x2-16.最大ダメージにロマンを感じる人種
「鹿だね」
「鹿ですね」
「鹿だな―」
今、僕達の視線の先には鹿が一頭ウロウロしていた。
鹿はまだ僕達の存在には気付いていないようだ。
「あれが一層に出てくるシンボルエンカウントの魔物だね。ちまたではFEって呼ばれてるんだっけ?一応、この層で戦える魔物としては圧倒的に強いはずだけど、イツキさんたちなら問題なく倒せるはずだよ」
言われて早速、ユノちゃんから貰った魔道具で鑑定してみる。うん、レベル13か。確かにこの迷宮で今までに出現した魔物と比べればかなり強いけれど、僕達のレベルであれば、一人でだって余裕を持って倒せるだろう。
「あの、私が戦ってみてもいいですか?」
今日はノーティがやる気らしい。僕としても特に問題はないのでうなずく。
「お姉ちゃんが戦うのか?ラエルが戦ってあげてもいいけど、どうする?」
「いいえ、ここは私に任せてください」
「そうかー。別にラエルでも良かったんだけどなー。お姉ちゃんにゆずってあげるかー」
何故かラエルが偉そうにしているが、いつものことだから気にしない。
それよりも、一応注意だけはしておくか。
「ノーティなら余裕で勝てる相手だとは思うけど、油断だけはしないようにね」
「はい、もちろんです」
実力的には問題はないはずなんだけど、初見の相手ではどういった行動をするのかがわからないからね。格下の相手だからと油断をして、大怪我を負ったりなんかしたら笑い話にもならない。
「それでは、行きます!」
そう言うと、ノーティは自分の収納の魔道具から愛用の武器である大鎚を取り出し、鹿へと向かって駆け出す。あっという間に距離を詰めると大鎚を振り下ろすが、鹿はそれを避けようと動き、浅く大鎚をぶつけただけに留まる。まあ、それでも鹿には結構なダメージが入ったようだけど。
「えぇ……ハンマー?」
僕がノーティの戦いを見守っていると、ふとそんな呟きが近くから聞こえた。僕の隣で戦いを見ていたユノちゃんだった。
あぁ、うん。ユノちゃんの気持ちは僕にもよく分かる。
だってさ、あんな虫も殺さないような深窓の令嬢然とした美少女が大鎚を振り回して戦っているんだから、そりゃぁ驚くよね。僕だって最初は驚いたし。
どうもノーティは一撃の威力にロマンを感じる質らしく、扱いづらいだろうからと他の武器を勧めてみても頑なに大鎚を愛用し続けている。彼女の母親も大鎚を愛用していたらしいから、血は争えないんだなと思わされる。まあ、彼女の大鎚を扱う技術は母親の置き土産であるとも言えるのだろうけれども。
ユノちゃんの反応を横目に見ながらもノーティの戦いを眺めていると、程なく決着がついた。ノーティの大鎚が鹿の頭を叩き潰したのだ。うわぁ……エグい……。
攻撃を華麗に避け、大鎚で受け止め、隙を見て堅実に打撃を与えていく。そうやって相手に着実にダメージを与えていき、十分に弱まった相手に必殺の一撃を叩き込むというのがいつものノーティの戦法だ。鹿相手にも全く危なげなく戦えていた。まあ、レベル差もあるわけだから順当だろう。
「ヤバイ。ハンマーカッコいい……。私も使ってみようかな」
ノーティが相手を倒したため、武器を収納の魔道具へしまい、こちらへと向かってきている途中で隣からそんな呟きが聞こえる。声のした方を向いてみると、やっぱりユノちゃんだった。うんうん、僕もその気持ち、よく分かるよ。
僕がまだ日本にいた頃、よくファンタジー系のRPGだとかをプレイしていたわけだけれど、その頃はあまり槌というカテゴリの武器は好きではなかった。大抵が攻撃力はあるけど命中率が低いという特色があり、その高い攻撃力ですら終盤に行くと他の武器と比べても大したメリットがなくなってくるのだ。挙句、かなりの割合のゲームの最終武器が剣だったりするわけなんだけれど、その最終武器である剣の攻撃力が槌系最強武器の攻撃力と大差ないなんてこともざらにある。そうなるとわざわざ槌系の武器を使う必要などなく、剣や槍なんかの見た目の良い人気のある武器へと目が行ってしまうのもしょうがないと思うんだ。
しかし、この世界へと来てその考えは変わった。確かに大鎚はその重量から扱いにくい。だけど、その重量を振り回すことの出来る筋力と、武器に振り回されないための戦闘技術、それらを身に着けた人間の戦闘をこの目で見れば、正に圧倒の一言だろう。重量のある武器だからこそ、迫力がものすごい。
初めてノーティの戦闘をこの目で見た時、ものすごく驚いたことを覚えている。当時は流石に今使用しているものほど大きくはなかったけれど、堅実に魔物に攻撃を当て、確実に魔物を叩き潰していたのだ。
ゲームの影響で、槌は攻撃が当たりにくいと思っていた僕はびっくりし、思わずノーティにどうしてそんなに攻撃が当てられるのかを聞いてしまった。
「大振りで振り回さなければそれなりに当てることは可能です。重量のある武器ですから、軽く当てるだけでもそれなりのダメージが期待できます。ダメージを蓄積させ、こちらの攻撃を避ける余裕がなくなった時、渾身の一撃を叩きつけるのがこの武器の醍醐味なんです」
そして、そんなセリフをものすごい笑顔で語られた。よくよく思い出してみれば、確かに最後の一撃以外はそれほど槌を振りかぶっていなかったように思える。なるほど、まずは威力よりも当てることを優先し、機会を見て必殺の一撃を叩き込むというわけか。理解はできたけど、それを実践するためにはかなりの技術が必要になるだろう。なんせかなりの重量の武器を扱うわけだからね、ちょっと振っただけで武器に振り回されて体がフラフラしそうだ。僕もちょっと興味は惹かれたけど、今から技術を磨くのは大変そうなので諦めた。
「お待たせしました」
ノーティが戻ってきたのでみんなで声をかける。
「お疲れ様、ノーティ」
「ノーティさん、カッコよかったです!ハンマーマジカッケー」
「お姉ちゃんもよくがんばったな。ラエルならもっと速く倒せてたと思うけどな。お見せできないのが残念だ」
ラエルよ……。
そしてユノちゃんはハンマーの魅力に取りつかれたようだ。自分でも使ってみようかなとか言ってたしね。でも、あれ?
「ねえユノちゃん。ユノちゃんって魔法使いだよね?武器とか使えるの?」
うちのラエルも一応短剣を持ってはいるけど、あくまでも魔法が使えないときの護身用であって、敵を倒すための武器ではない。魔法使いの一番の武器は、やっぱり魔法だからね。
「おうともさ。普段はよく剣なんかを使ってるけど、大抵の武器はあつかえるよ」
「マジで?」
「マジでマジで。普段からさ、きぃちゃんに魔法禁止令出されてるのよね。私、役割的には魔法使いのポジションのはずなんだけどね……」
魔法使いに魔法使うなとかメイさんが鬼畜すぎる。しかし、何故魔法禁止なのだろうか?メイさんが意味のないことなどさせるわけがないだろうし、何かものすごい理由でもあるのかな?
「いやそれがね、魔法使うと格上の相手でも簡単に倒せちゃうから、訓練にならないんだってきぃちゃんに言われたのよ。ひどいよね。さすがにレベルが100以上離れてる格上の魔物を魔法抜きで倒せとか言われた時はすっごいしんどかったよ」
……。
あんまりな理由に唖然とした。魔法ありだと強すぎるんですかそうですか。でもあなた、魔法なしでもレベル100以上格上の魔物にも勝ってるんですよね?魔法なしでも強すぎるじゃないですか……。メイさん、鬼畜とか思ってすみませんでした。この子にはそれでも生ぬるいんですね……。
気を取り直して、FEも倒したことだし先へ進もうと提案してみると、ユノちゃんが再度口を開いた。
「あ、そうそう、この先へ進むとすぐ二層へ上がるための階段があるから」
「え?もう?各層攻略に十日前後かかるって聞いてたんだけど?」
「それは迷宮の地図がなくて色々と探索しながら進んだ場合の話だね。最短距離を進めば当然時間も短縮されるよ」
いやまあ、それは確かにそうだけどさ。まさかこんなにも時間が短縮されるとは思っていなかった。いくら最短距離を進むと言っても、五日以上はかかると思っていた。それがわずか二日で一層突破出来るとは思いもしなかったよ。
ユノちゃんは僕達がレベルをあげるのにちょうど良さそうな場所が三十層辺りと言っていたけど、そこまで辿り着くのも思っていたよりも早くなりそうだ。これは嬉しい誤算だな。




