x2-13.やっと迷宮内部へ
「君たちは『異次元迷宮イグドラジル』へと足を一歩踏み入れた。ここは様々な魔物の跋扈する危険な迷宮だ。先へと進むには困難を極めるだろう。しかし君たちは冒険者だ。準備が十分に整っているのならば決断したまえ。自分の力を見極め、安全に魔物を倒して地道に力や財産を増やしていくのも、危険を冒して迷宮を踏破し栄光を手に入れるのも、君たちの自由だ。だが注意したまえ。自分の力を見誤り、道半ばで力尽きることだって起こり得るのだ。君たちはこのまま探索を始めてもいいし、引き返してもいい」
「よし、じゃあ引き返そう」
「ちょ、ま、待って」
ユノちゃんが説明口調で変なことを言い出したので、つい、ユノちゃんの嫌がりそうなセリフが僕の口から出てしまう。更に向きを変え、今入ってきたばかりの迷宮の入り口の方へと歩き出そうとしたところでユノちゃんが慌てだす。
「今来たばかりなのに引き返すとかありえないでしょ!ここまで来といて引き返すとかマジありえないし!」
「いやいや、ユノちゃんが引き返してもいいって言ったんだよね?」
「いやいやいやいや、だからと言って引き返すなんて選択肢は普通選ばないよね。そもそもアレは様式美ってやつだよ。これからの迷宮探索を盛り上げるためのモノローグみたいなものじゃないか」
僕が、自分で言ったことだろう?と指摘すると、必死に言い訳をしてくる。それにしても、本当にユノちゃん必死だな。そんなに僕が本気で帰ろうとしているとでも思ったのだろうか?
「いやまあ、ここまで来といて引き返すつもりなんて端からないけどね」
「全く!全くもう!本当に帰るつもりはないだろうとは思ってたけど、引き返そうとする仕草が本気すぎるよ。こんな歳の離れた女の子を騙して喜ぶなんてペテン師だよ!ペテンボーイだよ!」
「おお、ペテンボーイ。なんかカッコいい」
いや、ペテンボーイって何よ……。そしてそれをカッコいいと言っちゃうラエルの感性に僕は不安を覚えるんだけど。しかし、本気で帰るわけがないと思っていたユノちゃんをあそこまで必死にさせるなんて、僕の演技力もなかなかじゃないか。まあ、今後その力を発揮させる場面があるのかどうかはわからないけどね。
「それよりも先に進もうよ。まだ迷宮に入ったばかりだしさ」
「誰のせいで入り口で止まっているのかと問い詰めたい」
「ん?ユノちゃんが引き返してもいいって言ったからでしょ?」
「ぐぬぬ……」
僕の正論にユノちゃんが悔しそうな顔をして口をつぐむ。
ここに来るまでに散々ユノちゃんには振り回されてきたから、一矢報いることが出来たようで僕は満足だ。
「話に聞いてはいたけど、実際に見てみると凄いな……」
「本当に迷宮の中に森があるんですね」
「おーすげー、木がいっぱいだー」
「ふっふーん、そうでしょそうでしょ」
だから何でユノちゃんが自慢気?
迷宮の入り口を少し進んだ所に階段があり、それを登りきると辺りには一面の森が広がっていた。まあ、事前に聞いていた情報通りと言えばそうなんだけど、実際に見てみると圧倒される。
「はい、ちゅーーもーーーーく!」
僕達が目の前の森に目を奪われていると、そんなユノちゃんの声が上がった。
ユノちゃんの方へと視線を向けてみると、そこにはこの場にそぐわない近未来的な不思議な装置が設置されていた。あ、もしかしてこれが……。
「これが転移装置だよー。みんなちゃんと自分の情報を登録しといてねー」
やっぱりか。しかしなんというか……、新緑の森という大自然の中にSFチックな装置がポツンと置いてあるだとか、場違い感が半端ない。
「一階層なんてすぐ来れるんだからー、登録する必要はないなんて言うー、アホな人もいるようだけどー、そういう人はー、帰る段階になってからー、泣きを見ることになりますよー。階層ごとにー、ちゃんと登録しておかないとー、その階層に転移出来ませんからねー」
ユノちゃんの口ぶりからすると、迷宮を探索していて、帰る時になって一階層へと転移できなかった間抜けな冒険者が過去にいたということだろうか。せっかくこんな便利な装置があるというのに、自分の浅慮な思い込みで利用できなかったなんていうのは、確かにアホとしか言いようがないのかもしれない。
しかし、このユノちゃんの間延びした喋り方はなんなんだ?また何かろくでもないことを考えているのだろうか?
「ねえ、ユノちゃん。その喋り方は何?何で語尾伸ばしてるの?」
「それはですねー、今の私はー、この迷宮の案内人なわけなのですよー。案内人と言ったらそれはもうー、皆さんを引率するー、素敵でー、優しいー、お姉さんー、なわけじゃないですかー。それならー、こういう喋り方ですよねー」
思っていたよりもくだらない理由だった……。しかもツッコミどころが多い。大体、僕達のパーティ最年少であるラエルよりも見た目が幼いくせに、お姉さんぶるだとか図々しいにも程がある。
「とりあえず、その喋り方うっとうしいからやめてもらえるかな?」
「イツキさん酷い!もういいよ!さっさと登録しちゃいなよ!」
僕の言葉にユノちゃんがむくれつつも、転移装置への登録を促す。このままここで喋っていてもしょうがないので、言われたとおり転移装置へ僕達の情報を登録していく。
登録はすごく簡単だった。転移装置の中へと入り、中央部にあるコンソールのようなものへと触れるだけで良かった。しかし、これはどういう原理で個人の情報を管理しているのだろうか?触れただけで個人が特定できるってものすごい技術だよね?
「気になりますか?」
「え?」
「ただ触っただけなのに、どうやって登録されている幾人もの情報から自分のことを特定しているのかが気になるんでしょ?」
僕が転移装置への登録を完了し、転移装置の外へ出て考え事をしていると、ユノちゃんに声をかけられた。挙句、僕が何を考えているのかを言い当てられてうろたえてしまった。
「何で考えていることがわかったのかって顔してるね。まあ、理由は簡単だよ。ただの実体験。私も最初同じこと考えてたからね。転移装置から出てきて考え事していたから、多分同じこと考えてるんだろうなぁって思っただけ」
「はあ、なるほど」
まあ確かに、僕もあの装置から出てきて考え事している人がいたら、同じようなことを考えてるんだろうって思うだろうな。とりあえずユノちゃんに自分の考えていることを当てられた理由もわかったわけだし、少し気持ちが落ち着いたところで更に驚きの言葉を投げかけられる。
「ちなみに、私はどういう原理で個人を特定して転移させているのかを知っているけど、聞く?」
僕はまさか自分が疑問に思っていたことの答えを、目の前にいるわずか14歳の少女が知っているとは思わなかったため、しばしの間思考が停止してしまう。が、ユノちゃんがボソッと呟いた「きぃちゃんに教えてもらったからね」という言葉に納得し、僕の思考が再稼働する。
確かにユノちゃんが以前、メイさんはなんでも知っていると言っていたけど、本当になんでも知ってるんだね……。
とにかく教えてくれるというのであれば、教えてもらわない理由はない。むしろお願いしてでも教えてほしいくらいだ。
「生物の体内にはね、パーソナルデータを記憶している領域がいくつもあるらしいんだよね」
「ん?最初から意味がわからない……」
「まあまあ、ちゃんと説明するから。で、パーソナルデータってのがね、その人のほぼあらゆる情報、個人の識別名だとか、生まれてからどれだけの時が経過したのかだとか、これまで歩んできた軌跡だとか、肉体的、精神的な能力だとか、本当に様々な、その人に関わる情報ってことらしいんだよ」
それはまた……凄まじいな。自分の体にそれだけの情報を記憶している部分がいくつもあるっていうのか?一体どんな風にこの体にそれだけの情報が刻まれているのか全く想像ができない。
「さっき生物の体内にって言ったけど、実は厳密には違うらしくて、魂とか、精神とか、そう言った概念的な何かにパーソナルデータが記憶されているらしいのね。馴染みのある言葉にすると、遺伝子だとか、ゲノムだとか、DNAだとか、そういった物のような何かで、それよりも多くの情報が記されているらしいの」
なるほど。DNAと言われれば、確かに地球ではそれで個人をある程度特定できる技術があったはずだ。それをもっと概念的なものにして、より多くの情報を詰め込んだものがパーソナルデータってわけか。なるほど、わからん。
でも、まだ僕が日本にいた頃なら頭から否定していただろうけど、こっちの世界へとやって来て、魔法だのなんだのと地球にはない超常現象が実在すると知ってしまっている僕は、そういったものもあるのかもしれないと、理解は出来ないけれど納得はできてしまった。
「ちなみに、鑑定のスキルってあるじゃない?アレって、要はパーソナルデータを読み取って、必要な情報を取り出しているわけなんだよね」
「え?じゃあ、パーソナルデータの中に、僕の筋力値が幾つで、とか記録されてるの?」
「うーん、残念ながらパーソナルデータはそこまで万能なものじゃないらしいんだよね。あくまでパーソナルデータに記録されているのはその人の筋力がこのくらいっていうふわっとした情報しかなくて、鑑定のスキルはその情報を読み取って数値化しているだけにすぎないんだよ。だから、鑑定のスキルの習熟度で微妙に数値が変わったりするんだ」
あー、そういうことなのか。古代遺物を研究して作製されたという鑑定の魔道具が、性能が劣化していると言われる理由はそれなのか。
あ、因みに、ユノちゃんが僕達の仲間になるために提案していた鑑定の魔道具は王都を出発する時にもらっている。三人共おそろいのデザインで腕輪型だ。ユノちゃんが、と言うよりメイさんが改良した術式が刻まれている非常に強力な魔道具らしく、ちょっとやそっとじゃレジストされないらしい。と言うか、僕はこの時初めて鑑定の魔道具をレジストすることが出来るということを知った。
当然のことながら、ユノちゃんは普通の鑑定の魔道具では自動的にレジストされてしまい、意図的に許可をしないと鑑定は弾かれてしまうらしい。僕は早速もらった魔道具でユノちゃんを鑑定してみたわけだけど、もうなんていうか、強制的にその話に納得してしまった。こんなの人類のステータスじゃないよ……。正直、僕が何万人と集まったところで、ユノちゃんに傷一つつけることが出来る気がしない。圧倒的な量は質を凌駕するとは聞いたことがあるけど、真逆を行ってるよねこの子は……。
そして僕がその圧倒的なステータスに呆然としていると、ユノちゃんから更なる爆弾が投下される。どうやらこの鑑定の魔道具には収納の術式も組み込まれているらしい。……複数の効果のある魔道具なんて聞いたことないよ。
しかもこの魔道具、今まで僕が使っていた収納の魔道具なんかよりも圧倒的に高性能だった。収納量は比べるのもアホらしいくらいに大容量だし、任意で時間停止も出来るという優れもの。それが鑑定の魔道具のおまけとしてついているというのだから、何と言うかもう……。嬉しいことは嬉しいんだけど、頑張って手に入れた自分の収納の魔道具のことを考えるとなんか釈然としないものがあるよね……。
「まあそんなわけで、この転移装置はパーソナルデータを記憶し、読み取って、転移可能な階層を判断しているというわけなんだよ」
僕が色々と考え事をしていたら、ユノちゃんの説明が終わってしまったようだ。途中からあまり話を聞いていなかった気がしないでもないけど、まあいいや。だって、僕に理解できるとは思えないんだもの。なんかやたら小難しい単語や理論が聞こえていたような気がするけど、右から左へと流してしまった。14歳に理解できていることが僕に理解できないというのは悔しくもあるが、だからと言って見栄を張ってもしょうがない。まあ、原理の理解は出来なかったけど、ある程度の概念のようなものの理解は出来たような気がしないでもないので良しとしよう。
「じゃあ、そろそろ先へ進もうか。あ、そうだ、道から大きく外れると入ってきた階段のところへ戻されるから注意してね」
ユノちゃんが早く先へ進みたいとウズウズしながら僕達を促す。そしてついでに重要っぽい注意事項をさらっと説明する。いやいや、それもう少し詳しく聞きたいんですけど。
詳しく聞いてみると、ちゃんと道になっているところを進まず、森の中を突っ切って行こうとすると、入ってきた階段のところへ強制転移させられるらしい。上の階層へと進む階段の方向がわかっていても、森の中を進んでショートカットとはいかないようだ。しかし、道に迷った時なんかは敢えて森の中を進めば階段のところまで転移できるので、ある意味便利なのかもしれない。因みに、上の階層から下りてきた場合はそっちの方の階段へ転移させられるらしいから、森の中を進んで転移しつつ、ドンドン下の階層へと進んでいくことは出来ないようだ。まあ、転移装置があるからそんなことをする必要もないんだけどね。
「あ、それとね、この迷宮ってランダムエンカウントとシンボルエンカウントの混合になってるから」
ユノちゃんがそう言った瞬間、目の前の空間にヒビが、まるでガラスに入ったヒビのようなものが現れ、次の瞬間には割れて砕け散り、その場所には真っ黒な空間が出現していた。




