x1-11.邂逅、そして理不尽
俺達は今、ディポネ男爵の屋敷へと向かっている。
アルミテイグ伯爵から聞かされた情報については考えたところですぐに理解できるようなものでもないので、とりあえずはその情報の内すぐに行動できるもの、ディポネ男爵の屋敷へ向かえ、という言葉に従ってみることにしたのだ。
『断罪者』という者がどういった者なのかはわからないが、もし会うことができれば、何かしらの情報が手に入るかもしれないという考えもあった。正直言って、アルミテイグ伯爵よりもたらされた情報は初耳のものが多く、今のままではさっぱり理解ができない。つーか、理解するための情報が不足しているんだから、いくら考えたって理解できるわけなんてないよな。情報を与えてくれるのはありがたいんだが、ちゃんと理解できるように伝えてほしいよ。
っと、そろそろ見えてきたか?……ああ、あれだよな?あれがディポネ男爵の屋敷か。
アルミテイグ伯爵と別れた後、俺達はディポネ男爵の屋敷がどこにあるのかわからなかったため、一旦急いで王宮へと戻り、その辺にいる人に片っ端から聞いて回った。幸い場所はすぐにわかったのだが、目的地が意外と遠く、時間が結構かかってしまったのだ。今はもう、そろそろ日が暮れ始めるかという時間になってしまっている。
そして更に道を進み、ようやくディポネ男爵の屋敷が目前へと迫った時、望が口を開いた。
「ねえ、おかしくない?」
「ん?なにがおかしいんだ?望」
コノが望に聞き返す。
何かおかしいところでもあったか?俺にも何がおかしいのかがわからないんだが。
「だってさ、貴族の屋敷なのに門番がいないんだよ」
言われてみれば確かにいないな。しかし、門番がいないことがそんなにおかしいか?
コノも俺と同意見だったようで、望に聞いていた。
「おかしいに決まってるでしょ。門番がいなかったら誰でも簡単に敷地に入れちゃうんだよ。敷地だって財産の一つだし、当然屋敷には価値のあるものがたくさんある。それなのに衛兵を配置しないなんて、そんな不用心なことするわけないじゃない」
「門番がいないと、取次だって、して、もらえない。勝手に入ると、不法侵入」
ああ、そうなるのか。しかし、この二人もよくそんなこと知ってるよな。俺には貴族のことなんてさっぱりわからんし、わかりたくもない。
結局、入り口の門へと辿り着いても辺りに人の気配は感じられなかったので、不法侵入ではあるが勝手に敷地内へと入らせてもらうことにした。誰も居ないんだからしょうがないよな。まあ、何か問題になったとしても、きっと王様とかがなんとかしてくれるだろう。うん、そうに違いない。そんな都合の良い結論を勝手に出して、俺達は先へと進む。
そして屋敷の入口扉へと辿り着いた時、俺も異変に気づいた。妙に静かすぎるのだ。静かというよりも、無音に近い。普通に考えて、人の生活している場所が無音だなんてことがあるわけがない。これはいよいよおかしくなってきたな。
「すみませーん。誰かいませんかー」
コノが扉を叩きながら屋敷へと向かってたずねる。
何度かそれを繰り返すが、しばらく待ってみても返事はない。どうしたものかと思い、何気なくドアノブへと手を伸ばしひねってみると、扉が開いてしまった。
みんなの視線が俺へと向くが、俺は別に特別なことなんてしていない。鍵がかかっていなかった。それだけのことだ。お互いに顔を合わせうなずき合うと、意を決してみんなで屋敷の中へと入っていった。
「やあ、よく来たね」
屋敷の中へと入って早々、そんな言葉を投げかけられる。
声のした方へ視線を向けると、エントランスホールの中央付近、凛然とした様子で佇む少女らしき姿があった。身長は目算160cm程度、煌めく銀髪に真っ赤な瞳、そして何よりも目立つのが、その顔を覆っている真っ白な仮面だ。
ってこれってまさか……。
「誰だっ!」
俺が最悪の結論を出そうとしたのと、コノがそう叫んだのはほぼ同時だった。
「誰だ、って、それって屋敷の外から来た人間が、中にいた人間に言うセリフじゃないよね」
確かに。今が異様な状況だということも忘れて、俺は思わず納得してしまった。
「まあ、私も本当は君たちと同じく、外から来た方の人間なんだけどね」
って俺達と同じかよ。思わず脳内で突っ込んでしまう。
「さて、聞かれたことだし、一応自己紹介をしておこう。私は君たちから『仮面の魔王』と呼ばれる者、そして『仮面の断罪者』とも呼ばれている者だ」
やはりそうか。王様から聞いていた魔王の外見的特徴と一致していたため、そうなのではないかとは思っていた。しかも、アルミテイグ伯爵の言っていた『断罪者』と同一人物だったらしい。
しかし、もう魔王と対面かよ……。準備なんて全く出来ていないというのに、今戦ったとして、どうあがいたって勝つことなんて出来そうにないぞ。まさかアルミテイグ伯爵は俺達を始末するためにここへ向かわせたのか?魔王討伐否定派だしな、あの人。
だが、アルミテイグ伯爵は『魔王』に出会えるかも、ではなく『断罪者』に出会えるかも、と言っていた。もしアルミテイグ伯爵が、魔王と断罪者が同一人物だということを知っていたのだとして、わざわざ『断罪者』という言葉を使ったことに何か意味があるのだろうか?……駄目だ、考えたところで情報が少なすぎて、答えが出そうにない。
とりあえず目の前にいるのが魔王だということがわかったので、いつでも戦えるように、今出来る限りの準備だけはしておく。戦ったとして勝てる気は全くしないがな。
だってよ、鑑定効かないんだぜコイツ。何度やっても失敗しやがる。ユノさんの時は敵対していなかったから失敗しても残念に思う程度だったけどさ、敵対している相手の強さがわからねぇってマジで怖いのな。しかも俺達より遥かに強いことは確定してるんだぜ。今更ながらにマジで死ぬかもしれないって場面に出会って、恐怖で押しつぶされそうだ。
コノ達も、自分のことを魔王だと言った少女に対し、いつでも戦える準備はしているが、やはり恐怖心のほうが勝つのだろう。みんな及び腰になっている。もちろん俺もだ。
しかしそんな俺達を全く気にすること無く、目の前にいる魔王を名乗る少女は話を続ける。
「それにしても、ちゃんと君達が来てくれてよかったよ。多分勇者達が来るから、ここで待っててくれって頼まれてたんだよね」
頼まれた?どういうことだ?誰に?
そう考えた時、該当しそうな人物が一人頭の中に浮かぶ。
まさか、アルミテイグ伯爵は魔王と繋がりがあるのか?魔王と繋がってこの国を滅ぼそうとしているのか?
「仕事もすぐに終わっちゃったしさ、待ってる間暇で暇でしょうがなかったよ」
「仕事?」
無意識に疑問を口に出してしまった。まずい、殺されるか?と思ったが、意外にも魔王はその疑問に答えてくれた。
「うん、仕事。私ね、害虫駆除の仕事してるんだよ。この屋敷にもね、ろくでもない害虫が巣食っていたから駆除しに来たの」
害虫駆除?この屋敷にろくでもない害虫?
最初は何を言っているのか意味がわからなかったが、ふと、この屋敷の不自然なまでの静かさが頭をよぎる。そう、人が誰も居ないかのように静かなのだ。つまり、それは……。
「まさか……ディポネ男爵を殺したのか!?」
「ええ、そうよ。それとろくでもない衛兵共もね。使用人たちは眠らせてあるだけだから、朝になったら起きるでしょうけど」
俺の言葉にあっけらかんとした態度で答える。
どうして人を殺しておいてそんな平然としていられるんだ。相手が少女の形をしているため、魔王だということも忘れてそんなことを考えてしまう。
「何で……」
「何でって言われても、あれが害虫だったから駆除しただけよ」
コノが呟いた言葉に、魔王はなんでもない様子で答える。
しかし、その言葉に俺達がまだ納得していない様子なのを見て取ったのか、魔王は話を続ける。
「あなたたち、満月堂という食堂で働いているミサリナって子、知ってるかしら?」
俺にはその名前に聞き覚えはなかった。そもそも満月堂の店員さんとは多少仲良くなったとは思うが、名前までは聞いてないのだ。聞く必要も特になかったしな。
そんな俺達の表情を見て察したのか、魔王は追加の情報を口にする。
「銀色の髪の可愛らしい子よ」
それを聞いた俺達は全員がうなずいた。確かに満月堂で見かけた覚えがある。俺達はまだ彼女とはそれほど仲良くなっていなかったが、珍しい銀髪だったため記憶に残っていたのだ。この世界へ来て一月、様々な色の髪を見たけど、銀色の髪を見たのは彼女と目の前の魔王の二人だけだった。
「その子がね、今日、死んだわ」
……え?
「彼女を街中で見かけたここのクズがね、彼女の銀髪を見て私だと思ったらしいわ。あいつを殺せ、生かしておくなって、必死の形相で護衛に命令してたという話よ。私のことが余程怖かったんでしょうね。いつかは自分も殺されるんじゃないかと思っていたんでしょうし」
俺達はその話の内容に衝撃を受け、誰一人言葉を発することが出来なかった。
「ねえ、何の罪もない人を自分勝手な都合で殺すような、そんなろくでもないクズを生かしておく意味ってあると思う?」
魔王が俺達に問いかけてくるが、やはり俺達の口から言葉は出ない。
しばらく辺りを沈黙が支配していたが、頭の整理ができたのかコノが口を開いた。
「だからといって、なにも殺さなくても」
「殺しておかないとまた被害者がでるのよ。貴族なら何をしても許されるのだと思い込んでいる馬鹿がたくさんいるんだから。実際にこの国では、財力と権力があれば平民くらい殺したところでどうとでもなるわ」
「でも、貴族だって人間だ。話せばきっと……」
「わかってくれるとでも?あいつらは平民の命などいくらでも替えのきく部品程度にしか見てないわよ。そんな奴に命の尊さなんて説いたところで何の意味もなさないわ」
「でも、それでも、人を殺すなんて……」
コノは必死になって、悪いことをしたとしても更生させる道を閉ざすべきでないと魔王に伝える。
コノだけじゃない、俺も、望も、白井さんも、安易に人を殺すなんていうことは間違っていると訴える。
死んでしまったらそこで終わりなんだ。生きて罪を償わせることだって必要なはずだろう。確かに再犯がないとは言わないが、殺されたから殺し返すなんていう状況よりは健全じゃないか。
しかし、俺達の言葉を聞いていた魔王は徐々に不機嫌になっていく。
そして、もっと平和的に解決していかないとそのうち国が滅びてしまう、とコノが口にした瞬間、ついには魔王の怒りが爆発した。
「だったら滅びればいい!!!」
そのあまりの剣幕に俺達は皆黙ってしまった。
「そんな事で滅びるというのなら、こんな国は滅びてしまえ!国が民を思いやれないというのなら、そんなものはすでに国じゃない!私はね、別に無差別に貴族を殺して回っているわけじゃないのよ。力なき者を踏みにじってまで私腹を肥やそうとするクズどもが、人を理不尽にもてあそぶクズどもが許せないから、その元凶を潰しているだけ。なのにそいつらを殺すなだって?生かしておけば必ずまた民を踏みにじる。理不尽を強いる。そんなことが許せるわけがない!この国は財力と権力があるだけで、いくらでも民をないがしろにするというのに、そんなクズどもを生かしておけるワケがないだろう!」
何も言うことが出来ず魔王の話を聞いていると、その言葉の端々から怒りがにじみ出ている。
しかし、これが魔王か?魔王なんていう存在が言うセリフか?これはまるで……そう、まるでアルミテイグ伯爵の言っていた『断罪者』という言葉のほうが余程当てはまるじゃないか。
「生かして罪を償わせろだって?そんなものはただの偽善。自分が殺されたくないから相手にも殺すなと言っているだけ。あなたたちは当事者じゃないからそんなことが言えるの。そうやって甘い顔をしたらしただけ、不幸な人間が増えるだけだと言うのに。大切な人を理不尽な理由で奪われた者の怒り、悲しみ、苦しみ、憤りを知らないからそんな綺麗事が言えるんだ」
俺達は誰も口を開かずに魔王の話を聞く。いや、開かないのではなくて開けないのだ。その静かな怒りを、強い怒りを肌で感じてしまったから、口を開くことも、体を動かすことも出来ずにいる。
「だったら理不尽をその身で体験してみればいい。理不尽に遭遇した時の強い憤りを味わってみればいいんだ。……そうだな、お前でいい」
魔王がそう言うと、白井さんが魔王のすぐ隣にいた。
視線を俺のすぐ隣、白井さんがいたはずだったところへと向けるが、当然そこには白井さんはいない。
いったいいつの間に移動したんだ?全くわからなかったぞ。
しかし、これはまずい。白井さんが一人で魔王のそばにいるなんて状況がまずくないわけがない。
助けなくちゃ。
そう思った瞬間、俺達は金縛りが解けたかのように、白井さんの下へと走りだそうとする。
「白井さんを離……せ……」
そう俺が口にするのと、白井さんの首から上が体から離れ、床へと落ちたのはほぼ同時だった。
……………………………………………………え?




