x2-19.エルフスーパードライ
ユノちゃんが転移魔法を使用した次の瞬間、僕達は森の中にいた。
おぉー、本当に転移したよ。いや、信じていなかったわけじゃないけどさ、実際に転移魔法なんてものを自分の身で体験してみると、そりゃやっぱり驚くよ。
転移自体は迷宮で何度か体験してはいたけれど、あれは迷宮内限定なわけだし、転移する時もした後も転移装置が視界に入っていたわけだから、完全に魔法のみで転移するのとは気分的に訳が違う。それに、迷宮の機能として備わっている転移装置よりも、個人で使う転移魔法の方が凄いような気がしない?いやまあ、どっちも凄いことには違いないんだろうけどさ。ついでに言うと、完全に僕の主観なんだけどね。
「はいとーちゃーく、とりあえずきぃちゃんからの情報一件目だね。ラエルちゃん、このあたり見覚えある?」
「うん?ここか?そうだなー、見覚えがあるようなないような、それでいてまったりとしていてコクのあるような雰囲気だな?」
「あー、確かに、濃厚でいてマイルドな雰囲気があるよねー。で、見覚えは?」
「んー、わからんな」
……この二人は何を言っているんだ?コクだとか濃厚だとか、どう考えたって辺りの景色を見回した感想として出てくる言葉じゃないでしょうに……これで何で話が通じているのかが理解できない……。
「じゃあとりあえず、そこの集落に行ってラエルちゃんのこと聞いてみよっか」
ユノちゃんの指差す方を見てみると、村のようなものがあった。あぁ、やっぱりエルフってのは森の中に住んでいるものなんだなぁ。
エルフの集落へはあっさりと入ることができた。と言うか、入り口に見張りとかいないんだね。おおらかと言うべきか不用心と言うべきか……。
しばらく歩いていると、第一村人発見。いや、ここが村なのかどうかは知らないけど。しかし……エルフが全員美形だってのはやっぱりフィクションだからこその話なんだね。日本での創作物なんかではよくエルフは美男美女ばかりだとか書かれていたりするけれど、実際にはやっぱりそんなことはないんだなと思わされる。
ラエルは言うまでもなく美少女であるし、今まで人大陸を旅していた時に稀に出会ったエルフ達も美形だったため、日本の創作物からの刷り込みもあり無意識にエルフは美形ばかりなんだと思いこんでいたけれど、ここにきて美形ではないエルフに出会ったことにより、やっぱり種族的に全員が美形なんてものはありえないよなぁ、と妙に納得してしまった。
そして、僕がそんな目の前にいるエルフの青年に対してものすごく失礼なことを考えていると、ユノちゃんが早速話しかけていた。
「すみませーん、ちょっといいですか?」
「ん?お前達見ない顔だな」
声をかけられたエルフの青年は、僕達のことを一目見てよそ者だと判断したようだが、特に警戒するような様子は見られない。ここは亜族の生き辛い人大陸ではなく、多くの亜族の住む亜大陸なのだから当然なのかもしれないが、人大陸でのエルフ達の様子を知っている僕としてはどうしてもそのイメージに引きずられてしまう。しかしユノちゃんはそんなことを気にした様子もなく、青年と会話を続ける。
「ちょっとこの子の家族を探してるんですけど、知りません?」
そう言ってユノちゃんはラエルのかぶっていたフードをとり、ラエルの顔を青年に見せる。
「んー?何処かで見たことがあるような気もするが……」
「ラエルはな、ラエルって言うんだぞ。ラエル・ティティリアな」
「ティティリア?……おぉっ、グレアスさんとこの家出娘か。随分久しぶりだなぁ、何年ぶりだ?」
「ん?どうだったかな?五年くらいじゃないか?」
ラエルが自分の名前を伝えるとどうやら知っている名前だったようで、青年が親しげにラエルに声をかけてくる。……しかし、こんな幼い子供が何年も行方知れずになっているというのに、家出娘の一言で済ませてしまうのか。ちょっと薄情なんじゃないのかと思わなくもないけど、家族でもなければこんなものなのかな?僕にはよくわからないや。
そしてラエルよ、僕達が出会ってから既に五年以上経っているからね?ここでさらわれて人大陸まで移動して、僕達に出会ったと考えるのなら、少なく見積もっても七年以上は経ってるからね?
「おぉ、さすがきぃちゃん。第一候補で当たり引いたよ」
僕がラエルの時間感覚の適当さに心の中でツッコミを入れていると、ユノちゃんのそんな呟きが聞こえてきた。
そうだよ、そう言えばここっていくつか候補があるうちの一つだったんだよね。メイさんはその中から可能性が高そうなところから順番を付けていたのか。そもそもの話、候補地を割り出すこと自体が非常識だと言うのに、更に可能性の高さまで盛り込むという離れ業をやってのけたということになる。うん、やっぱり常識の通用しない人だよね。
「あのー……そろそろ本題に入りません?」
ラエルと青年がのんきにどうでもいい会話をし、僕とユノちゃんがどうでもいい思考にはまっていると、ノーティがおずおずとした様子でそう口にする。
普段から口数が少なく、ましてや見慣れない人がいるとまず口を開かないノーティが、自分から言葉を発するだなんて余程のことだ。と言うか、僕達が全然本題に入る様子がないせいだよね……。ごめんよノーティ。
「おお、そうだったそうだった。ちょっと父様と母様のところまで案内してほしいのよ。ラエル久しぶりだからな、ちょっと場所わからんのよね」
「ああいいぞ。ついてきなさい」
そう言って二人はスタスタと歩いていってしまい、僕達は遅れないようにそれについて行った。
そこは色とりどりの花の咲き誇る、美しい庭園だった。しかもここ、空に浮いているらしい。実際に少し先へと目を向ければ、地面が途切れ青空が広がっている。空中庭園ってやつだろうか。現実的な方じゃなくて、ファンタジー的な方のヤツね。
そしてこの庭園の中心あたりに、雰囲気に溶け込むかのような、綺麗なログハウスが一軒建っていた。
ここがラエルの両親の家なのかって?いいや違う、ここはユノちゃんの家だ。
ラエルの両親に会いに行ったのに何故ここにいるのかというと、話は短い。そう、凄く短いのだ。ラエルの両親との会話はあっという間だった。
「ただいまー。父様、母様、久しぶりだな」
「ん?ああラエルか、久しぶりだなぁ」
「あら、ラエルおかえりなさい。三年ぶりくらいかしら?」
「ん?そんなに経つか?一年ぶりくらいだと思っていたが」
「駄目だなー二人とも。もうボケたのか?五年ぶりだぞ」
「そうかそうか、で、もう家出は終わりか?」
「いや?ただ生存報告で帰ってきただけだぞ。じゃ、ラエルはもう行くからな」
「ああ、たまには帰ってこいよ」
「体に気をつけるのよ」
「おう、わかった。またなー」
これだけだ。本当にこれだけだ。僕達が挨拶する暇なんて全くなかった。お互いに言いたいことだけ言って別れたような感じだ。あまりのあっけなさに僕達は皆呆然とするしかなかった。ユノちゃんだけはエルフの気質を知っていたようで、あまり驚いてはいなかったみたいだけどね。と言うか、エルフってちょっとドライ過ぎやしませんかね?数年ぶりにあった親子の会話がこれだけって……。
そんな僕達を見かねてかどうかは知らないけれど、目的は達成したわけだし私の家で休憩でもしないか、というユノちゃんの言葉に甘えてやって来たのがここだ。休憩しに来たはずなのに、あまりの非常識さに心が休まる気がしない……。
このままここで呆然と立ち尽くしていてもしょうがないので、今まで僕と共に歩んできた幾つかの常識達と今生の別れをしつつ、ログハウスへと向かって歩きだす。すると、ある程度近づいたところで中からメイさんが出てきて、僕達を迎えてくれた。
「きぃちゃーん、たっだいまー」
「お帰りなさいナハブ。そして皆さん、いらっしゃいませ」
「ちょっと中で休憩しつつお話したいから、なにか飲み物用意してほしいな」
「もう用意してありますよ」
「おお、さっすがきぃちゃーん」
ユノちゃんはそう言うと素早く家の中へと入っていく。
「皆さんもどうぞ中へ」
メイさんに言われて僕達も家の中へとお邪魔させてもらった。
リビングのようなところへ案内してもらい、メイさんがお茶をいれてくれて一息ついたところで、ユノちゃんが話しかけてきた。
「ねえイツキさん。ちょっとお願いがあるんだけどいいかなぁ?」
ユノちゃんからのお願いか……。ちょっと何を言われるのか怖いところもあるけれど、散々お世話になったわけだし、出来ることなら聞いてあげたいかな。無茶なことを言われなければね……。
「うん、別にかまわないけれど……僕に出来ることならね」
「本当!?大丈夫大丈夫、とっても簡単なことだから!」
そう言ってユノちゃんは僕に満面の笑みを向けてくる。……真正面からの美少女の笑顔とか破壊力がヤバイ。
「う、うん。そ、それで、どんなお願い、なのかな?」
だから、少しどもってしまったのもしょうがないと思うんだ。うん、美少女の笑顔マジヤバイ。
「えーとね、イツキさんにはね。私のお兄ちゃんになってほしいの」
……ん?
僕がユノちゃんのお兄ちゃん?それはどういうこと?義理のお兄ちゃん?あ、近所のお兄ちゃん的な?
「お姉ちゃんでも可」
いや、可じゃないから……。




