x1-7.引きこもりの冒険者
「あー、やっと着いた……」
王都の街門まであと少しというところまで来て、俺はそう呟いた。
やっと帰ってこれた……。マジでしんどい。帰り道がこんなに長く感じるなんて思いもしなかった。こんなにも時間が早く過ぎて欲しいなんて思ったことは生まれて初めてかも知れない。
何故か?それは道中、望からウザいセリフの集中砲火を浴びせられていたからだ。
リアクションをしろ。アタシにかまえ。アタシのネタをちゃんと拾え。もっと戦いたい。魔物討伐の回数を増やせ。アタシより強い奴に会いに行く。歩くの疲れたからおんぶしろ。退屈だから何か話しろ。ヨウカン食べたい。等々……。
非常に鬱陶しかった。つーかお前何様だよ。しかも最後の方なんてただの我侭じゃねーか……いや、最初からか。そんなのコノに言えよ。
しかも、そのコノも望が俺に絡んでるっていうのに、我関せずで放置しやがる。お前がさっき見せたあの申し訳無さそうな顔は何だったのかと問い詰めたい。非常に問い詰めたい。
しかし、もう王都は目と鼻の先だ。これでやっと望から解放されるのだと思うと足取りも軽くなる。さっきまでの憂鬱な気分も晴れ、幾分爽快な気分で街門へと歩を進めた。自分で言うのも何だけどさ、俺も大概単純だよな……。
街門をくぐり、冒険者ギルドへと辿り着いた頃には既に日が暮れ始めていた。
やはり予定よりも遠出してしまったために帰りも遅くなってしまったようだ。
さっさと用事を済ませてしまおうかと冒険者ギルドの扉を開けると、中には大勢の冒険者がいた。
どうやらほとんどの者は依頼の達成報告をしているようで、受付のカウンターにはどこも長蛇の列ができている。流石にここに今から並びたくはないな……。
「なあ、まずは魔物を換金しておかないか?」
俺がそう提案すると、みんなうなずいてくれた。やっぱりあれに並ぶ気にはならないよな……。
換金が終わりもう一度受付を見てみると、列は大分短くなっていた。
未だに長時間待たなくてはならないような列ができているのならば、今日のところは諦めて明日にでもしようかと思ったが、このくらいなら並んでもいいだろう。急ぎの用件ではないとはいえ、今のうちに聞いておけば今夜にでもみんなで相談できるかもしれないしな。
30分くらいたっただろうか、やっと俺達の順番がやってきたので、コノが受付のお姉さんに草原に魔物がいなかったことを報告する。俺達の後ろに並んでいる人はいなかったので、時間を気にせずに話ができるな。
因みに、コノが俺達のパーティーのリーダーだったりする。最初は面倒だから嫌だと俺をリーダーにしようとしていたようだが、そうは行くかよコノヤロウ。面倒なことを俺に押し付けているくせに自分は面倒だから嫌だと言うのか、と俺が口にしたら、渋々ながら承諾した。そもそもさ、自分の彼女の面倒を他の男に見させるとかどういうことなんだ?彼氏さんよ。
草原の異常についての報告が終わると、受付のお姉さんは少し考えたような素振りを見せ、口を開く。
「恐らく、それは異常ではないですね」
え?異常じゃない?今まで普通の狩場だったところから魔物が全て消えちゃってるのに?
他のみんなも「異常ではない」という言葉を聞いて、意味がわからず納得のいかない顔をしていた。
特に望なんかは「急に魔物がいなくなるなんて、何か良くないことが起こる前触れなんだよ!きっと、本来ここにいるはずのない強力な魔物が現れて、他の冒険者達が手こずっているところに、アタシ達が颯爽と退治するというイベントが発生するんだよ!!」なんて張り切ってたもんな。
そんな俺達の表情を見て、受付のお姉さんが説明をしてくれようとしたところで、横から俺達に話しかけてくる者がいた。
「そりゃあ多分『殲滅』の仕業だな」
声のした方を向いてみると、顔は優しそうではあるが、服の上からでもわかるほどの筋肉のついた、屈強な肉体をもった中年くらいの男がそこにいた。恐らくこの人も冒険者なんだろう。
「ディレスさん、盗み聞きは感心しませんよ」
「いやいや、盗み聞きとは人聞きの悪い。聞こえてしまっただけだよ」
受付のお姉さんの咎めるような声に、ディレスと呼ばれた屈強な男は悪びれもせずそう言う。
まあ、別に聞かれても困るような話でもなかったし、それはどうでもいいんだけどな。
しかしそんなことより、意味の分からない言葉がある。『殲滅』って何だ?いや、殲滅という言葉の意味はわかるんだが、『殲滅』の仕業、という意味がわからない。
他のみんなも意味がわからなかったようで、コノがディレスと呼ばれた男に質問をしていた。
「あの、すみません。『殲滅』ってなんですか?」
「おう、『殲滅』はな、ここ王都を拠点にしている冒険者のことだ」
なるほど、冒険者か。『殲滅』っていうのは二つ名とかそういうのだろうか。流石に名前のわけないしな。
「恐らく王都、いや、世界最強の冒険者だな」
「そうですね。『殲滅』のユノさん。少なくとも我が国で敵うものはいないでしょうね」
おおっ、世界最強。ちょっとワクワクする言葉だ。ユノっていうのが名前なんだろうか?もしかして女の人なのか?でも世界最強っていうくらいだから筋肉とかすごいんだろうな。会ってみたいような会いたくないような……微妙な気持ちだ。
「世界最強って、そんなに強い人がこの街にいるんですか?」
「ああ、めちゃくちゃ強いぞ。俺も自分のことを強いと自負してはいるが、『殲滅』が相手じゃどうやったって勝てるビジョンが見える気がしない。戦ったところで本気すら引き出すことができず、軽くあしらわれるだけだろうな」
コノの質問にディレスさんはそんな答えを返してきた。
この人も相当強そうに見えるが、それを軽くあしらうほどに強いのか。凄いなそれは。
「ディレスさんは、ユノさんが王都に来る前までは王都最強の冒険者だったんですよ」
はぁ?なんだって!?
「おいおい、ギルドの受付嬢が個人情報をペラペラ喋るなよ」
「こんなものは個人情報なんていいませんよ。誰でも知っている情報じゃないですか」
受付のお姉さんとディレスさんが軽口を言い合っている。どうやら気安い関係のようだ。しかし、そんなこと今はどうでもいい。
さっきディレスさんのステータスを覗いてみた。レベル47。騎士団長には及ばないまでも、それに匹敵するほどのレベルだ。そんな人を軽くあしらうだって?なんだそりゃ、確かに最強だ。つーかさ、そんなに強い人がいるなら俺達なんて呼ばなくたって、その人に魔王を倒してもらえばよかったんじゃないのか?
そんなことを考えていた俺の耳にふと、かすかな呟き声が聞こえてきた。
「ぐぬぬ、世界最強の座はアタシが手に入れるはずだったのに……」
望だった。いや、俺も男なんで気持ちはわからないでもないんだが、お前は一応女なんだからそういう少年みたいな夢を抱くのはやめようぜ。
「しかし、久しぶりに『殲滅』も活動を始めたのか?」
「活動、ですか?」
ディレスさんの言葉にコノが疑問を返す。
俺も同じ気持ちだ。活動を始めるってなんのことだ?
「ああ、実は『殲滅』は結構気まぐれな性格をしていてな、冒険者の活動をしていたと思ったらいつの間にか引きこもったりして、しばらく部屋から出てこなくなったりするらしいんだよ。宿屋の店員もずっと部屋から出てこないから心配になって声をかけたりするらしいが、ちゃんと返事は返ってくるし、たまに食事をしに来ることもあるし、おかしな所は特にないらしい。まあ、引きこもっていること自体がおかしなことだといえばそうなんだがな」
なんだそれ、引きこもりの世界最強の冒険者?あれか?年をとっていて外出するのもつらいとかそういうのか?しかしそれで最強ってのは違和感あるよな。『殲滅』の冒険者像がわからなくなってきたぞ。
「それでな、肝心の冒険者としての活動なんだが、ここ王都の冒険者ギルドにはこんな言葉がある」
「『殲滅』の通った道に魔物なし、ですね」
「おいっ、人のセリフとるなよ!」
受付のお姉さんがディレスさんが言おうとしたセリフを横取りして俺達に教えてくれた。
――『殲滅』の通った道に魔物なし――
意味はなんとなく想像できる。想像はできるんだが、そんなこと本当に可能なのか?
「まあ、意味は言葉そのまんまだ。過去に何度か、一時的に魔物が姿を消したことがある。その全てが、『殲滅』がたった一人で魔物を殺し尽くした事によって起こった。いったいどれだけの魔物を殺せばそんなことになるのかは俺にもわからん。そして実際に『殲滅』が魔物を狩っている現場を目撃した者もいるが、あまりの魔物の死体の量にビビッて逃げ帰ってきたらしい」
「ユノさんが戦った場所には魔物一匹残らない、ということでついた二つ名が『殲滅』というわけです。因みにディレスさんも二つ名を持っています。強力な一撃で相手を葬り去ることから『一撃』のディレスと呼ばれていますね」
「お前はまた勝手に個人情報を……」
「これも誰でも知っていることじゃないですか」
想像以上にすさまじいな。俺達も散々魔物狩りをしているからわかる。魔物が出現しなくなるまで殺し尽くすなんて俺達には無理だ。魔物を探して討伐している間に魔物が増えてしまう。それは何故か。魔物は生殖から産まれるものもいるが、自然発生するものも沢山いるからだ。自然発生する理由は未だ解明されていないらしいが、人の住まない土地に、つまりは自然の多いところへ魔物が生まれ落ちる事例が何件も確認されているらしい。そのため、冒険者が何人かで魔物を頑張って狩ったとしても、ある程度の時間が経てばまた魔物が増えてきてしまうのだ。
それでも、根気よく何日もかけてやれば実現できるかもしれない。だが、そのためには入念な準備が必要になるし、仮にそれで実現できたとしても、かかった日数、準備の費用、肉体的、そして精神的な疲労等、とても割に合うとは思えない。
それをたった一人で実現させてしまうとかどんな化物だよ?
「そうそう、それでな、本人に何でそんなことしてるのかって聞いたことがあるんだよ」
「ああ、それは私も確認したことがありますね」
「そしたらよ、とんでもねぇ答えが返ってきた。あんまりな理由に俺としたことがしばらく放心しちまったぜ」
「私もあの理由には驚きました。言葉の意味を理解するのにあんなに時間がかかったのは初めてです」
なんだ?そんなにとんでもない理由なのか?凄く気になるじゃないか。
コノも気になったのか、すかさず聞いていた。
「どんな理由なんです?」
「どんな理由だと思う?」
するとディレスさんは逆に聞き返してきた。勿体つけるなこの人。しかも顔が少しニヤついている。
そして受付のお姉さんを見ると、こちらも少しニヤニヤしている。そんな凄い理由なのか?
「そうですね……魔物が憎くて皆殺しにしたかったとか」
コノがそう答える。まあ、普通に考えれば一番可能性が高そうな回答なんだろうが、この人達の顔のニヤつきを見れば、多分違うんだろうな。
「まあ、わかんねぇよな。わかるわけがねぇよ。こんな馬鹿みてぇな答え」
「そうですよね。まあ、とてもユノさんらしい答えではありますけど」
いいから早く答えを教えてくれよ。気になってしょうがないじゃないか。
「罰ゲームなんだとよ」
……。
……はぁ?
「罰ゲームで魔物を皆殺しにしたんだとよ」
「ええ、でも、何の罰ゲームなんでしょうね?」
「俺はそれよりも、あの『殲滅』に罰ゲームを与える存在の方が気になるな」
受付のお姉さんとディレスさんは罰ゲームについて話し合っているが、そんな会話は俺の頭には全く入ってこなかった。あんまりな理由に衝撃を受けすぎて、頭が働かなかったからだ。
つーか、罰ゲームで魔物を殲滅するだとか、そんな甘い内容じゃないぞ?普通なら「んなこと出来るか!」って叫ぶところだ。
例え魔物を瞬殺出来るだけの実力があったとしても、魔物は一箇所に集まっているわけではない。策敵して、魔物のいるところへ移動して、倒して、また策敵して、とやっている内に魔物が増えてしまう。たった一人でやって終わるようなものではない。それを何回も、しかも罰ゲームで。……ありえない。本当にどんな化物なんだ?
正直言って魔物なんかに同情したくはないが、罰ゲームで皆殺しにされるとか哀れすぎるだろ……。
「そうだ、罰ゲームで思い出したんだが、満月堂で働いてんのも罰ゲームらしいな」
「え?そうなんですか?」
「この前昼飯食いに行った時、ちょうど働いていたから聞いてみたんだよ。何でここで働いてんのかって。だってあいつ、腐るほど金持ってんだから働く必要なんてないだろ?」
「そういえばそうですよね。それにしても、一体どれだけ罰ゲーム受けてるんでしょうね、ユノさんは」
「だよな、部屋に引きこもっている時以外、大体何かしらの罰ゲームやってるよな。あれだけ強ぇのに勝負事には弱ぇってか」
ふと、まだ話し合っている受付のお姉さんとディレスさんの話に耳を傾けてみると、そんな会話が聞こえてきた。
引きこもりの世界最強の冒険者はいつも罰ゲーム中?更に意味がわからない。一体どんなやつなんだ?
と思っていたら、コノが質問してくれた。
「あの、その『殲滅』のユノさんという人はどんな人なんですか?」
「あー、そうだなー、……うん、アルクハム冒険者ギルドのアイドルだな」
はぁ?なんだそれ?
「ユノさんはとても可愛らしい子ですよ。非公式のファンクラブが幾つも出来て、それぞれが牽制しあっているくらいですからねぇ」
はぁ?ファンクラブ?え?なにそれ?
「ユノさんって若いんですか?」
良く聞いたコノ。それ俺も知りたい。ムキムキマッチョな婆さんを少し想像していたんだが、絶対違うよな?アイドル?ファンクラブ?どうしても世界最強なんて単語とは結びつかない言葉が出てきたんだが。
「ユノさんは14歳の可愛い女の子ですよ」
はぁ?14歳?え?俺達より年下?それで世界最強?アイドルみたいに可愛い?ファンクラブが出来るほど可愛い?
「見た目は10歳くらいにしか見えませんけど、それ本人に言っちゃ駄目ですからね。ユノさん実は結構気にしているみたいなんで」
しかも見た目10歳?そして罰ゲームで魔物を殲滅?え?それ本当に人間?
「ユノは絶対に敵に回しちゃなんねぇぞ。単純にあいつが恐ろしく強いってのもあるが、あいつを敵に回すと王都の冒険者全てが敵に回ると思え」
「ユノさんの可愛らしさには男女関係なくやられちゃってますからねぇ」
「しかもあいつは見た目だけじゃなく、性格もなかなか愉快だからな」
「ええ、それにあの子、引きこもってない時はしょっちゅう人助けしてるんですよ。それも無償で」
「ああ、それは俺も聞いたな。街ん中でもそんなことしてるから、冒険者じゃなくてもファンクラブに入ってる奴が結構いるんだって?」
「そうみたいですね。そのうちこの辺一帯がファンクラブ会員になるんじゃないですか?」
二人は楽しそうに話を続けている。
美少女で世界最強で性格も良くてみんなに愛されている冒険者。なにその完璧超人。マジで人類?
つーか、なんか今日は驚きすぎて疲れた。クイズにでも出来んじゃね?ってくらい驚いたよ……。
問題、俺は今日心の中で何回「はぁ?」と言ったでしょう。
回答、……んなこと俺も知らねーよ。
駄目だ……俺の頭がおかしい。疲れすぎてまともな思考が出来ないようだ。もう今日は帰って休もう。
みんなにそろそろ帰ろうかと伝えると、全員賛成のようなので、二人にお礼を言って帰ることにする。
「あの、今日はいろいろ教えてもらってありがとうございました。それにしてもお二人共、ユノさんて人のこと随分詳しいんですね」
おい、馬鹿やめろ。余計なこと言うなよ。そこからまた話が膨らんで帰れなくなるだろ。
「ああ?そんなの当然だろ」
「ええ、当然ですね」
「なんてったって、俺達もファンクラブの会員なんだからな」
……はぁ?




