2-14.帰ればよかった……
護衛たちが我に返るのは思ったよりも早かった。
まあ、あの護衛たちは優秀そうだし、自分よりも圧倒的な強者の前で無防備でいることの意味くらい理解しているだろう。
とりあえず守りを固めているようだが、果たして通用するのだろうか。
私は飛竜の強さを確認するために、能力確認の魔法を使用してみた。
「は?変異種?」
飛竜のステータスを確認してみたところ、見慣れない言葉を見つけてつい口に出してしまった。
種族が飛竜変異種となっている。なんぞこれ。
『変異種とは、成長過程で通常の個体とは違った成長を遂げた種のことですね。主に突然変異にて成長に変化が起こることが多いようです。あの個体は特に、通常の個体よりも大きな体へと変化したのでしょう』
私が疑問を持ったことに対してすぐにきぃちゃんが回答をくれる。
さすがきぃちゃん、なんでも知ってるよね。
これからはきぃちゃんのことをウィきぃペディアとでも呼ぶべきか。それともウィきぃちゃんかな?
……いや、やめておこう。駄目だ。よく考えたらそんな呼び方をされてきぃちゃんが怒らないはずがないじゃないか。てか、よく考えなくたって怒らないわけがないよ。なんでこんなことを考えてしまったんだろう、私。もしもこれがきぃちゃんの耳に入ってしまったのなら、何時間説教されるかわかったもんじゃない。うん、これは私の胸の奥にしまっておくべきだね。封印すべきだよ。いくら私でも説教されることがわかっていて口にするほど馬鹿じゃないっすよ。
いや、今はそんなことよりも飛竜だ。
変異種な上にレベルが81。さすがにこれはあの護衛たちには荷が重いだろう。
てか、私よりもレベルが高いとか、飛竜のくせに生意気だぞ。
ステータスでは私の方が圧倒的に勝ってはいるが、変異種とはいえ飛竜ごときにレベルで負けるのは悔しい。やはり本腰を入れてレベル上げに励むべきか。
……などと思っている内に、護衛たちは飛竜の咆哮だけで吹き飛ばされてしまった。
物理的接触をしていないのに吹き飛ばされるとか……。やはりこれだけのレベル差で戦うのは厳しいのか。攻撃なんてされたら死んでしまうかもしれないね。
「よし、きぃちゃん、あの飛竜を狩ろう」
『ええ、このまま見ていたら全滅してしまいそうですものね』
そうと決まれば早速行動だ。
飛竜の頭上10メートルくらいの位置へと転移。そして落下ついでに魔力剣で首をはねる。
これだけで飛竜を狩るだけの簡単なお仕事が終了です。
まあ、普通の飛竜よりもレベルが高いとかいっても、所詮は飛竜、こんなもんよね。
え?あっけなさすぎる?手に汗握るような熱いバトルとかはないのかって?
いやいやいや、だって相手は雑魚ですよ?確かに私よりもレベルは高かったですが、私はきぃちゃんのおかげで、レベルに見合わないほどの圧倒的な能力を手に入れているのです。たかがレベルが高いだけの空飛ぶトカゲくらい瞬殺できて当たり前なのですよ。
私をまともに戦わせたいのなら、竜か魔大陸の魔物くらい連れて来てくださいな。
いや、ごめんないさい、嘘です。竜くらいなら別にかまわないけど、魔大陸の魔物は勘弁して下さい。あそこはまだ怖いのよ。そして、きぃちゃんにこんなことを言ったら本当に連れて来ちゃいそうでもっと怖い。なんでもできるからね、きぃちゃんは。
そして護衛たちは、ほんの一瞬で殺された飛竜の姿に理解が追いつかなかったのだろう。しばらく呆然としていたが、やっと復帰したようだ。レベルの一番高かった護衛(恐らくリーダーだろう)が私に話しかけてきた。
「お前は何者だ」
むちゃくちゃ警戒されています。それが言葉だけでなく態度からもひしひしと伝わってくる。まあ当然でしょうけどね。
盗賊への対処が終わったと思いきや、空から飛竜がやって来て、守りを固めようと思ったら吹き飛ばされ、陣形を立て直そうとしたらどこからか小娘が現れて飛竜を瞬殺した。
うん、わけわからん。普通にありえないことのオンパレードで意味不明だろう。恐らく彼の頭の中は未だに整理がついていないと思われる。というか、現時点でこの状況を理解できていたらそれはそれですごい。
「私はただの冒険者ですよ」
私はとりあえず無難な言葉を返す。……果たして先ほどの光景を見せつけた上で本当に無難な言葉なのかは疑問だが。
「そんな言葉が信じられると思うか?」
ですよねー。普通に考えてこんな小娘に冒険者だと言われても信じられませんよね。あげく飛竜を瞬殺とか。しかも私、10歳くらいにしか見えないみたいですし……。これ、自分で言ってて悲しくなってくるなぁ。
「あのような強力な魔物を冒険者がたった一人で倒すことなど信じられるわけがない。そもそもお前が冒険者だということも信じられん。あの魔物はお前の差し金じゃないのか?」
あー、なるほど。そういう風にとることもできるのか。向こうからすれば、私があの魔物を差し向けたんだから、倒したのにもなにか仕掛けがあるのだろう、と勘ぐっているわけですね。そして自分たちに近寄ってきて、今度は何をする気なんだと警戒しているのか。
そんな面倒なことなんてわざわざしませんよ。あなたたちを殺すつもりなら、正面からでも余裕で殺せるくらいの実力差はありますから。
とは言っても、多分この人信じないだろうなぁ。私が同じ立場だったら信じないだろうし。
「ただの実力ですよ。冒険者だということが信じられないのならギルドカードでも確認しますか?レベルも記載されているので実力の方にも納得してもらえるでしょうし。それと、あの飛竜は笛の音に呼び寄せられただけです。私が差し向けたわけじゃありません」
「なに!笛だと?」
護衛のリーダーさん(推定)は、私の言った笛という単語に反応し、何やら考え始めた。恐らく、あの盗賊が笛を吹いていた理由を理解したのだろう。ブツブツとつぶやいている言葉の中に盗賊だとか笛だとかの単語がかろうじて聞こえてくる。どうやらあの盗賊のやっていたことについて、頭を整理しながら考えているものと思われる。そしてある程度の結論が出たのだろうか、さらに警戒を強めて私に言い放つ。
「しかし何故お前がそんなことを知っている。やはりお前も関係者じゃないのか?」
うあ、しまった。飛竜がやって来た理由を教えてあげたら余計に怪しまれてしまったぞ。
そりゃ確かになんで知ってんだって話ですよね。普通に考えれば襲撃側しか知らないはずの情報だろうに。
ただの冒険者が今ここに来たばかりでそんなことを知っているはずがない。まあ実際は隠れて見学していたわけですが、それはそれで不審なので言えるはずもない。
うーん、なんか面倒くさくなってきたぞ。いっそ何もかもを放り出して帰ってしまおうか。
別に私はこの人たちと仲良くなりに来たわけでもないわけだし、このまま誤解されたままだとしても特には困らない。
飛竜を使って馬車を襲撃するようなくだらないことに労力を使う人間だと思われるかも知れないというのは少し面白くはないけれど、知り合いだというわけでもないし、そんな人からならばどう思われようとかまわない。
それに、せっかく飛竜を倒してあげたのに、私のことを襲撃犯だとみなして指名手配でもするような傲慢な人間なら、貴族も護衛もまとめて滅ぼせばいいだけだ。
うん、なにも問題無いじゃん。
そうと決まったのならばさっさと帰ってしまおう。
そして早速きぃちゃんに帰ろうと思念通話を送ろうとしたところで声がかかる。
「恐らくそのお嬢さんは信用しても大丈夫だろう」
え?なに?
いきなり声をかけられてあわててしまった。
そこには馬車から出てきたのであろう、身奇麗な初老の男性が立っていた。
考えに夢中になっていて近づいてきたことに気づかなかった……。
あー、まずい。これはきぃちゃんからお説教される案件だ。
考えることに夢中になりすぎて気配察知がおろそかになっていたということは、先程あわてていたことできぃちゃんにはバレているだろう。
くそぅ、さっさと離脱しておけばよかった。そうすればきぃちゃんに気づかれずにすんだろうに。
せめてお説教は短くしてください。お願いします。本当に、お願いします。
「は、伯爵様!」
え?このおじさん伯爵なの?てかやっぱりあの馬車には貴族が乗っていたんだね。さすがきぃちゃん、言うことに間違いがない。
護衛のリーダーさんも反射的に声を出してしまったようで、伯爵の登場に大いに驚いている。
あー、貴族が登場しちゃったかぁ。やっぱりさっさと帰っておけばよかった。これからどんなアホなことを言われるのかを考えるだけで気分が萎える。
「どうも初めましてお嬢さん。私はアンリーケ・アルミテイグと言う。一応伯爵の位は戴いてはいるが、しがない貴族の一人だ」