2-13.すごく…大きいです…
護衛たちと盗賊たちとの戦いは、盗賊たちの切り札であっただろう魔物の援軍が来ないため、護衛たちの圧倒的優勢となっている。というか、盗賊など相手にもなっていない。そのくらいの実力差があった。
しかし、魔物たちが予定通りやって来ていたとしたら、恐らく形勢は全くの逆になっていただろうけどね。
さすがにあの量の魔物を相手するとなると、護衛たちの人数では手が足りないだろうから。
いくら護衛たちが強いといっても、それはまだ常識の範囲内で強いというだけ。
数の暴力をさらなる暴力でねじ伏せられるような、そんな圧倒的な強さを持っているわけじゃない。
相手がいくら弱いといっても、自分たちの数十倍の数で来られれば対処しきれるとは言い切れないのだから。
単純に相手を倒すだけでいいのなら最終的には勝利はできると思う。それだけの強さはある。しかし、彼らの仕事は護衛なのだ。敵を倒すことも確かに重要だろうけど、何よりも護衛対象を護ることこそが優先するべき彼らの仕事だ。護衛対象を失った時点で彼らの仕事は失敗なのだから。
そんな仕事中に、自分たちの数十倍の数の魔物に襲われるなんてことは、それだけでもう詰んでいる。
その数の差をくつがえせるほどの圧倒的な戦力があればなんとかなるんだろうけれど、そうでなければただ蹂躙されるだけだ。数もまた力なのだから。
そして、残念ながらそれほどの力を持った者は彼らの中にはいない。まあ、言うまでもなく私なら一人でも余裕ですけどね。伊達にきぃちゃんに鍛えられていないっすよ。
そんな詰んでいるような状況になってしまった場合、護衛たちは果たして無能だったのか。それとも、護衛を手配した者の想定が甘かったのか。
実際にそんな状況になってしまったのなら、結果的には無能だったんだろう。想定が甘かったんだろう。
しかしだからと言って、彼らを非難することは酷な話というもの。
そもそも、あれだけの強さの護衛たちなのだから、ただ盗賊たちを相手するだけならば問題はない。というか、現時点で盗賊を相手にしているが全く問題になっていない。
魔物を相手するにしても、ある程度強い魔物が出てくるくらいならものともしないと思う。
しかし、圧倒的多数の魔物を相手取るなんてことは、想定外もいいところ。普通に考えれば、そんなことはありえないのだから。
いくら優秀な護衛だといっても、たかだか十数人程度しかいないのでは、そんな想定外の数の敵を倒すための戦力としては問題がないとしても、護衛対象を護るためには圧倒的に手が足りないのだ。
そんな想定外をも想定しておくべきだと思うだろうか。
でもそれは無理な話でしょう。想定外のことまでも想定し始めてしまったら、際限なく想定し続けなくてはいけなくなってしまう。
盗賊に襲われるかもしれない。魔物に襲われるかもしれない。暗殺者に狙われるかもしれない。護衛に襲撃のための内通者がいるかもしれない。馬車が爆発するかもしれない。空から隕石が降ってくるかもしれない。地割れが起きて進めなくなるかもしれない。竜に遭遇するかもしれない。神が全てを滅ぼしてしまうかもしれない。
現実的なものから荒唐無稽なものまで、案を出そうとすればいくらでも出せてしまうのだから。
だからと言って、完全に想定外を除外してしまうことも問題になる。
想定外なことなど世の中にいくらでも溢れいているのだから。
重要な案件を成功させるためならば、ある程度の想定外は盛り込んでおくべきなのですよ。
実際、あの護衛たちも想定外を盛り込んだ結果なのでしょう。ハッキリ言って、この辺りの魔物や一般的な盗賊等に対して、明らかに過剰な戦力となっている。余程の想定外なことが起こらない限り問題にもならないはずです。
それでも詰んでしまうような状況に陥ってしまったとなれば、運が悪かった。この一言に尽きるでしょう。
そもそも、特殊すぎて想定ができないからこそ想定外って言うんですから。安全マージンにかなり余裕をもたせたとしても、それを飛び越えてくる想定外だってないとは言えないのです。
まあ実際になってしまえばそんな言葉で片付けられるようなことではないのでしょうけど、どうにもならないものはどうにもならないのだからしょうがない。
ただ今回に関しては、彼らは運が良かった。私が周囲の魔物を知らず知らずのうちに排除してしまったのだから。自分たちを襲うはずの魔物が、すでにいなくなっていたのだから。
さて、こんなにも長々と説明をして結局私が何を言いたいのかというとですね、せっかくの盗賊に襲われている馬車を助けるなんていうお約束的イベントを潰してしまったのって、実は私じゃないですか?ってことなんですよ。
私がこの辺の魔物を倒していなければ、優勢だったのは盗賊たちの方だったはずなのです。
今日あそこで私が魔物を倒していなければ、護衛たちは苦戦し、私が助けに入ることも可能だったはずなのです。
どう考えても自分で潰しているじゃないですか。なんてこったい。
しかしですよ?しかしだからと言って、魔物を倒さなければお約束に参加できたのかというと、残念ながらできなかったと思われます。
そもそも私が今日あそこに長時間いたからこそ、この現場に遭遇出来たということも事実なのです。
あの場所で大量の魔物と戦っていなければ、きぃちゃんの話を長時間聞いていなければ、私は今この場にはいなかったでしょうから。
要するに、どちらにしてもお約束には参加できなかっただろうという答えが導き出されます。どちらの選択肢もハズレとか難易度が鬼畜すぎるんですけど……。
と、そんなアホなことを考えている内に、盗賊サイドは笛を吹いていた盗賊一人になっていた。
てか、まだ笛吹いてるの?いい加減あきらめなよ。
ただでさえ個々の戦力差があるというのに、一対多数。どう考えても笛盗賊に勝ち目はない。
どうやら最後の一人は殺さずに捕縛するようで、あっという間に笛盗賊の身動きは封じられていた。
どんでん返しもなにもなく護衛対盗賊の戦いはあっさりと終わってしまった。まあ、現実なんてこんなもんよね。
お約束に参加できなかったことは残念だが、貴族に関わらずにすんだということで良しとしておこう。
さて、それじゃあ帰ろうかね。
「もうここにいてもしょうがないよね。帰ろっか、きぃちゃん」
『ええ、そうですね。帰りましょ―――いえ、待ちなさいナハブ』
「ん?どうかした?」
『何者かがこちらの方へ高速で向かって来ています』
ん?あれ、本当だ。確かにこっちへ向かって来ている気配がある。しかもかなり速い。
『速度から推察するに、飛竜の可能性が高いですね』
「飛竜?マジで?」
『絶対とは言いませんが、この速度で移動しているとなると可能性は高いと思われます』
飛竜かー。飛竜なんて説明するまでもないだろうけれど、一言で言ってしまえば空中戦を得意とする竜の一種だ。純粋な竜と比べて小柄で体が貧弱ではあるが、空を飛ぶことに関してだけは純粋な竜よりも長けている。だが、純粋な竜と比べれば圧倒的に弱く、一応竜種ではあるが「ククク…ヤツは竜種の中でも最弱…」とも言えるべき存在だ。まあ竜種の中で最弱ではあるが、人間にとっては脅威であることは間違いないんだけどね。
でも、確かこの辺りには生息していなかったよね?もしかしてあの盗賊が一生懸命に笛を吹いていたから、移動中の飛竜でも引っ掛けてしまったのだろうか?
まあでも、飛竜の一匹くらい、あの護衛たちでなんとかなるだろう。
護衛たちのレベルは全員が30以上。一番強い人で38ある。対して飛竜のレベルは大体が50くらいだったはず。
レベルは飛竜の方が高いだろうけど、レベル30以上の人が10人以上いるんだし、問題はないはずだ。
それよりも、これはちょっと観戦してみたい。
盗賊たちとの戦いなんかよりもよっぽど面白そうだ。てか、盗賊があまりにも弱すぎてつまらなかった。
「ねえきぃちゃん、ちょっと見学していこうか」
『そうですね。普通の人間達がどうやって飛竜と戦うのかを見るのも良い勉強になるでしょうし』
いや、勉強とかは考えてなかったです。ただ格闘技を観戦したいとか、そういう安易な気持ちで見学したかっただけです。
野次馬根性でごめんなさい。
まあ基本は見ているだけですが、人死にが出そうだったら助けることもやぶさかではないけどね。さすがに飛竜相手ならばそういう可能性もあるだろうし、なにもせず観戦していて、何人か死にましたとか言われても後味悪いしね。
『そろそろ来ますよ』
お、見えてきた。……あれ?
「ねえきぃちゃん、あの飛竜さ、でかくない?」
『確かに大きいような気がしますね』
そんな会話をきぃちゃんと交わしているうちにも飛竜が護衛たちの下へ到着。
いや、でかいよ。絶対でかいよあれ。
そして地面に降り立ったかと思ったら、笛盗賊を飲み込んでしまった。
あまりにも一瞬の出来事だったため、盗賊は悲鳴を上げることすらできなかった。ご愁傷さまです。
飛竜による被害者が出てしまったが、相手は盗賊なので問題ないだろう。そもそも私には盗賊などという害虫ごときをあわれんでやる心など持ち合わせていない。
まあ、そもそもあの飛竜は笛盗賊に呼び寄せられて来たものだと思われるので、自業自得だろう。
この辺りに飛竜がやって来るなんて、普通ならばありえないしね。
てか、飛竜までをも呼び寄せるのかあの笛は。効果がマジですごいな。さすがは古代遺物だ。
あの呼び寄せる効果がレベル上げに使えそうだなぁ。ちょっと欲しい。
……って、よく考えたらきぃちゃんが似たようなことしてたじゃん。やっぱりすげぇよきぃちゃん。
護衛たちは、巨大な飛竜が登場したせいか、笛盗賊が一瞬で飲み込まれてしまったせいなのかは分からないが、呆然としている。ちょっと君たち、こういう事態は初動が大切なんですよ?呆然と突っ立っているだけじゃ、どうぞお好きに殺してくださいと言っているようなものなのです。
まあ、この国で生活していれば飛竜なんてものに遭遇する可能性などほぼありえないのでしょうし、しょうがないのかもしれませんが。しかもあれ、普通の飛竜よりも明らかに大きいですしね。
さて、あの護衛たちはあの飛竜に勝てるだろうか。
普通の大きさなら勝てるだろうが、あれだけ大きければ普通のものよりも強いだろうしね。
これは思いがけず私の出番が来たのか?




