x1-1.ドナドナ
眩い光が辺りを包む。
真っ白な明るい光だ。
しかし何故だろう。目が眩むほどの光のはずなのに、眩しいと感じない。
ゆっくりと目を開いてみる。
辺りは一面真っ白な光で何も確認することはできなかったが、やはり眩しいとは感じなかった。
普通に考えれば、これほどの光量で眩しくないはずはないのに。
《ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ》
光が少しずつ弱まってくると、周りからどよめきがおきる。
一体何なんだ?
光がおさまり、周囲を確認した俺は愕然とした。
「な…んだ、これ……」
そこはさっきまで俺達のいた学校の教室の中ではなく、ゲームなんかでよく見る神殿のような場所だった。
俺の近くには一緒に教室にいた3人。そして床には俺達を中心に魔法陣のようなものが描かれ、その周囲には大勢の人。白いローブのようなものを身に纏い、手には杖のようなものを持った、いかにも魔法使いですとでも言いたげな格好の、胡散臭い連中が俺達を取り囲んでいる。
どういうことだ?何なんだこれは?白昼夢?いや、それにしてはリアルすぎるだろ。
意味不明な状況に戸惑っていると、目の前の人垣が割れ、威厳たっぷりな壮年の男が現れた。
「よくぞ召喚に応じてくださった、勇者様方」
…………………………はぁ?
「あーーー、今日も暑いなーー。つーか、暑すぎる。いくら夏だからといってこの暑さはいかがなものか」
俺は机に突っ伏した状態で、そんな当たり前の言葉を吐き出す。
時期的にはしょうがないんだろうけど、この暑さには本当にまいる。
クーラーの効いた部屋にずっと閉じこもっていたい。
「いちいちんなわかりきったこと言ってんじゃねぇよ。余計に暑くなる」
いつの間にか近くに来ていた、俺の友人であり幼なじみでもあるコノが俺の頭を軽く叩きながら文句を言ってくる。
「あ?お前のクラスやっと終わったの?」
「ああ、ホントあいつ話長ぇよ。何で夏休みの注意事項を説明するだけであそこまでベラベラ喋れるのかがわかんねぇ。で、やっと終わって来てみれば、どこぞのアホウが暑いだの何だの言ってやがる」
「うるせぇよ、誰がアホウだ。別に口に出そうが出すまいが暑いことには変わらねぇだろ」
「いや、変わるね。誰かが暑いと口にする度にアタシの体感温度は少しずつ上がってゆくのだよ。ドゥーユーアンダスタン?」
俺とコノが互いに文句を言い合っていると、もう一人の幼なじみ、望が口を出してきた。
「うぉっ、望、いつの間に来たんだ?」
「近重くんと一緒にいたじゃない。何で気づかないのよ」
コノの影になっていて気付かなかったが、顔を向けてみるとそこには怒った表情の望の姿があった。
とはいっても、本当に怒っているわけではなく、幼なじみという気安さからくる冗談のようなものだ。
まあ、そもそも望の怒った顔なんて怖くも何ともないんだけどな。
「悪い悪い。コノが邪魔で見えなかった」
「オイッ、邪魔ってなんだよ」
「あー、それじゃーしょうがないねー」
「オイコラ望、テメェも言うのか」
「あはははっ、冗談よ冗談」
俺達はいつものようにコノをからかい、放課後の無駄話を楽しんでいた。
俺の名前は鷹羽社。どこにでもいる平凡な高校1年生だ。
明日から夏休みということもあり、ホームルームが終わるとクラスメイト達はすぐに教室を出て行った。
部活に出たり、寄り道したり、家へ帰ったりするのだろう。羨ましいことだ。俺も早く家へ帰りたい。
教室に残っていたのは俺と委員長の二人だけ。俺は幼なじみが一緒に帰ろうというので、クラスの違う幼なじみを教室で待ち、委員長は日誌のようなものを書いていた。
そしてついさっき、やっと俺の待ち人である幼なじみがやって来たというわけだ。
俺の幼なじみは二人いる。
一人は近重騎士。背が高く、体もがっしりとしていて、髪は短髪、顔はイケメン、いかにもさわやかスポーツマンといった見た目の男だというのに、趣味はゲーム。「スポーツだとか余計なことをする時間があるならゲームをやる」といってはばからないほどにゲームに情熱を費やしている。俺にオススメのゲームを寄越してくるのはいいんだが、進行が遅いと文句を言ってくるのは勘弁して欲しい。俺はお前みたいにゲーム最優先な生活をしているわけじゃないんだよ。
それと、自分の名前にコンプレックスを持っており、名前で呼ばれることを非常に嫌がる。まあ気持ちはわからないでもない。だから俺は名字からとってコノと呼んでいる。
もう一人は結城望。こちらも容姿が整っていて、長く艶やかな黒髪とお淑やかそうな見た目のせいもあり、大和撫子なんて言われたりもしているそうだが、中身が元気娘なため見た目詐欺だったりする。俺達と一緒の時以外は比較的大人しいせいか、そんな勘違いをされてしまったのだろうか。
こいつも重度のゲーム好きで、アニメや漫画、小説なんかにも手を出している分、コノよりも手に負えない。というか、それだけ手を出しておきながら、どうしてコノとゲームの攻略速度が変わらないのかが理解不能だ。
そしてそんな二人は付き合っていたりする。
幼なじみ三人組の中の二人が付き合っているということで、俺に対して負い目のようなものを感じていたらしいのだが、そんなものはいらんお世話だ。コノにお前も望が好きだったんじゃないのか、なんてことを聞かれもしたが、正直言ってありえない。本当に幼い頃から一緒だったので、あまりにも相手のことを知りすぎている。ハッキリ言って、コノも望も兄弟のようなものとしか思えない。俺からすると、コノと望の方が、よく付き合えるよなって思っているくらいだ。
そんなことを何度も何度も二人に説明して、やっと最近になって今まで通りの付き合いができるようになってきた。
そういった事情もあり最近は三人でいることがあまりなかったのだが、今朝のコノの「最近あまりつるんでなかったから、夏休みは三人で遊ぼうぜ」なんて言葉に「え、遊ぶったって、お前らずっとゲームやってるだけじゃん」と反射的に言葉を返してしまったら二人の不興を買ってしまったらしく「多人数でも楽しめるゲームがあるってことをお前にも理解させてやる。放課後ちと面かせや」という二人の言葉に屈し、放課後の教室で待機をしていたというわけだ。
つーかさ、呼び出したほうが遅れるってどうよ?何で俺が待ってなくちゃならないんだよ。早く家帰ってクーラーの効いた部屋でごろごろしたいのに。
まあ、そんな待ち人たる二人もやって来たことだし、さっさと帰って快適空間でのんびりしよう。……とはいかないんだよなぁ。
これから俺はコノの家へ連れて行かれ、ゲーム大会に参加しなければならない。参加者は俺、コノ、望の三人だ。いや、お前ら付き合ってんだから俺なんて呼んでないで二人で仲良くゲームでもやってろよ。別にゲームは嫌いじゃないけどよ、俺がお前らゲーマー二人に勝てるわけがねぇじゃねーか。運要素の強いテーブルゲームだとかならまだしも、お前ら揃ってガチの対戦ゲームばっかり選んでくるもんな。何で俺がお前らカップルにカモにされに行かなくちゃなんねーんだよ。
とは言っても、もう決まってしまったことはしょうがない。こいつら言い出したら聞かねぇしな。
「とりあえず、まずは帰ろうぜ。こんな暑いところにいつまでもいたくない」
どうせ回避できないのなら、せめて涼しい場所へ移動したい。
ゲーマー二人にカモにされるのがわかっていても、涼しい空間にいられるのならばまだ良しとしよう。
これから夏休みなんだ、いくらでもゴロゴロ過ごす機会はあるさ。
「おう、お前もゲームの虜にしてやるから覚悟しておけよ」
「社くんなんてアタシのスーパーテクでギッタンギッタンにしてやるんだから」
とりあえず二人も帰ることに異論はないようだ。
つーか、望さんや。お前らがそんなことをするから、俺はお前らとゲームしたくないと思ってるんだからな?せめて俺にも楽しませてくれよ。わけがわからんうちに敗北しているとか、楽しめる要素全く無しだよ。
まあ、何度言ってもゲームが始まるとあいつらケロッと忘れやがるから無駄なんだけどな。
だからもうそれについては諦めているんだが、せめて俺を巻き込まないでくれればなぁ。
これからゲームでボコられる苦行に赴くという事実に足取りが重くなるが、いつまでもここにいてもしょうがない。
帰ろうと席を立とうとした瞬間、――床から光が溢れた。
「何だ!?」
「なに、これ……」
コノと望の戸惑う声が聞こえた。
いや、俺も戸惑っている。何だこれ?
光の発生源である床を確認してみると、幾何学的な模様が描かれている。
「魔法…陣…?」
そう、それは俺の知識に当てはめれば、魔法陣と呼ばれるもの。漫画やゲームでお馴染みのアレだ。
ということはアレは何かしらの魔法なのか?
……いやいやいや、魔法なんてあるわけ無いだろ。あんなもの現実にあるはずがない。
しかしそれならばアレは何だ?誰がどう見たって魔法陣としか答えられないだろう?
俺が今直面している現象に対して混乱していると、光はどんどん強くなっていく。
教室内が光で溢れ、周囲が何も見えなくなった時、――俺の意識は一旦途切れた。




