれてきたんだよ?』
『そんなものは愚か者共が引っ込みがつかなくなって惰性で言っていたものに過ぎません。事実、中学校へ入学してからはその類の悪口は言われなくなり、告白だって何度もされていたでしょう?あなたは罰ゲームだと思っていたみたいですけど』
『いや、だって、えぇー、……マジ?』
『マジですよ。つまり、今までナハブに向けられていた視線は、あなたに見惚れていただけだと思われます』
『うわー、正直、私としてはとうてい信じられないことなんだけど、きぃちゃんがいうのならそれは本当なんだろうし……。まじかー、私美少女だったのか。ってうわっ、自分で美少女とかいうのすっごい恥ずかしい……』
『そもそも、私は今まででナハブよりも容姿の整った者など見たことがありません。ナハブがブサイクだと言うのであれば、他の者などインスマス面にも劣る存在です』
『インスマス面って魚っぽいとか蛙っぽいとかいうアレだよね?そこまでなの?ってかずいぶんいうね、きぃちゃん』
『当たり前です。私の可愛いナハブを散々罵ってくれた者共にどれだけ腸が煮えくり返っていたことか』
『きぃちゃん、はらわたないじゃん。てかなにその親馬鹿的なセリフ』
『私の大事な相棒が虚仮にされて平静でいられる道理がありません』
『あー、確かに。私もきぃちゃんのこと馬鹿にされたら我慢できる自信ないや。でも、それならもっと早く言ってくれればよかったのに』
『そんなことは出来ませんよ。あの環境でナハブに自分の容姿を自覚させたとしても、ただあなたを苦しめるだけという結果になることが予想されましたので』
『あー、うん、そうだね。私もそう思う。私のためにいろいろ我慢してくれてたんだね。ありがとう、きぃちゃん』
『あなたの為になるのであれば、そんなことは何でもありません』
『じゃあ、普段からもっと優しくしてくれてもよくない?』
『それとこれとは別です。あなたの為になるのであれば、私は厳しくもなります』
『うわ、ヤブヘビだったか。しかし、私がブサイクだから悪口いわれてたってわけじゃなかったんだ……』
『あれはナハブに対してのやっかみが入っていたのでしょう。女共は逆立ちしたって勝てるわけのないナハブの容姿に嫉妬し、男共はその女共を敵に回すのが怖くて同調する。普通であればいじめにまでは発展しなかったのでしょうが、ナハブには名前といういじめに発展するためのきっかけが存在していましたので。そして田舎という狭いコミュニティが決定的に事態を悪化させたのだと思われます』
『そう言われると、諸悪の根源はやっぱりあのゴミ両親なのか。もう顔も見なくてすむと思ったら清々するね』
『本当ですよ。これで私もナハブを馬鹿にされて我慢する必要もなくなるわけですし』
『うん、ありがとう。さて、そろそろ出ようか』
もう遅い時間だし宿取らなくちゃね。
「ごちそうさまでした」
残っていたお茶を飲み干し立ち上がる。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。いくらですか?」
「ありがとうございまーす。68エンです」
私は銅貨を一枚取り出す。
「これでお願いします」
「はい、100エンですね。えーと、じゃあ32エンのおかえしです。よかったらまた来てね」
「はい、また来ます」
そして私は店を後にした。
うん、この店はいい店だった。
店の名前覚えとかなくちゃね。えーと……大地の杯。後でまた来よう。
「さて、もう暗くなっちゃったし、宿を取って今日は休もう」
『そうですね。確か街の入口辺りに宿屋が幾つかありましたね』
『うん、それじゃいこうか。明日はついに冒険者登録だ』