3-6.勝ったッ!第3章完!
私は早速右手に魔力を集中し、剣の形にまとめ始める。
その間にも亀の魔法は止む気配もなく、私に向かってくる槍を避けながらも魔力を形成する。魔法さえ使えればあんな槍くらい簡単に防げるんだけど、それを今言っても仕方がない。
飛んでくる魔法の槍を回避しつつ、いつも通り魔力剣を作り終えた。
さて、ここからが問題だ。
これ以上魔力を流し続けた場合、私には魔力剣を完璧に制御できる自信はない。
その上、亀の放つ魔法を避けながらそれをやらなくてはならないというおまけ付きだ。
どちらか片方だけでも大変だというのに、同時にこなさなくてはならないとか、ちょっとハードすぎやしませんかね?
普段からもっとちゃんと訓練しておくんだったと、今更ながらに後悔してるよ。などと愚痴っていてもしょうがない。やらなくちゃどうにもならないんだから、やるしかない。
徐々に魔力剣へと送る魔力を増やしていくが、意外と問題なさそうだ。このままいけんじゃね?と思った瞬間、目の前に槍が迫っていることに気付く。
「っくぅっ!!」
私へと向かって迫り来る槍に対して、慌てて回避行動をとる。多少避けた程度じゃ捕捉されるから、全力回避だ。
ふぅ、あっぶなぁーーー。ギリギリ回避することには成功したが、魔力剣の維持まで意識が回らず、霧散してしまった。
やっぱりあの槍が邪魔なんだよなぁ。どうしても魔力剣を強化することに意識がいってしまい、槍の回避がおろそかになってしまう。どうにかならないものか……。
降り注ぐ魔法の槍を回避しつつ、なにか良い手はないかと考えてみるが、結局なにも思いつかなかった。
やっぱり槍を避けながら頑張るしかないか……。
私はそう結論づけ、出来るだけ槍の回避に意識を割きつつも魔力剣の強化に力を注ぐ。
一体どれくらい挑戦しただろうか。百回を超えてからは数えることを放棄した。
あの厄介な魔法の槍を避けつつ、魔力剣の威力向上のために魔力を練ることに没頭し始めてからどれだけの時間が経ったのかすらもわからない。
しかし、おかげでなんとなくコツはつかめてきたような気がする。槍を避けながらも魔力剣を維持し続けることも出来るようになってきた。
でも、まだ足りない。もっと剣に魔力を込めなくてはあの亀の魔物には致命的な一撃を与えることは出来ないだろう。
正直言って、気が遠くなる。
これだけの時間をかけて、これだけの回数を失敗し続け、それでもまだ届かない。
けれど、確実に私の魔力剣の威力は上がっている。
これで限界だと思っていた、今までの魔力剣に込められていた魔力の量を、遥かに超えた魔力を込めることが出来るようになった。
実戦に勝る練習なしとはよく言ったものだ。
今まで通り、だらだらと訓練していただけではここまで出来るようになるまでにどれほどの時間がかかっただろうか。きっと何年もかけた上で、途中で満足してしまい、ここまでの能力へと至る前にあきらめてしまったかもしれない。
なにせ私は結構飽きっぽいからね。結果の見えにくい努力は苦手なんですよ。私のことをよく知っている私が言うんだから間違いない。
こうやって格上の魔物と戦いつつ、自分の能力を伸ばす努力をしているとわかってくることがある。
きぃちゃんに発破をかけられて思ったことでもあるけど、こうやって実践してみるとより強く思う。
向上心がなくなったらそれで終わりなんだということが。
向上心もなく、ただ惰性でレベル上げをしたって、能力値的には強くはなれるけど、本当の意味では強くなれないのだと。
私は226という高いレベルと、それに伴った高い能力値にあぐらをかいていたのだ。
このまま倒せる魔物だけを倒しつつレベルさえ上げていけば、魔大陸のどんなに強い魔物だっていつかは倒せるようになると、そう思っていた。
それは確かに間違いではない。レベルが上がり、能力値が上がればより強い魔物とだって戦えるようになる。
しかしそれは、ただ高い能力値に物を言わせてゴリ押しをしているに過ぎない。いわゆる「レベルを上げて物理で殴ればいい」ということだ。
それが間違っているとは私は思わない。むしろ私はこの言葉が好きだったりする。邪道だという人もいるけど、ゲームなんかで適正レベル以上にレベルを上げまくって、圧倒的な力で相手を叩き潰すというのは、それはそれで楽しいのだ。
でも、今私に求められているのはそれじゃない。
ただ単に高い能力値を振りかざして暴れるだけの戦いかたではなく、高い技術を身につけ、高い能力値を活かした戦いを求められているのだ。
そうでなければ、この魔物に私は勝利することが出来ない。
だって、きぃちゃんがそういう風に能力を調節して私に付与しているのだから。
この戦いはきっと、きぃちゃんからの試練なんだろう。私がちゃんと技術を身につけて、より高みを目指すことが出来るのか、それともレベルに任せたゴリ押しで満足してしまうのかを見極めているのだと思う。
こんなハードモードの戦闘中に見極めするなんて、相変わらずきぃちゃんはスパルタだよね。
でも、私はそれを乗り越えるよ。
だって、きぃちゃんは私ならそれが出来ると信じてくれているんだから。
きぃちゃん自身も言ってたけど、きぃちゃんは出来もしないことをやれなんて絶対に言わない。きぃちゃんができると言ったのなら、それは確実に出来ることなんだ。私だって、そんなきぃちゃんのことを信じている。
だったら、出来ないなんて泣き言を言うわけにはいかないでしょ。
魔力の槍を避けつつ、魔力剣へと流す魔力をどんどん増やしていく。
不思議とこの膨大な魔力を込めた魔力剣を、今までだったらここまで魔力を流す前に霧散してしまっているであろう魔力剣を、制御できるのだと信じることが出来る。
さらに魔力を流し続ける。
それでも私は魔力剣の制御に失敗することはない。むしろまだまだ余裕があるとすら思える。
さらに魔力を流し続ける。
あまりにも膨大な量の魔力をまとめ上げたため、制御を失った瞬間、霧散などという生易しいものではなく、暴発してしまうのではないかという程の濃密な魔力が私の右手にある。それでも私は魔力剣の制御を手放さない。
さらに魔力を流し続ける。
すでにあの亀の魔物を倒すに足るだけの威力が、この魔力剣にはあるだろう。まだ制御できる範囲内だ。
さらに魔力を流し続ける。
その魔力の量は、制御に失敗した瞬間、破壊の嵐となり周辺一帯を吹き飛ばしてしまうだろうことが予想される。恐らくそれは、私ですら重症を負ってしまうほどの威力だろう。それほどの濃密な魔力が、私の右手の中に圧縮されて存在している。そろそろこの魔力を制御するのが難しくなってきた。
さらに魔力を流し続ける。
きっと、これが今私にできる限界。最終的にはここで満足する気はないけど、今のところは満足しておこう。
今現在、元々制御していた魔力剣の十倍を超える量の魔力を込めることに成功した。正直言って、自分自身でもここまで出来るようになるとは思ってもみなかった。しかし出来るようになってしまえば、意外となんでもなかったなというのが素直な感想だ。
そう思えるほど、この戦いの中で私の魔力操作技術が飛躍的に向上したのだろう。
この戦いの前の自分よりも強くなれたということが実感できて、自然と笑みがこぼれる。強くなれたという実感を右手の中に感じ、そこへと視線を向ける。
それは見た目からして違っていた。
魔力剣とは、一般的には目に見えない魔力というものを集めて作られた剣のため、薄ぼんやりとした半透明の、いわゆるビームサーベルのような見た目の剣だった。
しかし今私の手にある魔力剣は、不透明でハッキリとした輪郭を持った、実際にここに存在しているかのような、到底魔力で作られたものとは思えないような存在感のある剣だ。
やはりものすごい量の魔力を込めたから、ここまでハッキリクッキリと見えるようになったんだろうか。
私の右手の中にある、今の私の技術の集大成を見つめながら、そんなことを思う。こうやって、結果が目に見えると嬉しくなってくるよね。歓喜に叫びはしゃぎたくなる気持ちになるが、ふと、今がどういう状況なのかを思い出し気持ちを抑える。
あぶないあぶない。今は戦闘中だった。
喜ぶのはあの亀を倒してしまってからにしよう。
気持ちを切り替えた私は、まず、この魔力剣の切れ味を確かめる。
こちらへと向かってくる魔法の槍を一本、魔力剣を振り抜き叩き切る。
「……え?なに、これ?」
結果、私を捉えていたはずの魔法の槍は見事切断され、術式を維持できずに消滅した。
いや、結果はいいんだよ。想像通りだったし。それよりもなによあの手応え。豆腐を切るかのように、全然手応えを感じなかった。
今までの魔力剣では弾いて逸らす程度のことしか出来なかったはずのあの魔法の槍を、何の抵抗もなく、切断できてしまったのだ。ちょっと切れ味向上しすぎじゃないですかね?あの刃で自分を傷つけたらどうなるんだろうかとふと思ってしまい、少し怖くなってしまった。
いや、私には自傷する趣味なんてないから全然平気なんだけどね。怖くなんてないっすよ?本当っすよ?
しかしこの切れ味ならば、あの甲羅ですら切断することが可能なのではないだろうか。そう思ってしまうほどの恐ろしい切れ味だ。
そしてそう思ってしまったら試さずにはいられないのがこの私。おかげで何度きぃちゃんに怒られたかわからないけど、それでもこればっかりはやめられない。だってさ、今試さないと、今後試す機会が来るのかなんてわからないんだよ?だったらやるしかないじゃん?いつやるの?今でしょ!
というわけで……。
「ユノ・ナハブ、行っきまーす!!」
亀から放たれる魔法の槍の雨をかいくぐり、なぎ払い、一直線に亀の魔物の下へと駆け抜ける。
亀の攻撃は私が近づくにつれ苛烈になっていくが、今の私にはそんなものは脅威にはならない。この魔力剣を一振りするだけで、相手の攻撃は私に届かないのだから。
亀の下へと辿り着いた私は飛び上がり、亀の甲羅を斬りつける。
「よしっ!」
さすがに豆腐のようにとはいかずにいくらかの抵抗は感じたが、それでも問題なく甲羅を切り裂くことが出来た。これならば!
「いっけぇぇぇぇーーーーーー!!!」
地面へと着地した後、魔力剣を上段に構え、刀身を必要な分だけ伸ばす。こういうことが出来るのも魔力剣のいいところだよね。
そしてそのまま魔力剣を振り抜き、亀の胴体を甲羅ごと両断する。
「ぐぅぅぅぅおぁおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………ぁぁぁぁぁぁ…………………………」
断末魔の叫びだろうか、亀の魔物がものすごい叫びを上げるが、次第にその声を失っていく。
魔法も止み、亀の魔物は身動き一つしなくなった。恐らく倒してはいるはずだが、念の為頭をはねておく。
ふぅーーーーー。
私は自分が倒した亀の魔物を見つめ、一息つく。
あーーーーーー、倒せたよ、倒せちゃったよ。
いや、倒すつもりではあったんだけどさ、あんなにも倒せる気がしなかった魔物を、最終的にはあっさりと倒せちゃうってのはどうなんだろう。いや、いいんだけどさ。
まあ、とりあえず、倒せてよかったーーーー。
やったよ、きぃちゃん、私、亀倒したよ。




